Voice 2010/02号 連載 回

二酸化炭素ばかり見ないで、温暖化を引き起こす他の気体を規制しよう

(『Voice』2010 年 02 月 pp.148-9)

山形浩生

要約: コペンハーゲンではCOP15が開催されているが、京都議定書に続く排出基準は決まりそうにない。途上国は絶対に賛成しないもの。実は温暖化を起こす気体で二酸化炭素よりはるかに強力なものがたくさんあって、それを規制すれば二酸化炭素の排出よりずっと効果があるのだ。削減の勇ましい数字にばかりこだわって、そういう実効性のある炭素排出以外の手段を忘れるのはよくないな。



 本稿執筆時点で、コペンハーゲンではCOP15が開催されている。京都議定書に続く、新しい世界の炭素排出削減のための枠組みを作る会議だ。そして、現時点でそれはまったくまとまりそうな気配すらないどころか、毎日のように会議が決裂している。

 成長途上にある途上国は、せっかく実現しつつある成長と生活の向上をあきらめるつもりなどないので、これまで問題を作ってきた先進国がもっとがんばれ、おれたちに責任を押しつけるなというし、成長していない途上国は、他の途上国も苦労しろという。一方の先進国は、数十年後の勇ましい数字のかけひきだけに血道を挙げている。ついでに、自分が正義の味方のつもりでいるバカな活動家どもが暴徒化して街を襲っている。

 だいたい、ポスト京都を決めるというのであれば、まず京都議定書がどこまで実現できているのかを検討しないとダメだろう。それがどこまで実現できて、それを続けることにどこまで意味があるのか、という話もきちんとできないはずだ。そして実際問題として、ほとんどの国は京都議定書ですらまともに実現できていない。一九九〇年を基準にするという小細工のおかげで、紙の上では削減が実現できたような国もあるが、実際には議定書が決まってからちっとも排出は減っていない。

 ぼくは、こうした国際的な枠組みへの固執が悪影響をもたらしているとすら思う。日本は、国連で鳩山首相が発表した二十五パーセント削減のアナウンスについて、アメリカや中国がのらなければやらない、と述べた。でも、温暖化が問題なら、そして少しでも炭素排出を削減することが重要なら、他の国はどうあれ自分が削減努力することに価値があるのではないの? 枠組みに固執して、それが合意されなければ自分は何もしないと言わんばかりの態度は変ではないの?

 他国が参加しないと日本だけやっても効果がないという。でも日本はもともと世界の排出量に占める割合が少ない。効果でいうなら、何をやろうと大した効果はないのだ。そしてみんながそれを言い始めたら? 合意にこだわることがかえって何もしない口実になってしまう。合意なんかなしで、各国ができる範囲のことをやって、その実績をベンチマークにして、削減の少ないところに対して技術提供や目標値を定めるようなことを考えれば?

 そしてもう一つ。すべてを二酸化炭素換算した一つの指標で語ることで、手軽にできるいくつかの対策が遅れていることも指摘されている。多くの人は、いまの排出削減というのを二酸化炭素の排出を削減するものというふうに理解されている。が、実際にはちがう。各種の温室ガスを、温暖化に寄与する力をもとにして二酸化炭素に換算し、それらの排出を削減するのが狙いだ。つまりそこには、実は二酸化炭素以外の各種の気体が含まれている。たとえばハイドロフルオロカーボン (HFC)、黒色炭素(すす)、窒素酸化物など。そういう気体が、温暖化の半分くらいを引き起こしている。

 それらを大きく減らすことができれば、二酸化炭素のほうの排出を減らすのにはあまり血道を挙げなくてもすむ。いまコペンハーゲンでもめているのは、二酸化炭素の排出削減というのが、エネルギー消費を減らして経済発展を抑えるのと同義だからだ。でも、二酸化炭素にこだわらなくていいなら、みんなの合意をとりつけるのも簡単だ。経済発展をしつつ、温暖化を抑えることもできる。

 そして、こういう二酸化炭素以外の温暖化ガスを減らす方法はかなりはっきりしている。二酸化炭素のように、至るところであらゆる人や生き物が発するようなものではない。だれがどこで出しているのかわかっているので、対策をするのも簡単で安上がりだ。

 でも、いまのCOPのような会議は、それらをまとめて二酸化炭素換算でものを言う。そして、それを見てメディアは二酸化炭素を減らせといい続け、人々は、二酸化炭素以外はまったく考えなくていいような気になる。それが合意の形成を阻害し、そして二酸化炭素以外に、温暖化阻止に効果があって実効性のある対策を取ることから目をそむけ、温暖化緩和の実現をかえって阻害しているのではないか。もったいない。すぐにもできることはいろいろあるのに。

 本稿が出る頃にはCOP15も終わっているはずだが、今から各国がものすごい歩み寄りを見せるとも思えない。どうせ何も決まらないはず。そして「今後も相談を続けることにしよう」とかいうおためごかしが「成果」と称してアナウンスされるだけ。いまの状態だとそれすらないかもしれない。そろそろ別の道を考えたほうがいいのでは? そういう提案をきちんとすることが、ぼくは正しい「イニシアチブ」だと思うんだが。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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