Valid XHTML 1.0!

トリップのためのブックガイド

(月刊 流行通信 2000 年 7 月号、2000/5/13脱稿)

山形浩生



はれのトリップ


 はれた日に似合うもの。それは戦争と争いと疫病と飢えと圧制と虐殺と、売春と買春と万点の星空の下の金で買ったセックスと太陽とおなじ核融合反応によって太陽よりまばゆく照り輝く水爆の視神経を焼き尽くす光と熱と、瘴気のたちのぼる熱帯のジャングルのような金星の生態系と部屋の中に一本だけともされたロウソクとそこらへんに散らかり放題に散らかった本の山でいったいなにがどこへいったかももはやわからないのだけれどどこへいっても、死体や人々の上に、死に絶えた生き物たちの飢えに、放置された輸送機器や戦闘装置の頭上に、枝からぶら下がり部屋の中で人知れず腐る死体の上に、それにたかるウジ虫やハエたちとその横に転がるクスリの上に雲一つない青空が広がって、それが金星であればピンクの空がどこまでも広がって、そしていずれであっても太陽は何も意に介さずにニコニコと照り輝いていることだろう。

恵谷「世界危険情報大地図館」、ペルトン「世界の危険・紛争地帯体験ガイド」
 世界中の戦争と紛争と危険地帯について書いた本。グラフィックな理解には前者、文章による細かい記述には後者。特に後者は、現実に人がそこを訪れる際のプラクティカルな情報が満載されていて有用。
「東南亜細亜快楽旅行記 裸のアジア」
 東南アジア各国での売春宿や売春婦たちについて、実際に客として接して時にはヒモになって貢がせたあげくに書かれた本。実際にどこへ行けばいいか、どんなサービスがいくらくらいであるかなど、実用性もあるが古くなった部分もあるので利用の際には注意。
鶴見済「完全自殺マニュアル」
 その名のとおり自殺マニュアル。バカなきょーいく団体どもが、くだらない反対運動を展開したり、著者がクスリでつかまったりしたのでご存じだろう。内容はとても正確で調査も広範囲をカバーしている。
バロウズ「ソフトマシーン」
 ウィリアム・バロウズの代表作の一つ。六〇年代に書かれた、いわゆるカットアップ三部作の一つ。同名のバンドをご存じの方もいるだろう。熱帯のジャングルにも似た金星などからの異星人たちが策謀をめぐらす様がぼんやりと描かれる。
シュテュムプケ「鼻行類 新しく発見された哺乳類の構造と生活」
 ビキニ環礁の水爆実験によって消滅したハイアイアイ群島に生息していた、鼻で歩き、鼻で飛び、鼻を花にしてムシをとり、鼻水で魚をとる驚異の生物群鼻行類たち。その生態を克明に記述し、環境破壊のおそろしさに警鐘を発揮しないでもない唯一無二の大論文。

くもりのトリップ


 くもりの日は空が曇っているのでどんよりしていて陰気な場合も多々あるがそうでない場合もあるので、いちがいにはいえない。気圧も低い場合が多いが結構高いときもないわけではないし、さらに雨になってしまう場合もあるのでうかつに出歩いたり洗濯したりするのは考え物だがでも晴れるかもしれないしそうすると悔しい思いをするのでクスリで気分を変えてみるとかもっと不幸な状況の人々を訪ねてみるとか食い物を変えるとか無理にひたすら踊りつづけるするとよいだろう。人間なんてしょせんは化学反応のかたまり。ホルモン系での長期的な気分もそうだし、神経系の短期的な情報伝達だってそれにちょっと介入してやれば、気分だってやる気だって好き嫌いだってすべて合成できてしまうんだから楽なもの。そこまでやるのがいやでも、適当な環境変化に加えて情報入力をいじくるだけですぐに変われてしまうんだから。ほらもう空もさっきほど重くない。

青山正明「危ない薬」
 青山正明のクスリ大全。おきれーなPTAと警察の結託したいい加減な反ドラッグプロパガンダ本と、本当にバカなヒッピーくずれのあほだら経ばっかだったドラッグ本に、体験ベースの非常に正確な本書が出現した意義は大きい。実用価値無限大。
「収容所群島」
 ソルジェニーツィンの大著。全6巻におよぶ大著で、正義の味方ヅラした本多勝一はかつてこれをただの反ソプロパガンダと一蹴したけれど、いまにして思えば全部事実だったのだ。密告と粛正と隠語のふきあれる、収容所連邦ソビエトへようこそ。
大室幹雄「遊蕩都市 中世中国の神話・笑劇・風景」
 大室幹雄の『劇場都市』に始まる古代中国都市シリーズの最新刊(といっても出たのはしばらく前だけれど)。漢の時代からはじまって、この六巻目でやっとやっと唐まで。なにげない史書の記述からすさまじいディテールを読みとって構築される世界は無敵。
清野栄一「RAVE TRAVELLER 踊る旅人」
 清野栄一の名作。不安と、不穏と、不安定さだらけのレイバーたちが、口コミとフライヤーだけを頼りにゴヤを、アムステルダムを、ベルリンのラブパレードをひたすらめぐりつつ、自分のスペースを築こうとする。踊りつづける中でだけ雲が晴れる。
西原理恵子「鳥頭紀行・ジャングル編」「できるかな」
 西原理恵子の爆笑紀行。事故直後のもんじゅからアマゾン奥地のジャングルまで、体を張って物笑いの種にする。ここで描かれている中身は、眉根にしわよせてかっこつけたがるノンフィクション作家どもの「問題意識」なんかはるかに越えた真理と事実を描き出す。

雨のトリップ


 雨というのは大気中の水蒸気が上空で飽和して、液体になって粒状にふりそそぐ、地球特有の現象をさす。さてそんな状態の中をおしてまででかけなきゃならないところなんて、実はそんなにあるわけではなくて、だからこもってやむのを待っているほうがいいだろう。どのくらいかかることか。一時間か二時間か、あるいは明日までやまないのか。そうやっていろいろ考えつつ外を見ていると、あやしうこそものぐるおしけれ。自分までだんだん得体のしれない世界に入り込んでいって、出られなくなる可能性もあるのでとりあえず他の人がでかけたところをなぞっておくのが安全でいいだろう。出てこられるのはわかっているから。それはたとえば鏡だったりきちがい科学者の夢想理論だったり鉄の鍋の中で沸騰する水だったりカンボジアだったり。あるいはまったくちがう日本だったり。まだ雨はやまないのでいまはどこも行く気にならない。でも、この場所はみんな実在する。

村上龍「イビサ」
 最近では駄作ばかり書き散らしたあげくに、経済やネットについてまともに勉強もせずに聞きかじりでうわっついたことばかり口走っている村上龍がいちばん最近に書いた傑作。日本から旅立つことを肉体的・精神的に描ききって向こう側に出た希有な本。
キャロル「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」
 いまさらこの本について解説がいるようなら、あなたの知識教養体系には深刻な欠陥があるので、専門家の助言をあおいだほうがいいと思う。
「ウィルソン氏の驚異の陳列室」
 ジュラシック・テクノロジー博物館。得体の知れない装置が数多く展示され、館長も一層わけのわからない解説をしてくれる。ホントに実在するけれど、人に話してもぜったいに信じてもらえない。その詳細な記録。それにしてもなぜみすず書房からこんな冗談本が?
ヴォルマン「蝶の物語たち」
 ウィリアム・ヴォルマンは西原理恵子と似たようなところを、別のルートで入っていく。タイの売春宿で女の子に入れあげて、さらにエイズにかかってクメールルージュのカンボジアに潜入してつかまり、粛正される。内面と外面の交錯する、不思議な世界。
Lonely Planetの日本版
 世界有数のガイドブックの日本編。日本人がいかに人種差別むきだしで、どんなに自民族中心主義か、本書にははっきり書かれている。「それさえ我慢できれば、日本はよい国だ」だそうだ。実はみんな、ちゃーんとお見通しなのだ。日本と自分への目が変わる一冊。



その他雑文インデックス  YAMAGATA Hiroo 日本語トップ


Valid XHTML 1.0! YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>