Voice 2007/3号 連載 3 回

凡人の教育は凡人に聞こうよ

(『Voice』2007 年 3 月 pp.96-97)

山形浩生

要約: 教育再生会議なる首相の諮問機関が、塾を廃止せよとか非常識な提言ばかりやって世間の失笑を買っている。それはメンバーが、傑出した天才ばかりだというのも大きい。天才には凡人の苦労はわからないし、また天才は非常識なことが多い。そんな連中に凡人の教育のことをきくのはまちがっている。コンビニ店長と企業の部課長クラスに聞こうよ。



 教育再生会議とかいう茶番があって、そこの座長をつとめるノーベル化学賞学者野依良治が、塾を禁止しろ、自分たちは塾無しで立派にやってきた、という提言を盛り込むよう強硬に主張しているという話が昨年末に報道された。  さて毎回思うんだけれど、この手の会議は人選をまちがえていると思う。傑出した運動選手。傑出した学者。有名な作家や大企業の社長。そんな連中を集めて議論させるのはまちがっている。

 だってこの教育再生会議は、われわれ一般の凡人が受ける教育のあり方を議論するものだ。ところがこの人たちは、どう見ても凡人じゃないんだもの。

 凡人じゃないというのは二つの意味がある。まず一つ、かれらは傑出した能力を持っている。ノーベル賞をとるような学者、金メダル級のスポーツ選手――たぶんその域に達するには、才能と努力をあわせもったすごい能力が必要となる。さて……そうした人々は、傑出しているが故に、凡人の苦労が理解できないのだ。

 天才というのは、幽霊を見る能力と似ている、と橋本治は言っていた。凡人がどんなに努力しても見えない何かを、天才たちは苦もなく見てしまう。凡人は驚愕して、どうすればそれが見えるんですか、と尋ねる。ところが天才は、凡人が何を言ってるのかさえわからない。だって、そこにあるじゃないですか、と言うしかない。

 最近、アップル社の創業者の片割れスティーブ・ウォズニアックの伝記を読んだ。初期のアップル社はかれの天才的な設計なしにはあり得なかった。でも伝記を見るとその天才的な成果のあらゆるものが「見てるうちに思いついてやってみたらできた」「ちょっとソフトを書いてみたらこうなった」ですまされている。ぼくたち凡人はその「思いついて」とか「ちょっと」の部分で何が起きているか知りたいのに。

 そんな人々なら教育でも「勝手にやらせればいい」「自由に才能をのばさせればいい」と言うだろう。「塾なんかいかなくてもいいはずだ」と。確かに、かれらはそれでよかった。でもそれをぼくたち凡人に適用していいんだろうか? ダメでしょ。

 そしてもう一つ、かれらは別の意味でも凡人じゃない。天才であり傑出した人物であるが故に、一般常識に欠け、社会性がない。多くは営業で頭を下げてまわったこともないだろう。出張精算で経理部に怒られたり、家のローンの 0.2 パーセントの金利差に悩んだこともない。バイトしたこともない。お客さんにつめられたこともない。往々にしてかれらはわがままなお山の大将だ。一部の科学者やスポーツ選手の非常識ぶりは、時にほほえましいエピソードとして語られたりすることさえある。

 そんな人たちが、凡人向けの教育に必要なものがわかるはずもない。作家曾野綾子は、自分は二次方程式の解の公式なんか使ったことがないとのたまい、だからそんなものは子どもたちに教えなくていい、と言った。驚いたことに経済統計学者の佐和隆光まで『経』という雑誌でこれに賛成している。そりゃ作家先生は二次方程式はいるまい。でも車の加速やブレーキを理解するくらいのことだって二次方程式の話は知っておいたほうがいいし、その一環として解の公式だって知っておいた方がいいでしょ。そして佐和隆光は、ご専門の統計で二次方程式を解かないの?

 そしてこの天才たちの視点から生み出されたのが、あのゆとり教育だろう。適性や好き嫌いを無視してつめこむから無理が出て学習効果もあがらない、だからゆとりを与えて本人の興味にあわせた選択肢を与えれば、みんな好きなものを喜々として勉強するだろう――これがゆとり教育の根本的な考え方だ。が、これはだまっていても勉強や練習をする人の発想だ。たいがいの人は勉強なんか嫌いなのだ。選択肢があれば最悪何も選ばずにテレビでも見ていたい。その選択肢を作る側だってそうだ。言っちゃ悪いが、学校の先生なんてほとんどがそんなに頭がいいわけじゃない。独創的なカリキュラムを考え、選択肢をいろいろ作る能力なんてあるものか。

 まあこの教育再生会議は、単に話題づくりの打ち上げ花火で、真面目に受け止めるべきものでもないのかもしれない。でも本当に教育を改革したいなら、もっと凡人――そして凡人を使わなきゃいけない人々――を集めて意見を聞こうよ。会社の課長係長クラス、コンビニの店長、工場の職長、いまは事務方になってる役所の係長たち。そんな人が求める最低限の教育水準を考えてもらおう。単なる話題性だけで、天才たちの明らかに非常識なご意見をもてはやさないでほしいな。そんなことをしていると、この教育再生会議のみならず、この手の委員会だの諮問会議だのすべてがうさんくさく見られて信用をなくしてしまうぞ。


前号へ 次号へ  『Voice』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。