Voice 2010/08号 連載 回

ベトナム新幹線・否決の教訓

(『Voice』2010 年 08 月 pp.34-5)

山形浩生

要約: なんとベトナム新幹線、ベトナム国会で否決されてしまった。日本のインフラ輸出という産業政策の目玉が苦境にたたされた。やはりプロジェクトのメリットをきちんと相手に説明できないとダメ。トップ営業とかじゃなくて。ちゃんと調査して費用便益占めそうよ。



 本稿執筆中の六月末、またベトナムにきたところで、何とベトナム国会で日本の新幹線採用が(僅差ながらも)否決されてしまったというニュース。前号の後で発表された、菅政権の新成長戦略/国家戦略プロジェクトにおいては、アジア向けのインフラ輸出(「パッケージ型インフラ海外展開」)が目玉の一つだったが、それが早速壁につきあたった感じだ。

 ぼくは過去二回のこのコラムで、インフラ輸出についていささか慎重論を述べさせてもらった。だから今回の一件を見て、ほら言った通りではありませんか、と自慢したいところだが、ぼくも新幹線はガチだと聞いていたので、この結果にはかなり驚いた。

 が、以前に指摘した新幹線についての懸念事項は、やはり指摘されたようだ。ちなみにいまベトナムは深刻な電力不足で、ハノイでも計画停電が続いている。電気もないのに電車なんか走らせられないとの批判もあったとか。新幹線が開通するまでには電力だってちゃんと整備するから、と国会では説明したようだが、やはり優先順位からいえば新幹線がそんなに高いとはなかなか主張しにくい。そして何よりもその金額の大きさに、ベトナム国会が難色を示したのが失敗の大きな原因だとされている。

 民主党および菅総理としては、ベトナムへの新幹線輸出の成功を大きくぶちあげて、ほらごらん、我々の新成長戦略が早速成果をあげた、よってこの路線は正しいから、他の経済政策も安心して任せてね、あ、それと参院選ではよろしく、というような流れに持って行きたかったところだろうが、そうは問屋がなんとやら。期待していた旗振り効果は消えたどころか、政府レベルで握れても不確定要素が残るという、アジアの大規模インフラプロジェクトにつきもののリスクをあらわにしてしまい、やぶへびになった観もすらあるのではないか。

 国家戦略プロジェクトでのアジアインフラ受注目標は、二〇二〇年までに総額二十兆円弱。否決されたベトナムの新幹線は、たぶんこの計算の中に入っているだろう。これは五兆円くらいのプロジェクトと言われているので、四分の一くらいが揺らいでしまったことになる。目標は実現できそうですか? そしてもちろん、菅政権前に仕込みが十分にすんで当確だったはずのプロジェクトですらこの具合なら、国家戦略プロジェクトの他の部分も大丈夫か、と思ってしまうのは人情だろう。

 そもそも、国が経済の成長戦略をたてるというのはむずかしい。特にそれが産業政策という形を取る場合には。日本の成長でもアジアの成長でも、まったく同じ事例がときには産業政策の成功例として挙げられ、別のときには自由放任策の成功例として挙げられる。

 産業政策に対する懐疑論は、非常にまっとうなものだ。お役人に将来の成長産業がわかるのであれば、その人は役所なんかやめて、明日のビル・ゲイツになってくれたほうがいい。世界各地で、政府が重点産業を決めてそこにあれこれ補助金を出して支援する例は無数にある。だが歴史的に見ても、その成功例は決して多くない。補助金は通常は、悪しき利権につながり、競争を殺し、往々にしてかえってその産業をだめにしてしまう。そしてむろん、補助金と共にあれこれ制約もついてくるから、自由な発展の余地も狭まる。

 その一方で、国が主導権をとって発展の下地を作った事例もある。政府が何もするなというわけではない。ただその場合も、既得権者の横暴をなるべく抑え、参入障壁を下げて、民間企業が動きやすい環境を作ることが重要となる。ちなみに新成長戦略の中で、いちばんそうした効果が期待できるのはデフレ克服で(これについては本誌の他の連載も参照)、これさえうまく行けば他はどうにでもなるくらいなんだが……

 ベトナムの新幹線自体は、完全にダメと言われたわけではなく、継続審議だ。つまり年末に復活戦はあるし、今回の否決もかなりの僅差だったので、あれこれ説得をする余地はあるだろう。それに日本国内ではもうインフラ需要が衰えてきているので、既存の技術を活かすのに海外展開しようという発想自体は悪くないと思う。インフラ産業は規制の多い業界なので、それがこうした形で海外展開のお墨付きをもらえるのは、活動に自由度を与えるという意味で有益だろう。が、それでもすぐに結果が出るほどは甘くない。そして結果を出すには、政治的なトップ交渉もさることながら、相手国にとっての基本的なメリットをはっきり示せないとだめだというのが、今回の大きな教訓じゃないかと思う。

 むろんぼくはまさにそうした途上国での事業評価に関わる仕事をしているので、これは臆面もない我田引水の議論であることは断っておく。だが、ぼくはこれがいささかもまちがっているとは思わないのだ。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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