Voice 2007/11号 連載 11 回

戦争反対は理念より実利から

(『Voice』2007 年 11 月 pp.112-3)

山形浩生

要約: 戦争はあまりもうからない。日清戦争も日露戦争も、ボロボロの大赤字だ。軍靴がどうしたとか抽象的な理念やお涙ちょうだいの悲惨話で戦争反対するよりも、こういう数字を見せて、こんな特にも何もならないものはやりません、と言った方がいいと思うんだけどね。



 宣伝めいて恐縮だが、戦争の経済学についての本を先日訳し終わったところだ。道徳的なお説教など一切なく、戦争についてひたすら経済学的に分析する(というより戦争を事例に経済学の概念を教える)という、ありそうでなかなかない本で、現代の傭兵の仕組みや国連軍のダメな理由、自爆テロの合理性から核物質の闇市場価格まで扱う話題も実に多様。本自体は十月末に出る予定なので、ご興味があれば探してみていただければ幸甚。

 さてその際に出版社の要望で、おまけの章として日本の事例を使ったものができないかと相談を受けたのだった。イラク派兵は本当に日本にとって得だったのか経済的に分析できないか、というのがご要望だったのだが、これは無理ではないけれどなかなかむずかしい。派兵で日本が何を得たか、定量的はおろか定性的にも明確でないからだ。もう少し事業収支的な見方になじむものはないかと探して、日清戦争をはじめ、大日本帝国時代の戦争について少しデータを調べてみた。

 これが、どれも事業としてみると、まったくどうしもうもない代物ばかり。ほとんどが赤字だ。数少ない黒字だった日清戦争ですら、清国から分捕った賠償金をもとに計算すると、収益率がたったの五十七パーセント。一見かなり儲かったように見えるけれど、大きめの不動産開発だって二〇パーセントくらいの収益はほしいところなのに、戦争というすさまじいリスクを抱えた事業にしては、あまりにしょぼい収益。まして五十七パーセントは事後の収益だ。負ける確率まで含めた期待収益率を考えたら、とうていまともな数字にはならなかったろう。これがましなほうなんだから、後は推して知るべし。

 でも植民地は? たとえば日清戦争では賠償金以外にも台湾その他の利権を得たから、それで儲かったのでは? 残念ながら(というべきか)これも全然儲かっていない。一九三〇年前後に外務省調査部が、満州事変までの各種戦争と植民地からの収益を元にした収支分析を行っているのだけれど、これが泣きたいくらいの大赤字(特に日露戦争のダメさ加減は憤死もの)。戦費は除いて植民地維持費用と植民地からのあがりだけを見ても真っ赤だ。報告を出した戦前の外務省ですら、これはあまりにひどいから外に出るにしてももう少し考えようぜ、という提言をしているほど。

 ふーむ。まあ考えてみればむべなるかな。植民地というと収奪してしぼりとればいいだけだから大もうけ、という印象が一部にはあるけれど、収奪できるほど繁栄していただくのはそんなに楽じゃない。インフラも整備してあげて、産業ノウハウも入れて、治安維持とかその他のいろんなてこ入れも必要だし、なんだかんだで結構面倒で手間暇かかる。イギリスのように何百年もいすわれば、いずれ回収できたかもしれないが、十年二十年では確かにつらかろう。が、それでもそんなに儲かっていないどころか、持ち出しで赤字になっていたとは知らなかった。多少は儲かっておいしい思いをしていたからこそ、次々に侵略(でも進出でもいいが)を繰り返していたのかと思っていたのに。

 そして戦争や植民地というとすぐに地政学が云々とか戦略どうしたこうした、という聞いたような話が出てくる。でも一連の戦争の流れをざっと見た限り、そんなむずかしい話をしなくても、ごく単純に事業的な解釈で太平洋戦争に至る流れは理解できそうだ。事業で赤字を出してそれを取り戻そうとしてもっとダメな事業で墓穴を掘り、それを取り戻すべくさらに……というありがちなお話。そして最後の一か八かの大ばくちが太平洋戦争だ。ガキの頃には「日本は軍事大国への道を突き進み……」とだけ教わって、それが何のためだったのかよくわからなかったけれど、損を取り返そうとして手を広げていったのだと言われれば納得したんじゃないかと思う。

 そこから少し発展すると、世の反戦教育みたいなものだってもう少しやりようが出てくるんじゃないかと思う。理念だけで念仏みたいに、戦争悲惨反対繰り返しません軍靴の音がと唱えるより、単純に戦争は儲からないし(最近のはなおさら)、植民地も大損だったから二度とやらんほうがいいよ、と言ったほうが明快で風化もしなくていいんじゃないか。教わる側もすっきりすると思うなあ。最近では子供に経済を教えようという動きもあって結構なんだが、その中身はいきなり株式投資をやらせるとかバカな代物も多い。お金の流れとか、儲けるとか稼ぐってどういうことなのかをざっと教えたら、それを足がかりに各種の教科を有機的に組み合わせてもっとおもしろくできると思うんだけどな。この戦争の話みたいに。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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