Voice 2008/3号 連載 15 回

モンゴルの禁酒令と古紙偽装に献血

(『Voice』2008 年 3 月 pp.134-5)

山形浩生

要約: モンゴルの禁酒令は、人死にが出ているので理解できるけれど、古紙の配合率を製紙会社が偽装していたからって何が問題なの? もともと古紙の使用を促進するための制度なんだから、古紙の需要が増えて足りないくらいになったんなら、そんな制度を杓子定規に守るのはむしろ有害。献血不足だってこういう杓子定規さがもたらす害の一例だ。



 正月早々にモンゴルにでかけてきたのだけれど、そこは日中の最高気温(最高、ですぞ)がマイナス二十度という極寒の地。仕事で滞在していた八年前からどのくらい変わったかという物見遊山気分ででかけたのだけれど、のどもと過ぎれば何とやら、寒いのは覚えていたが、ここまで寒いというのはさすがに忘れていた。鼻毛が凍り、耳が寒さでちぎれそうで、帽子がないと脳みそも凍り始める。朝青龍が、正月はモンゴルに帰りたいと言っていたが、いかにふるさととはいえ、ここに敢えて帰りたいとは物好きな、とお気楽なお上りさん外国人としては思ってしまう。

 が、それはさておき。八年ぶりのウランバートルは明らかに豊かになっていて、高いビルも建ち始め、商店も社会主義的どんより感を徐々に払拭しつつあったんだが、夜の町が変だった。酒場がどこも開いておらず、最初は正月休みかとも思ったが、レストランでもビールさえ出ない。さらにスーパーでも酒売り場は封印されている。

 きけばなんでも、店頭で販売されていたモンゴルウォッカに中国製の工業用アルコールが混入していたという事件があり、それを飲んで十数人が死亡したのだとか。このため新年早々にモンゴル政府は、原因が解明されるまで一切のアルコール販売を全国的に禁止た。問題のウォッカだけでなく、ビール、ワイン、その他すべて。

 短期滞在者としては、酒がないのは(特に娯楽が少ないあの国では)つまらないし、おかげで夜遊び系の場所が壊滅していたのもきつい。そして現地の人の一部はきわめて不満顔だった。問題があったのはウォッカなんだから、規制するにしても他の酒まで禁止することはないじゃないか、と。だいたいウォッカで体を温めないと冬が乗り切れなくて死ぬ人が出るかもしれないぞ、と。

 さて、これは海を越えた日本で読んでいる限り、笑い話のようなものではある。そりゃ対策は必要だろうけれど、何もそこまでしなくても、というわけだ。でも考えてみれば、これは日本でも近年にやたらに見られる現象ではある。そしてモンゴルの場合には政府がちょっとやりすぎな対応を見せたのに対し、日本では国民の一部がそれを要求し、マスコミがそれを無用に煽る。食の安全とやらを錦の御旗に、何十年後に、全国で一人くらい病人が出るか出ないかの狂牛病/BSEで大騒ぎしてみせて、意味のない全頭検査を要求して米国産牛肉輸入を止めて見せたり。ちょっと規程以上の農薬が入っていたといって野菜の輸入に規制をかけたり。期限切れの食材を使ったくらいで天下の一大事みたいに大騒ぎしてみたり。

 いや、モンゴル政府が焦って過剰にも思える対応をするのは、まだわかる。短期間に二十人近くが死ねば、それは大問題だ。まして放置すれば被害がさらに拡大する可能性は十分にある。その全貌がわからない時点では、少なくとも殺人ウォッカがどのくらい出回っているかわかるまで多少強い対応を打ち出すというのも(国民はブツブツいうにしても)決してやりすぎとはいえないかもしれない。

 だが日本では――どれもそんな緊急性のある話じゃない。すぐに人死にが出るような話は一件もなかったし。でも、対応はやたらに厳しい。ちなみに正月あたりに、献血が不足しているというニュースが流れていたけれど、これだっておそらくはBSE病がらみの無用な騒ぎも尾をひいているはずだ。いま、一九八〇~九六年にイギリスに一泊以上滞在した人は、BSEがらみのリスクがあるから献血できない。献血しようというくらいの元気で好奇心ある大人の多くは、その時期にイギリス旅行くらいしたことあるだろう。その層が全滅ですからねえ。このぼくも含め。それで手術等に出る支障を考えたら、BSE懸念がかえって国民の健康を害している部分のほうが圧倒的に大きいんじゃないか。

 で、モンゴルから帰国してみると、今度はなにやら年賀はがきの再生紙混入率偽装がどうした。これまたバカな話で、古紙利用が少ないときには政策的にその利用を促進して需要を作るのも意味があるけれど、調達できないほど古紙需要が高まってしまったら、もはや公共的な調達基準で無理に需要を作らなくてもいいのに。各種制度や規制で本当に守りたいのはどんなことなのかを明確にして、その範囲内で融通のきいたいい加減さのある運用を進めることはできないものか。モンゴルの禁酒も、本稿執筆時点では徐々に解除されつつあるようだし、日本でも無意味に杓子定規な規制を少しゆるくするような方策が何とかできないものか。


前号へ 次号へ  『Voice』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。