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ブタもおだてりゃ……

(東京新聞夕刊 文化面「自著を語る」 2000/01/06掲載)

山形浩生



 前置きなしに、この本は急にはじまる。そしてあまり考える暇をあげず、あざとい手口を弄してレレレッと変にハイなところにみんなを連れて行く。読者が舞い上がったのをいいことに、良識皆無のとんでもない議論をガンガン投げつける。「人権なんてウソだ」「消費税をあげると景気回復」。そのまま出したらみんな怒り出すような、トンデモ与太話と紙一重の議論が、この本にはいくらもあるけれど、みんな舞い上がってあっさりそれを見逃してくれるのだ。

 たいがいの人は自分がちょっとはえらいと思ってる。どんな人でも、自分では正直で誠実で常識があって知的だと思っているもの。ほら、いまもあの人が、今朝読んだ週刊誌の記事を得意げに受け売りしてみせている。「ネットでも身体性が大事ですなぁ」バーカ。でも、本人はそれで大得意。そしてそういう人が「みんな勉強が足りないねぇ」なんて口走って、ぼくは笑いをこらえるのに苦労する。ウーロン茶でもいかが。

 この本はそれを悪用する。「みんな単細胞で無教養なバカで困ったものですねえ」と本書の序文は言う。映画やコーヒーや失恋なんかの卑近な話ですり寄りつつ。読者はうっかりうなずく。「みんな」というのを「自分以外の」と勝手にかんちがいして。実はぼくから見れば、複数細胞で教養ある人間なんて日本に千人以下。その他は言わぬが花。だから言わない。ブタもおだてりゃなんとやら。まして人間なら、もっともっとおだてがいはあるのだ。

 そして、それは必要なことだ。おだててもいいから、もっと考えさせないと。多くの人は「知らない」「わかんない」「わかったふりをする」世界に安住して、そこから出てこようとしない。「わかんない、教えろ」となるべきなのに、「わかんない、もういい」で話が終わる。昔痛い目にあったことがあるせいかも。それをちょっとおだてて、もう一度出てきてもらおうじゃないか。ノーベル賞をねらえなんて言わない。下手が下手なりにスノーボードを楽しめるように、ちょっとわかる世界に出てきて考えようというだけ。そのためのちょっとしたコツ(「エッジをきかせろ!」とか)はいる。でもそれさえわかれば、あとは自分でからだで覚えて、ある程度まではいけるじゃないか。考えるのだって同じこと。スノボでできて、数学や経済でできないわけがない。

 一方でそれをわからせるのが仕事の人たちが、きちんと仕事をしていない。教師だけじゃない。評論家たちも、役人も、コンサルタントもみんなそうだ。かれら自身わかってない場合が多々あるし、わかりにくくしとけばいばれるし、同じ話をちょっと蒸し返すだけでカモが何度もかかる。「あなたにかわって考えてあげます」という自堕落な商売が成り立ったりする。でも長期的には、それは自分の首を絞める道だ。そして最近、それがかなり締まってきてる。荷が重くてへま続きの役人をごらんよ。

 じゃあそれをなんとかしようではないの。で、あなたたちもいっちょ、おだてにのってみませんか? これはそういう本だ。そのおだてに乗じて、この本はいろんな暴論を並べてみせる。あなたはほかの連中とはちがうんだから、こんなバカなこと、あんなとんでもないことも、考えて笑えるだけの度量はありますよねえ。「割引率には生物学的な根拠がある!」ワハハハ。いい冗談でしょう。

 でも実は、ぼくは半分以上本気だ。ぼくは本気で、自由も平等も人権も、かなり粗雑なフィクションだと思っているんだ。笑ったあとで、この本の暴論を否定したくなるだろう。が、これは思ったよりむずかしい。あなたが考える程度のことなら、ぼくはとっくに考えてあるんだから。さあどうだ。これが論破できるか。それを考えるうちに、読者のうちのごく一部は、この本に隠されたもう一つの魂胆に気づくこともあるかもしれない。それがなんだか、ここでは教えてあげないけれど。さてあなたはどうだろう。うふふふ。



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