連載第?回

住基番号などについて。

(『SIGHT』2005 年 冬)

山形浩生

要約: アマチュア無線の申請に住基番号を使おうとしたがまったくありがたみがない。面倒なだけ。せっかくあれだけ大騒ぎして導入したモノなんだから、せめてもう少し利用されるような体制をつくってほしいなあ。




 最近、人生でのやり残しを少しでも減らすべく、アマチュア無線の免許を取った。で、その手続きの電子申請がいかにダメかは別のところで書いた。ここでは、その過程で遭遇したもう一つの電子政府がらみの話をしよう。

 住基番号だ。

 住民基本台帳番号と、それを使う住基ネットの話は、しばらく前に大きな話題となった。ウシは10桁で人は11桁とかいう、とにかく番号をつけるのはすべてダメというくだらない反対論と、セキュリティ面でもう少しよいシステムが作れるはずだというまともな反対論がある中で導入された。一方でそれを推進する一派は、これにより行政が効率化されると述べ、中にはこれにより地方公務員の数が三分の一に減らせるなんていうトンデモな主張をする人もいた。でも実際に稼働してみると、一部の市町村が離脱したりして、思った通りには稼働していない。さらに、行政の効率が大幅に改善したという効果も出ていないようだ。もちろん、一部の自治体の離脱は影響するだろうけれど、でも不完全な形であっても、目に見える合理化が起こってもいいはずだが、そんな様子はない。いやもちろん、外から見てわからないだけかもしれないけれど……が、たぶんそんなことはないだろう。

 そしてもう一つ、住基番号については一部の人に妙な期待があった。いま、いろんな手続きをするのに、身分証明書がいる。たとえば不在で郵便局預かりになっている郵便物を受け取るときとか、あるいは携帯電話を買うときとか。往々にして、住所を証明するものを出せということになるけれど、住民票の写しを取ってくるのは面倒だ。そういうときに通常使われるのは、運転免許、健康保険証、パスポートなんかだ。さて、一部の人は住基ネットを擁護する議論としてこんな議論をしていた:もし住基カード(住基番号を書いた IC カードみたいなもんだ)が配布されるようになったら、それが本人確認や住所確認に使える、と。運転免許を持っていない人にはありがたい話じゃないか、だって保険証やパスポートを持ち出して落としたりしたらいやだし、と。

 さて、この議論は現在、総務省の住基カードのページにも、住基カードの利点として堂々と挙がっている。でも落としていやなのは、保険証やらパスポートに限らず運転免許だって同じだし、住基カードが本当に利用されるようになってきたら、それだって落としたらかなり困ったことになる。落としても困らないようなものは、本来は本人確認には使えないのだ。その人しか持てず、しかもそれをその人が多少は意識して守る、というものでないと認証には使えない。まあ、他に何もないという人はいるのかもしれないけれど。

 そして月日が流れて現在。読者諸賢の多くのお手元には、数年前に住基番号を知らせるはがきが届いたと思う。まだ住基カードは手数料 500 円(自治体ごとに決めるんだけどこれが相場)払って手続きをしないと取得できないので、そんなに普及していない(平成 17 年 3 月で 54 万枚)し、持っている人も少ないだろうけれど、住基番号が使える場面はだんだん増えてきた。冒頭に挙げたアマチュア無線の免許申請も、住所を証明する書類を見せてそのコピーを添付するか、あるいは住基番号を書くかどっちか、ということになっていた。

 さて、ぼくは目新しいことが好きなので、住基番号を使ってみようと思ったのだが……まず、住基番号なんてふだん使わないものだから、どこにあるかがわからない。一時間ほど探して、引き出しの奥から出てきたけれど……ふつうの人はここまで探さないだろう。もうちょっと日常的に使うような仕組みを作らないと、そもそもまったく利用されないだろう。ちなみに住基カードが成功している自治体では、日常的に使われるような仕組みをちゃんと構築している。図書館の貸し出しカードと兼用するとか、お買い物ポイントの仕組みと組み合わせたりとか。

 さらに、それを何とか克服して、実際に住基番号のはがきを掘り出して使ったとしよう。番号そのものを紙にずらずら書いて提出するのは、セキュリティにどうなのかな、という気はするが、大して問題じゃない。今はそもそも住基番号ががまり使われていないし、だからその番号が知られたところでどうなるわけじゃない。それに、他の選択肢としては運転免許を見せて、そのコピーを渡すことだ。それと、住基番号を記入するのと、どっちが個人情報的に問題だろうか? それはその機関(アマチュア無線の場合、申請処理を代行している財団)の文書管理次第だし、免許と住基番号とは似たりよったりだろう。ただし、住基番号の場合には大きな欠点がある。

 その番号が正しいかどうか、見ただけじゃわからないのだ。

 免許なら(あるいは他の紙文書なら)、その場で照合して記入された住所が正しいかどうか、第一次のスクリーニングはできる。住基番号では、それができない。それどころか自分が正しい番号を書いたかどうかも、その場ではわからない。ま、免許が無事届いたので、まちがいなかったらしいけれど、でもちょっと不安だ。そしてそれは、住基番号利用をちょっとためらわせるだけの不安ではあるのだ。

 住基カードを(お金を払って)手に入れれば、それは改善されるだろうか? ところが……住基カードは、ICチップに番号は入っているけれど、表面には番号が書いていない。結局、免許証とせいぜいが同じ使い方しかできない。いろんな機関がその場にリーダを備えて、すぐにデータを参照できるなら話は変わってくるけれど、今はみんなそんな設備を備えてはいない。

 となると、住基カードを入手しても、その場で提示すれば住所確認と本人確認がすむわけじゃない。免許と同じように、コピーを渡すしかない。そしてそうなると、本人確認で使うときの住基カードは実に偽造しやすい。免許なら、そのコピーを渡した場合、免許の番号を後から調べればそれが本物かどうかは確認がとれる。でも住基カードの場合、それっぽいカードを作れば、それが本物かどうかコピーを見ただけじゃ判断がつかないことになる。表面の住所を見て、その住人を確認するしかない。結局、本人確認の手段としてもかなり脆弱なんじゃないか。一応、今年の二月から原則として変造防止の幾何学模様は入れるようになったけど。

 住基番号は、ある意味でかわいそうな存在ではある。あらかじめ決まった用途以外に使っちゃいけないとか、複数のデータベースの照合に使っちゃイケナイとか、つまらない規制があるために(そしてそれをクリアするための手間を惜しんだこともあって)十分有効に使えなくなってはいる。それは惜しい話ではある。

 でも本当に有効な利用ができなくても、いまの住基番号だって使える場面はたくさんあると思うんだが。そりゃセキュリティは完璧じゃないけど、でもセキュリティ的にお話にならない三文判でも使い道はある。アマチュア無線の免許申請なんて、そんなセキュリティが必要な場面じゃないし、そういうところでもっと使い出があるようにしとかないと。電子申請ともっとうまく組み合わせるようにすれば、かなりのところまで行くと思うんだが。そしてそういうつまんないところで実績を重ねることで、みんなが慣れてきたらもっと重要なところでも使えるように考えようにできないもんだろうか。本当の有効利用ができないにしても、せっかくシステムを作ってなにやらみんなに(というよりほとんどの人に)配っちゃったんだし、できちゃったんならそれはそれで有効に使いたいじゃないか。

前号へ 次号へ SIGHT インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.0!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。