連載第?回

ライブドアの手口。

(『SIGHT』2006 年 春)

山形浩生

要約: ライブドアの堀江が逮捕されたが、ふたをあけてみたらライブドアはあまりITしてなかったということが衝撃ではある。




 サイバー砂漠、というコラムの性格上、今回はライブドアの一件についてコメントしないわけにはいかないだろうなあ。本誌発売の頃にまで旬が続くかは不安ではあるが。

 さて、ここでぼくは自分の不見識を告白しなくてはならない。今回の一件でぼくが一番驚いたのは、ライブドアが実は IT 企業ではなかった、ということだった。

 2004年末の本誌別冊書評で堀江の著書(具体的に何だったかは忘れたが、中身はどれも同じだから気にする必要はない。確か黒いやつだったと思う)についてコメントしたときには、本に具体的な事業内容についての記述がなく、またライブドアのウェブページを見てもあまりにヤフーと同じで倒れそうになった旨は述べた。かれらの他の「商品」を見ても、大してオリジナリティのあるものはなく、何で儲かっているのやらさっぱりわからない。だから、今回の一件が報じられたときには「だからライブドアなんて中身がないと言っていたじゃないか」と思って結構得意ではあった。

 でも、まさかライブドアがIT企業でないとは思ってもいなかった。二番手戦略というのはそれなりに有効な手口ではあるし、成功例の真似に徹するというのも、いい顔はされなくても手口としては十分ありだ。それで儲かるのも、あり得ない話じゃないとは思ったし、現実に黒字を出しているようだから、なんか企業秘密があるのかも、と思わなくもなかった。一応企業経営だもの、自分の手の内をすべてさらけだすようなことはなかろう。商売上の秘密というのは誰にだってあらぁね。そして、あれだけネットだ IT だと連呼するんだから、ネット企業であることはまちがいないんだろうと考えていた。

 でも実際はちがったんだね。むしろITやネットをめぐるお題目を使って株価をつりあげ、それにより企業買収をして売り抜けるのが主要な業務だったわけか。まったく認識していなかった。

 かれらのやっていたことは、おおむね次の4つに分類できる。

 この四つが、相互に強化しあうことでかれらの商売は成立していた。

 第一の黒字は――ライブドアが今、粉飾決算で起訴されているのはこの部分だ。株式売却などの利益を営業収益にして、黒字が出ているように見せかけていたこと。

 そしてなぜ黒字か、という説明に使われたのが、四番目に挙げたネット利用の各種お題目だ。

 たとえば球団を買収するときにも、あるいは競馬を買収する場合にも、かれらはITやネットとの連動を一応お題目としてあげていた。ネットで球団や競馬についてのコメントを集めたり、それらに関連した各種アイテムをネットで販売したりすることで新しい収益を生み出すとともに、経営を合理化して儲けるのだ、という話。放送局の買収ねたでは、それが特に顕著だった。ネットと放送の融合、テレホンショッピングをネットと連動させる云々。この手のお題目は、かつてのアメリカのネットバブル時代に山ほどネット論者によって唱えられていたことだ。

 だがおもしろいのは、かれらがそういう IT やネットというお題目をどう使ったか、という手口だ。ぼくがかつての書評で批判した点――具体的な中身がないこと、そして実際に出ているものも二番煎じばかりだということ――は、実はかれらの手口としては十分に「想定内」のことであり、むしろかれらはそれをねらってやっていたんじゃないか、とさえ今では思う。堀江たちの主張、ライブドアの主張というのは、具体性には欠けるけれど、決してまちがっていたわけじゃない。お題目としては特に文句のつけようがないものだった。というより、お題目だからこそ、「それはちがう」とは言い難い批判に耐えるものとなっていた。そしてぼくみたいな小うるさいやつが何か言っても「いやそれが単なるお題目であるなら、なぜわれわれは黒字なんですか? われわれはお題目を実現するだけのノウハウを開発したということです。でもそれは企業秘密だから教えてあげませんよ」と開きなおればすむだけの話だ。

 二番煎じであることも、そこでは問題にはならない。結局のところ、そこでの二番煎じサービスや二番煎じサイトの役割というのは、儲けにつながる可能性のある各種のサービスやサイトを運営しています、というのを示すことでしかなかったんだから。そして、一番煎じがすでにあってそれなりに成功している以上、二番煎じが成功できないとはだれにも言えない。それに、見る人全員が各種ネットサービスに精通しているわけでもないし、ライブドアしか知らない人なら二番煎じだということさえわからない。

 要するに、ぼくはかれらのやろうとしていることを十分理解せずに、つまらないところで批判をしていたというわけだ。

 お題目がきちんとしていれば、そしてそれが現実の黒字で裏付けられていれば、株価の上昇につながる。そして株価が上がれば、株の交換を通じた企業買収(三番目の項目)もしやすくなる。さらに企業買収のアナウンスと同時に本やメディア露出によりネット利用のシナジーを唱え、そして「黒字でしょ?」と示すことで、主張のもっともらしさを印象づけ、知名度を上げることで、さらに株価の上昇もはかれる(世のネット株式入門書を見れば「知っている企業に投資しろ」というアドバイスが腐るほど出てくる)。また株式分割を使ってバカな投資家を手玉に取る株価つり上げの手法については、別のところで説明したのでそれを参照してほしい。

 そして企業買収を少ない自社株で実現できれば、それを売り抜けたときの儲けも増える。それを帳簿上の操作で営業収益に繰り入れて、帳簿上の黒字を実現する。これで出発点に戻って、また次のサイクルを始めればいい。

 実によくできている。そして、こうして書くと汚そうに見えるけれど、この中で会計操作さえなければ、いけないところは何一つない。インサイダー取引など、あとから周縁的な問題は見つかっているけれど、この仕組み自体は、あまり極端なことさえやらなければ何も問題にはならない。

 ただ……永遠に続けるわけにはいかない。ぼくにわからないのは、この手口をいつまで続けられるとかれらが思っていたのか、ということだ。皮肉なことだけれど、これはかれらが経営に関するお題目本で自ら書いていたことだ。決算をオープンできれいにして、文句のつけようがないようにしておかなくては、すぐにみんな離れていく、と。今回の逮捕で、まさにその通りになったわけではあるけれど、かれらとてこんな形での幕引きを想定していたわけじゃなかろう。うまくどこかで、きちんと中身のある会社を買収したら、それにおっかぶせて逃げ出すつもりだったんだろうか。あるいはそこまでせずに、ある日忽然と雲隠れすることも、不可能じゃない。でも、あそこまでメディア露出した後ではそれもむずかしかろうという気もするが……どうだろう。

 これの答えはわからない。ひょっとしたら、そこまで考えていなかった可能性もあるし。そして今となっては、まあ考えても仕方のないことではある。

 まあ今後、仮に堀江たちが無罪放免になったとしてもライブドアがかつてのような状態に戻ることはあり得ないだろう。上に説明した仕組みはもう使えなくなっていることでもあるし。今回の一件の教訓は、ネットバブルが崩壊してわずか数年、さすがにしばらくはITのお題目にみんなが踊らされることはあるまいと思っていたその時期であっても、人は十分騙され得るのだ、ということかもしれない。それが IT という呪文の魔力なのか、それとも単に、浜の真砂はなんとやら、というだけの話なのかは、何とも言えないけれど。

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