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学問の力と遊び心

ポール・クルーグマン「グローバル経済を動かす愚かな人々」書評

(SPA! 1999年2月半ば)

山形浩生

 実は世の「経済評論家」と称する連中は、あまりわかってないのだ。「グローバル化」とか「規制緩和」とか「リストラ」とか、週刊誌の吊り広告みたいなせりふをならべてる連中に振り回されて、ぼくらは余計に経済がわからなくなっている。

 実は経済ってそんなにグローバル化してない。規制が必要なこともある。リストラってのもほどほどだし、みんな不景気だ不景気だとわめくけれど、でもほとんどの連中は不景気って何なのか知りゃしない。

 事情はアメリカでも同じだったんだけれど、そこへ登場したのがポール・クルーグマンだった。この人はバリバリの経済学者なんだけれど、ぼくたち一般人に対してもちょっと嫌味の入った楽しい文で、最先端の経済学のエッセンスを現実世界にあてはめて、わかりやすく解説してくれる。そして「日本の景気回復にはインフレ期待を!」「アジアは外貨規制を!」なんていう一見むちゃくちゃな(でも正しい)議論を連発して、みんなを驚かせてくれる。

 この本は、そのクルーグマンの最新エッセイ集の邦訳だ。

 グローバル経済で仕事がなくなるなんてウソだよ、所得が多いだけじゃ人は幸せになれない。民主主義ってだいじょうぶだろうか。時事的な問題や身近な話をネタに、経済学の真髄がおしげもなくたたき込まれて、通俗ヒョーロンカどもが次々に血祭りにあげられる。たのしい、軽快、爽快、おまけに勉強になる――これぞクルーグマンの真骨頂。

 ただし、かれの持ち味であるユーモラスな語り口が、生真面目でガチガチな訳のせいでかなり殺されちゃってる。特にジョークは全滅。無念。

多少は時事ネタを知らないとわかりにくい。でも、それさえあれば、本書を読んで「そ、そうだったのか!」と驚くことうけあい。同時に本当の学問の力ってものも、ひしひしと感じられるはず。

 どうしてもお金がなければ、最後の「2096年から過去を顧みる」(改訳版はこちら)という文章だけでも立ち読みしてみるといいよ。クルーグマンの語る、この先 100 年の世界! 通俗経済書の多くは、ここ 1〜2 年とかのトレンドしか語らないけど、本当の知性と学問は、この先一世紀を見通せるんだ。

 だからって、この本はクソまじめなオベンキョー本なんかじゃない。生真面目なだけの連中が、いかに無様な大ポカをやらかすか、かれは何度も嬉々として指摘する。「バカなこと考えて遊ぶ余裕がなきゃ、なんにもわかんないよ」それがこの本の教えでもあるし、その遊び心は本書のいたるところに満ちている。

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