Origin of Wealth

Steve Wozniak, Gina Smith, iWoz: Computer Geek to Cult Icon: How I Invented the Personal Computer, Co-founded Apple, and Had Fun Doing It 査読書

(W W Norton ; 2006)

2006/11/24
山形浩生

Executive Summary

  スティーブ・ジョブスとともにアップル社を創設し、その設計開発面を一手に引き受けていたスティーブ・ウォズニアック自伝。

 伝説の天才エンジニアとして名高いウォズニアックの伝記ということで期待は大きかった。しかし実際にふたを開けてみると、ウォズニアックは基本的にはひたすら部屋にこもって設計をしているのが好きな生粋のエンジニアであり、伝記として読んで楽しめるようなエピソードがあまりない。本当であれば、かれのエンジニアとしてのひらめきを前面に出したいところだが、一般読者向けを狙っているために、そうした技術的な説明もほんのさわりだけとなり、きわめて食い足りない。さらにアップルをやめてからは、ほとんど何も起きないに等しい。

 このため伝記としてはおもしろみと生彩に欠けるものとなってしまっており、あまり読む価値のない一冊にとどまっている。

1. 各章概要

  本書の各章の概要を以下に挙げる。

第一章 Our Gang: The Electronics Kids

 父親の思い出。父親も技術者で、多少電子回路のことを教わった。その後、学校に入って同級生と電子工作をやって信号システムみたいなのを作った。

第二章 Logic Game

 小学校高学年では、アマチュア無線の免許をとってハリクラフターのキットを組み立てたり、初めて論理回路に触れてドモルガンの定理を勉強したりして、科学フェアで入賞したりした。そのとき作ったのが初めてのコンピュータのようなものだった。

第三章 Learning by Accident

 昔からいたずらは好きで、電子工作でいたずらをしたりした。また学校の科学の先生がいろいろ電子ツールをいじらせたりしてくれて、初めてコンピュータ関連の本に触れたりした。

第四章 The “Ethical” TV Jammer

  大学は、初めて雪を見たのに感激したのでコロラドに行った。そこでテレビの受信妨害装置を開発して、いたずらをいろいろ仕掛けた。また学校のコンピュータの講義で FORTRAN を自習してでかいプログラムを走らせたら、CPU課金がすごくて大目玉をくらい、その分を自腹で払わされた。それとベトナム戦争のことでいろいろ悩んだ。戦争はいけないと思った。

第五章 Cream Soda Days

  ペンタゴン文書を読んでベトナム戦争に置けるアメリカの欺瞞を知り、ショックを受けた。そろそろ就職かなと思って自分でコンピュータを組み立てたりした。その頃にジョブスと会って、二人でいたずらをしたりした。

第六章 Phreaking for Real

  電話機をだまして長距離電話を無料にするブルーボックスの記事を読んで、それを作ってみた。そして電話のただがけの伝説であるキャプテン・クランチと会って感激した。車の中から無料電話をかけられるようにして追跡をかわしていてクールだった。でもすんでのところで警察につかまりそうになった。

第七章 Escapades with Steve

  ジョブスといろいろいたずらした。バチカンに電話してローマ法王と話そうとしたりもした。でも電話料金をごまかしたりはしなかったので、ぼくは倫理的なフリーカーだった。でもその後、ブルーボックスを売ってお金をかせいで、ちょっと怖いこともあった。

第八章 HP and Moonlighting as a Crazy Polack

  電卓に触れて感激した。そしてそれを作っている HP 社でインターンをして、その計算機部門に雇われてとても嬉しかった。でもまだ大学はちゃんと卒業していなかった。一方、副業で、留守電を使ってジョークを聞かせる(ダイヤルQ2みたいな)サービスを始めた。その過程で最初の妻のアリスにも会った。

第九章 Wild Projects

  初めてビデオデッキを手に入れてその働きを見た。あとテレビゲームが出てきた。自分でもテレビゲームを作ってみた。アタリ社で働いていたジョブスに見せたらおもしろがって、4日でブロック崩しみたいなゲームを作るアタリ社のコンテストに参加することになり、優勝した。でも、そのときジョブスは賞金をごまかした。

第十章 My Big Idea

  ホームブリューコンピュータ同好会の集会で、コンピュータの自作の可能性をきいて、アップルIの設計を始めた。ホームブリューは、最初はテレビ端末の同好会だと聞いて入ったものだった。最初にでかけたときに、インテル8008のデータシートが配られて、自分でもアルテアのコンピュータみたいなものを作れる自信が出た。アップルIはそれをもとに設計していて、その後HP社員はモトローラの6800を安く買えることになったのでそっちに移り、最後にそれとピン互換の6502が安く手に入ることがわかってそっちに移行した。

第十一章  The Apple I

  アップルIをあちこちで見せたら大人気となった。ジョブスが、これを作って売る商売をはじめようと提案した。

第十二章  Our Very Own Company

  資本金をつくるために、HPの電卓を売った。ジョブスはフォルクスワーゲンのバンを売った。そしてこのとき、アップルという名前を決めた。レコード会社は知っていたが、他に思いつかなかった。また開発したものは一応 HP に権利があることになっていたので、上司にこれを見せた。でも興味がないと言われたので、そっちはクリアできた。そしてそのための BASIC 言語の開発にはえらく苦労した。原価500ドルのものを666.66ドルで販売して、商売は軌道にのった。

第十三章  The Apple II

  アップルI は150台くらい売れた。でもその後、アップルIIの設計にかかり、カラーや拡張性その他いろいろ取り込むように考えた。ジョブスは拡張性には反対だったけど。ちょうどHPもパソコン部門を立ち上げつつあったが、そこにアサインされなかったのでとても傷ついた。アップルIIは大成功で、出資者もついて、HP をやめて専業になれと言われて、最初は断った。でもよく考えて、話しを受けることにした。はじめて行ったコンピュータ展示会で、インチキ商品のチラシを配っていたずらした。

第十四章  The Biggest IPO Since Ford

  拡張性のおかげでアップルIIのまわりに産業が生まれてきた。そして大型ゲームなどがテープで流通してきて、時間がかかると不満が出ていたので、外部記憶用のフロッピーディスクを開発した。5インチ版がちょうど出てきたので、それを使うことにした。標準のドライブ回路にあまりに無駄が多かったので、どんどん削っていったらワンチップになってしまった。そして表計算ソフトビジカルクが出てきて、アップルIIは決定的に優位にたった。おかげでフォード以来最高の IPOが実現された。

第十五章  The Woz Plan

  IPOが大成功した。すぐにアップルIIIの設計にかかってみたが、できたけれど評判は悪かった。マーケティングの要請で、いろいろ性能を制限させられたりしたのもあるけれど、未だに成功しなかった理由はわからない。

第十六章  Crash Landing

  映画館を買って、フリーメーソンに加入して、最初の離婚。二番目の妻に会った。それから自家用飛行機をとばそうとして、離陸に手間取ったところまでは覚えているけれど、次にどうなったか記憶がなくて、気がついたら病院にいた。その後、いろいろ現実感がない時期があって、再婚した。

第十七章  Have I Mentioned I Have the Voice of an Angel?

  その後大学に戻って学位をとろうとした。それから新時代のウッドストックをやろうとした。ソ連に衛星中継したりもした。赤字だったけれどみんなが喜んだのでもう一度1983年にもやった。

第十八章  Leaving Apple, Moving to Cloud Nine

  アップルでは、アップルIIcを作ったりした。あと新世代のリモコンを作ろうとして、アップルをやめて新会社CL9をはじめた。でもジョブスはフロッグデザインがリモコンの設計をする邪魔をしたりした。よい製品はできたけれど、結局ビジネスとしては成功しなかった。

第十九章  The Mad Hatter

  昔から子供が好きだった。CL9をやめてからは主夫みたいな状態だった。けれどそのうち離婚した。慈善活動で博物館をやったりバレーを応援したりして、学校にコンピュータを入れる活動もやった。おもしろかった。

第二〇章  Rules to Live By

  マスコミにはいろいろデタラメ書かれて頭にきた。でもやっぱり自分に正直に生きること。発明家としては、いろいろ見方があることを学ぶこと。アーティストは一人で仕事をするのがいちばんいいこと。そしてXEROX のPARCでGUIを初めて見たときの感激に匹敵する「これだ!」感のあるものを見つけたら、何も考えずに飛び込むこと。ちなみに、マックOSがクラッシュするのはIEのせいだったんだけれど、これをアップルに教えても何もしなかった。ジョブスとはいろいろあったし、iPodだって昔から開発してたものだけれど、でもいまのアップルはすごいし、ジョブスもえらい。関われてよかった。

2. 著者について

  著者はアップルの創立者であり、創設時の主任天才エンジニア。

3. 評価

 いわゆる「もう一人のスティーブ」はこの世界では伝説であり、またかつて 8 ビット時代のパソコンに触れたことのある年寄りであれば、かれの設計したアップルIIおよびその周辺機器の先進性、シンプルさ、エレガントさ、その他あらゆる面に感銘を覚えなかった人はいないといっていい。その天才ぶりは疑問の余地はなかった。あまり表舞台に出ることもなかったが、その伝記ということで期待は大きかった。

 しかし実際にふたを開けてみると、ウォズニアックは基本的にはひたすら部屋にこもって設計をしているのが好きな生粋のエンジニアであり、伝記として読んで楽しめるようなエピソードがあまりない。これは上の各章のあらすじがきわめて短いことからも見当がつくであろう。小学校時代のあまりおもしろくない思い出ばなしが延々と続いており、それもことさら生彩があるわけでもない。

 本当であれば、かれのエンジニアとしてのひらめきを前面に出したいところだが、一般読者向けを狙っているために、そうした技術的な説明もほんのさわりだけとなり、きわめて食い足りない。SRAMとDRAMの差、BASICとはなんぞや、といった説明にやたらに紙数が割かれているために、技術的知識のある読者にとっては退屈な部分が多くなっており、技術的なつっこみも薄すぎるため、結局何もわからない状態となっている。また天才の常として、自分がなぜそういう非凡な着想ができるのかがわかっていない。このため、実に単純に「見てたらできた」「考えたら思いついた」といった話しですべてがすんでしまう。

 かれの人生の転機になった飛行機事故の話しも、記憶にないとのことであまり詳しくない。そしてアップルIIIをはじめ失敗についての記述も、分析に深みがない。さらにアップルをやめてからは、ほとんど何も起きないに等しい。すべて持ち出しの手すさびにとどまっている。

 このため全体として伝記としてはおもしろみと生彩に欠けるものとなってしまっており、あまり読む価値のない一冊にとどまっている。訳出すれば、ウォズニアックの名前である程度の販売は期待できるだろうが、結果としてかなりの失望を買うことになると思われ、おそらく増刷はない。やるなら宣伝を大きめにして初刷りをふやし、売り逃げ戦術となるであろう。腐ってもウォズニアックという面もあるため、手を出すべきかどうかは微妙なところだが、個人的には見送りを勧める。

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