Voice 2010/03号 連載 回

ハイチ地震・日本の無能

(『Voice』2010 年 03 月 pp.156-7)

山形浩生

要約: ハイチ地震のとき、中国はすぐに救助隊をだした。アメリカもすぐに反応した。日本が救援隊を出したのは20日後で、しかも地震のあった日の神戸震災では、自分たちの記憶が風化しないために云々とか自分のことばかりで、ハイチのことはほとんど言及されないありさま。まったくダメだと思う。



 これが掲載される頃には、多くの方が忘れているのではないかと思うが、執筆時点の一月半ばで国際的に大きなトピックは、ハイチ大地震だ。いまいるラオスの片田舎(といってもラオス第三の大都会だが)パクセーでも、まともなニュースをやるテレビチャンネルはどれも四分の一くらいはハイチ関連の話題に使っている。アメリカの歴代大統領がこぞって支援に乗り出し、その他各国の救援活動その他があれこれ報道されている。

 が、日本の活動はまったく報じられない。というのも、この時点ではまだないも同然だからだ(一部人員輸送などをやってはいるらしいが)。

 中国のCCTVの報道は中でも結構張り切っている。中国は、地震発生から数日後に、救助犬などを含むそこそこ大規模な救援部隊を派遣。その出発の様子や現地での活動も詳しく報道している。そしてその救助隊員たちが「四川大地震のときには世界に世話になったから、そのお返しだ」と胸を張っていたのはなかなか印象的だった。

 一方、その同じ頃の日本からのニュースは、神戸大震災の十五周年だ。いろいろ追悼式典などが行われたようだが、少なくとも報道を見る限り、ハイチの地震についての言及は皆無。復興の誓い等々を被災者の代表などが述べてはいるが、もう十五年もたっているし、物理的には十分復興はとげている。いま同じ災害に苦しむ人たちにまったく目を向けずに、自分の昔の苦しみや復興についてのみ語る式典は、少なくとも世界的な文脈では、ずいぶん空疎で自己中心的に思えてしまう。アメリカ人なら、スタンドプレーであってもその場でハイチの状況に言及して「かれらの苦しみはおれたちがいちばんよくわかるから、是非とも支援の手を」と訴えただろう。中国ですら(というと失礼だが)それをやった。

 もちろん、距離的なものはある。ハイチは日本から遠い。ほとんどの日本人はハイチがどこにあるかさえ知らない。一方、アメリカにとってハイチは目と鼻の先だ。

 そしてまたその距離に伴う実益上の問題もある。BBCのあるコメンテーターは「コンゴで何百万人死のうとアメリカは大したことをしない。それは、コンゴで何が起ころうと直接の影響がアメリカにはないからだ。だがハイチの人々の復興を支援しなければ、かれらは数年後にボートピープルとなってアメリカの岸辺に押し寄せる。冷たい言い方だがアメリカは復興を支援することに利益があるのだ」と述べていた。その通りだろう。アメリカも、中国も、その他の国も、外向的な下心はあるだろう。中国の救援活動は、中国人の救出を優先しているとの批判も見かけた。

 でも、それはそうした支援の重要性をいささかも減らすものではない。悪名高い巨大ネット掲示板2ちゃんねるは、穀潰し内弁慶ニートの巣窟だが、ごくたまに良い活動を組織するし、その際にしばしば持ち出されるスローガンがある。「やらない善よりやる偽善」。それにどこの国だって自国民の救出には追加の手間をかける。それ自体が非難されるべきことだとは、ぼくは思わない。

 もちろん、中国はいま急激に発展して経済も好調だ。同時期に、中国が日本のGDPを抜いたという報道もあった。こうした救援をすぐに出せるだけの余力がある。そして、国際社会からの批判を浴びることも多いが(いやそれ故に)自分が国際社会に対して貢献するんだというアピールをしたい意向は当然あるだろう。今回、かれらはそれをかなり上手にやっていると思う。その対応のすばやさの面でも、規模の面でも。

 が、一方で我が日本もまだ中国と同じくらいの経済規模はある。だったら中国くらいのことはやってしかるべきだし、またそれをうまくアピールすべきだと思う。が、地震発生から一週間たってもほとんど何もしないという相変わらずの対応の遅さ。

 そういえばこの欄で以前もお伝えしたが、去年のスマトラ地震で、岡田外相はずいぶん後になって被災地入りして、しかも追加支援は「これから考える」と発言しておのぼりさんぶりをあらわにしていた。かれは何か考えただろうか? たぶん考えていないだろう。少なくともスマトラ復興への支援がことさら増強されたとはぼくは聞いていない。ハイチについては、何かする気はあるんだろうか。そろそろニュースの扱いも減り、何をやっても注目度はがた落ちではあるんだが……

 ……と書いていると、日本も十七日にやっと自衛隊の派遣が決まり、二十日あたりに先遣隊が出発したようだ。今後自衛隊が百人規模で救援に向かうとか。それ自体はうれしいことなんだが、この調子だとメインの部隊が配置に向かうのは一月末頃だろうか? 遅くてもやらないよりはましなんだが、この政治的な決断の遅さ、初動の遅れ、そしてアピールの下手さ加減は、今後国内で何か起きた際にも大きな禍根を残すことになるんじゃないか。


前号へ 次号へ  『Voice』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。