Voice 2009/7号 連載 回

グーグル検索の次の技術

(『Voice』2009 年 07 月 pp.68-71)

山形浩生

要約: グーグル検索はすごい技術だったが、かのMathematica開発のフォルフラムが、検索をもとに知識としてそれを整理してくれるウォルフラムアルファなる新技術を開発してテスト運用している。なかなかおもしろい。これができてしまうと不要になるホワイトカラーがたくさんいそうだけれど、新しい変化の源泉となりそう。ところで日欧の政府が開発していたグーグル対抗技術はどこへいきましたか?



 昨年後半の急激な景気悪化で、もはやそれ以前のこと、中でも景気のいい話などだれもあまり覚えていないかもしれないのだけれど、当時は梅田望夫の本などを皮切りに、ウェブ2・0やグーグルが世界を一変させるのだというような論調が世の中を席巻していた。その中で、人はいまや何事も体系的に学んで調べようとはせずに、グーグル検索するだけですませ、その場限りで断片的に他人のまとめたものを見るだけになるのではないか、という懸念も一部では表明されていた。

 いまや時は流れ、かつてのグーグル崇拝も単なるバブルだったように思えるかもしれない。でもそれが人々のネットやコンピュータの使い方を確実に変えたことは認めなくてはならない。その変化を可能にしたのは、グーグルがそれまでより圧倒的に優れた検索エンジンを提供してくれたおかげだ。長期的には、世界を変えるのは新しいテクノロジーだし、それは一時的な景気停滞を超える影響を持つ。そしてはやくも、グーグル検索の次の大波になるかもしれない新技術が登場しつつある。この五月から公開されたウォルフラム・アルファ(http://www.wolframalpha.com/)がそれだ。

 グーグル検索すると、検索語に対応した中身を持つページが羅列される。その中身は、似たり寄ったりかもしれず、あるいは正反対のことを言っているかもしれない。その中でもなるべくよいものが上位にくるようにはなる。でもそのページの中を見て、その情報を最終的にまとめるのは、検索した人間の役目だ。

 でも、いま出てきている技術だと、情報を取捨選択してまとめるところまでコンピュータがやってくれる。「豚インフルエンザ」と検索すると、その説明、現在の感染者数や死者数、対策など、その人がおそらくそれについて知りたいだろうと思われる情報が、図やグラフなどもしっかり入ったレポートとしてまとまって提示される。

 SF映画などでは、コンピュータに質問すると、コンピュータが文脈や状況を判断し、情報を取捨選択して質問者にとって適切な答えを返してくれる。それと同じことが、試験運用にせよ実現されようかけているわけだ。

 これは多くの人が昔から夢見ていたものではある。コンピュータの未来像といった文献や映像には必ず登場するアイテムだ。だが、今世紀半ばくらいまではまともに実現するまいと思われていた。ところが、それがこんなにもはやくあっさり実現するとは!

 もちろんまだ試験段階だし、ベースとなる情報源も限られているので、結果には濃淡の差が著しい。またまだ英語だけだ。また、レポートがまとめられるプロセスが完全なブラックボックスなので、それをどこまで信用していいか、不安は残る。それでも、情報の精度を評価できるような検索だと、かなりよい結果がすでに出せる。他人の要領を得ないウェブページをいくつも読んで時間を無駄にすることもない。これがもう少し発達したら、人間に質問するようにコンピュータにも質問し、本当に対話しながら各種の仕事を進めることが可能になるだろう。そしてそれがロボット技術と組み合わさったら……

 ほぼ同時期にグーグルも、新しい検索技術を発表している。検索結果のページの中身を見て、そこから情報を抽出して表形式にまとめてくれるという、これまたおもしろい技術。ウォルフラム・アルファとは別の発想ながら、似たような問題意識を持っている。検索結果をさらに集約・構造化し、人間にとって意味あるものにしようという発想だ。ウォルフラム・アルファやグーグルが今後、どこまで成功するかはわからない。検索業界にいきなりグーグルが出てきたように、ある日新会社がいきなりこの業界にも登場して一世を風靡するかもしれない。だが、この方向性はまちがいなく今後の大きな潮流を作るだろう。そして、それが実現できそうだとなれば、新規の参入も増え、開発速度も高まる。この不景気が終わる頃には、インターネットがまたもや得たいのしれない発達をとげているかもしれない。

 一方で、これまた多くの人は忘れていることだけれど、グーグルが台頭してきたとき、フランスやドイツや日本は独自検索エンジンの開発プロジェクトをたちあげた。ネット検索がアメリカ企業に独占されるのは望ましくない、といって。あれはどうなっただろうか。官製プロジェクトは広報宣伝がヘタなので単にニュースが伝われないだけかもしれないけれど、こうした公的な試みがこうした先駆的な結果はおろか、グーグルと多少なりとも張り合える結果を出したという話すらきかない。予想通り、というべきか。


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