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エンロン・ワールドコムがぼくたちに与える影響

(月刊プレイボーイ(2002年夏頃、集英社)

山形浩生

 エンロンやワールドコムをめぐる一連の騒動が、日本のぼくたちに与える影響は、遠回しだ。だけれど、かなり現実的なものではある。といってもそれは、エンロンそのものとか、ワールドコムそのものがどうこうする、という話ではない。ぼくは途上国の電力問題の調査をたくさんやっているから、エンロンについては結構知っている。でも、ワールドコムについては、そういう会社がある、ということくらいしか知らなかった。そして今回の一連の騒動は、これがエンロンでなくても、ワールドコムでなくても、まったくかまわない。これは会計の話と、そして会計が支えている市場の信用に関する問題だからだ。

 会計士なんてのは、つまらんやつだというのが相場だ。会計なんて、ひたすら他人のやったことの数字を追いかけて帳尻をあわせるのが仕事だ、とみんな思っている。会計というのは、会社では経理の続きだ。サラリーマンなら、出張精算や経費精算をしたときに、やれ一円ずれてるとか、これは証票がいるのいらないの、これは事務経費じゃおちないからナントカ申請書を書いて出し直せだの、どうでもよさげな細かいことを(しかもいちばん忙しいときに)経理部からごちゃごちゃ言われて、悪態をつぶやいたことが絶対にあるはずだ。てめーら、おれの稼ぎにたかって給料もらってるくせに、何を偉そうに。そういうのをうまく柔軟に処理してこっちに負担をかけないようにするのが経理じゃないのか! そう思うでしょう。

 あるいはファイナンス屋の多くは、実は会計をバカにしている。会計屋の出すいろんな決算書とかは、その本当の現金出入り状況をあの手この手で見えにくくするものだ、と思っている。何が重要か判断できず、規則通り杓子定規にやるだけの融通のきかない連中、と思っている。

 が、そうは言いつつも、会計屋の作った数字がなければ、いまの資本主義社会はほとんどまわらない。ファイナンス屋の見たがる細かい現金の出入りを集計してくれるのは、経理・会計屋だ。そこでインチキが起きないように見張っていてくれるのも、経理・会計屋だ。融通がきかないからこそ、愚直で細かくて柔軟でないからこそ、かれらの出した結果は信用できる。いろんなところが同じ基準を使ってくれているという確信があるからこそ、みんなそれを横並びで見てあれこれ言える。「この企業の業績は好調かな」と判断するのも、事業の中身を判断するのも、全部会計屋の出した数字を使わなければまったく不可能だ。かれらがいて、きちんと愚直に融通が利かない形で数字をまとめていてくれる、というのが、資本主義がまわるための基盤となる一つの信用になっているのね。

 そして経理や会計は、その信用をいろんな形で補強する。一つは、簿記を習った人なら覚えているはずの複式簿記。貸し方借り方というのを別に管理することで、まちがいが起きないようにしている。その両者がずれたときに、何がおかしいのかわかるようにしてある。そして一人の人が両方をいじれないようにすることで、不正を防ぐ。

 さらに信用を高めるための手段として、外部の監査がある。社内の経理の人間が帳簿をまとめ終えたら、社外の人による独立した会計監査が行われる。かれらが数字を全部チェックして、まちがいがないか、インチキがないかを確認する。そしてそのお墨付きをもらって初めて、外部に公式に発表される数字ができるわけだ。そしてそういう手続きがあることを知っていればこそ、みんな(文句言いつつ)その数字を疑わない。その数字を見て、ここは儲かってるとか儲かってないとか断言する。

 ところが今回は、その仕組みが効いていなかった。経費を、経費でないことにして利益を多く見せたり。インチキの売り上げをでっちあげたり。しかも、その規模がはんぱな規模じゃない。明らかに意図的に行われている。さらに、そういうのをチェックして見つけるはずの外部監査法人が、逆にそれを指導していた疑いまで濃厚になっている。そしてそれが、一社だけじゃない。エンロン、ワールドコム、ゼロックス……次々に出てきている。どこまで続くかまったくわからない。そうなったらい、いったい何を信用したらいいんだろうか。

 アメリカは景気がいい、ということになっていた。そしてその一つの指標はアメリカの株価の好調ぶりだった。なぜアメリカの株価が上がったかといえば、それはアメリカ企業の業績がいいはずだったからだった。

 でも、その業績の数字がごまかしなら――アメリカ株に投資するのはまちがいだったということになる。すごく儲かっていると思っていた企業が実は赤字垂れ流しなら、そんなところに投資する理由はない。するとそれは、いまの理屈を逆にたどると、アメリカの景気が本当にいいのかどうかもあやしい、ということになってくる。

 さて、いま世界の経済はつらい状況にある。日米欧の大経済のうち、日本はまあご存じのとおりのひどい状況だ。ヨーロッパもあまりよくない。通貨統合したせいで、ヨーロッパ経済の中核のドイツが身動きとりにくくなっているし。世界で金をばかすか使ってくれて、モノを買ってくれたのはアメリカだけだった。そのアメリカがダメになったら、世界全体がドツボだ。そして日本は当分、神頼み以上の景気回復策をとらないつもりらしいので、アメリカという市場が潰れたら景気回復はもちろん遅れるだろう。新卒の就職はつらいままだし、リストラ、減給もこの先さらに続くだろう。

 今回の一連の事件がぼくたちに与える影響はそういうものだ。しかもアメリカは、バブル後の日本とかなり似た状況になってきている。下手をするとアメリカも日本みたいな長期停滞に陥る可能性もないとはいえない。そうなったら――

 これが今回の一件の、日本にいるぼくたちに及ぼす影響だ。

 そして怖いのは、今回の一件の底がまったく見えていないところだ。まず、ほかにどれだけの企業がこういうインチキをしているかわからない。いま、トップ企業には宣誓書を出させているけれど、ばかばかしい。小学校じゃあるまいし、こういう悪質なインチキをする人間が紙切れ一枚にびびるはずもないでしょ。

 さらにアメリカは、これまでいろんな問題をかなりすっぱりと片づけてきた。日本の不良債権問題や住専問題みたいなのが起きたときには、銀行のトップをどんどん捕まえ、どんどん損切りさせて、膿を一気に出し尽くして立ち直ったし。それがアメリカ経済への信頼にもつながっていた。

 ところが今回は、それがない。トカゲのしっぽ切りみたいな逮捕者はでても、大物はほとんどおとがめなし。ブッシュは昔、ハーケンエナジーという会社の重役で、いまのエンロンやワールドコムの重役どもとまったく同じ手口で会計操作に近いことをやり、株価をつり上げて売り逃げていたし、今回の主犯級企業の多くはいまのブッシュ政権とかなり太いコネがある。そのせい、かどうかは不明だが、現政権は企業の監査基準を厳しくする法制も、あの手この手で骨抜きにしている。つまり、こうした問題の再発防止策も疑問だってことだ。

 規模もわからない、先行きも不明。いつになったら信用が回復するかもわからない。そしてぼくたちにできることは、事態がこのまま収拾してくれるのを祈るばかりなんだが――

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