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会社と仕事への忠誠心

(月刊 Playboy 2000 年 8 月号、2000/5/29脱稿)

山形浩生



 企業は、労働者をしめあげて低賃金でこきつかえれば、生産性(そして業績)はあがる。でも、労働者が喜んで働かないと、生産性と業績は下がる。その最適なバランスはどこにあるのか? 忠誠心とは、要はこのバランスをどう取るか、という話だ。ストックオプションは、実はこのバランスのいいとこ取りをしようというムシのいい話で、株価があがればおまえも得するから、低賃金でも我慢しろ、というわけですな。ちなみにこのため、ストックオプション自体もそろそろ問題視されつつある点にはご注意を。

 ちなみに日本は、これまで主に労働者をしめあげて国際競争力をつけてきた。日本人は勤勉で忠義というけれど、これは安月給でよく働くという意味だ。そしてこれは、転職というオプションを政策的に閉ざすことで実現された。それがいま、一部では崩れている。そしてその中では、このエッセイで指摘された現象もある程度は生じるだろう。

 ただ、ぼくはいずれもそんなに重要じゃないと思う。コンピュータと株屋では目立つかも。でも他ではほどほどだろう。それはおもに、職業技能教育の観点からそう思うのだ。

 高い技能を持っていれば、確かに忠誠心などなしに自分の仕事だけに精を出して、もっとおもしろい(払いのいい)仕事があればそっちの企業にうつればいい。でも、その「高い技能」はどこで身につける? 学校? 資格? それと何よりも仕事の現場でしか身に付かない技能がある。いちばんだいじなのはそれだ。

 さてもし、あなたが会社に忠実で、当分やめないとしよう。すると会社は転勤とかをバンバン押しつけるかもしれない。どうせやめないんだから。しかし一方では、教育投資もするだろう。留学、資格取得補助、あるいは高度なOJTでもいい。いずれそれは会社に還元される投資になる。これはまさに、これまで日本企業の強みだった部分だ。

 しかし、あなたがいつやめるかわかんないなら、いやがる転勤もさせないけど、よけいな投資もしないだろう。何も教えてやらずに、いま知っている範囲の技能だけで給料を決めて、それっきりだ。さてその場合、あなたはどこで、仕事の技能を修得する? 学校では決して覚えられない実務の技能を、どうやって身につける?

 コンピュータは、実はこの点できわめて特殊だ。プログラムを書く技能は、他人のソースコードを読んで、自分でも書いて、というループの中でほぼ完結しOJTの要素は比較的弱い。また株屋の世界も、金融理論とツラの皮だけで、あとは数字とにらめっこしていればおしまい。技能もクソもない。いちばん忠義心のないのもこの二つの業種だ。この業種がいまは目立っているので、日本式がダメに見える。でも、それ以外のすべての職能は、そうはいかない。本物の、役に立つ技能教育は、仕事の現場でしか身につかないのだ。

 これを働く側も考えるようになったら、札束型企業と学校型企業、という企業類型ができてもいいはず。何も教えないけど給料は高いぞ、という企業と、低賃金だけど勉強させてやるぞ、という企業と。いまは後者を大学院にやらせようとしているけれど、それでは足りない。そしてこの二つの類型は、うまく組み合わさらないと、どちらも機能しにくいのだ。どっちがいいという話ではなく、結局はバランスの問題になってくるはずだ。

 さらにもう一つ、考えておくべきこと。『現代の二都物語』(ダイヤモンド社)という、監訳者以外はとてもよい本がある。シリコンバレーと、ルート一二八沿線というハイテク地域を比較して、なぜ前者がアメリカ(いや世界)のハイテクの牽引地域となり、後者が、一九九〇年代以降だんだん影響力を失ったのか、という研究だ。

 この本によれば、それはまさに愛社精神の問題だ。シリコンバレーでは社員が機密情報を頭に入れてどんどん転職し、情報の共有化がはからずも進んですごい勢いで技術革新が起きた。ルート一二八はみんな愛社精神旺盛だったがために、遅れをとってしまった。  ここから「愛社精神は国の技術向上に有害」なんて思ってはいけない。コンピュータ系の職能が特殊だ、というのは前に言ったとおり。でも、この愛社精神のはなしは、実は企業レベルにとどまらない、もっと広い影響力を持っているのだ。国や地域全体としての技術水準や知識水準をどう構築するか? 実はこれはそういう国家設計の話にもつながってくる。が、この話は本稿の範囲をはるかにこえる。

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