Voice 2008/2号 連載 14 回

儲かる慈善より儲けて慈善を

(『Voice』2008 年 2月 pp.128-9)

山形浩生

要約: 中田英寿は、自分探しの中でなにやら慈善にもなるビジネスをやりたいそうだが、それはなかなかむずかしいので、ふつうの営利事業でもうけてそのあがりを慈善にまわしたらいかが? DFS創始者は、その手法でアイルランドを一変させるすごい慈善をしているよ。



 あけましておめでとうございます。さて先日、ぼくの連載している別の雑誌がいきなり元サッカー選手の中田英寿責任編集になっていて、執筆者のぼくだけでなく、多くの読者も失笑を禁じ得なかったようだ。サッカーをやめたかれが、いい歳して自分探しの旅に出て、あちこち大名旅行をしてまわっても未だに自分が見つからないご様子。何やら漠然と、バングラデシュのグラミン銀行みたいな、慈善っぽいんだけれどビジネスとして成立するようなことをやってみたいようなことは述べていたのだけれど。

 ふーん。まあ志は結構なんだが(ということにしておこう)、そんなむずかしいことを考えなくても、もっと簡単な方法があるのに。普通にビジネスして儲けて、その金できちんと慈善すればいい。最近、それをまさにやった人の伝記を読んで、ぼくは少し思うところがあったのだ。

 香港のペニンシュラホテルの裏付近などにある、免税ショップDFSで買い物をしたことのある人は多いだろう。かつてパックツアー全盛期には、日本人団体客は必ずここに連れてこられて買い物をしたもんだ。定番アイテムはジョニ黒、ダンヒルのライター、どこぞの香水――日本人観光客増大とともに、このDFSはすさまじい成長をとげた。

 ぼくが読んだのは、その創業者チャック・フィーニーの伝記だ。ゼロから出発して、世界中に広がる一大小売りチェーンを築いた人物だ。もちろんかれは巨万の富を得て、世界金持ちトップ10にすら入ったことがある。

 だが驚いたことに、この人は自宅すら持っていない。飛行機はすべてエコノミー。車もない。時計も15ドルの安物。なぜか? この人は、自分の稼いだものをすべて注ぎ込んで慈善団体を作り、世界中にすさまじい寄付をしてまわったからだ。その寄付にも事業家としての才覚を全面に活用し、ある国や地域で欠けている分野を見つけて資金を集中投下する。いったん決めたらすぐに金が用意され、翌月にはプロジェクトが動き出す。アイルランドの(すべての)大学、ベトナムの病院等々、この人が慈善で目をつけたところは、セクター全体が一変する。そして、財団そのものが自己目的化しないように、2020年頃には財団の全資産が使い果たされて解散するような定款を定めている。

 そしてこの人の寄付には、他にはない特色がある。つい最近まで、匿名が条件だった。だれが寄付しているのか、絶対にばらすな! 理由はない。とにかくかれは、そういう奥ゆかしい性格だったのだ。この伝記を始め、最近になって名前を公開し始めたのも、寄付の規模がでかすぎて関係者の間ではもはや公然の秘密となってしまったからだとか。

 この本は、ビジネスと慈善それぞれについてのみならず、両者の関係についても実に示唆的だ。中でも、慈善においてビジネス的な才覚がいかに重要か、という部分が。慈善といえば、採算度外視が当然と思われているけれど、そんなことはない。ちゃんと有益な結果が出る、リターンの大きい事業を見つけてやらないと、せっかくの慈善が無駄じゃないか。一時的で表面的な救済じゃない、その社会全体の問題がある程度は解消されるようなことをしないと。そこから自分の懐に金が戻ってこないにしても。

 そして、これならだれにでもできる。そりゃ、グラミン銀行級のことができればかっこいいだろう。でも今からマイクロファイナンス事業をどこぞで立ち上げたところで、二番煎じ、三番煎じ、あるいは出枯らしのそしりさえ免れまい。それに匹敵する別の事業といっても、グラミン銀行といえば親玉のムハンマド・ユヌスがノーベル平和賞をもらったくらいのすごい発想と仕組みだ。何をやっても足下にすらなかなか及ばない。もともと慈善とビジネスを両立させるのは結構骨なのだ(そうでなきゃみんなやってますって)。

 でも普通の事業で稼ぐなら、やりようはある(たとえばサッカー選手をするとか)。その上がりと才覚で思いっきり慈善事業する、というのも十分にできる。にほんでも、クロネコヤマトの小倉元社長が障害者雇用でおもしろいことをしているぞ。自分を探すのもいいけど、そういうことも考えてくれないかなあ、とぼくは思うのだ。

 サッカー選手ならぬ一般の人そうだ。このケチなぼくですら、年間百万円くらいは災害援助系の慈善事業に寄付しているのだ。本誌の読者のみなさんは、おそらく日本の中では所得の高い層に属すると思うので、お正月でもあることだし、そういうことを考えていただいてもバチはあたらないんじゃないかな。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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