風の噂ではございますが……
なお、リンクする場合には各コメントの日付のあとにある「id」をクリックすると、そのコメントのユニーク id が url 欄に表示されるぞ。
さらに実験で、アレッホ・カルペンティエール『バロック協奏曲』(鼓直訳、サンリオ) をやってみた。OCR の認識率アップを左右するのは、まず何よりもまっすぐなスキャン! スキャンが傾くととにかく認識率はガタ落ちになる。特に見開きでスキャンすると、左右ページの傾きがずれて、OCR がまごつく原因だ。それさえできていればそんなに拡大コピーしなくてもかなりよい。ここらへん、一部のスキャナでは自動補正してくれるはずなので、いずれそれのテストもしてみよう。
さらに実験で、サミュエル・R・ディレーニ『エンパイア・スター』(米村秀雄訳、サンリオ) をやってみた。元のスキャンファイルはこのpdfで、それを「やさしくPDF OCR」とフリーの SimpleOCR Lite で処理してみた。やさしくpdf の結果と、SimpleOCRの結果を比べると、前者のほうが圧倒的にいい。期待してなかったのに驚き。SimpleOCr は評判よかったんだが、変にかんがえすぎてぐちゃぐちゃになっているところ多し。もっと設定とかいじればいいのかもしれないが。
まったく次から次へとトジンどもは金がかかる。きりがありゃしねえや。とはいえ今回の地震への対応は比較的スムーズみたいで結構なことです。一方のスーダンは……ホント、てめーらたいがいにせいよ。
おもしろすぎるニュース! 和田義彦がイタリアの画家の完全コピーもどき! ここまであからさまにやられると、笑うしかない。しかも和田義彦はこのごに及んで、絵の具の厚みがちがうから (??!!) オリジナリティがあると強弁。すごすぎる。しかもその一方でバレそうになって隠蔽工作にイタリアにまででかけて、お金払うから訴えないでと泣きを入れたってのはもう唖然。 (2006/5/30, id)
マンキューせんせいったら正直なんだから……。死人にむち打つような真似して(でも毛沢東は、犬がどぶに落ちても殴るのをやめてはいけない、と申しているそうです[←数名の方からのご指摘によれば、マオではなく魯迅だとか)。ちなみにクルーグマンによるガルブレイス叩きは『経済政策を売り歩く人々』(日経)にあります。 (2006/5/3, id)ジョン・ケネス・ガルブレイス
ジョン・ケネス・ガルブレイスが昨日死んだ。ワシントンポストとニューヨーク・タイムズの記事を参照。また、ガルブレイスの経済学のまとめはこちら。
わたしは昔から人間としてのガルブレイスのファンだった。とはいえ、経済学者としてのガルブレイスの結論にはほとんどすべて賛成できなかったけれど。ガルブレイスは自分の思いこみだけで動いており、自分の職能の告げる内容にはしたがわなくてもいいと思っていた。人気ある著作家として、かれは狭い経済学者集団だけをねらうよりは、もっと広い読者を目指そうとしてた。1970年代に学部学生だった頃、ガルブレイスは一般大衆の間で最も認知度の高い経済学者だと読んだことがある。
(後略)
うちで宴会したらいろんな人がいっぱいきた。翌日数えてみると、ワインを20本以上、日本酒三本空けてる。朱鯉。
そう、そうなんですよ! 朝日新聞はなぜか巨乳ということばに敏感なんですよ!! しかしZAKZAK にこのワタクシが引用されるとは。(2006/4/26, id)
あー、これ安くできないかなあ。100W くらい出れば僻地電化に十分使える。粉末にしたアルミがどのくらい保つのかわからないけど、ディーゼル油とか運ぶよりは楽そうだし。もうソーラーいやだぁ。高いし場所取るし、拭いたり電池替えたりで後々手間かかるくせに、みんな変な思いこみで勝手な期待ばっかするし。
スマッシング・パンプキンズ再始動! やった!! と思う一方で、ビリー・コーガン等のソロプロジェクトのあまりのクズぶりを思うと、はたしてまともなものになるか不安でいっぱい。最近は音楽の趣味が軟弱になってきた、というよりグランジ/インダストリアル系飽きた! パパ・ローチとかスリップノットとか Korn とか、あってもいいけど真剣に身を入れて聞く気がおきない! だからといってジェームズ・ホールデンとかDeep Dishとか軟弱ダンス系に走っているのが我ながら情けないと思うが。 (2006/4/24, id)
静かな生活を求めてNECの水冷を導入したが、うーん、CPUをぶんまわすと、水冷のポンプ(だと思う)がウィーンと張り切って、結構音が出るなあ。次の本がベストセラーになったら完全ファンレスを検討しよう. (2006/4/22, id)
その意味でこの本は、構造主義の原点などとはとても言えない。『親族の基本構造』は構造主義の原典扱いもいいけれど、『神話論理』はむしろそのルーズで恣意的な適用として構造主義のなしくずし的な堕落(ロブ=グリエ的にいえば漸進的横滑りってやつね)の原点といったほうがいいんじゃないか。ポモ系の、論理をレトリックやえくりちゅーるだのでごまかす手口の先鞭なんじゃないか。学問的にダメなら、邦訳がなかったところで日本文化にとって大した損失だったはずもない。もちろん邦訳がないのをいいことに、「『神話論理』を読んでないやつがレヴィ=ストロースを語るとは笑止」云々に類する言辞を弄する人が一部で見られたという意味では損失ではあったかもしれないけれど。ちなみに、読んでなくてもあーんまり関係ないよ。もちろん賢明なる諸君は、女教師が生徒に関係を強要されて潮をふく AV だって探せばあるんじゃないですか (松島かえでのアレとか)、とか、宇宙企画族では男は生徒でサマンサ族では男は校長で、当初の女教師との関係が逆転しているから、よく見ると逆転の数があわなくてそんな厳密な変換の対応関係があるとはいえないんじゃないですか、とか尋ねたくなるんだが、そういう論証はいっさいなし。あっても「いやしかしよくみると、こちらでは学生は制服を着ていたがこっちでは着ていない」とか、これまでまったく問題にしなかったものを急にクローズアップするという手口。「女教師系 AV 神話の分析! 宇宙族の神話Aは、「女教師が生徒に関係を強要して立ったまま潮をふいてしまう」というものであった。この神話においては、女から水が下に落ちる、という構造があり、女は天の役割を与えられている。これに対しサマンサ族の神話Bにおいては、女教師は関係中にシャワーを下から男にかける。これは水が女(大地)から上にあがる、という構造となっていて、さきほどのものとは逆である。これをもって神話構造に一貫性はないと否定する説もあるが、これは神話の論理を理解しない愚論である。こちらの神話Bにおいては、逆に女教師が校長に関係を強要される話となっている。すなわち、両者の関係の逆転のに対する論理的な対応として水の方向/女の役割も逆転しているのである! これは以下のような構造図式として明確に示せるのである:
このように、神話は常に明確で厳密な内的な構造論理を維持しているのである!
また、I巻の最初のほうで、オポッサムの登場する神話が扱われる。オポッサムはトリックスターや詐欺師の役割をあてがわれることが多い。オポッサムは、死んだふりをするので有名な動物だから、それを見て人をだます動物という認識が出たんだろうなあ、と思うのは自然なことなんだけれど、レヴィ=ストロースはそういう見方を批判するのだ。神話ってのは実態とは独立した観念なんだから、実際の動物の行動をもとに神話での役割をあれこれ言うのはいけません、といって。ところがII巻だったかな、ナマケモノが出てくる神話の話をするときには、ナマケモノは常に同じところで同じ時間にウンコをする習性があるので、そこから時間を司る動物という役割になったとか言う。そういうの、いけないんじゃなかったの?
地元の後楽園にでかけると、コスプレ集団に占拠されていて驚く。なんかイベントがあったようだね。コスプレすると遊園地も一部を除き無料だそうで、コスプレ連中が遊園地の非日常感を盛り上げていて遊園地側もコスプレ側もWin-Winシチュエーションですな。遊びにきていたファランや近隣国の田舎者ども大喜び。 (2006/3/18, id)
ウォレスとグルミットの新作「野菜畑」。いつもながらの大傑作。ヘレナ・ボナム・カーターもレイフ・ファインズもぶりぶりのイギリス英語で声をあてて、もうノリノリ。でも初日なのになんでこんなに人がいないんだ! 一家総出ですぐに見に行くべし。 (2006/3/18, id)
先日、某 NY にでかけて現地事務所の宴会に乱入したのだが、その場にいた同期の同僚は流行チェックを怠らない人物で、かつて徹夜作業中にかれに「アナ・スイって何だ?」と唐突に尋ねてられてワタクシはずいぶんと慌てたものである。そのかれが、「なんでも日本ではメイド喫茶が大流行というではないか、こんどの帰国時には是非チェックしなければならない」と熱く語っていて、でもそれはアンミラとはちがう流れと解釈すべきか、とかメイドのファッションのポイントが云々とあれこれ分析的な質問に窮していたところ、同席していた現地事務所の女の子がパッと顔を輝かせてこうのたまったのである。
その後二ヶ月近くたって今日ふと思いついたのだが、彼女が想像していた冥土喫茶では、人はいったい何をするのだろうか?(2006/3/1, id)
プゲラ。マッつぁん、さらに必死だな。えー、マッつぁん、わかりあいたかったのぉ? おやじキモーイ。さらに「ここらでいったんやめにします」と書いた筆も乾かぬうちに、やめるどころかうだうだ未練たらしく、ほんっとにどうしようもなくありきたりな「経済学」(と思ってるもの)批判(になってない愚痴)を、なんかオリジナリティがあるつもりで書き連ねる、粘着2ちゃん論者パターン。そして、中身についてまともなことを言っている自信がもてないと、表現にケチをつけて、さらには「心が病んでる」と人格攻撃。バーカ。紋切り型のコメントには、紋切り型の嘲笑しかしてやらないだけなのだ。ちなみに、「必死だな」と書いたぼくは、学者でもなんでもない、一介のリーマンですので、庶民ヅラして学者批判してもダメだよー。とはいえ、最初の本は大変によい本だったので、未読の方は是非どうぞ(ネットで読んでもいいけど)。でも本なんか出してる時点で、すでに一般庶民とはかけ離れたゆーとーせーとやらに近い存在(そのものとまでは言わないでおいてあげよう)になってるという自覚もなしに、庶民にすりよって共感してもらえるつもりでいるとは、えーと、こういうときはテラワロスって言うの?
(2006/3/1, id)
せっかくのドバイなので、ブルジ・アル・アラブホテル(あの海の中に包丁がつき出したみたいなホテル)を見物しようと思ってでかけたら、「予約がないと中には入れません」と門前払いを食らってしまった。まあオールスイートでインルーム・チェックインだからなあ。一泊 20 万のホテルはちがうなあ。でもロビーとか見せてほしいなあ。(2006/2/23, id)
引っこしで家が広くなり、掃除が面倒なので、ヤフオクでお掃除ロボットを買って導入したが、壁際やすみっこは苦手ながらなかなか健闘してくれている。アルゴリズムが人間とちがうので、動きが腑に落ちず不気味&もどかしい思いをすることもあるが(「目の前のゴミをなぜ無視して向きを変える?!」って、目がないからに決まってるよな。これが「蜘蛛の戦略」ってやつなんですね、ベルトルッチ&ドゥルーズ先生!)、なんだかんだで一通り床はカバーしてくれる。ただし障害物(特にコード類と靴下)には弱いのと、ときどきキャスターつきオフィス椅子の下にもぐりこんでひっかかり、椅子ごと部屋中を動き回るので (結構パワーはある)、まるでポルターガイストのようだとか。 (2006/2/13, id)
失物 : 少し遅れるがやがて出る
昨日ネタにした「ホテルルワンダ」にはもう一つ、おもしろいシーンがある。主人公が死の商人でもある兄のところにでかけて買い物をするとき、クレートが倒れて山刀がぶちまけられる場面だ。そこでその兄さんは「いいだろうこれ、中国では一本 10 セントで作るんだぜ」とニンマリしつつ説明する。さてこの映画はそれなりに現実をきちんと描いていて、ここの部分もウソはないだろう。ここからわかることは、ルワンダは貧乏で人件費が安いくせに、たかが鉄板打ち抜きでグラインダーでちょっと刃をつけた程度の低質な山刀でさえ、中国より安く作れない、ということだ。アフリカは先進国の搾取のせいで貧しいのだ、とバカな連中はよく言うけれど、ここにあらわれているのは、アフリカの一部はその搾取すらしてもらえないという事実の一端だ。(2006/1/26, id)
さて、このぼくの認識からすると、ここで町山智浩が言っている「コロニアリズム」「オリエンタリズム」というのはさっぱり理解できないのだが、いったい町山は何を言わんとしているのだろうか。アメリカ人や日本人が、金が目当てで異性がよってくるだけなのに、そこに自分がもてるのだという妄想を投影してしまっているのを批判したいんだろうか。でも、買春にでかける連中はそんな幻想持ってないと思うなあ。それに論旨はそういうところじゃなくて、単なるセックス産業批判をしたいだけみたいなんだけど。金持ちがセックスを買うなんてのは太古からある話で、オリエンタリズムでもコロニアリズムでもない。香港の金持ちが深せんに愛人を囲うのは、オリエンタリズムなの、コロニアリズムなの? 中国や韓国にもロシア東欧系の売春婦は多いし、またロシア東欧やアジア諸国で買春してる中国韓国人も多いけれど、これは中国や韓国がロシア東欧を植民地化してるっつーわけですか? 町山がはんちくに気取ったことばを使って見せてるだけなのか、それともぼくの知らないところでさらにちがう意味がでてきてるのか。 (2006/1/25, id)