今、いちばん大切な本

(月刊『スタジオボイス』2006 年 11 月号)

山形浩生

要約: 「今」に注目しすぎると、時事ネタに追われて流されるだけ。普遍的なテクノロジーや経済をきちんと理解するほうが、長期的にはかえって今をよく理解できるようになる。


 イラクとかテロとか格差とか、適当な時事ネタを拾ってきて「今」っぽい顔をするのは大変に簡単で楽なのだけれど、それが結局はつまらないのは、それがただの「今」でしかないからだ。「おまえはただの現在にすぎない」と言ったのはだれだっけ。その場限りのアドホックなご託に終わらない、今日のいま、明日のいま、昨日のいまを貫く何かの力なり原理なりに関する洞察がないと、「今」なんかいくら見ていても意味がない。

 ということで、「今」の現象につながりながら、もっと普遍的な射程をもった話となると、一つのはテクノロジーの話、そしてもう一つは人間の行動や選択原理の話だ。後者は、またの名を経済学という。

 だが通常、経済学はそういうものだと思われていない。お金の話だと思われている。でも、経済学はそれにとどまらない。「今」を引き起こした人間の各種選択行動とその根底にある原理を探すのが経済学となる。そうした経済学の側面を、実に読みやすく楽しく、だが、きわめて正確にかいま見せてくれるのが、レーヴィット&ダブナー『ヤバい経済学』(東洋経済)だ。子供の名前のつけかた、各種情報が持つ選好への影響力、相撲八百長やカンニングが起こる原因とその見つけ方、犯罪と中絶の関係……そんな変なテーマがことごとく経済学的に説明されているうえ、笑えます。

 似たようなテーマを説明したのが、中島 隆信『これも経済学だ!』(ちくま新書)。著者は生産性の調査で有名な一方で、『お寺の経済学』『障害者の経済学』などで、変わった分野の経済的な分析を通じて、必ずしもあめとムチに頼らない経済行動についての説明をあれこれしてみせている。『障害者の経済学』は、非常に言いにくいと思われることを平気で書いてしまい、障害者は生活保護で甘やかすから自立できない部分も大きいことを教えてくれてとても勉強になる。『これも経済学だ!』は、これらの本のさわり集でもあるし、新書だからさっと読める。

 各種の現象を説明しつつ、もうちょっと伝統的な経済学の解説書になっているのがハーフォード『まっとうな経済学』。邦訳はタイトルといい表紙の写真といい、明らかに『ヤバい経済学』を意識しているが、両者は特に関係ない。でも、こちらもよい本。レヴィットの本は、みんなが大学でいやいや受講した経済学とまったく関係ない感じだが、こちらは普通の経済理論を、各種の現象を通じて説明する感じだ。

 変なものへの経済学の応用というと、田中秀臣『最後の「冬ソナ」論』(ダイヤモンド社)は、まあ怪著といいましょうか。半分は映画やテレビ評論だけれど、でもそれがだんだんまっとうな経済学理論の説明に落ちてゆくのはなかなか不思議。あと、拙著『たかがバロウズ本。』も、文学作品の経済モデル化と言う無謀な試みを行っておりますが、これはまあ半分(半分だけね)冗談ってことで。

 さて経済学では、人がある選択をしますよ、とかリンゴ3個とみかん5個なら交換してもいいと思いますよ、といった説明はできるけれど、なぜそっちのほうがいいと思うの、と聞かれても答えられない。でも最近だんだん、経済学と生物学や心理学を統合する試みが出てきた。完全に合理的な選択をする人間という想定は、おおざっぱにはうまくいくけれど、人間の細かい不合理な行動を完全には説明しきれない。そのギャップを埋める最近の試みの紹介としておもしろいのが友野典男『行動経済学』(光文社新書)。そしてそれをさらに発展させて、各種不合理な行動の生物学的・心理学的な理由づけまでの踏み込んだエインズリー『誘惑される意識』(NTT出版)。網羅的な紹介なら前者、そして後者は一つの理論で、目先の誘惑になぜ人が負けるか、なぜ人は後悔するか、なぜ人は変なルールで自分をしばって身動きとれなくなってしまうのか、なぜ人は豊かになっても不幸なのか、なんてことまで説明してしまったすごい本だ。



「スタジオボイス」原稿トップ  山形浩生トップ


YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.0!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。