A Mathematician Plays the Stock Market

John Allen Paulos, The A Mathematician Plays the Stock Market

(Perseus Book Group ; ISBN: 0465054803 ; (2003/05/01)

2003/1/6
山形浩生

1. 概要

 本書は、株式投資にまつわる各種の考え方や理論について、著者自身がWorldCom株に投資して大損をした苦い実体験に基づいて説明を行った本である。

 株の投資理論についての解説書は多数あるものの、その多くはある一つの立場だけに立ち、それ以外のものを無視する傾向にある。本書はそうした狭い本ではなく、ファンダメンタルズ分析からテクニカル分析、人間の心理に基づいた各種行動分析や、確率を利用した詐欺の手法、そしてカオスやフラクタル理論との関わりまで、株についてのありとあらゆる理論を集大成し、非常に簡潔でわかりやすい解説をつけている。

  さらに本書は、ただの理論的な説明に終わっていない。著者は数学者として各種の確率統計的な考え方を知っており、またそれを使った各種の詐欺や誤解についても熟知していたはずなのに、「ひょっとしたら」「もしかしたら」の甘い発想で各種の罠に次々にはまり、暴落を続けるWorldCom株を買いあさってみたり、Yahooなどの掲示板に書き込みをしたり、またWorldComにまぬけなアドバイスメールを送りつけたりと、不合理な行動をたくさんしてまわる。そのために、文中の記述が単に、「わかった」数学者が「わかってない」無知な人々を見下して嘲笑する、というものにならず、きわめて親身なものになっているのも読んでいて好感が持てる。同時に、理論がいくらわかっていても、損するときには損をするという、当然ではあるものの、多くの投資指南書に欠けている常識をかれが身をもって示してくれているのも、涙ぐましいがなかなか教育的。

 欠点としては、強いて言うなら結論の弱さ。最終的には、もちろん確実に株で儲ける方法は存在しないので、断定的な結論は出てこないのは当然ではある。しかし、各種理論が羅列されてそのまま本が終わってしまうのは、惜しいと言えば惜しい。


2. 著者について

 著者ジョン・アレン・パウロスは、日常生活に登場する各種の数学的な現象についてわかりやすく解説する名数学コラムニストとして名高い。各種のギャンブルや死亡率などについて解説した「確率で言えば」、および新聞に氾濫する統計の濫用・誤用をおもしろおかしくまとめた「数学者が新聞を読むと」などは邦訳もあり、いずれも優れた本だが、これまでは邦訳の問題もあり、日本では必ずしも有名とは言い難い存在ではある。


3. 本書の構成と各章の概略

1. 市場と、他人の予想を予測すること

 著者がWorldCom株に財産をつぎこんで損をしたときの回想から始まる。 そのうえで、株式市場の基本についての説明が行われている。有名なケインズの美人コンテストの例え(自分が美人だと思う人ではなく、ほかのみんなが美人だと思うであろう人を選ばなくてはならない)と株式市場の関係について述べる。同時に、他人の考えを読むのがいかにむずかしいか(特に他のみんなも同じことをしようとしている場合)をいくつかの簡単な例を通じて説明している。

2. 恐れ、貪欲、知覚上の幻影

 株が下がっているときは、買い時なのか売り時なのか? あとづけでは簡単な問題も、その場ではきわめてむずかしい問題となる。大損するかもしれないという恐怖と、でもうまくすると大もうけできるかもしれないという欲のおかげで、なんでもない情報を妙に深読みし、また自分に都合のいいところだけ選択的に見るという知覚上のエラーが生じる。これは各種の株式掲示板などを見るといつも見ることができるし、また著者もその罠にはまっている。

 同じくこれは、「風雪の流布」による株価操作にもつながっている。その仕組みを解説。

3. トレンドとテクニカル分析

  テクニカル分析の解説。株式市場はあるパターンにしたがって上下動する、という信念は強く、「エリオット分析」「ギャン分析」といった各種の投資「セオリー」が存在している。そしてこれは多くの機関投資家でも採用されたりしている考え方。本章ではその発想が紹介される。

 もちろん、数学的にも理論的にも、こうしたテクニカル分析の発想はナンセンスであり、したがって紹介の調子は比較的批判的ではある。しかし一方で、本章の最後では一般的な確率理論では見過ごされる細かい確率的な議論がこうしたテクニカル分析と必ずしも無関係でないことも論じられ、決して一蹴し去るような論調ではない。

4. ランダムウォークと効率的市場

  現在いちばん株の値動きについての理論として主流であるランダムウォーク仮説についての説明。株式市場の株の値動きは予想がつかず、ランダムであるというのがその議論。ただし一方で、コイントス実験でたとえば表のほうが出ていた場合、その順番が逆転する確率がきわめて低いという確率上の理論が、多くの人が思っているランダムウォーク仮説の含意とはちがった結果を招きかねないことを説明している。

 また、その他数字の面白い法則として「ベンフォードの法則」(自然の数字では、最大の桁の数は1である確率が圧倒的に多い、というもの)が紹介され、これが会計上のインチキ発見などに使われることについて説明されている。これもランダムウォーク仮説とは一見反するように思える非常におもしろい現象だが、数字の知識として興味深い。(他でこの法則が説明された例は寡聞にして知らない)

5. 価値への投資とファンダメンタルズ分析

  ファンダメンタルズ分析についての説明。株価は企業の収益を反映するものだ、と考えて、P/Eなどを始め、その基本的な収益の考え方について解説している。ただしこれはもちろん、会計的な数字を通じてしか行えない。こうした分析の持つ意味と、エンロンやWorldComの株価を考えるときにこれがどういう意味を持ったかについて解説。

6. リスクと変動率

  オプション、マージン取引(借金して株を買うこと)など、リスクをヘッジするための各種手法とそれが誤用されてかえってリスクを高めているケースについての説明。同時に、リスクと変動しやすさをどうとらえるかについて解説、次章の基盤を用意。

7. ポートフォリオと分散投資

  オプション、マージン取引(借金して株を買うこと)など、リスクをヘッジするための各種手法とそれが誤用されてかえってリスクを高めているケースについての説明。同時に、リスクと変動しやすさをどうとらえるかについて解説、次章の基盤を用意。

8. 連関性と極端な値動き

 株式投資におけるカオス理論、フラクタル理論についての解説。株式市場は複雑なネットワークを形成しており、それ自体がカオス的な運動を見せている、ということが言える。フラクタル幾何学創始者マンデルブロはそれをもとに、株式市場のフラクタル分析を行っている。本章では、そうしたカオス・複雑系的アプローチの有効性とつらさについて簡潔に説明。

9. パラドックスと複雑系

  ランダムウォーク仮説やポートフォリオ理論の基盤となっている合理的市場仮説は、みんながそれを信じていれば成立しないが、みんなが信じていなければ成立するという変な仕組みを持っている。その中で生じる囚人のジレンマの問題について解説した後、著者は自分がWorldCom崩壊末期にこのジレンマの中で冒した各種のまちがいについて解説し、わかっていてもまちがえるときにはまちがえることを強調し、終わる。


4. 評価

 従来の株式投資本にはまったくない(そして期待できない)アプローチ。多くの株式投資本は、こうすれば儲かるとか、運用できるとかいったオイシイ話をベースにして欠かれているか、あるいは単なる理論の解説書に終わっている。本書は、網羅している株式関連の理論がきわめて広範であり、各種の考え方を広く薄くとらえるには最適な一冊となっている。特に、投資家真理に基づいた各種の解説は、著者自身の経験ともあいまって非常に説得力に富み、同時に一般投資家に対する啓蒙的な効果もあるだろう。

 一方で数学者として、非常に細かい確率論の盲点から発生するかんちがいなどについての説明には、類書には見られない深さがある。

 したがって、本書を訳出する価値は非常に高いと思われる。一時ほどではないものの、オンライン株式投資などへの関心はそれなりに高く、その理論を大まかに理解したいと思っている人々は多いと考えられる。そうした人々へ「株式相場の理論をすべて教えます!」的なアプローチで売り込むことは十分に可能である。

 一方、明確な結論がないのが難点といえば難点である。うまい話はない、というのが一応結論めいたものではあるが、終わり方は唐突。これについては、何か補論的なものを解説などで追加するとまとまりがもっと強く出せるだろう。

 一応数学者の本だが、力点は株式にある。したがって、訳はファイナンス面がわかった人間であることが必須(しかもファンダメンタルズ分析しか知らない MBA くずれでは危険)。同時に、WorldCom で損をした話を多少自虐的におもしろおかしく書いており、そうしたユーモア感を殺すような堅い訳文にすると価値が大幅に下がる。この点は注意が必要となる。


5. 期待される読者

 株式投資入門書の読者など。ファイナンス入門書としてそれなりに有効だし、概略をつかむには好適で訴求力を持つであろう。

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