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2003年 SIGHT ブックレビュー

編集部選の三冊へのコメント

ウッドワード「ブッシュの戦争」

ワハハハ、出た頃はイラクを爆撃と同時期で、勇ましいことばっか言っててこんな本もムードにマッチしていたけれど、いま読むと実に笑える。といっても本書はイラク爆撃の本ではなく、アフガン爆撃の本なんだけれど。ブッシュやその側近たちが実に有能に動き、あらゆる側面を検討して勇ましく爆撃に至ったかのような、とてもかっこいい描かれ方がしているのだけれど、その後の泥沼状況を見ると、まあ爆撃自体はさておき、その後のことはほとんどまともに考えられてなかったのは明らかだもの。いまやこの本をぱらぱら読み返すと、もう冗談にしか読めない。いま同じ本を書くとしたら、ブッシュはいかに大量虐殺兵器の話をでっちあげることにしたか、とか実にトホホな本に成らざるを得ないだろう。でもだれかに是非それを書いて欲しいものだけれど。いま、著者のウッドワードが本書をどう思ってるか是非知りたい。

森永卓郎「年収300万円時代を生き抜く経済学」

 なんか……一時、調整インフレ論を主張していた頃の森永は多少まともかなと思っていたんだが、本書を読んでがっかりした。ITバブル→構造改革による金持ち有利社会→貧富の差拡大、という陰謀史観を平気でふりかざす人だったんだね。外資が日本を乗っ取るための陰謀だ、というわけ。ひどいなあ。かつて日本がアメリカの会社等を買いあさっていた頃のお馬鹿なアメリカ愛国議論といっしょ。個別議論も、正しいところと変なところが混在。たとえば、不動産の利回りは6-12%あるのに地価が下がっているのは、バブルの逆なんだ、だからいまのデフレは不自然だと言う。ふーん、でもそれが森永でもわかるほどおかしいなら、どうしてみんなさっさと不動産を買わないの? 当の森永も含め。本書で薦められている蓄財術は、趣味を生かしたネットオークションとかだけれど、なんでいま不動産を買えってことにならないの? まあ最終的な答が、あまりくよくよせずに気楽に生きろというものだからいいんだけど。

借りたカネは返すな!

 連帯保証人制度って変だ! はい、おっしゃる通りです。特にバブル時代に銀行が無理矢理貸したような金は、貸し手側の責任があるはずだ! はい、それもおっしゃるとおり。で、本書には銀行といかに交渉して、借金をまけさせるか、あるいはチャラにさせるかが書いてある。とってもおもしろい本だし、交渉における勘所が細かく書いてあるので、とても勉強になります。不良債権処理を進めるよう圧力がかかっている銀行の状況についてもよく考えてたちまわれ、というアドバイスはなかなか。とはいえ、この本に書いてあるような手口のお世話になる人は、すでにかなりやばい状況にいる人ですからね。対岸の火事としておもしろがって読んでいる分には、よい本です。でも、「じゃあこれで借金して踏み倒してやろう」とかよからぬことを考えている人は、考え直すように。本書がベストセラーって、そういう魂胆のひとが多かったんじゃないか、という気が……


山形浩生の選択

 ビジネスと科学! このテーマが交錯する最も大きな分野が、いまや環境問題だというのはおおむね異論はないところだろう。もちろん、イノベーションの問題とか、新技術がもたらすビジネスチャンスとか、そんな話はある。でも、ITがまあ言われたほどのすごい革命はもたらさなかった(いや、少しはあったんだけどね)状況で、バイオだのそれ以外の技術だのも何か遠い状況で、たぶん21世紀の前半において世界の経済のあり方すら左右するほどの力を持っているものといえば、環境問題になると思う。

 で、ロッキング・オン系の雑誌を読んでいる読者層は、おおむね環境保護しようぜ、とか京都議定書に参加しないアメリカは許せん、そんなんだからイラクを爆撃したりするんだ、と思っている人が多いんじゃないかとぼくは思う。さらに基本的に企業は環境汚染どばどばやりたがり、政府も(特にアメリカなんか)その傀儡で、おかげで世界の環境は悪くなる一方であり、良心的な環境保護団体や意識の高い市民がそれに対して果敢に戦っているのだ、というイメージを持つ人も多かろう。

 でも、そうじゃないのだ。早い話が、日本では一時のようなすごい公害病はもう起きない。世界的に見て、人はもっと健康になり、長生きして、豊かになっているし、環境もよくなっている部分が多い。実はいまの日本の予算とかを見ると、「地球温暖化防止ナントカ予算」というのが山ほどある。いまや政府だって、環境問題を口実に予算をとりたがるし、環境だってビジネスだ。市民団体は、往々にして感情的なだけのトンデモな人々の巣窟だったりする。環境改善は進めるに越したことはないけれど、それだけ特別扱いすべき理由はない。ほかの問題ときちんと並べて優先順位をつけるべきなんじゃないか? これは多くの人が思っていることだけれど、なかなかそれをまとめて言ってくれる人はいなかった。ロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』は、それをやってくれた希有な本だ。世間でいわれる「環境問題」すべてについて、それが長期的に見て(そして世界的に見て)どう推移してきて、実際にどのくらい重要なのかを教えてくれる。そして、すべてについて想定被害と対策コストをきちんと比べてくれる。残留農薬で死んだ人はいない。だったら、それについてそんなに大騒ぎすべきか? 地球温暖化も、二酸化炭素削減のために経済活動を抑えることは、発展途上国の経済発展をじゃまして、そこの人々を貧しいままに押しとどめる、先進国のエゴでしかない。それを本当に考えているのか? 本書は、いろんな問題についてそうした課題を一つずつ明らかにする。ここまで総合的な議論を展開してくれた本は他にない。環境問題にちょっとでも関心ある人は必読。自分の訳した本を紹介するのはちょいとルール違反だが、当分これを超える本は出ないだろう。

 さて次に、ビジネスというか経済だけの話に移ろうか。いま、世界経済で最大の問題は何か? 上にあげた環境問題? アフガン/イラクの侵略事後処理? ちがう。日本の経済停滞だ。日本経済は、本来ならバブルにならずに4%くらいの経済成長が可能だし、この10年の低成長のおかげで、本来実現できたはずの水準との乖離は拡大するばかり。もし日本経済がきちんと動き出したら、短期的には5%を超えるものすごい成長ができる。それが実現したら、アジアはおろか、たぶんアメリカやヨーロッパも不景気から引っ張り出してあげられるかもしれない。でも、いまの小泉政権の構造改革路線では、それは実現できない。不良債権処理も効果はないだろう。日銀がインフレを宣言して、それを実現するための行動を示す(つまりたくさんお金を刷る)ことが必要だ。これは経済学の理論的に一番シンプルで、しかも世界のまともな経済学者で反対している人はいまやほとんどいない。ところが当の日本でだけは、いい加減な理屈で反対論を唱える人が多い。田中他『エコノミスト・ミシュラン』はそうした各種論者を名指して指摘し、かれらの説の問題点を指摘してくれる。読みやすくて楽しいし、また各種論者のだれがまともで、誰が言うことをコロコロ変えているかがはっきりわかって有益。また後半の経済書書評は、明快に良書と悪書を切り分けて、読書ガイドとしてもきわめて便利。インフレを起こせ派の本は今年たくさん出たけれど、まずこの本を読むと見通しがかなりよくなるはず。

 お金や経済の世知辛い話に飽きて、もうちょっと夢のある話が読みたい人は大平『プラネタリウムを作りました』。多くの人は、そもそもそんなものを作ろうとは思わないし、作ろうとしてもハードルが高すぎてすぐ挫折する。なぜかというとふつうの人は、ためらいとか、逡巡とか、失敗したらいやだなとか、そういう回路が頭の中にあるからだ。プロジェクトXなら、そういう逡巡を「大平は、悩んだ」とか言って、その後の決断を劇的な音楽でもり立ててドラマを作るだろう。ところが、本書を読むと、この人はそういう逡巡がない。なんでもあっさり「作りました」「手に入れました」ですべてが進む。恐ろしい。なせばなる、というのを地でいくようなすごい本。あげくにできたプラネタリウムは、でかい商業製品をはるかにしのぐ恐ろしい代物。この人はすでに海外でも話題で、海外出張先でつけたテレビでも、ときどきこの人のドキュメンタリーをやっているけれど、とにかくすごい。最初はロケットをやっていたそうだけれど、たぶんそれがそのまま続いていたら今頃は「大陸間弾道ミサイル作りました」なんて本が出ていたかもしれない。さらにはプラネタリウム、いや科学教育のあり方を考えるにあたっても、著者の「アートとしてのプラネタリウム」という発想には大きなヒントが詰まっていると思う。

さて、この大平氏みたいな人はさておき、なぜ普通の人はやらなきゃいけないのがわかっていることでも逡巡して先送りにするのか? なんか脳内にそんな回路があることにメリットはあるのか? ピンカー『心の仕組み』は、ためらいの理論はないけれど、それ以外の知覚、認識、それに基づく情動(友情、笑い、家族愛)、そして制度(家庭、アート)その他あらゆる人間の心の働きについて、解剖学、生理学、遺伝学、進化論的に説明したすごい本。すべての機能は、ある種の生得的な機能と、脳内での処理効率の最適化に基づいたモジュールの組み合わせで実現される、というのが基本的な主張だ。しかもそれを、身近な例を使いつつ非常に説得力ある形で示してくれる。アメリカではベストセラーだ。こんな本や、ホフスタッター『ゲーデル、エッシャー、バッハ』みたいなのが売れるというのはうらやましいけれど、一方でピンカーのように、むずかしいことをきわめてわかりやすく説明できる書き手がいるのはすごい。本書については、ちょっと話を単純化しすぎているとの批判もあるようだけれど、それは仕方ないだろう。たぶん、ためらいにもそれなりの理由があるにちがいない。あわてて道に飛び出すやつは車に轢かれて死ぬ確率が高かった、というような。

最後はまたビジネスっぽいはなし。ここ数年、アメリカのエンロンやらワールドコムやらの粉飾決算のおかげでものすごい混乱が起きている。なぜそんなことが可能なの? どんな手口があるの? そういうのを知りたい人には、この『会計トリックはこう見抜け』がおもしろい。いくつか定番のやり口があって、本書ではそれが細かく示され、そしてそれを見抜くためには何に注目すべきかを教えてくれる。会計なんて、ひたすら数字が並んでいるだけの無味乾燥なものだ。でもその数字の中の、ちょっとしたヒントから大きな詐欺を見抜く、推理小説的なおもしろさが会計にはある。いや、詐欺ではなくても、その会社の仕組みがちょっとの訓練で見えてくる楽しさがあるのだ。ぼくは会計詐欺を見破ったことなんかないけれど、でもなんで事業が成り立ってるのかさっぱりわからない企業が、財務諸表を見ることで徐々にその仕組みがわかってくるというおもしろさが会計にはある。本書は、詐欺を見抜くパズルを通じてそれを結構よく教えてくれている。

 ただ、この本に書いていないのは、なぜそうした会計詐欺が増えたのか、ということだ。会計も、かわいそうではあるのだ。昔のように、実体のあるモノを見て、「あ、このダムおいくら」「この工場おいくら」とやっていればいい時代は終わって、知的財産だの人的資源だの、何やら実体のまったくないものしか資産として持っていない企業なんてのも山ほど出てきた。マイクロソフトを考えてごらんよ。資産といったら、MSオフィスやウィンドウズのコード。その価値をどうやって見抜く? その中で、従来とは会計の考え方も変わるべきだという発想が出てきて、かつては詐欺だったものが「創造的会計」と称してまかり通る事態が生じてしまった。そしてその一端には、おそらく冒頭に出てきた環境問題にからむ、環境会計なんてのがある。企業の財務評価などに、環境などの外部的な影響もとりこもうとする考え方。理屈はわかるけれど、グレーゾーンの実に多い代物だ。たぶん今後、環境会計をネタにした詐欺って必ず起きると思うのだ。サラリーマンなら、こういう本を読んで会計のあり方について考えておくのも、決して損ではないと思うぞ。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>