Voice 2007/8号 連載 8 回

できもしない削減目標を掲げるのはやめよう

(『Voice』2007 年 8 月 pp.122-3)

山形浩生

要約: サミットなんて話題づくりの無意味なパフォーマンスだが、それにしても京都議定書の目標すらろくに達成できそうにない連中が、2050 年までに二酸化炭素半減なんて話を本気で唱えるハイリゲンダムサミットは、パフォーマンスにしてもかなりお粗末ではないか。



 ハイリゲンダムのサミットで、日本と欧州が二〇五〇年までに温暖化ガスの排出を半減させるなんていうまぬけな提案をしたとか。いやはや。

 いやもちろん、世界の首脳を集めてやるサミットなる行事に、実質的な意味なんかないのは常識のある人なら当然知っていることだ。各国首脳とはいうものの、みんな独裁者じゃないんだから、かれらが話し合ってその場の一存で勝手に決めごとをするわけにはいかない。サミットで何やらが決まりました、というのはおおむね事前に事務方があれこれ手をまわして、すでにだいたい決まっていた話で、サミット自体は絵になる写真が欲しいメディアや、それを真に受けたがる人々のためのお芝居にすぎない。そんなお芝居をあれだけの手間暇かけてやる価値があるか、というのはまた別問題ではあるけれど。そしてお芝居である以上、大風呂敷を広げて見せて観客の受けを取るのも重要だろう。いや、それこそが主目的なんだとさえ言えるだろう。そしてその大風呂敷に中身が伴わなくても、そうそう目くじらをたてるべきではないのかもしれない。

 だが、と思うのだ。お芝居の大風呂敷にしても、多少は信用を考えて、少しは実現性のある話をしたらどうだろうか。日本は(そしてドイツ以外のEUのほとんどの国は)京都議定書の目標ですら達成できていないのだ。その状況で、それよりさらに厳しい制約の旗をふって、だれが信用すると思っているんだろう。

 ぼくはそもそも、いまの京都議定書だってまぬけだと思っている。一九九〇年水準から6%減らす? ご冗談を。そしてそれが万が一(ものすごいコストをかけて)実現できたところで、温暖化の進行が二、三年ほど遅れるだけなのは少しまじめに情報収集すればすぐにわかる。数百年単位の現象の話をしているときに、二、三年分の変動なんて誤差範囲でしかない。

 だが、仮にそれが多少なりとも意味があるとしよう。とりあえずの第一歩なのだ、とかなんとか。でも、実際問題として、批准した国の中で目標を実現できそうな国は、イギリスとドイツだけだ。しかもこの両国は、スクラップ寸前の旧式不良設備をたくさん抱えていて(特にドイツは旧東独の設備が多かった)、それを始末したというだけのことだ。その他の国はどこも実現できそうにない。それも、がんばったけれどマイナス五%までしか行きませんでした、というレベルじゃない。みなさん、一九九〇年の水準と比べて一割も二割も排出量が増えているのだ。

 いちばん簡単にできるはずの第一歩の削減からまるっきり達成できていない。まずこの事実をきちんと受け止めて反省すべきじゃなかろうか? そもそも目標がムチャだったんじゃないの? まず現状の評価をきちんとして、その失敗の原因を整理すべきだろう。そしてそれをふまえてもう少し現実的な目標を考えて、あとは温暖化の進行にどう対応するかを考えるのが責任ある対応ってものじゃないだろうか。

 それなのに六パーセントの削減もできない連中が、五〇パーセントの削減を訴えてだれがまともに取り合うだろうか。小池百合子はそれを外交的な勝利だと述べたとか。でも外交というのは、達成できもしない目標を重ねることなんだろうか。

 ただしこの目標が絶対に不可能かといえば、そうではないかもしれない。先日イギリスの『エコノミスト』誌におもしろい記事が載っていた。大気中の二酸化炭素の数パーセントほどは、遊離電子とくっついてイオン化し、地球の磁場にのって宇宙に排出されている。だから北極の空に向かって高出力のレーザー照射を行えば、遊離電子が増えて二酸化炭素のイオン化が加速され、ものすごい量の二酸化炭素を削減できる! 理論的にはかなりしっかりしているし、必要な設備も微々たるもの。数十メガワットの発電所一個ですむ。温暖化対策も、二酸化炭素の排出をしぼる抑圧的で実効性のないやり方より、こうしたまったくちがう形での削減方法を検討すれば、様相が変わってくる可能性はあるだろう。もし日本やEUの大風呂敷が、そこまで考えた上での話であるなら、ぼくはかれらを見直す。

 だけれど、まあそんなことがあるわけはない。かれらは旧態然とした我慢大会の延長で半減ができるつもりでいるんだろう。でも、そんなことはあり得ない。特に途上国は、これから発展して貧困を脱出しなきゃいけない。かれらに我慢しろとは言えない。中国はこうした無茶な排出削減に反対したそうだけれど、当然のことだ。

 ちなみに京都議定書は、間際で各国が排出権取引で権利だけを買いあさり、なんとか帳尻だけあわせて「成功」だと強弁する結果になるだろうと一部では予想されている。が、この五割削減は、いったいどんな形で帳尻をあわせるのか、見物ではある。もちろん、サミットなんていうお芝居を見て喜ぶほどあなたが暇人であれば、の話ではあるけれど。


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