Voice 2009/03号 連載 24 回

科学を重視するオバマ大統領

(『Voice』2009 年 03 月 pp.124-5)

山形浩生

要約: オバマ大統領の当選には期待もある一方でシニカルな見方もある。でも一つおもしろいのは、やっぱブレーンに科学者をたくさん入れてしっかりした科学的政策をやろうとしているところ。うまくいくといいな。



ちょうどバラク・オバマが大統領に就任したばかり。これを書いているカンボジアでも、多くの人が勝手な期待をあれこれ述べ立てている一方で、「カンボジアなんてアメリカにとって優先度の低い国なんだから、何も変わらないよ」と冷静な意見を述べ立てる人もある。本気で何かが変わると期待している人もいれば、あまり明るい話がないご時世に目先が変わっておしゃべりのネタに好都合だから盛り上がっているだけで、まだ具体的にあれこれ言える中身なんか何もないよ、とシニカルな見方をする人もいる。が、そういうシニカルな意見も含めて、とりえず目先が変わるだけでも、いまの気分転換としては上出来だというのも事実。

 そして、少なくともいろいろな取り組みを見る限り、いろいろ新しい試みを行おうという意気込みは大いに感じられる。前任者がとにかくあれもこれもズダボロにしていってくれたので、その逆をやればみんな喝采してくれるというのは、ある意味で楽なのかもしれない。目先の話ではイラク撤兵が本格的に進みそうだ。また経済危機への対策もあれこれ積極的に行おうとしている。もちろん、それがどこまでうまく行くかはお手並み拝見としか言いようがない。特に、イラクはアメリカが撤兵した場合、安定が保てるだろうか? 撤兵したはいいけれど、またイラクが泥沼の混乱に陥りましたという事態になったとき、それ見たことかといわれるリスクはとても大きい。

 だがそうした政治経済的な政策以外でも、オバマ政権はすでにおもしろい変化を打ち出している。それは科学方面だ。

 共和党政権はキリスト教原理主義の票をかなりあてにしており、特にブッシュは当人すらビリーバーだという噂が一部にあるほどだった。そのおかげで、科学政策方面はかなりひどいことになっていた。天地創造論がやたらにはびこり、進化論はただの一仮説でしかないといった教育があちこちで採用され、コンドーム利用の推奨は不道徳なセックスの推奨につながるという理屈から、エイズ予防も「清い身体でいましょう」といった我慢重視の代物となり、成果が大幅に減退することとなった。またES細胞の研究を全面的に禁止したことで、そうした分野の発達もきわめて遅れた。おかげでiPS細胞が急激に注目を集めたので日本にとってはありがたかった面もあるけれど、科学全体の発展から見ればマイナスでしかない。唯一、京都議定書から抜けたのは、結果的にはよかったと思うが、きちんと科学的・費用便益的な根拠があっての選択かどうかはかなりあやしい。ただの怪我の功名だったんじゃないか。

 オバマ政権は、少なくとももう少し政策の科学的裏付けを重視するようだ。すでに、基礎研究への予算を今後十年で倍増することも公約されている。そして代替エネルギーの開発にも積極的に取り組むことが幾度となく述べられている。それを裏付けるべく、エネルギー対等秘書官には太陽エネルギーや原子力の大家でノーベル物理学賞をとったスティーブン・チュウを任命。科学顧問には、温暖化対策を強く訴えているジョン・ホールデン。また科学技術諮問委員会にも多数の一線級科学者を招き、しかもかれらから直接話をきいて、政策にも大きな影響力を持たせるようにしている。

 個別の人選については、まあ多少の意見はある。だが、全体として大統領自身がきちんと科学的な知見に耳を傾けて、それを政策に反映させようとするのは、悪いことであるはずがない。ぼくはこれが実にうらやましいと思う。

 翻ってわが国はどうだろうか。大臣閣僚クラスは自分の担当する役所の分野についてすらまともな知識を持たないこともしばしば。政治家の科学オンチは周知の事実だ。マウスの使い方を知らずに恥をかいた某大臣、電気がなくても携帯電話を使えばいいと言った元首相。一方の科学者も、専門バカをむき出しにするのがよいことだと思っているのか、明らかに筋違いな変な諮問委員会で、塾をなくせとか非常識きわまる素人以下の妄言を垂れ流して平気だ。これは必ずしも科学分野だけに限った話じゃない。経済だって何だって。政治が官僚に操られていると文句を言う政治家は多いけれど、それはかれらがきちんと勉強をして政策(少なくともその方針)をまとめないからだし、そしてそういうニーズがないからこそ学者のほうもそれに対応しない――そういう悪しき循環が続いている。

 こんど麻生首相は、戦略立案委員会のようなものを新たに設けるそうだ。それがアメリカのように、まともな専門家のまともな意見を政治に反映する場になってくれることを祈りたい。そしてアメリカの科学政策がこれでもっと開花して、日本でももう少しそれを見習おうという気運も盛り上がってくれないものだろうか。外圧頼みで情けない話ではあるけれど。


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