山形のやったいろんな査読

 いろんな本を翻訳するにあたって、ざっと下読みして、それが訳に値するかどうかを評価するという作業がある。あと、自分で翻訳したいなと思った本について、企画書を書くことがある。それらの中で時効になった(と思うもの)をここで公開しちゃおう。なお、査読なのでもちろんネタバレ満載。そういうことを気にする愚かな人は、気にすればいいと思う。

 なんでこんなものを公開してるかというと、翻訳したいんだけどとメールくれた人に、「企画書書いて出版社に送りつけなさい」と言ったら「企画書ってどう書けばいいかわからない」という答えが返ってきたからなのだ。しょうがないなあ。これが定番かどうかは知らないけれど、こういうのもあるってことで。


Death of Environmentalism (Schellenberger and Nordhaus)
 エコロな人々はこのタイトルを見て、産業界の反エコロキャンペーンかと思うだろう。ちがうんだよ。環境保護運動の現状に悲観したエコロジストが、我慢する脅し型エコロジーではもう先がないと悲観して、ポジティブなエコロジーを進めようと訴えているちょっと変わった本。なんだが……そのポジティブなエコロジーがかなり無内容で、かけ声倒れに終わっているのが残念。

Richistan (Robert Frank)
 金持ちが新しい階級を作っているという話。ざっと読んで、おもしろいネタ(ご主人様を仕込むメイドとか)は各所のコラムで使ったが、全体としておもしろいとは思えなかった。最近『ザ・ニューリッチ』という題名でダイヤモンド社から邦訳が出たが、あまり「ニュー」なところはないと思う。

Rising up and Rising Down (William T. Vollman)
 ヴォルマンの十年がかりの全7巻におよぶ狂ったような著作の要約版。暴力とは何であり、それがどんな場合に正当化されるのか、というのを各種事例をもとに検討した本。なんだが……最終的にできたガイドラインはこの要約版でも70ページ以上。こんなの、どうしろっていうんじゃい。そもそも地域的にも時代的にもかなりちがう「暴力」概念をこうやって普遍化することの意味は? みんなその場で(場当たり的でも)解消するしかないのでは? 壮大な徒労という感じ。いやほんと力作なのはまちがいないんだが、まったく使い道がないという……

Poor People (William T. Vollman)
 ヴォルマンの書き殴り一作。ホントこの人落ち着いて書けばいいのにと思うんだけれど。貧乏人にいろいろきいて、貧乏の本質に迫りたいというのはおもしろい発想なんだけれど、予断をもって接しちゃイケナイ、貧乏でも幸せかもしれない、等々なるべく壁を作って相手に立ち入らないようにするために、結局何もわからずに、でもなんとなくぼくも貧乏いやだしぃ、でもホントに貧乏だったことないしぃ、といろいろ自分語りをするだけ。かれがしょっちゅう強調したがる居場所のなさや疎外感も、単に自分が壁を作っているだけだというのがよくわかってしまう一作。

iWoz (Steve Wozniac)
 もう一人のスティーブ、アップルの創立メンバーで、その天才的なハードとソフトの設計で初期のパソコンマニアたちを驚愕させたあのスティーブ・ウォズニアックの自伝! これがおもしろいものにならないはずがないと思ったんだけれど……ならなかった。かれは孤高の天才エンジニアなので、とにかく人生で大した事件がおきない。それと何かひらめいたときも、なぜそれがひらめいたかわからない。「見てたら思いついた」というだけ。天才というのはそういうものなんだろうけれど……技術屋としては、コード書きの細かい話や回路設計のコツなんてあたりを説明してほしいところだけれど、一般向けを意識してそんなレベルの解説はないし、SRAMとDRAMのちがいの説明が延々と続いたりしてうんざり。つまらなくてがっかりしてしまった。

The Origin of Wealth (Eric Beinhocker)
 ながーい! で、何を言っているかというと、いまの経済システムというのは自己創発的なシステムとして適応進化してきたものだ、ということ。そのための発送としてジョージェスク・レーゲンのエントロピー経済学みたいなものをあげ、サンタフェ系の複雑系による、エージェントをいろいろ相互にからめたみたいなモデルを挙げ、ついでにこれまでの均衡経済学は物理学から概念を拝借するときに、熱力学第二法則を借りなかったからダメだったというんだけど……結局、いろいろやってるのはわかったが、それで? いくつかおもしろい発想もあるんだけど(ライフゲームに市場を取り入れるというのはなかなか)、それが具体に何をもたらしているか、はっきりいえないのはかなりの尻すぼみ。

The Pokerface of Wall Street (Aaron Brown)
 ファイナンスはいろいろ言うけれど、ギャンブルとしての要素が強いし、またそれがファイナンスのいいところで、かつてフランスのジョン・ローの時代はギャンブラーが財務担当だったし、それが新しい富の構築をしたし、開拓時代の西部ではインフラ開発投資を集める手段としてギャンブルが行われているし、オプションでギャンブル性が高まったからこそ古いブルーチップ株もおもしろみが出て金融市場は活性化した、という話。それはわかるんだが、とにかく説明がやたらにポーカーに頼るので、ぱっと見て手とかわからないと、なんかよくわからないまま。

Everything Bad is Good for You (Steven Johnson)
 『創発』のスティーブン・ジョンソン新作。ゲームやテレビドラマはどんどん複雑さを増してきていて、かつての単純なものじゃない。だからポピュラー文化がどんどん馬鹿になってきてるというのは嘘だろう、という話。ゲーム脳とかいいう話も、単に集中しているというだけのことでしょ。シムシティみたいに、ほんとに教育的効果があるゲームもあるし、ゲームやネットはダメという議論は、本にならされた連中の反動かもしれないので、ポピュラー文化を全部否定するのはアレでしょ、という本。まあ、それはその通りではございます。結局翻訳しました(『ダメなものはタメになる』という邦題はなかなかおもしろいと思う)。

Anarchist in the Library (Siva Vaidhyanathan)
 レッシグのエピゴーネン。規制強化は文化をかえって殺すので、規制緩和してアナーキーの自立的な秩序に任せる部分を増やしてもいいんじゃないか、という話は……きいたことあるでしょ? なんでも自由じゃなくて、慎重にゆっくりバランスをとって進めましょう、なんだって。これも聞いたことあるでしょ。んでもって、国民的議論を喚起しましょう、だって。やれやれ。反WTO テロ団をほめているのもポイントを大いに下げた。

Dark Age Ahead: Caution (Jane Jacobs)
 いまの文明は、かつてローマ文明が中世の暗黒時代にとってかわられたように、衰退に向かう恐れがある、という本。そしてそれは、家族やコミュニティ崩壊、科学軽視、専門家の自浄能力低下、大学の職業訓練所化などにあらわれている、というんだが……これがジェイコブズとは信じられないくらい、お粗末な論理、証明や裏付けになっていない卑近な思いこみによる事例、そして最後に、文明の証拠は文化にあらわれるが、アメリカ文化は音楽が多様だからまだ大丈夫そうだ、という腰砕けな結論。じゃあ何を騒いでたんだよ、あんたは。日本の人間国宝制度を、文化の独自性を保つための仕組みとしてえらく評価しているのもトホホ。

日経 BP 賞のための推薦書 (建築系のおもに経営っぽいのを中心に)
なんか賞の候補をあげろというので、あげましたよ。それにしても、ぼくは新刊かそうでないかなんてことに一切注意を払っていないので、こういうときには苦労します。いつ出た本かちっとも把握していないのですもの。本屋めぐりまでして、ちょっと無理していろいろ挙げてみましたが、いま見てみるとこんなのを挙げることもなかったなあ、というようなのが入っている。が、まあどうせそれが受賞するとは思えないからいいか。なお、結局ぼくが昔批判したインターネットの歴史とかいうのが受賞した。やれやれ。

Down and Out in the Magic Kingdom (Cory Doctrow)
レッシグだのスターリングだの、いろんな人の推薦がついているので、さぞかしすごい話にちがいないと思ったら、非常にできに悪い凡作。フリーで公開されているけれど、なんかフリーで公開されるなんてしょせんこの程度、という印象を強化するだけの本という感じではある。

Hacker Cracker (Ejovy Nuwere)
ブルックリンのスラム出身の子供が、つらい環境にもめげずワレズ扱いとクラッキングを得意とするクラッカーになって、その後セキュリティ技術者として就職しました、というだけのお話。特にこれという業績のある人じゃないので、ただの立身出世物語でしかありませんな。

A Mathematician Plays the Stock Market (John Allen Paulos)
数学者の株式投資・投機指南。ワールドコムにつぎこんで大損こいた苦い経験をもとに、各種の投資にまつわる理論や迷妄、そしてわかっちゃいるのにはまってしまう人間心理の恐ろしさを、半ば自虐的に説明。楽しい本です。残念ながら、査読を依頼してきたのと別のところが(すさまじいアドバンスを払って)取っちゃったらしいが……上手に訳せよ。(上手に訳せていました)

The Skeptical Environmentalist (Bjorn Lomborg)
 おおおお。地球環境はよくなってるぞ! 人間はやればできるぞ! 希望に満ちた一冊(そして恫喝型環境保護論者の変な理屈を徹底的に糾弾)。名著です。これもできるといいなあ。(できることになりました)

Gonzo Marketing (Christopher Locke)
 著者は、ぼくの最初の英語ページにはじめからリンクしてあったEGRをやっている人で、最初の頃は冗談サイトの作者としてしか認識してなくて、また当人も日本にいたことがあるので日本人のサイトからのリンクを珍しがってメールをくれたりした。そしたらいつのまにかネットマーケティングの重鎮になってしまっていた。わーお。ぼくはマーケティングはきらいだけれど、この文体は圧倒的に好きなので、なんとか押し込めるといいな。(押し込めました)

Shamans, Software, and Spleens (James Boyle)
 CODEに引用されていて、興味を持って読んだ本。最初のほうを流し読みした段階で、おもしろい本はないかと言われてこの話をしたら「じゃあ本気で検討しよう」と言われてあわてて通読して書いた。哲学議論としては面白いし、また将来の人造人間の可能性とか、SF的なところにまですでに考えが及んでいるのはすごいんだが、どこまで一般性があるかというと、うーん。ドカドカ売れる本ではない。結局出さないことにしたみたい。

P.E.A.C.E (Guy Holmes)
 「エージェントに大プッシュされた」とのことだったんだが……どこがぁ? この頃は他にはいい小説ばかり読んでいたので「ああ、世の中には愚作ってものもあるんだ」というのを再確認させてくれたというメリットはあった、と言っていいのかな。でもそんなの確認しないでいいよ! ちなみに Amazon の本国サイトでは誉めている人がたくさんいるのに驚愕。ちなみに、アマゾンのレビューアーランクの上位に入るには、ひたすら誉める書評ばかり書けばいいのだ。罵倒レビューで「このレビューが参考になった」を押してもらえることは少ないもの。だからレビューアートップ200とかいう人は、実はぜんぜん信用ならないのである。

Super-Cannes (J.G.バラード)
「コカイン・ナイト」邦訳が出たバラードの、その次の本。個人的にはあまり評価していない。結局出さないことにしたみたい。

Seven Steps to Nirvana (Sawhney & Zabin)
まったく評価していない。中身以外にも外部的な要因はあったし、先物買い的なところはあるんだけれど。でもダメなものはだめー。

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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)