□■□■□■  Entropic Forest ■□■□■□

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連載 第 12 回(最終回)

出口。

山形浩生



 ずっと出口をさがしてきた。うさぎの穴のような。鏡のような。あれは入り口じゃない。出口だ。ここからの。思考が先走る。どこに出るのか。アリスはもどる。わたしはもどらない。蓄えが少ない。戸口を入る。自転車と変なタンク。筒のなか。見あげる。ここが落ちてきた先? なぜここに見覚え? ちがう。それでは逆。写真?

 頭痛。くしゃみ。

 くしゃみがこだま。そうだ。あのときひろった写真の一枚と同じ。いつかクスリを買ったときの。ここはあの写真の場所だ。丸い空がぽかんと。

 するとアレは、接触場所の写真だったんだろうか。なら今日こそ。

 そのまま二時間がすぎる。メッセージフィルタをかなりしぼってあるので、眼底の着信も20分おきくらい。10分ごとくらいに、自転車の持ち主がきて、不審そうな目を向けるだけ。いちいち期待で胸がおどる。さりげなく目をむける。ちがう。みんなそのまま去っていく。

 ダメか。あと三十分。涙が出てきた。鼻の奥に生暖かさ。血。

 作業ロボットがまわってくる。


 先月、やっと安楽死法案が可決した。いまさら。ただの追認。

 自殺増加。でも若年以外報道もない。自然死が報道されないように。歳をとると、自殺も自然死だ。行方不明も増えている。噂はいろいろある。災害用地下シェルター。都内で1万ヶ所。そこの一部がじつは、姥捨て山化している、とも。たとえば地下駐車場の奥。もっと先がある。だれも中に入ったことはない。生暖かい空気。白のバン。あれだろうか。よく接触場所に使われた。噂はほかにもある。住んでいる人がいる。ネズミが大量発生。死体がおかれている。実は兵器貯蔵庫等々。上の公園では、植物がよく枯れる。黄色い芝生。深く暗い底。ここで飛び降り自殺があった。フィルタ制御ができずに、情報摂取過剰で。裁判になってる。でも歳をとって通信系まで埋め込みは無茶だ。最近はない事故。入り口付近で、警備ロボットがかなりしつこい。監視カメラ増設。でもべつの入り口がある、という噂は絶えない。ネットではその手のネタがときどきとびかう。

 ネット。もういたるところにある。売人との接触場所も、ネット経由で流れてくる。一時は、暗号も使った。でも一般の暗号利用が普及しない。かえって目立つ。大物はさておき、われわれ小者は、昔ながらの符丁と噂に頼る。今日は東京湾の、処分場跡地。どこまであてになるかはわからない情報。青い空。不思議と気分が安定。ほかにもいる。今日は見こみありそうだ。毎回そう思う。あんなところにも端末。まだのぞきこむ人。あれか? ちがう。あの人もさがしてるだけ。あのトラック群のほうをさがしてみようか。もうすこし待ってみよう。あと三十分。車がきた。あれか? 人がおりて、みんなで車のトランクをのぞきだす。人だかり。あれだろうか。ちがう。露骨すぎる。べつの何か。取引のようだけど。どうでもいい。みんなもさがしてる。ここではないどこか。

急に不安になる。ここもやばいかもしれない。飛行機が。なんか変だ。そんなはずはないのに。でもこわい。パニック。受信ユニットの電源をきる。こわい。目玉の奥が不安。むずがゆい。えぐりだしたい。

 頭痛。脳が酸欠。帰り着く。入り口を開ける。ロボットねこが寄ってくる。ドアを閉める。まだこわい。鍵をかける。壁のパターンを変える。狭く。暗く。クスリ。あと50しかない。このロットは効きがわるい。10のむ。まつ。ゆっくり、落ち着く。気分がフラットに。すこし周囲と距離ができる。自分のまわりにクッションができる。壁をあかるく戻す。安心。

 急に自分が、手足にずるずる流れ出す。まわりが、音も視界も、遠のいて。感覚が、のびてのびて、ゴム。細く。光が、切れた。プチっ。音。遠く、ソケットがはずれる。パチン。また頭痛。息?

 出口――



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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)