shamans, software, spleens

James Boyle, Shamans, Software, & Spleens: Law and the Construction of the Information Society (1996 Harvard University Press, 270 pages) 査読

2001/10/15
山形浩生

1. 本書の概要

 情報化社会における「情報」という財に関する議論があまりに公共圏を軽視しており、著者、作者、発見者といった存在の役割を過度に強調することで、社会として望ましいとされる、最大限の情報の生産という目的が逆に阻害されるようになっていることを、緻密な理論分析によって明らかにして警鐘を鳴らした本。

 本書はまず情報が、通常の市場概念が適用しにくい存在であることを明らかにしたうえで、情報をめぐる各種の話題を例にあげつつ、人々が情報について持つ先入観を指摘する。例として挙がるのは以下の通り:

作者はこれらがすべて、なにもないところから「作品」を生み出す「ロマン主義的な作者概念」を無根拠に前提にすることでのみ成立していることを指摘する。しかし実際には、いかなる作者といえども何もないところから「作品」を生み出すわけではない。作者はすべて、ある公共圏にある情報をもとに、新しい作品を創り出す。そして過度に作者性を強調することで、この公共圏が近年ますます軽視され、そしてそれによって作者たち自身の「創作」行為が先細りになりかねない点を指摘する。そして今後の情報化社会の発展のためには、この情報の公共圏を守ることこそが重要であると訴える。

2. 著者について

ジェイムズ・ボイルは現在、デューク大学法学部教授。執筆時点ではアメリカ大学法学部教授であった。法哲学、情報関連法学が専門である。 http://james-boyle.com/

3. 本書の構成

1. 情報化社会

 情報化社会に明確な定義はないものの、社会の生産活動の中で、モノの生産よりも情報、あるいは情報を使った生産や消費の占める割合が増加してきていることを指摘する。そして情報化社会を理解するにあたって法学的アプローチが有効であることを述べる。

2. 4つのパズル

 著作権、恐喝、インサイダー取引、脾臓遺伝子という本書のテーマをめぐる4つのエピソードについて簡単に解説。

3. 公共圏と私圏

 情報がこれらの領域においてきわめて大きな役割を果たすことについて。

4. 情報の経済学

 情報は、経済学においてもきわめてやっかいなシロモノとなる。情報がなければ市場は存在できないけれど、でもその場合、その「情報」は市場の外にあることになる。その市場を成立させる情報そのものを市場化しようとすると、その情報についての情報を考えることになり、収集がつかなくなる。しかり、多くの問題(たとえばインサイダー取引)では、まさに市場を成立させる情報の市場を考える必要が出てくる。
一方で、知的所有権制度を確立することが作者の創作意欲を高める、という議論もあやしい。特許制度の整備と新規発見との関係を調べて調査では、いずれも優位な相関が出ていない。

5. 知的財産とリベラルな国家

 財産という考え方は、自由を守るために重要ではあるが、それだけでは不足である。

6. 著作権と、作者の発明

 著作権という考え方は、何もないところから作品を生み出す「作者」というロマン主義的な発想が根底にある。が、同じ作品を生み出すために働いた製本業者や本屋はなぜ著者ほど権利を与えられないのか? 実は昔は作者という概念はなく、新しいものを書くより古い写本を見つけるのが学者の仕事で、作者より出版業者のほうが力を持っていた。作者という考え方も、またある歴史的な産物である。

7. 恐喝

8. インサイダー取引

9. 脾臓の遺伝子の所有権

 これらそれぞれについて、各種の議論を詳細に分析して、それらの問題点を指摘。そのすべて背後にロマン主義的な「作者」あるいは「企業家」という発想があることを指摘する。

10. 情報のステロタイプ化と作者探し

 いままで見てきた情報をめぐる議論すべてに共通する「作者」をめぐる矛盾や「公共圏」の軽視について整理。作者、オリジナリティ、表現とアイデアの分離の三点セットが、これらの根底にあることを指摘。

11. 作者性の国際的政治経済学

 こうした「作者」「オリジナリティ」の考え方は、きわめて特殊なものである。しかし、それがGATTなどでも貿易条件として協議されるようになってきて、世界的に押しつけられるようになってきている。これは、原材料や労働力を提供する国に不利で、その加工に従事する先進国に有利な、ずるい仕組みである。同時に、先進国の制約会社やエンターテイメント産業は、途上国の伝承薬品や伝承文化を無料で学んで、それに知的財産権をくっつけて利益を得ているのに、そのもとの伝承文化には何も戻さない。これはきわめてアンフェア。

12. 私的検閲、遺伝子交配奴隷と電子的証文

 作者というフィクションを強調するあまり、たとえばアメリカでは、オリンピックという用語は USOC しか使えないものになった。その語源ははるか昔にさかのぼり、また特に USOC がこの用語を作るのに努力したわけでもないのに。これはおかしい。さらに、今後合成生命などが出てきたとき、作者性の過度の強調は、人造人間の奴隷化につながりかねない。あるいは AI の扱いをどうするか、という問題でも同様の問題が出てくる。

13. 提案と反論

 著者の議論に対する各種の反対論に対する回答と、いくつかの具体的な提案。著作権は20年で例外なく切れるとすべき、ソフトウェアは特許や著作権で保護してはならない、伝承文化にも見返りを、知的財産制度の定期的見直しを、といったもの。

14. 結論

 情報化社会においては、これまで述べてきたような問題がきわめて大きな意義を持つようになってくる。また、情報化社会の課題としては他に、情報による階級分化、情報過多、情報による政治操作の強化、といった課題も考えるべきである。


4. 本書の意義と評価

 本書は、レッシグ『CODE』で分析された著作権の強化の傾向について、もっと詳しく掘り下げ、その理論的・哲学的な問題点を分析した書物である。非常に精緻な議論が展開されており、各種の著作権議論にからむ根本的な誤謬がていねいに分析・批判されており、こうした分野の基礎的な思考ベースを作るものとして評価できる。

 ただし、冒頭で「情報化社会の問題を扱う」としつつも、実際にはかなりの部分が知的財産権の話に割かれ、最初の印象ほど広い本ではない。議論としては精緻であり、法学分野の人間にとっては、広がりのある応用のきく本ではあるものの、一般人にとっては日常的な感覚からいささか遠い観念的な議論が書物の大半を占める。

 取り上げるテーマなども、ソフトウェア、恐喝、インサイダー取引、遺伝子情報ときわめて多岐にわたるものの、最終的にはそのすべてが、「作者」概念の幻想を説明するためにだけ使われており、そこから実際の恐喝や遺伝子情報の取引といった問題に議論が戻らない。これは一般の読者としてはきわめて不満な部分であろう。

 全体的な評価としては、テーマとしては興味深く、レッシグ『CODE』を読んだ人間でその思想哲学的背景を掘り下げたい人にとっては関心のもてる本である。が、テーマとしてはきわめて絞り込まれており、読者はかなり制限されると思われる。

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