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SIGHT Book Review: Business & Science #02

Issue #02 1999/12

山形浩生


 世の中、特にビジネス書の場合、よい本よりはダメな本のほうが圧倒的に多いので、ダメな本をすぐに見分けて棄却できる能力のほうが、本を選ぶときには大事だ。そしてトルストイではないけれど、よい本はみんな独自によくて、ダメな本はどれも似たりよったりなので、ちょっとしたにおいさえわかればこれはきわめて効率のいい作業になる。

一人勝ちの経済学  たとえば大前研一『「一人勝ち」の経済学』。あんたバカァ? の一言。日本人は見識なくて、週刊誌の見出しにつられて付和雷同式の選択をするから、みんな宇多田ヒカルや団子三兄弟しか買わない、というだけの話。週刊誌の見出しだけでうごいてるのはあんただろうが。いまのモノの買われかたって、市場が細分化してて以前とはちがう。宇多田だって、あれだけ売れても知らない人は全然知らない。かつてのピンクレディーとはぜんぜんちがう。そういう変化を、この本は一切理解してない。「すべて売り手の思惑に動かされている」だって。そんなわけないだろう。粗雑な思いつきを並べて、二言目にはお説教と「わたしがわたしが」の自己顕示。週刊誌見出し受け売りコミュニティの中では、こんなのでも納得する人はいるんだろうけどね。立ち読みして、においだけ嗅いでおくといい。ゲームでも歌でも、自分の具体的な知識をぶつけると、総崩れになる。

経済学の名言100  佐和経済学の名言100。スミス、ケインズなど大経済学者の「名言」集というから、それぞれの考え方や姿勢の根幹を示す一言が紹介されてると思うでしょ。ちがうの。佐和がユルユルの趣旨不明の駄文を書く前振りになるものが選んであるだけ。その学者の理論も実践もなにもわからんのだ。マルクスだと、共産党宣言の冒頭の一文。サミュエルソンだと「マルクスはまちがいが多い」というせりふ。だれが言ってもいいようなしろもの。人選も、ヴェブレンもないしアカロフもナッシュもパレートもない。都市経済や経済地理方面は壊滅。かわりに吉田兼好? 西部邁? レスター・ブラウン? あげくに自分の陳腐なせりふまで入れる厚顔ぶり。もうなにも申しません。この手の本は、受け売りの知ったかぶり用だけれど、この本を使うと恥をかくので慎むこと。自分が多少は知ってる人のところをみてごらん。まわりで経済学部卒にちょっときいてごらん。首傾げるから。

たった二人でとったISO9000 一方数少ないいい本。湯本&白潟編著『たった二人で取ったISO9000』。これはおもしろい。ISO9000 は品質管理の国際基準。なんとなく、かなり手間暇コストかけないととれないんじゃないか、という印象がある。でも本書は、ポンと気軽に取ってしまった北斗七星の経験をもとに、その印象のまちがいをわかりやすく説く。無理しない、付け焼き刃しない、おおげさに考えない。むかし TQC のデミング賞目当てで日本企業が大量に無駄金を使ったけれど、ISO9000 でもインチキコンサルに大金払ってる企業は多いはず。すぐにそいつらクビにして、この本を読むこと。品質って要するに、基本をしっかりやること。この本はそれが貫徹している。自分がえらいと思いこんでいるダメ審査員のパターンやその撃退方法まできちんと書いてある。よくある「審査員さまに認証をしていただく」式の卑屈な取得ガイドとは一線も二線も画する。

ゴミ投資家のための人生設計入門 『ゴミ投資家のための人生設計入門』。これはまぎれもない名著。本誌の読者の多くは、いま家を買うべきかどうか、保険をどうするか、そして老後をどう生きるか、という話をどうしても考えなくてはならない段階にきているはず。そしてそれにきちんと応えた本というのは、ほとんどなかった。投資として考えたときの不動産、生命保険を、きちんと比較分析して、人生設計の中での資産形成をどう考えるかをまともに論じた、現時点ではほとんど唯一無二の本。このゴミ投資家シリーズはあたりはずれがあるけれど、これは大当たり。買って、熟読して、自分の人生設計を考えてほしい。

(註:以下のみどりの部分は、編集部判断でカット。まあメインの連載をもっていて、しかも掲載号で特集対談のホストをやってる人物に、レビューアー風情がケチをつけるのは許されないのでしょうねえ、世間的に。ぶつぶつ。まあいいや。橋本治『アストロモモンガ』によると、ぼくは今年は世間に負ける年なんだって)

経済政策の正しい考え方 さて、むずかしいのが中間のグレーゾーンの本。たとえば小野・吉川編『経済政策の正しい考え方』。分析はある。でもそこから具体につなげる力がない。小野、岡崎、大瀧など、若手の一線級の学者による本だけれど、経済政策と言いつつ、話は「公共投資は是か非か」だけ。いまさら是非論でどうする。さんざんやってるんだから。期待インフレ論批判もひどい。円安で輸出拡大して外国が迷惑する、だって。金利を下げたとき(影響は同じだ)、一言でもそんなこと言った? それにその手の議論への反論は何度も出てる。見てないだろう。

 本書の結論は、「よい」公共投資をしろ、というだけ。新しく需要をつくる新産業創出への投資――何年かかるんだよぅ。しかもその新産業って、通信にバイオ。環境技術。在宅勤務。二〇年前からさんざんやってきてるではないの。だいたいすじのいい技術情報を役所が集めてインフラ整備、新規産業開拓って、とっくに破綻した官僚主導の重点育成産業じゃないか。それができれば苦労しない。「値上がりする株を買いなさい」と言うに等しい、正しいけど役に立たない議論だ。読んで、分析や理論はおさえよう。でも政策を見る役にはたたない。

 ちなみに編者の小野が本誌創刊号で言ってる「モノは要らないといって貯金するやつは守銭奴」なんてのも、同じく役たたずの机上の正論でしかない。将来が不安で貯金している人たち、具体的に買うものがない人たちに、説得力があると思う? 守銭奴結構。おれが買いたくなるもの見せてよ。みんなが使うならオレも使うよ。いつから経済学は、人の(市場全体としての)嗜好の善し悪しを決めつけるようになったの? みんないっせいに貯金をやめさせる手だてを考えてよ。期待インフレ論やぼくの増税脅迫論のほうがずっと現実味あるではないの。今月は使える議論も挙がっていることを期待したいな。

 前号で、ビジネスは夢があってはじめて成立する、という話を書いた。その夢がかなり具体的に見えてきた分野がロボットだ。ソニーの AIBO が出て知り合いが何人か買った。マインドストームを買った人もいる。そしてその趣味のロボットの雑誌が「ロボコン・マガジン」。もう創刊されて一年くらいになるけれど、滅法おもしろい。工業系の中学生や高校生くらいが想定読者だから、ちょっとメカに興味のある一般人でもそこそこ理解できる水準。まだまだ、素人アイデアが大化けする可能性のある分野。おもしろくなるよ。いますぐのビジネスにはつながらなくても、10年後には必ず何か芽が出ている。いまのうちに押さえておくこと。すでに『SPA!』で西原理恵子がロボットネタのマンガを描いているし、人工知能その他で有名な北野宏明や、コンピュータ分野で有名な中村正三郎も目をつけている。嗅覚の鋭いやつがどんどんあつまってきているよ。

知の創造 もうちょっと先の話を考えたければネイチャー編『知の創造』。世界有数の科学雑誌「ネイチャー」の、巻頭コラムを集めた本。テーマも、ものを噛む最適回数は、なぜ大人なスキップしないのか、なんて変な話題から、電子インクや量子コンピュータみたいな、確実に世界を変えそうな技術、クローンから宇宙論まで、科学に関するありとあらゆる話題がつめこまれている。訳もみごと。ロボットが明日の夢なら、この本にはあさって以降の夢が満載。分厚いけれど、一本一本は短い。だれでも興味を持てるものが二、三本はあるはず。なかみは天下の「ネイチャー」だ。ぼくごときがケチをつけられるようなしろものではない。鵜呑みにすること。

サルと人の進化論  さてある歳にくると、みんな人間とはなんなのか、という話が気になりだすはずだ。いままではそれで宗教に逃げたりした。でもこれからは、それではすまされなくなる。地球環境問題を考える中で、ヒトとはなんなのか、という問題が、人類の将来を決める上でも大事な意味をもってくるからだ。それを考えるヒントになる本が最近何冊か出ている。まずタッタソール『サルと人の進化論』。ヒトがネアンデルタール人とどうちがっているかをベースにしつつ、さいごに人間とはなにか、そしてその将来はどうなるのかについて考えている。勝手に環境ホルモンがどうしたとか、アメリカの銃乱射事件は環境ホルモンのせいだとか、低級な憶測をならべた訳者あとがきは破り捨てること。それをのぞけば、わかりやすくてよい本だ。『知の創造』のネアンデルタール関連記事を頭に入れてから読むとわかりやすいだろう。

人間がサルやコンピュータと違うホントの理由  トレフィル『人間がサルやコンピューターと違うホントの理由』。人間の知性と、その他知性がありそうなものとは質的にちがうぞ、というのをさまざまな角度から検証する本。ただし、「ホントの理由」は結局わからずじまい。簡単に答がほしいだけの人は、読むとがっかりするだろう。でもこの答は、まだどこにもないのだ。議論のほうがだいじで、その俯瞰にはとても有用。訳者が著者に圧倒されず、議論をちゃんとふまえて、ツメの甘いところを指摘しているのも吉。

社会生物学 ただこのいずれも、ウィルソン『社会生物学』の迫力にはかなわない。この広辞苑並に分厚い本は、動物(そして人間)の社会を生物学的に位置づけようとした大著。集団として協力しあったほうが、生存に有利な場合が多々ある。それを遺伝子レベルからはじめて、ありとあらゆる動物の社会行動の分析が展開されている。二万円というお値段は、通常の人の書籍代の範囲外だろうけれど、きちんと読めばもとはとれる。大前が『一人勝ちの経済学』で思いついた程度のことは、とっくにこの本でも分析検討されているのだ。そしてすごいのが、最終章にある人間の将来への見通し。二十一世紀に、人間は生態学的な安定に達する。そのときに出現する管理社会と人間の行動改変の可能性までこの人は見ている。いま、かれが見通したとおり、来世紀半ばに世界人口は減少にむかうと予想されている。そのときの社会って、「ビジネス」って、どんなものだと思う? ぼくもわからないけれど、ぼくや本誌の読者諸賢があと10年くらいで日本の中枢になって活躍するとき、ぼくたちはまさに、それを切実に考えなくてはならなくなる。


SIGHT 編集部 XXX 様

遅くなりましたが、こんな感じで。おそらく予想される問題点:

1)長すぎる。
4100字くらいあります。どの程度けずるべきかを教えてください。
2)小野善康の本(とかれの前回の記事)の悪口が出ている。
ぼくはこれは問題だとは思わないのですが、編集長的には問題だと思うかも しれません。その場合には連絡ください。問題だと思ったそうな。
3)罵倒が多い。
これはどうしようもないです。あ、そうだ。大前の本はあまりにあんまりだから、写真のせないどいていただけますか。(結局のっちまいやんの)

取り急ぎ。


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