Everything Bad is Good for You

Steven Johnson, Everything Bad is Good for You

(Riverhead Books ; ISBN: 1573223077 ; (2005)

2005/5/27
山形浩生

1. 概要

 本書は、ポピュラー文化が過去 30 年にわたりますます複雑となってきていることを指摘し、人々がどんどん馬鹿になってきているとか、文化が幼児化・低俗化しているといった通俗的な見解が実はあてはまらないことを論じた本である。

 テレビは子供を馬鹿にする、ゲームが子供を馬鹿にするといった議論は日本のみならずアメリカでもしょっちゅう見られる。しかしながら過去30年の人気テレビドラマの発達やゲームの進化を見ると、それらはますます複雑になってきていることがわかる。時代を追うにしたがって、ゲームやドラマは複数の人物の複数の視点やエピソードを追い、それらの関係を頭の中に入れておかなければ理解やプレイが不可能となってきている。そして、それらのテレビやゲームが大人気を博しているという事実は、それを受け入れる一般人が、それだけ複雑な知的処理を行うだけの能力を備えつつあることを示している。著者はこうした人の気がつかない複雑化の傾向をスリーパー曲線と呼び、それが到るところに見られることを指摘する。

  そして著者は、こうした複雑なテレビやゲームが、逆にそうした複雑な知的操作を行うように人々を教育しているのであり、したがって、こうしたこのは人々をむしろ知的に高度にする教育的な効果を持つ、と主張する。その証拠として、時代を経るにつれて各種集団のIQの平均値が上昇していることが指摘される。さらに技術進歩により、ビデオやDVDが簡単に入手できるため、これまでより簡単にドラマを何度も見て詳しく観察することが可能となった。これも従来のような、テレビは「ながら」鑑賞であり深く見ることができないという考え方を覆す。

 主張はそれなりにわかる。論点としてもおもしろい部分は多い。ただし途中に挙げられている事例が、映画『ロード・オブ・ザ・リング』ならまだしも Six Feet UnderArrested DevelopmentAlias といったアメリカの長期シリーズものテレビドラマで、それらについてのある程度の知識が前提になっているため、わかるように訳するのはきわめて困難。ケーブルテレビの状況を含めて、アメリカの状況が前提となっている部分が多いため、翻訳出版で受け入れられるかは微妙なところ。


2. 著者について

 著者スティーブン・ジョンソンはポピュラー文化と科学系の著作を中心としたライター。『創発』『マインド・ワイド・オープン』の邦訳がある。


3. 本書の構成と各章の概略

序:スリーパーカーブ

 ゲームやテレビは個別のものを見て幼児化だとか馬鹿だとか言われることが多いが、長期的なトレンドを見るとだんだん複雑化して知的な要求が高くなってきている。この隠れた曲線がスリーパーカーブである。

第一部

ゲーム

 最近の子供は本を読まずにゲームばかりしている、という批判が多い。しかしゲームのほうがそこらの本よりも遙かに複雑なストーリーや構造を持ち本などよりも高い知的・肉体的活動を要求される。またゲームをやる子供は辛抱がなくなる、などと言われるが、実際のゲームを見れば、非常の地道な活動を繰り返さなくては次のレベルに行けず、我慢も十分に要求される。またシムシティなどのように、課税と都市開発の関係といった複雑な内容の理解も要求される。そして世界を探求してルールを学ぶことが要求されており、試行錯誤で法則を見つけ出すという科学の基本も身に付く。

テレビ

 かつての「スタスキー&ハッチ」などのテレビドラマは非常に単純な構成をしていた。せいぜいが二つのストーリーを追うくらい。現在のHill Street BluesSopranosは10以上のキャラクターやストーリーを追わなくては理解できない。また昔は、伏線となるアイテムはわざわざアップにしたりテロップを出したりして目立たせないとみんな理解できなかったが、今のドラマはそういう親切なことはしない。25 年のテレビドラマ進化と視聴者のテレビドラマによるトレーニングのおかげで、視聴者が知的に進化したからである。またコメディも、FriendsThe Simpsonsはシリーズを長期に見ないと理解できないギャグを多用し、外部への参照が多い。最近はやりのリアリティテレビは、「自分ならどうする?」という視聴者の主観的な参加を大幅に推し進めている。ドラマの人間関係も複雑になっており、情報量も豊かである。これは社会ネットワークを推測して推論する能力に資するものである。

インターネット

 ゲームや複雑なテレビについていけなくても、それに関するインターネットのサイトが大量に存在することで、人々はさらなる学習機会を与えられている。インターネットにはこれまでにないインタラクティブ性が備わり、人々の知的能力を高めている。またネットは人々の社会性を失わせると言われたが、実際にはやっているインターネットのサービスは、社会的コミュニケーションを補うブログやソーシャルネットワークサイトである。

映画

 映画も異様に複雑になっている。スターウォーズとロード・オブ・ザ・リングとでは後者が圧倒的に複雑である。

第二部

 IQ の推移を長期的に見ると、どの集団で見ても上昇傾向にある(フリン効果)。これはテレビが複雑になったのと関係があるのではないか。また最近では、映画の興行収入よりDVD収入のほうが多く、またテレビドラマもDVD販売が相当の収入を占めるようになっている。このため、これまではなるべくあたりさわりのない、だれも文句を言わない(かわりにつまらない)番組を作っていたテレビが、もっと実験的で高度な番組制作のほうに移行している。特にDVDを買わせるためには、これまでの目先の満足ではなく、反復鑑賞に耐える深い番組が必要になる。さらにネット上でそれに関する対話が行われることで、深い読みに耐える作品へのニーズはさらに高まる。

 このように、ポピュラー文化は深みと知的要求を高めており、テクノロジーがそれを支援している。したがってポピュラー文化が人々の総白痴化を招いているといった物言いは明らかにまちがっている。ただし、ウェブなどの読まれ方を見てもわかる通り、長い文章を論理を追いながら読むといった能力は下がりつつある。しかし、何かの行動の背景を深く考えるといった能力はテレビドラマなどでも訓練されるようになってきている。24 は暴力的な場面があるが、その背景を考えさせる。ポピュラー文化のすべてがすばらしいというわけではないが、全体としてのレベルが上がっていることは認めて、テレビ否定、ゲーム否定ばかりにこだわるのはやめるべきである。


4. 評価

 論点はきわめて単純。本文のほとんどは、今のゲームやドラマが昔よりも複雑だ、という一点を述べるのに費やされており、その論点に特に異論がなければいささか冗長ではある。書きぶりは生き生きとしており楽しいものではあるが、各種のテレビドラマ(現在のものも昔のものも)についての知識が前提となっており、その多くはアメリカだけのものである。映画『ロード・オブ・ザ・リング』ならまだしも Six Feet UnderArrested DevelopmentAlias24 といったアメリカの長期シリーズものテレビドラマを、見てはいなくてもどんなものか知っていることが前提となっているが、こうしたドラマは日本でもDVD化されて一部では人気を博しているものの、一般読者に予備知識として要求できるかどうかは不安。したがって著者の論点をわかるように訳するのはきわめて困難。それ以外にもケーブルテレビの状況やゲームのThe Sims人気を含めて、あまりにアメリカの状況が前提となって議論が進んでいるのは不安要因。

 いくつかの指摘はそれなりに興味深い。他の論者が述べているような、文盲文化への移行などとも共鳴する部分を持っており、それなりに翻訳紹介する価値はあるのではないかと思われる。全体を通じてテレビドラマの中身に門に依存した書きぶりは、どう日本の読者にわからせるかという点で困ったものではある。しかも全体の論点が単純なため、そうしたドラマへの言及を削除すれば本全体がなくなってしまうに等しく、抄訳という形態も不可能である。

 ゲームその他がある種の能力の向上に役立つという論点は、各種業務で使われているトレーニング用のシミュレータの存在を考えれば当然のことであるが、一部に存在する「ゲーム脳」といったゲームやテレビ批判に対する解毒剤としてはおもしろい論点を出している。


5. 期待される読者

 もし論点が伝わるような形での翻訳ができるのであれば、ポピュラー文化論に関心のある向きには、テーマ的にはアピールするであろう。また確かに扱われているドラマの一部は日本でも紹介されており、人気も高い。(例:「フレンズ」、「Alias: 二重スパイの女」「24」など)。したがってそのまま訳して理解される可能性はそこそこあるかもしれない。また、本書の主張は、こういうもののファンは知的能力が高い、というに等しいものなので、そうしたファン層をヨイショしてアピールできる可能性はある。しかし個別のドラマを云々しているわけではなく、近年のドラマ全般の傾向を論じているため、個別のものを知っていても本書がかならずしも読みやすくはない可能性はある。また同時に、日本のテレビドラマには必ずしもあてはまらない部分もある。日本で海外ドラマを見る層は、平均的なテレビ視聴者よりはレベルが高い人々だと思われる。かれらが受け容れれば十分かもしれない。

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