Voice 2010/09号 連載 回

寄付をしないケチな日本人ども

(『Voice』2010 年 09 月 pp.34-5)

山形浩生

要約: 日本人の寄付額はやたらに少ない。これは税制なんか関係なく、日本人がケチで、お上頼みだからだ。政府が財政危機だというと、なんとみんな増税賛成だって。そんなにお金をむしりとってほしければ、自主的に政府に寄付すればいいじゃないか。ぼくは、お金の流れを是正すべきだと思ったところには微力ながら自主的に寄付をするぞ。



 日本人はアメリカ人に比べて全然寄付をしない、というニュースがしばらく前に流れていた。特に個人。内閣府経済社会総合研究所のレポートによれば、個人の寄付総額は、日本はアメリカの百分の一。2005年のスマトラ沖地震でも、アメリカの民間寄付は6億ドル弱なのに、日本からの民間寄付は五千万ドル。それも日本は七割が法人寄付だとみていい。

 さてこれについて巨大ネット掲示板2ちゃんねるでは、日本はいま不況だから払う余裕がないとか、文化・宗教的なちがいだとか、実は寄付するアメリカ人は腹黒くて云々とか、例によって腐った弁明がさんざん連ねられていた。またこの手の議論となると専門家と称する人が出てきて、日本では寄付に対する税制優遇が薄いからいけない、といった責任転嫁をしてみたりする。

 バカな話だ。日本人の民間個人による寄付が少ないのは、ひとえに日本人がケチで公共性というものを考えたことがなく、政府についてあれこれ愚痴を言いつつも、実はお上のやることにまちがいはないという下僕根性がしみついているせいだ。政府に税金をむしり取られて勝手に使われるのと、自分で寄付先を選んで、自分がいいと思っている使途に供してもらうのとでは、前者のほうがいいと思っているのだ。

 だってそうだろう。特に最近になって、多くの「識者」なる人々が、日本の財政が破綻するから消費税をあげろ、などと説く。財務省が言うのはわかるが、消費税が上がったらお金をむしられる人まで、驚いたことにそれを待望している。すごい。財政破綻を防ぐという公共的な善のためには、自分のお金をもっと政府にあげたい、とその人々は主張しているわけだ。何という公徳心。じゃあ、今すぐそうしてよ。その分をいますぐ政府に寄付すれば? だって、財政破綻が一円でも遠のくのはよいことなんでしょう? それなら隗より始めよ。なぜ消費税を政府が上げるのを待つ必要なんかあるの?

 あるいは、児童手当や高校無償化の重要性を説く人々も多い。児童手当を出すと、子供のために人々が金をつかって消費が喚起されるとか、あるいは高校無償化で高校にいけないかわいそうな子供が減るから、当然みんな喜んで追加の負担に耐えるべきなんだとかれらは言う。それに賛成する人もいるだろう。  でも本当にそう思う人は、自分が子供のためにお金を使うところに寄付したらどうだろう。あるいは高校生の奨学金組織にお金を出すか、あるは近所の高校生の学費を出してあげたらどうだろうか。

 あなたがお金を出せば、そういう悲しい高校生全員は救えなくても、一人でも減る。それはよいことのはずでしょう。あなたはみんながお金を出してそうすべきだと主張する。つまり自分もそれを負担する用意があると主張しているに等しい。だったら、その覚悟を見せてよ。国がそれをやるまで何十年も待たないで。政府経由でそれをやるのはよくて、自分が直接お金を出すのはダメという理屈は変だ。ましてこれを主張する人が、一方では政府の無駄づかいとかを批判していたりするんだし。

 さてこういう書き方をすると、そんなお人好しがいるわけない、と思う人が多いようだ。だからこの文も、反実的な仮想により消費税アップや高校無償化といった政策のほうを批判したいのかと思われるかもしれない。

 でも、そんなことはない。これらの政策を支持する議論も、賛成はしないがわからないわけじゃないし、その理念は(消費税以外は)立派だと思う。そして、そんなお人好しは、ここにちゃんといる。ぼくは実際、それに類することをやっている。年間所得の一割ほどをぼくは本当に寄付している。寄付先の多くは災害救助や人道支援だ。そういうことにまわるお金が少ないとぼくは思っているからだ。ヒョーロンカですし、政府がもっと支援しないのはけしからん、と主張してみせることもできる。でもそれで増税になっても、それが全額災害や人道にまわるわけがないし、実現にいつまでかかることやら。それなら、今すぐ自分で寄付したほうがずっといいだろう。実績のある災害救助団体や人道支援団体に寄付すれば、それは税金経由より遙かに効率よくその目的に使われるのだ。ちなみに、まともな相手ならちゃんと税制上の優遇もある。

 そして冒頭の数字を見ると、アメリカにもそういうお人好しはいるようだ。で、これを読んでいるあなたは、なぜ寄付をしないんですか? 政府のお金の使い方に、そんなに満足ですか? 政府に任せるくらいなら、自分で選んだところにお金を流そうと思わないんですか? だがなぜかみなさん、そんなことは考えもしないらしいのだ。不思議ですね。


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