Valid XHTML 1.0! Sight 7 号 (2001.3 刊行) 書評:連載第 6 回

リスクとコンピュータ・リテラシーについて

日本リスク研究学会編『リスク学事典』(TBSブリタニカ)
ダニエル・ヒリス「思考する機械コンピュータ」(草思社)

山形浩生


山形浩生  今は 11 月頭で、台湾でシンガポール航空機が大事故を起こして、ギリシャでは日本人観光客がバスジャックにあったりしてるし、日経平均は先週から1万五千円台を割り込んで、ジリ貧傾向が止まらない。

 たぶんこういう状況で、すぐに「リスクマネジメントを重視しなくてはならない」「これからはリスク管理が」なんてことをヒョーロンカたちがしたり顔で述べることだろう。もちろんリスク管理はだいじなんだ。がぁ。そもそもあなたは、リスクってなんだかわかっているだろうか。

 これまでは、これについてあまりきちんとまとまった本がなかった。松原純子の「リスク科学入門」くらいだったかな(これも高度すぎてむずかしいところがあったし)。でも最近になってとってもいい本がでた。それが日本リスク研究学会編『リスク学事典』(TBSブリタニカ)だ。

 八五〇〇円もするけれど、高いと思ったら図書館でも活用して是非とも目を通してほしい。そもそものリスク学というのが何を考えている学問なのか、という話から、健康や環境に関するリスク、各種の災害リスク、高度技術のリスク、社会経済リスク、リスク評価手法、リスク認知とコミュニケーション、リスクマネジメントと政策という大きな柱をたてて、それぞれについて大くくりな説明をしてから、個別項目の開設が続いている。どんな人でも、何かしら自分に関係ある項目が見つかるだろうし、それ以外でも各章の冒頭に、その章の概説ががあるから、そこだけでもざっと通読しておくと、そもそもの考え方がわかって世の中でいわれるリスクというものがずっと理解しやすくなるはず。

riskbook

 特に読み物としてもおもしろいのが、六章、七章、八章の部分。評価とそのコミュニケーション、そしてそこからでてくる具体的な管理の方法というのは実際にいまいろんなところで問題になっているし、この辞典でも総論から個別の課題まで、すごくバランスがとれていて吉。グローバル環境のリスク、遺伝子組み替え食品の安全の評価とその伝達に関する問題点(これは必ずしも科学的なものではない、という指摘は重要)、各種法制度。こわい不安だ禁止しろといたずらにさわぎたてるまえに、みんながこのくらいの基礎知識を持ってモノをいってくれると、たぶん世の中ずっと生産的でよくなるだろう。

 ただ不満なところもいくつかある。特に大きく不満なのはファイナンスとか経済の部分。投資リスクの考え方と、それ以外の事故や危険物や信用リスクの話とは同じに扱っていいのかな。ふつうリスクというと、悪いほうの話ばかりだ。でもファイナンスの講義だと、リスクとリターンという話をするときに、必ず「ファイナンスでは思いがけず大もうけするというのもリスクなのだ、だからほかの分野でいう『リスク』とはわけて考えたほうがいいぞ」という話を教わるのだけれど、ここではいっしょくた。それ以前に、そもそもファイナンスの世界におけるリスクってなんなんだ、という話がぜんぜんない。いいのかな。さらにゲーム理論の話とか、ポートフォリオの説明とか、情けないくらい浅い説明。分量的な制約があるのはわかるんだけれど、それにしたって例題あげるだけでおしまいというのはひどいのでわ。さらに参考文献を見ると、特に酒井泰弘という人は自分の著書ばっかり挙げている。特に分散ポートフォリオの部分。まあ多少の手前味噌はご愛敬にしても、あまりにお粗末。

 というわけで、編著のリスク研究学会自身が認めているとおり、まだ改良の余地は一部にはあると思う。それでも、他に類を見ない好著だし、絶対に手に入れて損はないぞ。これにざっとでも目を通しておくと、いま起きているいろんな事故や災害なんか(そしてそれに対する各種の対応など)を見る目が確実に変わる。

 ところで経済ビジネス分野では、今回は東洋経済編『経済統計年鑑二〇〇〇年版』をほめる予定だったんだが……今年度版からほとんどの内容はCD-ROM収録になって、紙のほうがえらく薄くなった。まあCD-ROMそのものはありがたいんだが……それがウィンドウズ9Xでしか使えない形式になっておるのだ! まったく、使えないことおびただしい。

 というわけで、コンピュータリテラシーの話である。ダニエル・ヒリス「思考する機械コンピュータ」(草思社)。

 この本のすばらしさは、コンピュータのいちばんの基礎から入って、ブール代数や情報理論を通ってチューリングマシンの話も押さえたあげくに、人工知能の可能性から量子コンピュータから脳とコンピュータの関係までを、一気にかけぬけてしまうことにある。コンピュータというのはそもそも何をして、何ができて、どんな可能性を持っているのか。それをここまで簡潔にまとめあげた本というのは、なかなかないのだ。アメリカにもないらしくて、ヒリスは序文でこう述べている。「この本は、私がコンピュータについて学びはじめたときに読みたかった内容をカバーしている。コンピュータについてかかれた書籍は、使い方の説明に終始するハウツー本であったり、(中略)ここのテクノロジーの説明に終始する本がほとんどである。しかしこの本はコンピュータの論理的な側面について書かれている」(p.8)

Hillis Book

 人工知能とか量子コンピュータとかチューリングマシンというと、みんなはふつう、そんなのは自分とは何にも関係ないことだと思っているんだけれど、それはちがうんだ。コンピュータにふりまわされないための、いちばんの基本がその部分なんだから。 「いまの時代にわれわれがデジタルコンピュータについてはなしていることの大部分は、将来たとえトランジスタやシリコンチップといったテクノロジーが時代遅れになってもそのまま正しい考察として通用する。これはひじょうにすばらしいことである」(p.47)  これだよ。IT 革命とかいって、馬鹿な連中はすぐに「IT の世界はドッグ・イヤーといって情報がすぐ陳腐化する」なんてしたり顔をしてみせる。でも決して変わらない部分がコンピュータにはあるのだ。情報リテラシー教育を、と人々がいうときに何をイメージしているかというと、メールの使い方がどうしたとか、ワードの文書にページ番号を入れるにはどうしたらいいかとか、そんな馬鹿などうでもいいことを学校で教えることなのね。本当に必要なのはそんな知識じゃないし、そんなものは覚えたって来年にはつかいものにならなくなる。目先のテクノロジーによらない、一段高いレベルでの理解があって、はじめてちまちました具体の操作が位置づくし、応用もいくらだってきくようになる。この本はその高いレベルを教えてくれる珍しい本だ。

 わずか十歳のときに、ヒリスは自分でスイッチを使って、三目並べをやる機械をつくってしまう。さらにブロック式のオモチャでコンピュータを作ってしまう。そしてこの LSI 自動設計の時代にあってすら、かれは実際に自分でいろいろゲートをいじくって LSI 設計をするんだそうだそういうのをつくるとき、そういうので遊ぶとき、人は本当に自分が情報や電子の流れになって、仮想的にそのマシンに入り込むのね。入力がいろんなゲートを通って変換されながら出力まで至る様子を、身をもって体験できてしまうのだ。コンピュータ・リテラシーというのは、そうやって自分自身が電子になれるか、情報になれるかというその感覚がいちばんの根っこにある。教育システムのレベルでは、そういうものがまともに考えられることすらないのだけれど、この本を読んで、少し自分でコンピュータを(能動的に!)いじった人は、その感覚の入り口くらいは身につけられるのだ。

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