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私の家では何も起こらない

幽霊と戯れるファッション小説:恩田陸『私の家では何も起こらない』書評

山形浩生

2010年3月、共同通信 書評、共同通信経由で各地の媒体に載った模様。恩田陸『私の家では何も起こらない』(メディアファクトリー)

要約:本書はあまり血なまぐさいところやおどろおどろしいところのない、いくつかおなじみのアイテムを散りばめて雰囲気だけ出した、ホラーというよりはお化けファッション小説である。


 あるお化け屋敷とそこに巣くう幽霊たちをめぐる連作集。といっても、怪談や世界に誇る新感覚ホラーのようなおどろおろどしさはない。というのも恩田陸の常として、血の気のある書き込みがないため、包丁で刺し殺される痛さと指先を針でつつく程度の「痛い」とがまったく同じレベルの「痛い」の一言ですまされるし、幽霊たちの身の上話に出てくる「殺す」とか「死ぬ」といった行動もツルツルしていて、流血や苦悶や悲鳴や断末魔やむせるような生臭さがまったく出てこないからだ。

 だがそれは本書の場合、それはむしろいい方向に機能している。おかげで話全体が重たくならず、リアリティのあまりない、ふわふわした雰囲気の連作になりおおせているからだ。幽霊たち自身も、殺したり自殺したりというかれらの行為も、この本にたくさん出てくる「アップルパイ」とか「ウサギの穴」とか「銀のナイフ」とか「お屋敷の旦那さまと女中」とか、ファンタジー小説などに頻出するアイテムと同じで、ある雰囲気を作るための小道具でしかない。

 本書はその雰囲気だけで成り立っている。全編、ほぼモノローグ(語り手はちがうが)で展開される本書には、そのお化け屋敷の具体的な描写も驚くほど少ない。ぼくはヒチコック『サイコ』のノーマン・ベイツ邸のような場所を漠然とイメージしながら読んでいたけれど、そのイメージも最後まで漠然としたまま。

 そしてそのモノローグのはざまには、ケータイ小説に匹敵するほどの大量の余白がはさまれている。読者は自分のイメージで、そこを好きに埋めればいい。その埋め方次第で、手早くも読めるしゆっくりにも読める。そしてなんとなく、幽霊のようなものがこの世界のまわりにもいるような雰囲気のような余韻を残しつつ本書は幕を閉じる。幽霊の雰囲気と、一種の軽いファッションアイテムとして戯れたい人におすすめ。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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