Voice 2011/1号 連載 回

北京の空気改善と電動バイク

(『Voice』2011 年 1月 pp.48-9)

山形浩生

要約: 北京の空気がずいぶんきれいになっていたが、その理由の一つは電動バイクの普及にあるのではないか。いつのまにかこれが主流になっている。日本は規制をかけてこれをつぶしてしまったけれど、電気自動車の基盤にもなりそうだし、奨めては? その他芸術村の作り方とか、結構うまくやっているのには感心。



 久しぶりに北京にでかけて、空港の新ターミナルや地下鉄をはじめとする交通インフラが大幅に改善されていることに感心させられたが(これはまあ当然で、前回訪問したのがオリンピック前だったのだ)、ものすごくでもう一つ驚いたのは、空気が信じられないくらいきれいになっていることだった。

 オリンピック前の北京の空気は異様にほこりっぽくて排気ガスまみれで、こんなところでマラソンしたら選手の健康にかかわる、といった話が真剣にかわされ、IOCからも指摘を受けていた。むろん中国は近くの工場を無理矢理操業停止させたりするなど、付け焼き刃の空気改善を試みてなんとか乗り切ったとは聞いていたんだが、どうせオリンピックが終わったらすぐに元に戻るだろうと思っていたのに、その気配がまったくない。

 理由は様々で、おそらく地下鉄の整備や環状道路の整備などで交通が以前よりはるかに流れるようになったこと、工場の郊外移転を継続して進めたことなどが相乗的に影響しているんだろう。そうした要因の一つと思われることとして、バイクがすべて電動車——つまり電動バイク——になっていたことがある。

 今回、三日ほどうろうろしただけなのであまり断定的なことは言えないが、普通のバイクはほとんど見かけなかった。そしてそこらに結構、露天のバイク修理屋もあり、パンク修理とバッテリ交換なんかもやっている。充電ステーションもあちこち見かけて、もう完全に普及している。日本の電動アシスト自転車のような、無駄な技術まで動員してあくまで自転車の範疇にとどまっているものだけでなく、かなり大型のものも平気で走っているし、それで荷台を引いてみたりと、結構ヘビーな用途にまで投入されている。

 一時これが日本にも入ってきて、安い電動自転車としてネット通販などでかなり販売されたが、ナンバーがないと違法だと言われてすぐにつぶされた。で、日本のバイクの売り上げがピークから激減というニュースが流れたが、バイクメーカーは特に新しい分野に出ようとするわけでもなかった。一方の中国では、すでに結構メーカーもあって、二〇〇〇年代前半からかなりの製造実績を積んでいるようだ。今からではもう中国に追いつけないかも。この量産ノウハウが電気自動車にも影響しないわけがない。一方で欧米や日本では、電気自動車の実用化に向けての動きが盛んだけれど、まだ実証実験やパイロットプロジェクトレベルだ。でも中国はすでに、電動バイクをとっかかりに、いずれ電気自動車にも使えるような技術――これは製造だけでなく町場の修理屋の技術も含む――が実用レベルで蓄積され、そして規模的には小さくても充電ステーションのネットワークもできつつある。いずれ電気自動車(中国はこの開発も結構熱心だ)が普及するとき、これは大きな差になるんじゃないか。

 日本のメディアでは、中国はコピーだ技術泥棒だと言って慢心するのが流行りだ。でも、コピーにだってかなりの能力は必要だ。それにこういうのを見ると中国は独自の分野でも着々と実力をつけてきているのがわかる。これが意図的な産業政策の結果なのか、それとも規制がまったくなかったために、すきま産業的に伸びただけなのかはまだ調べ切れていない。でも日本に電動バイクが入ってきたときにすぐにつぶされたような、変な規制がなかったのは明らかだ。何か重点分野を選んで補助金をつけるのが産業政策だと思っている人も多いが、まともな産業政策とは規制緩和(あるいは規制しないこと)である場合のほうが多い。電動バイクの事例はそれを地でいくようになっているらしい。

 それ以外にも、789芸術地区では国営工場周辺の倉庫や宿舎を適当にアーティストや画廊に貸し与え、お金をかけずにうまく芸術テーマの地区を作りだしている。そしてその周辺にファッションやデザイン分野の地区を作ることで、文化政策と産業政策と都市計画の相乗効果を狙ってそれなりの成功を見せている。これについては他のところで書いたのでここでは詳しく触れないけれど、世界のいろんな芸術文化の発展した事例をきちんと調べ、その教訓をうまく取り入れていることがわかる。変に立派な美術館だのホールだのを作るだけが文化政策じゃない。文化なんて、何が次に化けるかなんてわかるわけがない。だから何をしてもいいところを安く提供して(ある程度)好き勝手にやらせる自由放任がいちばんいいのだ。

 むろん中国のすべてがよいわけじゃない。でもかれらのこうした優れたところは、素直に認めるべきだろう。日本もこういう戦略的な動きができないものか。

注:その後、このバイクについてはあれこれ指摘があったんだが、単に規制が間に合わず勝手に広まってしまっただけでは、とのこと。またその後北京の空気はかなり元の木阿弥で、必ずしもバイクのおかげできれいになったとは言いにくいらしい。その意味で、ちょっと拙速な面もある回。


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