Voice 2010/06号 連載 回

インフラ輸出と癒着の危険性

(『Voice』2010 年 06 月 pp.34-5)

山形浩生

要約: ベトナムへの日本の新幹線輸出が急に動き出したようだが、ベトナムは東西に長すぎるし、安い飛行機と競合しなきゃだし、本当にモノになるのだろうか。そしてお上がお金の面倒をみてくれる官民一体は、簡単に癒着や腐敗につながり、相手の要りもしないものを利権のために押しつけることになりかねない。



 いまきているハノイでは、先週日本の新幹線採用について閣議決議が通り、なにやら話が進むようだ。実は二年ほど前にこのベトナム新幹線の話が出ていたとき、関係者とあれこれ話をしているときには多くの人がかなり懐疑的ではあった。それがこんなに急に話が進むとは、かなり驚きではある。

 同時に、ベトナムに日本の原子力発電所を売り込む話もかなり本格化してきた。ちょうど今朝(四月十七日)の現地新聞を見ると、日本の原子力関連機関がハノイに事務所を開設したというアナウンスが載っていたし、日越の首相対談でもベトナムからはよい感触が得られてるようだ。

 いずれも、インフラプロジェクトとしてはかなり大規模になる。ベトナムが自国だけで資金調達できる話ではないので、実際に日本がやるなら、何らかの資金も日本がつけることになるだろう。別に首相の営業トークだけで相手国が日本の技術を買ってくれるわけがない(ましてそれが鳩山首相では)。やり方としてはいろいろあるだろうが、いちばんわかりやすいのはODAによる公的な資金をつけて、きわめて低利子でベトナムに建設資金を融資したりとかいうことになるだろう。

 こうした官民一体の売り込み体制は、最近かなりあちこちで強く要請されてきたものではあった。韓国、そして特に中国はこの手のオールコリア、オールチャイナ的な売り込みが非常に強力だ。財政難にあえぐ多くの途上国(いや先進国でも)にとっては、技術や工事だけでなく資金まで面倒を見てくれるというのはきわめて魅力的だ。日本が技術面でいかに優れていても(いやそれ故に)お値段が高めになることも多いし、そんな金がどこにあると言われればなかなか勝てないし、実際にあちこちで敗北を喫している。それは悔しいし、それに長い目で見れば技術的に優れたものを入れたほうが、その国のためにもなるだろう。

 確かにこの議論には一理ある。あるんだが、その一方で、こうした資金とセットのインフラ受注が近年行われなかったのは、別に政府が愚かで国益を考えなかったからではない。それなりの理由があるのだ。そこには過去の開発援助の反省がある。

 こうしたひもつき援助と言われる方式は、実に簡単に腐敗と汚職につながるのだ。

 インフラは大プロジェクトで、大金が動く。すぐに想像がつくことだが、やがて地元の政治家と商社やゼネコンとの癒着が生じ、必要もないプロジェクトをでっちあげて、日本がそれに安易に金をつけ、それが失敗して結局途上国は累積債務にあえぐ。世界各地には、そうしたプロジェクトの廃墟が無数に点在しているのだ。そしていずれは、また債務放棄をせざるを得ない。そうなると、数十年後にみんなが苦しむ結果になりかねない。

 これを避けるためには、きちんとしたニーズ調査や採算性調査に基づいたプロジェクトの厳選が必要になる。安易なプロジェクトにはお金をつけない、というきちんとした評価が不可欠だ。でも……日本の公共工事の実績をみたとき、それがどこまで可能だろうか? それができるなら、官民一体とか言わずにふつうにやればいいのでは?

 さてベトナムの新幹線はどうだろう。冒頭に、数年前に懐疑的な声が多かったという話を書いた。当時ぼくが聞いたいくつかの疑念はこんな具合だ。

 まず、新幹線は人の輸送が中心だ。でもベトナムはむしろ物流面で課題がある。新幹線が本当に重要なのか? またベトナムは南北にかなり長い。南北それぞれの中心であるホーチミンとハノイの間は千キロ以上ある。飛行機でも二時間。新幹線だとがんばっても五、六時間はかかる。しかも航空券は片道数千円。新幹線は、飛行機より時間もかかるなら、それより安い料金でないとあまり使ってもらえないだろう。うーん。不可能ではないだろうが、絶対確実とも思えない。

 むろん、だれが見てもいいと思えるプロジェクトがそうそう転がっているわけはない。不確実な部分は確実に残る。日本の新幹線は、世界銀行からお金を借りて作ったけれど、そのときに世界銀行のエコノミストたちは、いまぼくが書いたような話をもとに、融資に反対したという。でも、結果的にはかれらがまちがっており、新幹線は大成功した。ベトナム新幹線もそうなるかもしれない。

 ただ、一方でやはりこうした官民一体インフラ営業的なやり方の持つ問題点は念頭に置くべきだろう。むろん、ODAを使わないやり方もあるだろうが、どの場合にも問題は同じだ。この手口は、現政府による日本の成長戦略の一環だという。でも、だからといって乱発するのは慎まなくてはならない。そうでないと十年後に世界各地で、ぼくのような現場レベルの人間が「日本が変なものをあれこれ押しつけていった」と恨み節を聞かされることになるのだ。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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