Gonzo Marketing

Cory Doctrow, Down and Out in the Magic Kingdom (TOR, 2003)

2003/4/3
山形浩生

概論

 小説としてのできは必ずしもよくはない。未来社会について、実質的な不死の実現、貨幣経済の終わりと評判に基づいた経済システム、ユビキタスオンライン化社会など、おもしろいアイデアは盛り込まれているが、それが十分に活かされておらず、思いつきにとどまっている。さらに全体の設定がディズニーワールドのアトラクションの改良をめぐる小競り合いで、登場人物も浅はかなため、話全体に何ら深みがない。コミックノベルとして読んでおもしろい部分も多少はあるが、爆笑するほどのものではない。

 緊密さに欠ける分、テンポはよく、手軽に読み飛ばせるものの、読み終わった後に特に何も残らない。敢えて紹介する価値は低い。

あらすじ

 いまから数世紀後の世界。クローン技術と記憶保存・再生技術によって、不死がほぼ現実のものとなった世界。人は自分の「バックアップ」を定期的に行い、何か事故にあったらそのバックアップから自分を再生させ、また肉体が衰えてきたら新しい肉体に自分を移転させることで不死が実現している。同時に、フリーエネルギーの実現で希少性に基づく経済が崩れ、ボランティアと評判(ウッフィー)に基づく経済が成立している。何か優れた行為を行うと、他人から評価され、その評価の累積によってその人の価値ほとんどの人は、ユビキタスなネットワークに常時接続されており、だれでも他人の「ウッフィー」を瞬時にチェックできる(そしてそれによって接し方を変える)。

 主人公ジュリアスは、この社会ですでに1世紀以上生きており、現在フロリダのディズニーワールドに暮らしている。ディズニーワールドは現在、ボランティアたちによる自主的な運営となっており、アトラクションごとにキャストによる独立運営が行われ、来訪者の評判によって評価が定まる仕組みとなっている。主人公は、ガールフレンドとともにリバティ・スクウェアとホーンテッド・マンションの運営にたずさわっているが、ディズニーランド・北京から来たデブラの率いるグループが「カリブの海賊」の一大改善を実施して大成功をおさめ、これに対抗するための新機軸を打ち出さなければとプレッシャーを感じている。

 一方、不死の世界に抵抗して敢えて死を選ぶ一派が存在する。ジュールスの友人ダンはこのセクトに属するが、実際に死ぬ勇気がなく、失意の中で暮らしている。ジュールスは、ダンの助けを借りてホーンテッド・マンションの一大改良に乗り出すが、ある日だれかに殺されてしまう。すぐに再生はされたものの、犯人探しの中で主人公は北京からのデブラたちを疑うようになり、ガールフレンドとのけんかからくる精神的な不安定さも手伝って、「カリブの海賊」を破壊、これに伴いディズニーワールドのボランティア団から追放されてしまう。同時に、デブラたちが各種の手だてを通じてホーンテッド・マンションをはじめ、各種のアトラクションの運営に介入してくる結果となる。

 だがダンの告白により、実はジュリアスの暗殺が本当にデブラの計画により行われたものであることが判明する。デブラはディズニーワールドを追われ、ジュリアスは自分の生の一回性を重視しようと考える。ダンは死ぬかわりに宇宙の熱死までの長期保存を選ぶ。

著者

 著者コーリー・ドクトロウは電子フロンティア財団(EFF)の対外宣伝担当。2000年のジョン・キャンベルSF新人賞を受賞している。

評価

 本書はミッチ・ケイパーやハワード・ラインゴールド、ブルース・シュナイアー、ローレンス・レッシグなど、ずいぶん多くの人々から賛辞を受けている。しかしながら、小説としてのできは決してよくない。

 いくつかのおもしろい設定を持ち込んだ点では評価できる。が、その設定が必ずしも十分には生きていない。その理由の一つが、本書の舞台がディズニーワールドのアトラクションだけに限定されていて、各種の設定が世界全体にどういう変化をもたらしたか、という描写がきわめておざなりにしか行われていないことである。希少性に基づく経済の終焉、という話は、無限のエネルギーが実現できたというだけでは成立しない。エネルギーに希少性がなくなれば、他の部分で希少性が重要になるだけなのだが、本書にはそうした説明はまったくない。

あるいは評判をベースに人が評価されるボランティア経済という設定は、フリーソフトの成立原理として注目されてはいる。しかしながら、本書ではそれが何か目新しい社会の仕組みとして成立していない。お金のないところで評判だけのために人が何かするようになったら、その「評判」というのは実はお金とほとんど変わらないものでしかない。だから本書におけるウッフィーによる評価システムは、特に目新しい社会的な変化をもたらさない。ウッフィーを求めてボランティアを行ったり、ウッフィー目当てに殺人を請け負ったり、という本書での設定では新しいことが言えてはいない。

不死の実現にともなって、家族の関係なども変化するはずだが、その描写もないも同然となっている。

さらにストーリーの展開も、決しておもしろいとは言えず、構成も非常にまずい。なぜ主人公が殺される必要があったのか、まるで理解できないし、最後の種明かしの部分も、まったくのおざなり。なぜダンがそこでかり出される必要があったのか(しかもダンが手を下すわけではなく、別の人に頼んでやらせている)。そして人を殺しても「ごめんなさい」ですむし、殺されて腹をたてていたはずの主人公は、見つかった犯人とすぐに何の葛藤もなく恋仲になるといういい加減さ。また登場人物たちも非常に平板。主人公の殺される理由に説得力がないのと同様に、他の人々の行動も支離滅裂。

またいろいろ事件があった後で主人公がどう変わったか、という部分についての説明も弱い。

コミックノベルとしても、必ずしも成功しているとは言い難い。ところどころ、クローン再生ネタのギャグでおもしろい部分はあるが、あまり多くはない。ディズニーランドマニアであればちょっと楽しめる部分はあるかもしれないが、これも十分展開されているとは言い難い。

以上、小説として評価できるところはほとんどない。かろうじて、軽い筆致のために読み飛ばせるメリットはある。しかし読み終わった後で特に何も残らず、解決されたものもなければ変化もあまりないので、満足感は薄い。

翻訳する場合、ある程度の造語に対応できることは必要。また背景となっている想定については多少の予備知識があったほうが望ましい。

査読リスト 日本語 Top Page


Valid XHTML 1.0! YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)