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旅行人2002/11月号
旅行人 2002/11

隔月コラム:どこぞのカフェの店先で 連載第1回

電車初乗り一〇〇〇円の現実性

「旅行人」 2002年11月号(No. 129)

要約:援助ででかける外国は、バックパック旅行とはいささかちがうのだけれど、でも共通するところもある。そしてバックパッカー的な現場感覚というのが本当に必要なこともあるのだ。五つ星ホテルにいてはわからないことがあって、そしてその最たるものが現地の相場観だ。


  またマラウイに戻ってきた。いま、ここは干ばつの影響で地方部に飢餓が広がってきているのはご承知のとおり。だけれど、ぼくのいる首都にはあまり大きな影響は出ていない。主食のシマが一部で手に入りにくくなっているくらいかな。

  日本はいま、日経平均がまたどかどか下がって九〇〇〇円割れ寸前(と書いているうちに割れた)、台風が東京を襲おうとしている、そんな時期らしい。が、日本を離れて数日もたつうちに、日本というのははるか彼方の、意識の片隅に追いやられてしまう。そういえばそんな国もあったなあ、という感じだ。そんな彼方にきて何をしているかというと、ここらの無電化村に電気をひくにはどうしたらいいのかを考えているのだ。

  そういうと見当がつくかもしれない。しばらくまえに、鈴木宗男で有名になった海外援助の一環だ。ぼくはその調査団の一人としてやってきている。その意味で、本誌を読んでいる多くの人のような、気ままな旅行者とはちょっと性格がちがうのかもしれない。好き勝手にどこかに行けるわけじゃない。かなりの時間は、現地の役人との協議やうちあわせだから、ずっと首都にいることになる。数年前はバングラデシュにいた。その次はミャンマーにもちょっといて、モンゴルだった。

  そしていま調査しているのがマラウイなのだ。マラウイの首都リロングェ、特に政府機能のある新都市は、決しておもしろいところではない。うっかりつくば市みたいな人工の新都市を作ってしまって、でも多くの新都市と同じく一向に人や活動が集まらずに、道だけはなんかよいけれど、建物がまばらで、店もなくて、日が暮れた瞬間に外を出歩く人が一切いなくなる。また、出歩いたって何があるわけじゃない。夜に開いている食事屋も、本当に数えるほどしかない。マラウイにくる人は、リロングェに泊まるなら絶対に旧市街のほうに宿を取るように。あっちなら、まともな飯屋もある。昼はにぎやかだし、夜になっても人は出歩いているし、売春婦も立っているし(でもHIV感染率が数十パーセントのこの地でそういうリスクを冒すのは、逆ロシアンルーレットとまで言われる危険行為だ)、酒場もあるし、ディスコもある。こっちは何もない。タクシーを拾って(ほかに交通手段はない)旧市街に行ってもいいけれど、これが結構高い。往復で10米ドルくらいはかかって、こっちの金銭感覚からすると、法外だ。だからたいがいの晩は、ホテルに閉じこもっていることになる。

  こういう調査団だと、ホテルは五つ星とかえらくいいところに泊まる。安全のためとか健康管理がとか確実な連絡体制がどうとか、いろいろ口実はつけるけれど、でも実際は、調査団の人の多くがあんまり現地と接触したくないと思っているせいだ。多くの人は、地元の人たちがいくようなレストランは不潔で、現地の人が買い物をするようなところも低級で、そういうところとはあまり接触したくないと思っている。だから、外国人向けのレストランにでかけ、外国人向けの店にいき、そして外国人しか泊まらない宿に泊まる。

  ぼくはこういうところは妙に気取っていて、それに明らかにボられるからあまり好きじゃない。水もビールも、外で普通に買うのの倍はするし、そして何よりそんなバカ高いビールを飲みながら、欧米の援助機関の連中が、ここの連中がいかに自分たちをボろうとして高値をふっかけてくるかとか、「連中がぎゃあすか言っても、言い値のせいぜい半分くらい投げてあとは無視して出てくりゃいいんだ」なんて話をわけしり顔で得意げに話したりしているのが無性にかんに障る。ちなみにそういうやつが、翌日ワークショップなんかで話すと「途上国にくると、やはり先進国にはない人との出会いがすばらしい」とか神妙な顔で言っているのだ。

  たまにそういう立場から逃れられるのが、フィールド調査だ。ぼくは財務屋なので、あまりフィールドに出る機会がない。たいがいは、役所や公共事業会社に詰めて帳簿をにらんでいるのだけれど、でもなるべく口実をつけて、外に出るようにしている。それにこれは、仕事上も役にたつ。ふつうの人が飯に払う水準とか、いろんな日用品の値段とか、そういうものがわからないと経済感覚がなかなかつかめない。首都の町中と、地方の村とでは値段の水準もちがう。そんなものは地元の調査屋とか、カウンターパート(担当省庁)のお役所の人にきけばいい、という人もいるけれど、それじゃ実感がない。食事一食が一〇〇円で食えるところで、たとえば市内バスの料金を一五〇円に設定するというのは現実的だろうか?日本でバスや電車の初乗り一〇〇〇円と言ったらみんな乗るかね。でも、帳簿だけ見ている一部の援助機関は、平気でそういう提案をするのだ。

  で、先日は珍しく、そういうフィールド調査に出ていたのだった。首都から車で三時間ほどのところにある、無電化村だ。村の名前は、書いてもしょうがない。別に何があるわけじゃないもの。どこにでもある村だ。そしてそこで入ったのが、写真のティーショップだ。外から見ても、ただの家にしか見えなくて、でもちょっとのぞいたら値段表が出ていたので入ってみたのだった。パンと、卵と紅茶か牛乳か。メニューはそれだけ。むしろ本業はパン屋で、紅茶はまあついでみたいなものだろう。ほら、写真の奥のほうの棚に、パンが写っている。店の裏のれんがのオーブンで焼いたものだ。紅茶は、こ ういうところの常として、砂糖と牛乳(粉ミルク)がしこたま入っている。途上国では、紅茶やコーヒーもカロリー源の一つだ。ぼくの喰っているパンと紅茶で、五〇クワチャ(約80円)くらいだったろうか。パンは焼きたてで結構うまかったのが驚きだ。パンは、そこにあるくらいが一日ではけるよ、と写真に写っている店主 が言っていた。うーむ。するとそこそこの経済活動はあるようだし……

  店内は狭くて、ぼくのすぐ背中はもう入り口だ。その入り口には、変なアジア人が紅茶を飲んでいるのが珍しくて、ガキと大人が群がっている。そして「大丈夫ですか、腹壊しませんか−と心配してくれる団員たち。壊しませんよう、パンは焼きたてだし紅茶は熱湯だし。本当はもうちょっとゆっくりしたいとこだけれど、結構フィールド調査もあわただしいのだ。店を数えたり施設を見物したり。で、そんなことをしてどうするんだろうか? それによってぼくは何を実現しようとしていて、それがどこまで現実的なのか? 援助して本当にこんなところが発展するのか?そんなことをこれから少しずつ書いていきたいと思うのだ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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