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NESSプロジェクトと Truck Babiesの誕生

(For Patricia Piccinini Catalog)

山形浩生

 歴史的に見て、戦後(というのは第二次世界大戦の後だ)日本の失業率はほとんどゼロだったけれど、1990年代後半に入るとこれがあれよあれよと舞い上がり、2000年一月現在では完全失業率がなんと4.7%かそこらをうろうろしてるありさま。おっかない数字だ。半世紀で最高の数字だし、しかもこれがどう見ても一時的なものじゃない。仕事のない人がそこらにたくさんいるってことだ。しかもあちこちでリストラの嵐、みんな日常茶飯のようにクビを切られて、もう職の安定もなく、ということは社会不安で、それはつまり……

 いや、ぼくはこういうことには詳しいのだ。なんなら失業についてめいっぱい講義してあげようか。この数字が日本経済に対して持つありとあらゆる意義について事細かに説明してあげてもいい。そのぼくがこの数字はおっかないって言うんだから、もう理論的にありとあらゆる裏付けがある。こいつはもう、理論的に言ってまちがいなくこわーい数字なのだ。

「山形くん、ちょっときてくれないか」

 部長が電話をよこした。なんだろ。プロジェクトはみんなうまく行ってるし、まあちょっと手違いはあったけど、部長が出てくるような話しでもなし。どうせ年度末の予算消化用プロジェクトにつっこむ気だろう。でも部長、残念でした。すでに稼働は100%超えてるし、来月は休みとって、オーストラリアでパトリシアの展覧会のオープニングに行くんだかんね。そう思いつつフロアを半分横切って部長の机の前にやってくると、その部長はなんだか写真らしきものを手にしてパラパラ眺めてる。ぼくがついても顔をあげずに、その写真を眺め続けていた。

「部長? えーはやい話がですねぇ、ぼくはもうこれ以上仕事つっこめないですよ。稼働は見たでしょう。それと、来月は絶対に休みとりますからね」

「おお山形くん。仕事つっこむって、なんだね、そう警戒するもんじゃないよ。きみの稼働ならちゃーんと承知してる。それに休みは是非とりたまえよ。ちゃんと休暇を消化してもらったほうがこっちも助かるんだから。で、プロジェクトの調子はどうだい。あのモンゴルの郵便とか。マラッカのやつとか。NESSプロジェクトは? あとITSだっけ?」

 なんか変だ。なんか腹にあるな、こいつ。

 「いや、特に問題ないっすけど、どうかしましたか」

 「うん、いやね、ちょうどこいつが手に入ったんで、興味あるかなと思って……」

 と部長は、写真の束を机に投げ出した。最初は急でなんだかわからなかったけれど、だんだん焦点があってきて形が識別できてくる。あれ、パトリシアの「Car Nuggets」だ。部長がなんでこんなものを? それとこっちはなんだ。「Truck Babies」? 見たことねーな……

 その瞬間、ひらめいた。うわっ。パトリシアァ、こりゃないだろー。こういう後ろから撃つみたいな真似しないでくれても……最悪だぁ。

「なかなか『興味深い』ものだねえ、特にあのNESSプロジェクトのプロトタイプと、なんだかそっくりに見えるのは、気のせいかね。どう説明するつもりだ? ちなみに電子メールの記録を見てみると、この、えーと、ピッチ、ピッチニニーニさんとかいう人とは、かなりやりとりがあるみたいだねえ。この人はいったいどうやってこれを手に入れたのかなあ」

 突然、4.7%という数字はもう単に理論的にこわいだけじゃなくなった。いまじゃもう、えらく険悪。しかも物理的に。


 もちろん、これはぼくのせいじゃない。まったく。こんなことになるはずじゃなかった。パトリシアも(それを言うなら部外者みんな)まだこいつを目にするはずじゃなかった。でも、その話をする前に、まずNESSプロジェクトの話をしておかないと。

 NESSプロジェクト。知ってる人はそんなにいない。通産省の産業セクター横断フロンティアプロジェクトの最新版だ。1980年代初期にVLSIプロジェクトが成功して、以来通産はすっかり舞い上がって、自分がテクノロジーの未来を指図できるようなつもりになっちゃっただろう。だから、次から次へと、これぞ次世代テクノロジー! と思ったプロジェクトを立ち上げてった。シグマ計画(ソフト開発ね)、第五世代コンピュータ(2年目から失敗の口実探しをしてたな)、リアリティ計画。でも残念ながら(または見方によっては「当然ながら」と言うべきか)、どれも派手にコケ……じゃなくて、必ずしも当初の期待ほどの成果はあげなかった、と言おうか。おかげで関係者一同、面目丸つぶれという気になったのも無理はない。

 だからこの最後のやつをたちあげたときには、しばらく内緒にしとこうってことになった。そしてそれが1990年代半ばに始まったNESSプロジェクトだった。

 まあそうじゃなくても、隠そうと思うのは無理からぬところ。ふつう、プロジェクト成功の鍵は、はっきりした現実的な目標設定だ。ところがこいつの目標は、かなり漠然としてたもの。公式にはこいつは、 Natural Evolution of Simulacra Systems(シミュラクラシステム自然進化)プロジェクトの略だったんだけれど、でも実際は、もっともらしさをどうつくるか、というのが目標のプロジェクトだったから、なんとからしさ、hogehoge"ness" のプロジェクト、というのが関係者の一致した見方だった。人間らしさ、馬らしさ、車らしさ。人は車を見て、別に細かいところがわからなくても車だとわかる。車らしさを感じるからだ。この感覚をどうつくる?

 これはだいじだ。最近だと、人が物を買うのは別にそれを使うからじゃない。たとえば500万円の腕時計を買ったりする人がいる。利用価値から言えば、1000円かそこらのおもちゃと大差ない。残りの499万9千円分は、そいつのなにやら「らしい」部分に払っているわけだ。その「らしさ」だけをなんとか作れないものか。すでに耐久消費財はあらかた市場が成熟しつくした日本にあって、こいつがわかればすさまじい可能性が開ける。あるいは金融市場。金融市場は、実際にどうかなんて気にしない。将来の見こみ、可能性、そしてのその確率だけで市場は動いてる。もし好きな話にもっともらしさをエンジニアリングできたら、人々の期待を完全に操作できる。それができたら、もうなんでもできる。市場を思いのままにあやつれるだろう。

 最初、プロジェクトは模型職人や漫画家を調べていった。かれらのデフォルメを通じて、「らしさ」に到達できるんじゃないか。次に、実際のものを用意して、それを削っていって「らしさ」を抽出しようとした。でも、そんな牧歌的な段階はすぐに終わった。やがてわかってきたことだけれど、もっともらしさは複雑さの関数で、これは生物的なプロセスを使うのがいちばんよく作り出せる。そしてこのときにいちばん参考になったのは、盆栽の技術だった。鉢に植わってはいても、盆栽は一人前の木「らしさ」を身につけている。この技術を応用すれば。

 このプロジェクト参加企業の最大手が自動車メーカだったもんで、パイロットプロジェクトは、トラックらしさを狙うことにした。まず、小さな内燃機関の車両を用意する(これが重要なポイントだった。きちんとした「らしさ」をつくるには、らしい中身が詰まってないとダメなのだ。トラックなら、内燃機関と車ははずせない)。そしてそれをポリマーシートで覆って、そこにバイオエンジニアリングで作った「種」を撒いておく。それが育って、やがて車両全体を覆い(これが通称バイオ=ネス・レイヤー)、だんだんトラックらしさを放ってくる。実験は大成功で、もう本当のトラックらしさまで道半ば……というところであの脱走劇が起きて、そしてパトリシアが日本滞在中に、先行試写を目撃することになったのもこの時だったんだ。


 というわけで、ぼくは部長の前に立って口をぱくぱくさせながら、頭上では4.7%の数字がチカチカしていた。

「なんとか言ったらどうだね。ほかの報告によると、きみはこの人を、このあたりでいろいろ案内してたそうじゃないか。こいつもきみが見せたんだろう。事情を説明しなさい。どうせこの件は、通産省さんに報告せにゃならん。そうだろう」

 なんか言わなきゃ。ここはなんとしても言い逃れなきゃ。

 「いや部長、あれはぼくが見せたわけじゃないですよ。ちょうどあの脱走のときだったんですから。だれもあんなの責任とれませんよぉ!」


 パトリシアは、東京の高速道路の写真を撮りたがっていた。それでこんなことになったんだ。高速道路ね、というわけで、あちこち連れ回してあげて、ぼくの会社のまわりのビルの裏手の非常階段なんかで、いいアングルを探してまわった。で、そこはもう五ヶ所目くらいだったかな。首都高の交通はそこそこ流れていて、完全な渋滞状態ではなかった。トラックが通り、車が固まって通り、バイク、そして車がもっと、巨大な空のトラック、そしてその後から……あいつらがきやがった。

 いやぁ。死ぬかと思うくらい驚いたね。パトリシアも驚いてたけど、ほっとけ、彼女は後。電話しなきゃ! パトリシアを残したままぼくは非常階段を駆け下りて、公衆電話を見つけた。

「もしもし、おぅ、田崎か、いまちょうど……」

でもぼくが言い終わる前に、田崎(チームのメンバーの一人)が電話の向こうで絶叫しだした。

「あ、山形さん、たいへんです! プロトタイプが逃げました!」

「逃げたぁ? クスリでもやってんのかコラ! 燃料も入れてねぇ、何のセンサーもついてねぇ、それでどこへどうやって逃げるんだよ! そもそも動けやしないだろが!」

「わかってます! でも外からは物盗りのあともなにもないんです! それとたったいまバイオ=ネス・レイヤーの記録をチェックしたんですけど、どうもなんかセンサーらしきものができてて、それに内燃機関とも融合が見られるんです! それより行方がさっぱり……」

 いや、実はもっと支離滅裂だったけれど、とにかくこんどはこっちが絶叫する番だった。

「行方はわかってる! たったいま見かけた! 首都高を箱崎に向かってるぞ!」

「箱崎ぃ?! なんで箱崎……」

「知るか! そんなの後で調べろ! それよりまず……」

「あ、はい! すぐ追跡隊を出します!」

「マスコミもおさえろよ!」

 あとでわかったんだけれど、その日は研究所に巨大なタービンの納品があって、どうもプロトタイプたちはその運送トラックをどういう風にか見て(というか感じて)、あとについてったらしい。バイオ=ネス・レイヤーをつくるときにアヒルDNAをもとにしたのも原因かもしれないけれど、これはまだ調査中。

 戻ってみると、もちろんパトリシアは興味津々だった。しかもぼくの反応を見てる。 「いいえ、あたしは確かにあのかわいいトラックっぽいものを見たわよ、あなただって見たでしょう。しかもあなた、単に驚いただけじゃなくて、すぐに反応して行動したわね。何かあれについて知ってるでしょう」

「いやぁ、まあその……あれは某社のミニチュアトラックのプロトタイプなんだけど、まだ公開予定じゃなくて、極秘だったはずで、それで驚いて……」
「うそおっしゃい! あれはミニチュアのトラックなんかじゃない。本物のトラックのトラック性が感じられたわ。まるで……そうね、トラックになりかけって感じ。あんなの見たことない」

「おいおい、何言ってるの! トラック性って何よ? いったい何を口走ってるかわかってんの? 小さなトラックは小さなトラックでしょうに。トラックになりかけって、そんな変なものないって。トラックのらしさだけ取りだしてくるわけにはいかないんだからさ、そうでしょ??」

 なーにが「そうでしょ」だ。自分でもよくわかってる。それに考えてみれば、パトリシアもこれにかなり近い領域で作品を作ってきたんじゃないか。速度の速度性を取り出そうとしてみたり、車の車らしさを取り出そうとしてみたり。彼女だって、それが可能なのを知ってるはず。パトリシアはそれでだまってはくれたけれど、明らかに納得はしていなかった。でもこの「Truck Babies」を見ると、ずいぶん強い印象を持ったみたいだなぁ。実際に目撃したのはものの10秒かそこらのはずなのに、ここまで正確に再現するなんて……


 「それにこんなの、似ても似つかないじゃないですか。しょせんアーティストで、かろうじて外見をまねただけですよ。内部の複雑性が外部ににじみだして、それが「らしさ/ness」をつくる、この内部の複雑性と外部のディテールとの関係こそが、このプロジェクトの最大のファインディングでしょうに。それがこの……もの、ときたら、外部だけじゃないっすか。空っぽで。中身なし。プロジェクトとは何の関係もないですよ!」

 これは完全に事実とは言えなかったし、ぼくもそれは重々承知していた。まず、「らしさ/ness」には外見はかなり重要なのだ。百聞は一見に如かず、と言う。視覚的なキューの果たす役割は絶大だ。さらに、パトリシアは外面だけのアーティストではない。自分のつくるものの中身という点に、昔からとても注意を払ってきた数少ないアーティストの一人だもの。「Car Nuggets」の中身を見てみるといい。

 が、部長がこういう話をまるでご存じないだろう、とぼくは読んでいた。だって十台の開発現場に足を運んだこともないし、実際のレポートも見ていない(ぼくのパワーポイントのプレゼンすら、ずっと寝てる)。それにパトリシアの他の作品なんか、知るわけがない。

 これまでの話で、部長は説得され始めてるようだった。部長としても、この件で通産に怒られるのはいやなのだ。こっちの言い分を信じたがってる。よしよし。あと一押しで、なんとか逃げられるかも……

 「それにですね、部長! 自分が何をおっしゃってるか、ちょっと考えてみてくださいよ! こぉんなもんにビクビクして、なんですか! しっかりしてくだいよぉ、こんなのただのバカなアーティストじゃないですか。いまのアーティストなんて、まあ生産性もない、社会性もない、頭からっぽの脱落者連中ですよ。だれもそんな連中の言うことになんか耳貸しませんって。だって、部長だってそんなの聞きゃしないでしょうに! こんなの通産にもってって、どうすんですか! たかが変なアーディストのわけのわからん作品なんか、それもオーストラリアみたいな僻地の人間の作品なんか、ぜーんぜん相手にされないに決まってるでしょう。メディアは全部おさえたじゃないっすか。裏付けの証拠だって一切なし。部長が笑いものになりたいんなら、それでもいいんですけどね!」

 部長はこっちをにらんだ。やばい。やりすぎたかな? いまのはちょっと日本のGAOP(*1)を逸脱してたかな。

 そこで部長がため息をついた。

 「うーん、まあそうだなぁ」 そして笑い出した。

 「いや、それもそうだな。たかが、現代芸術、とかいうんだろ? ゴッホでもミケランジェロでもないよなあ。ちょっと神経質になりすぎてたかもしれん。まあわたしの立場もわかるだろう。守秘義務もあるし、念には念を入れないと。山形くんも気をつけてくれよ。下手すればもっとやばいことになったかもしれないし、わたしはきみのことをよく知ってるからいいけれど、これがほかのだれかだったら、とうていわかってもらえないぞ、え?」

 いろいろ言いたいことが頭をかけめぐったが、それをまたずに部長は先を続けた。

 「そうそう、それと来月の休暇、ちょっと先にのばしてくれないかなぁ。カンボジアに発電所があって、ちょっと見てほしいんだ。きみの好きな仕事だろう。仕事としては簡単だし。休暇の方は、予定もあっただろうけれど、まあそれは調整してもらって。な? なんといっても、お客様第一だからね」

 ふつうなら、すぐ断っただろう。オーストラリアにいって、是非ともパトリシアのオープニングは見たかったんだ。でもこの時点では、拒否するのはまずそうだったし、ここでパトリシアやオーストラリアの話を蒸し返すのは致命的。

 「うーん、まあそうですねえ、なんとかしてみましょうか、調整つくと思いますし。あー、もうよろしいでしょうか、ちょっとうちあわせ入ってるもんで……ああそう、あとこの変なアートとかいうの、もらってっていいですかね。ついでにシュレッダーにかけときますよ」

 「ああ、つかまえちゃって悪い悪い、うんあとはよろしく頼む。それと、うん、それは始末しといてくれよ。だれかが目にして、変な考えもたれても困るしな」そして、ぼくが写真をひったくって背を向けかけたとき、部長が後ろから声をかけてきた。「まったく、芸術家、かね。わたしもどうかしてたよ。まともな神経の持ち主なら、真に受けたりするわけない、よな? ははははは」

 「はははは、いやぁまさかねぇ……」と言いながら、ぼくはもうフロアを半分よこぎりかけていた。まったく、まさかだよなぁ。

 でも手の中の写真を眺めるぼくは、部長ほどの確信は持てないのだった。


 ああ、それと NESSプロジェクトは、その後パトリシアの作品からずいぶんヒントをもらうことになる。いまじゃプロトタイプの訓練に、パトリシアの使った「Sisters/おねーさん」を採用してる。結果は上々。いまのところ、なぜそういう結果になるのか、理論的には説明できないのだけれど……でも、パトリシアの言うことだし、彼女はどうも、なんかつかんでるみたいだぜ。


*1 GAOP: Generally Accepted Office Protocol (オフィスにおける一般的儀礼慣行)、 ISO20900シリーズで規定。



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