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温暖化は適応を重視すべきでは?:フェイガン『千年前の人類を襲った大温暖化』書評

山形浩生

『諸君!』2009/02号新刊書評)

要約:フェイガン『千年前の人類を襲った大温暖化』は、温暖化はかえって有益という議論に対し、温暖化にも害はあったことを述べる本。輸送の条件などを考慮せずに危機をあおりすぎの面もある一方で、人間が気候を制御できるとは思わずに適応を考えるべきという主張をしているようでもあり、興味深い。


 本書はおもしろい本だ。一見すると、ありがちな「温暖化おっかないから排出削減しましょう」本のように見えるが、実はそうではない。そして本書は、温暖化議論の最近の微妙な変化に見事に対応している。かつての温暖化対策議論は、先進国の産業をぶっつぶしてでもとにかく炭酸ガス排出を削減しろ、というものだった。それがいまやアル・ゴアですら、それは無理だからと適応策の模索にだんだん傾き始めている。本書はそうした動きにも呼応している。

 さて評者の立場を明確にしておこう。評者はこの分野の専門家ではないが、文献はかなり読んでいる。温暖化は起きているし、人為的炭酸ガスもその一因だろう(ただしそれだけとは断言できないとは思う)。ただ、京都議定書などがうたうような形で炭酸ガス排出をものすごい犠牲を払って削減しても、温暖化はあまり緩和されないし、温暖化の引き起こす悪影響に個別に対処するほうがいいと考えている。

 さて本書は、その悪影響として従来は、海面上昇と大型台風ばかりが取りざたされてきた中で、あまり注目されなかった干ばつに注目する。中世にはかなり地球が温暖化した時期があり、その時期はいままでは文明の栄えた時期だと考えられている。でも実際にはそれは干ばつが各地の文明を苦しめた時期でもあったという。温暖化は、地中の水の蒸発を加速するため、土地が干上がるケースが増える。だから干ばつが起こりやすくなるのだという。本書はそれを世界各地の各種の資料から克明に再現してくれるのだ。チンギスハーンの蒙古帝国侵攻拡大も、干ばつによる食料状態に大きく左右された。マヤ文明も、干ばつにより食料生産力があやうくなって滅びたようだ。アンコールワットも、温暖化に伴う生産力の増加により栄えたが、その後干ばつによりそれが滅びたものだ。こうした過去の経験をふまえて、現在の温暖化でも海面上昇や大型台風の心配なんかよりも、干ばつの被害を重視すべきだ、と著者は述べる。

 記述は非常に力強く、あぶなげない。歴史上のあれもこれも、実は温暖化に伴う干ばつが一つの原因だったというのは実におもしろい視点で、歴史の見方が一変しそうなほど。

 ただしどんな本でも著者に熱意があるほど起こりがちなことだが、逆に著者は干ばつにあまりにとらわれすぎていないだろうか。なるほど温暖化による干ばつは大きな問題だったんだろう。でも歴史的に見てさえも、干ばつの被害をいたずらにあおるのは正当化されるのか? 数百年の期間を見れば、世界のどこかで干ばつは起こる。気候が変われば適応のためのコストはどこでもかかるし、それが重すぎれば滅びる文明だってある。だが相対的に見れば(たとえばその前の小氷河期と比べれば)中世温暖期は文明が栄えた時期だというのは、否定しがたい。本当に干ばつ怖いと言うだけなのはフェアだろうか? それに小氷河期だって干ばつもあったし滅びた文明もいくらもあったはずなんですけど。

 また、食料の保存技術も輸送技術も未熟だった千年前の世界での干ばつを元に、温暖化がかつて一部の文明を滅ぼしたから現代文明を滅ぼしかねない、といわんばかりの著者の議論は、ぼくは歪んでいると思う。かつては文明を滅ぼした干ばつでも、いまなら対応できるものが多いのでは? まして「気候変動と文明の興亡」という副題で、文明が興る面もあることを示して原著に対し、「文明を崩壊させた気候大変動」というマイナス面だけを強調した副題をつけた日本版の印象操作はちょっとやりすぎでは?

 だが干ばつの被害にもっと注目すべきだという著者の主張は説得力がある。そしておもしろいことだが、本書は干ばつが怖いから炭素排出を大幅削減しましょうとも主張しない。前著では、道筋を転換しない工業社会批判を行っていたそうだが(p.316-7)、本書ではそうした議論はほとんど影をひそめ、むしろ温暖化によるへの適応策を考えるべきだ、その中で干ばつにも注目すべきだという議論が主流になっている。これは現在の温暖化対策議論の流れにも沿っている。

 著者は述べる。「千年前の温暖な時代は、人類が自然界を制覇したことは決してなかったことを思い起こさせる。(中略)自然を支配しようと賢明に努力すればするほど、持続不能になる危険な坂道を滑り落ちるリスクは高まる」(p.317)。まさにその通り。著者がこの文を書いた意図は、必ずしも明確ではなく、炭素の無制限な排出に対する警鐘のつもりだったのかもしれない。が、炭素排出のコントロールで気候変動を制御できると思うのも、人間の傲慢な思い上がりかもしれないという点は考慮すべきだろう。むしろ、それにどう適応するかを考えるべきだ。いろいろな問題の中でどう優先順位をつけて、どのような適応策を講じるべきか? 本書を読むことで、読者はそうしたヒントを得られることだろう。幸か不幸か、現在の金融危機で世界の経済は減速基調となり、炭酸ガス増加の問題は少し先送りになる。こうした問題をゆっくり考え直すゆとりも、多少はあるはずだ。そして、そうした温暖化対策議論に深入りしなくても、地球上の文明を左右していた大きな力を見直させてくれることで、本書は読者の世界観を必ずや豊かなものとしてくれることだろう。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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