Voice 2010/11号 連載 回

インチキホメオパシーを容認する長妻大臣

(『Voice』2010 年 11月 pp.34-5)

山形浩生

要約: アフリカの伝統医療局は、魔術が効果がない気休めだと知りつつ、それが有害なことだけはしないように監視していた。ところが日本の長妻厚生大臣は、効果がないこと実証済みのホメオパシーを医療費削減のために検討するんだって。厚生大臣のくせにインチキにはまって、見ているほうが恥ずかしい。



 かつて訪れたアフリカ某国の厚生省にあたるところには、ふつうの医療を司る各種部署に加えて、伝統医療部というのがあった。伝統的な部族の呪術師たちを監督する部署だそうな。「なんだい、呪文の統一規格でも作ってるのか」とからかったら、かれらは憮然とした顔をして「おれたちだって呪術なんか効かないのは知ってるけど、でも医療が発達してないところでは気休めでも重要なんだ。そしてときどき、プラスチックを粉にして飲むとエイズが治るとか、有害な教えを連中が広めたりする。それを把握して指導しないといけないんだよ」と説明してくれた。ぼくは己の不明を恥じたのだった。「日本がもっと医療援助してくれれば、うちみたいな部署はいらないんだから頼むぜ」とまで言われたものだ。

 さて、この夏にはホメオパシーというインチキ民間療法が問題視された。毒物の波動を転写した(といっても分子一つもないくらい薄めるだけ)水と砂糖玉で病気が治ると称する療法で、それを広めるために現代医学すら否定することも多い。むろん蓼食う虫もなんとやらだが、それがなんと医療関係者の間に蔓延し、まともな医療を奪われた患者が死亡するに至り、大きな問題となった。

 実はこうした医療関係者の間の怪しげな民間療法蔓延は、日本に限った話ではない。英米では一時、セラピューティック・タッチなるものが医療関係者に蔓延して問題になった。患者の体に手をかざすと、患部が感じられて治療もできてしまうという民間療法で、入院中にそれをしつこく奨められた9歳の女の子が、頭にきてその連中に検証実験を行い、患部どころか机の中の手の位置すら当てられないことを明らかにした論文を発表して話題になったりもした。

 むろんその気持ちはわからないでもない。医療関係者は、患者さんのためにできる限りのことをしたいという使命感を抱く人々だ。そして人は無力だと思うのはいやだ。実際にはクソの役にもたたなくても、手の施しようのない患者に手かざししたり砂糖玉をあげたりすることで、何か努力はしているのだ、と思えるのには安心感があるのだろう。そしてそれは患者(とその家族)も同じだ。チリの大作家イザベル・アジェンデは、不治の病で意識不明となった娘を前に、だんだんインチキ民間療法にからめとられていった。その痛々しい様子は、彼女の『パウラ』に(得意げに!)描かれている。心細い病人にとっては、気休めでも重要なのだ。

 だが有害な気休めは排除しなくてはならない。イギリスにはロイヤル・ホメオパシー病院なるものがあって、日本のホメオパシー業者の拠り所になっていた。イギリスではちゃんと認知された療法だ、というわけだ。だが実はこの病院、日本での騒動の直前になくなっている。長年にわたり何一つ実績が出せずに予算縮小され続け、他の民間療法といっしょくたの「統合医療病院」となり、それも近いうちにお取りつぶしだろうと言われる。よいことです。イギリスは一方で、気休めでもあったほうがいいとのことで、こうしたインチキ療法への公的補助を続けてはいるのだが。

 ところが日本では、鳩山前首相がそんなものを真面目に採り上げると言いだした。そして実害が出て、各方面から批判が出てきたが、一方で長妻前厚労大臣の指示で、同省の研究班ががんの補完代替医療の事例収集を行うとのこと。多くの「補完代替医療」についてはあちこちで研究事例もあるし、何をいまさら調べるのだろうという気もするが、ありがちな結論ありきの調査ではなく、まともにやってくれるなら、それはそれでよいのだが……その一方では、「頭がよくなるパン」という明らかなジョーク商品に対して、効果が検証されていないからと保健所から指導が入ったとか。そっちも検証したらどうです?

 むろん本当は鳩山前首相が思いつきでくだらないことを口走ったのがアホだ。そしてもし政治主導を言うなら、厚労大臣は医療のイロハくらいは理解していて、鳩山ルーピー発言は黙殺するか明確に否定すべきだ。ところがいまは、何の専門性もない大臣が党内派閥のご褒美として、中身を何もしらない役所の大臣になってしまうからこんなぶざまなことになる。

 従来の官僚主導ならそれでもいい。実務は官僚にまかせて、大臣は単なるの飾り首、不祥事があったら頭を下げて首を切られるだけ。でも、政治主導を言うならまず政治家のほうが変わるべきだったんだが……相変わらずの様子。そして管首相続投で、それがなおさらひどくなっている。

 しかし気がついてみると、ぼくたちはもはや、アフリカの伝統医療部を笑えなくなっているのだった。かれらは少なくとも、呪術師たちが気休めでしかないことを知った上で害を最小化するというはっきりした使命を持っていた。でも日本は、気休めでしかないかどうかすらわからないというありさま。こんど行ったとき、かれらに何と説明したもんか。

(コメント:これがウェブに載ったときに、バカなホメオパスどもがあれこれ言っていたのに加えて、「これがアフリカ人をバカにしている」なるご意見があった。ぼくは、バカにしているとは思わない。そういう部局が実際にあるのは事実。その人たちはこれがそのアフリカの国をボケ役に使っているからよくない、と言っていたが、それもお門違いだと思う。ぼくはむしろ、かれらを己の国の限界の中で理性的に仕事をしている立派な存在として描いている。そう思えないのは、むしろ批判している人々の変なパターナリズムだろう。
 さらには、「アフリカのほうが日本なんかより文化が高い、日本は車作るのが上手なだけ」なる愚かしいコメントももらった。ま、文化のとらえ方次第だろうが、ぼくはそういう偏狭な文化観は持っていないのだ。車作るのも文化的活動だよ。)


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