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旅行人2004/2月号
旅行人 2004/2

隔月コラム:どこぞのカフェの店先で 連載第8回

援助はいつか終わるのか

「旅行人」 2004年2月号(No. 142) pp.40-1

要約:援助はいつか終わる。それは、貧乏人がすべて一掃されて終わるかもしれず、貧乏人がいつまでも減らずに援助が役にたっていないことが明らかになって終わるかもしれない。援助機関が己の存在意義を温存させるために貧乏を自ら作り出す可能性だってある——いまの炭酸ガス排出削減がその役割を果たすかも知れない。そして援助がなくなったとしてその後はどうなるのだろうか。


 ぼくはいま、フィリピンのパラワンにいるのだ。のんびりしたいところなんだが……だれかがここは邦人誘拐の危険があると言ったとか言わないとかで、群の兵隊さんが常に護衛している、というかぼくたちを監視している。ふらふら行きたいところにもいけないし、とても窮屈なのだ。しょうがないからホテルにこもって、こんな文章を書いているのだけれど。

  いまここにいるのも、開発援助の仕事のためだ。ここの地方電化計画を作りましょう、というのがその趣旨となる。地方部の電化はむずかし。人口がまばらで、大きな企業もないし、だから電線を引っ張っても需要が少なくて採算がとれない。でも、そこはそれ日本の地方部と同じで、人がいないから設備投資が進まないのか、設備がないから人が逃げるのか、という話になるわけだ。それで都市部の電気料金に少し上乗せしてそれを地方にまわし……とかあれこれ考える。そしてまあ一応計画上は、あと二〇年もすればほぼ九割方の電化は終わる、という計算になる。

  さて、問題はその後だ。そしてこれは、援助全体にもかかわってくる話。いま、いろんなところでいろんな援助が動いているけれど、いろんなことがあと二〇年くらいで終わる。そうしたらどうなるだろうか。

  開発援助ってものの歴史は短い。第二次世界大戦が終わって、アメリカがマーシャルプランなんかを始めたのがその発端だ。戦災で荒廃した国に、賠償金とかで無理をさせるとまたナチスみたいなのが出てきて、また戦争になる可能性が大きい。それよりは豊かになってもらって、向こうの国民としてもそれなりに失うものができれば、戦争なんか自然といやがるようになるだろう——そういう発想だった。

  そしてその後、植民地が次々に独立する中でも、同じ発想が出てきた。貧乏が続くと、やけでいろいろ変なことになる(共産主義化したり、内戦を繰り返したり等々)。かれらがきちんと発展してくれれば、世界も安定していいんじゃないか、ということだ。そしてそんなこんなで、まあ開発援助も半世紀くらいの歴史を持ってきた。

  たった半世紀、とも言える。でも一方で、半世紀も、という見方もある。そもそも援助が始まったころは、こんなことが十年も二十年も続くとは思われていなかった。一時的にとっかかりを援助してやれば、みんなすぐに自力でどんどん発展すると思っていた。ところが、ぜんぜんそうはならなかった。なぜか、というのはこれまで見てきた通り。やる気がないところには、何をやっても発展しない、というだけの話だ。そして、どうやってやる気が出るのかはよくわからない。できるのは「やる気を出しなさい」と言い続けることだけれど、そう言われてみんなが、はいそうですか、とやる気を出すだろうか? そんなわけないよね。

  さてそうなったとき、援助というのをどういうふうに正当化できるだろうか。援助をする一方で、一部の国は確かに発展した。得に東南アジア。そしていまや中国。東欧もなかなかいい。でも、それが各種の開発援助のおかげだった、と主張するのはとっても難しい。

  で、あと二〇年とか三〇年とかたったとしよう。そのとき、援助ってどうなっているだろう。一つの可能性は、貧乏な国がすべてそこそこの経済水準に達して、もう援助の必要がなくなるということだ。そのとき、援助はその歴史的使命を終えるだろう。もう一つの可能性は、相変わらず貧乏な国はいつまでも貧乏で、何をやっても事態が一向に改善されない、ということだ。そのときにもまた、援助はその歴史的使命を終えることだろう。そもそも援助は機能しませんでした、われわれがこれまで1世紀ちかくにわたってやってきたことは、すべてとはいわないまでも、総統部分が無駄でした、と認めざるを得なくなるからだ。

  どっちにしても、援助という仕組みそのものの有効性が、あと数十年で白黒はっきりするだろう。

  もちろん、現実にはそうスパッとはいくまい。前者の可能性は……まあなさそうだ、これまでほとんど進歩を見せなかったアフリカの大半が、いきなり高度成長を始める可能性は、まあ薄い。

  じゃあ後者はどうだろうか。たぶん現実はこれに近いことになるんじゃないか。実はいますでに、いろんなところが援助を減らすか絞っている。これまでの援助があまり有効でなかったことに幻滅しているところはかなりあるのだ。そしてそれに対し「いや有効でした」というのは難しい。せいぜいが「でも貧乏でかわいそうじゃないですか。だから援助もっとしましょう」というのが関の山だ。そんな気運がだんだん高まることになるんじゃないか。

  ただ、そのとき援助機関がみんな「われわれは無意味な存在でした」と認めてあっさり店をたたむか、といういと、それもあり得ないだろう。貧乏な国が残っている限りわれわれの使命は終わらない、とか称してダラダラと無駄な活動を続けるだろう。そしていまの東アジアのように、必ずしも自分たちのおかげでとはいえない発展をとげたどこかの国(たぶんどっかにはそういう国が一つ、二つこれからも出てくる)を指して、ほらごらん、援助のおかげです、こんどこそわれわれは、経済発展の秘訣をつかんだのです、だからもうしばらく頑張りましょう、と言い続けるだろう。そして「かわいそうだから助けましょう」議論は(得に本国の刑期がよければ)それなりに支持を得るだろうから、それが認められ続ける可能性は結構ある。

  いや、もっと恐ろしい可能性がないわけじゃない。いま、環境問題がはやりで、温暖化防止だのなんだの、というインチキがあちこちでまかり通っている。そして援助でも、途上国にいろんな環境規制を押しつけようという動きがかなりある。これはヘタすると、途上国の経済発展をじゃますることになる。ぼくたちは、どうすれば経済発展が起きるかはよく知らない。でもどうすればそれを邪魔できるかは、いやというほど知っているんだから。そうやって援助と称して貧乏を延命させ、己の存在意義を(貧乏国を犠牲に)温存するという可能性もある——しかも援助機関はまったくの善意でそういうことをしてしまうかもしれない。まあ、これはあまりないとは信じたいところだけれど。

  実際はどうなるだろうか。わからん。ただい、一つの終わりなり区切りなり、というのはどっかの時点でどうしても必要になるはずだ。そしてもう一つ。すべてとはいわないまでもかなりの国が豊かになっていない場合、もしいまの形での援助をやめるとして、いったい他にどんな手があるんだろうか。その国が何やら突然、一念発起して「やる気」を奮い起こすのを待つんだろうか? それもまた、あまりに無策だ、という気はどうしてもしてしまうよね。では、ぼくたちはどうすりゃいいのか。その区切りにたっするまでの間に、何か答が思いつけばいいのだけれど。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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