□■□■□■  Entropic Forest ■□■□■□

BACK 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 NEXT



連載 第 06 回

埋め立て地。


山形浩生

 たまたま天気がよかったからだろうか。たかが地方リーグ戦でこれほどの人出は久しぶりだ、という。といってもスタンドにはそれなりに人がいるけれど、ちょっと奥にいけばシートはほとんどが空席で、ただ上のガラスの向こうの特等席の人々ばかりが、妙にお行儀よくおさまりかえっている。

 前回この程度にでも人が集まったのは、10年ほど前に近隣国の合併分離をめぐる紛争から起きた難民騒動のときくらいだった。そのときには、あちこちから上陸してきた5,000人以上の難民たちが集められてきた。そういう例外的な時をのぞけば、このあたりにボコボコ乱立した競技場や各種施設に、チラホラ以上の人影が見られることはあまりない。最終処分場が次々に満杯となって土地供給は増大する一方で、土地の業務需要は減るばかりとなっているし、住宅利用にしても埋め立て地はもともと住宅地としてはあまり人気のなかった地域だ。風は強いし、暴風対策をしたらしたで、かなり古い土地でも地盤から残留ガスが低いところにたまり、中毒さわぎが起きる。その対策として、まばらに家の建ち並ぶ土地を、メタン濃度測定ロボットだけがゆっくりと移動し、そのまわりをカラスと野良犬がうろついている――このあたりではそんな光景があちこちで見られる。

 処分場の利用計画の見通しもたたぬまま、とりあえずスーパーブロックを切ってはみたものの、ほとんどなにも建っていない。すでに前世紀末に、臨海副都心の一部で見られたような、広大な空き地がひたすら続く風景がいたるところで展開している。2010年頃から、なんとかそれを埋めようとしてほとんど思いつきのように(適当な理屈をそのたびごとにこじつけながら)展示場、スタジアム2つ、各種大型厚生施設、新都庁を含む新行政区域(ただしまだ計画半ば)がぽつぽつとつくられていった。その間を、広幅員の道路が縫うように走ってはいるが、いま、そこからかいま見られる施設はほとんどが閑散としている。

 人影のない施設をかいまみつつ、コンクリートのかたまり状の海底トンネルをぬけると、そこはかつての旧中央防波堤外だ。ここにできたのが、難民用臨時シェルター群。埋め立て地の数多い公共施設群の中で、まともに使われているのはこれくらいのものだろう。10年前の一件以降も、中央アジアの紛争にともなって難民数はさらに増え、現在は数万人にのぼるといわれる。一応は非公式な入国者なので、本土からは隔離された(ように見える)この場所に集めてあり、夜にはそこに通じる海底トンネルも封鎖される。でも明確な難民対策が打ち出されないまま、かといって追い出すこともできないまま数年がたつうちに、夜にまぎれて泳いで「本土」にわたる連中がますます増えてきている。本土側でも貴重な労働力となっているため、ほとんど黙認状態となっており、最近ではボートまで手に入れて公然と通勤する者さえ見かける。不法労働故に低賃金のはずだったが、独自の組合組織のようなものまでつくりあげて交渉力を高めるようになり、所得課税がない分、平均的な日本人労働者より高い手取りを誇る者さえ多いとされる。いっそ正式に労働ビサを出して課税しようという動きもあるが、国内の純血右派以上に当の難民たちの大反対にあって、状況はこの5年間でまったく進展をみていない。ここだけが、この茫漠とした埋め立て地の中で唯一活気らしきもののある部分かもしれない。夜になっても、人気とざわめきの絶えない都内でも数少ない場所の一つだ。対岸の「本土」には、半分うちすてられた倉庫群と、半世紀以上も前にたった高層ビル(ビル群、になるはずではあった)が、まばらに歯抜け状に立ち並んでいる。

 競技場のまわりには、なにもない、だれもいない平べったい土地が所在なげに広がっていて、やがてつきあたる海岸線はフラクタルのかけらもなくどこまでもまっすぐで直角で、それに接する海までがいかにもつくりものめいていて、たまにそこで釣り人を見かけることもあるけれど、何かが釣れた場面にはついぞお目にかかったことがない。




BACK 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 NEXT

SD Index 日本語インデックス
YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)