連載第?回

テレビの可能性……と、またもや著作権の壁。

(『SIGHT』2004 年 秋)

山形浩生

要約: テレビはいま最大の影響力を持つメディアなのに、図書館のようにそれを保存公開する制度はまったくない。個人のハードディスクレコーダをP2P的に使うことで、それを補う新しい仕組みができるのではないか? でもこういうときにも、著作権をたてにあれこれじゃまをしたがるやつはいるのだ。




 15年使ってきたテレビ、ここ半年くらい画面が妙に広がってふちが切れるようになっていて、そろそろダメかなあと思っていたら、先日ついに完全におしゃかになった。うーむ。ぼくはテレビ放送を自宅ではまったく見ないので(出張先では結構見るけれど)、家のテレビなんてビデオとDVDのモニタでしかないんだけど、それでもパソコン画面で見るのはなかなかつらいし、DVDをかけてると処理も遅くなるし、まあいい加減買い換えるか、と思って最近ちょっとあれこれ見ているのだ。

 さてテレビはいまオリンピック需要というのがあることになっている。さらにもうしばらくするとテレビはすべて切り替わってデジタル地上波になって、ということになっているんだが、そしていっしょうけんめい電気屋さんはそれをもり立てようとしているんだけれど、それがいまいち空回りしている感じだ。もう、オリンピックは昔ほどの訴求力を持っていない。これは世界的な動向だと思う。過去数回のオリンピックはどこも赤字だし。サッカーもみんな見るけれど、かわりに野球が下がってきて、テレビ局がいくら「アテネを見よう!」なんてあおったところで、関心のない人(ぼくとか)はまったく関心がない。液晶やプラズマが売れているのも、ブラウン管の普通のやつがやたらに重くなっているから、というだけのような気がする。みんながオリンピックを見なきゃ、とか思って高いフラットテレビを買っているわけじゃないだろう。

 まして、デジタル地上波になるから、なんて理由じゃないだろう。ほとんどの人は、そんなこと知らないもの。そして知ったところで、それで敢えて何かしようというわけじゃない。かつてニコラス・ネグロポンテという人が(ホントに「かつて」だな)、いまのテレビはもうだめで、デジタルテレビになってみんながもっと能動的にテレビに関われるようになったらテレビは変わる、という話をしていた。ハイビジョンとか、デジタル放送とか、たとえばサッカーフィールドをそのまま映して、視聴者が勝手に好きなボールを追いかけたり、好きな選手を追いかけたりする、とかできる、という話をしていた。でも、そんなところにテレビの可能性があるとは思えない。だれもわざわざ、テレビを見るのにそんな努力をしようと思わないもの。だらだら見られるのがテレビの最大の強みだ。ピクチャー・イン・ピクチャーとか、二画面表示とか、テレビの新しい機能というのもいくつか出たし、インタラクティブテレビの試みもいくつかあったけれど、まあ普及しないどころか、積極的に嫌われている。

 ぼくはテレビの可能性がもうちょっとちがうところにあると思っている。それはテレビ関係でもうう一つ売れている、ハードディスクレコーダだ。

 最近、拙訳で(といってもかなりうまい翻訳だけど)レッシグ『Free Culture』邦訳が出た。その中で、テレビやインターネットというのがいまや大きく情報流通を左右する存在になっているのに、新聞のような形で市民がそれをチェックすることがまったくできない、という点が指摘されていた。テレビも、そしてますますインターネットもマスメディアの一種であり、報道機関の一種だ。同じくそうした機能を果たしている新聞というものについては、各地の図書館がきちんと保存し、ほとんどだれでも、たいがいの新聞のほとんどの記事を参照できる。

 ところが、テレビはそれができない。古いテレビ番組の多くは、そもそも記録が残っていない。かつて「ひょっこりひょうたん島」を読売ホールで上映したとき、画面に映っているのは白黒映像だったのに「この放送はカラーでお送りしています」というテロップが流れていた。当時はカラーのテープはあまりに高くて、「ひょっこりひょうたん島」ごときに使うわけにはいかなかったわけだ。そしてもちろん、白黒でさえ残っていない放送も多いだろう。そして新しい番組でさえ、録画はどこかにあるんだろうけれど、それを自由に参照することはできない。去年のテレビ番組を自由に閲覧できる場所というのはない。紅白歌合戦の小林幸子の度派手な衣装がどうしたこうした、という話を耳にしても、それを公式に確認できる場所はない(ちなみに紅白歌合戦は、権利関係があまりに複雑で収録したものは二度と公開できず、最も価値が高いのにもっとも無益なビデオ、と呼ばれているのだそうだ)。

 ところが、ビデオの普及でそれが少しずつ変わってきた。2ちゃんねる等で、XXの映像が見たい、とだれかが書き込むと、どこかのだれかがそれをアップロードしてくれることが多い。もちろんすべてじゃない。またもちろん、そういうことをするのは著作権侵害になるので、ホントは違法だ。でも、可能になっている。そしていままでは、それは関心の高い一部番組に限られていた。でもその状況が変わりつつある。ハードディスクレコーダの出現で、どんな番組も、どこかでだれかがハードディスクの片隅に録画している、という状況が生まれつつある。そしてそうしたレコーダの多くが、ネット接続されていたりする。だったら、そのデータにインデックスをつけて引っ張ってこられるようにすれば……

 インターネットでもそうだ。インターネットはすぐ書き換えられる。その記録はいま、archive.orgとか一部のアーカイブサイトにかろうじて残されているだけだ。でも、実際にはちがう。実際には、世界中のマシンのキャッシュに古いネットの記録が残っている。これをなんとか活用する手があれば。いまだって多くの人が、消えたページについて「あれがキャッシュに残ってる人がいたら提供してくれ」といったやりとりをひんぱんにしているんだから。それをもっと汎用的なインデックスにしてどこかにおいとくだけでいい。あと一歩なんだ。ここでこそ、先日製作者が逮捕されてしまったようなファイル共有ソフトみたいなのが活用できたら。世界のどこかに、あの時間のあのチャンネルの番組が保存されているというデータがうまくまとまって、いろんな人がそれを見られるようになったら……そうすれば、いま実現できていないテレビのアーカイブができてしまう。インターネットでもそうだ。世界はいまこの時点で、すごい情報の保管庫を持っている。それも、だれも何も努力しないで。なんとなくテレビにハードディスクレコーダをみんながつないでいるだけで。なんとなくウェブをブラウズしているだけで。目に見えないところで、だれにも使われていない、でもすごいポテンシャルを持ったデータの蓄積がたくさんできている。

 これを活用できる仕組みができないものか。それこそ、たとえばビデオの録画忘れ対応サービスとかいう形で。「あ、これ録画忘れたけど、だれか録画してませんか」と問い合わせるサービス、という形で。これまた、前二回くらいであれこれ騒いだ著作権の問題がひっかかってくる分野ではある。そして、いまのテレビ局は、おそらくこんな仕組みを潰そうとするだろう、というのもある。現にテレビ局は総出で、外国にいる日本人に国内ビデオを録画して配信してあげるサービスを潰そうとしているところだ。でもうーん、なんとかならないものか。たまたま操作をまちがえたり、忘れたりしなければ自分のところで自分用に録画できていたはずの番組を、録画として提供されることはその人のビデオにおけるタイムシフト権の行使の範囲内だ、というようなことができないものか。いまアメリカでは、ビデオデッキを合法にしたのはまちがいだった、今後はそういうことが起きないようにしようという法改正が提案されている。それが成立すれば、たぶんやがて日本にも飛び火するだろう。そうなったとき、いま、ここにある可能性はやがて、キャッシュが切れるとともに流れ、消えてしまう。もったいないなあ。そしてその後のテレビの可能性は……

前号へ 次号へ SIGHT インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.0!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。