CARLO EMILIO GADDA カルロ・エミリオ・ガッダ/千種堅訳 メルラーナ街の怖るべき混乱 9 現代イタリアの文学 1 早川書房 'し メルラーナ街の怖るべき混乱 目'目又/ ΩUERPASTICCIACCIOBRUTTO DEVIAMERULANA by CARLO EMILIO GADDA Copyright◎1957 by ALDOGARZANTIEDITORE Translated by κEノ〉c11/σu5■l Firstpublished19701n」a1)anby HAYAKA、VASHOBO&CO,,1、TD. Th…sbQ・kispublisl・edin」aPanbyarra置lgelllen withALDOGARZANrl'正El)ITOREthr。ugl】 KAIGAIHYORONS}IA,TOKYO. 日本版翻訳権所有 \chapter{} いまでは誰もが彼のことをドン・チッチョと呼ぶように なっていた。機動捜査班に配属されているフラソチェスコ ・イングラヴァッロがその当人で、若手のひとりであり、 また、どういうわけか、捜査課でも何かにつけうらやまし く思われている係官のひとりであった。事件が起ればどこ にでもやってくるし、やっかいな卒態というと必ずその場 にいあわせるのである。中背で、どちらかといえば丸みを おびた身体つき、というよりややずんぐりした感じであり、 頭髪は黒くふさふさと縮れて額のなかほどまで垂れさがり、 形而上的な両頬のふたつのこぶに明るいイタリアの太陽が あたらないよう、ふせいでやっていた。いまにも眠ってし まいそうな様子で、歩きぶりは重々しく、ぎごちなく、消 化不良を相手に悪戦苦闘している人のように、どこか気の ヤ 織けた感じがする。服装は国からもらうとぽしい給料で着 れる程度のものであり、襟のところにオリーヴ油の小さな しみがひとつかふたつついていたが、それも故郷のモリー ゼの丘の記憶と同じで、ほとんど注意をひかないものであ った。世間、それも「ラテソ的」と呼ばれるわれわれの世 間について、若いながらも(三十五歳)何がしか実さい的 な経験を、きちんと身につけているようで、男たちについ てある程度の知識をもっていたし、女たちについても同じ である。下宿の女主人は彼のことを崇拝とまではいかない にせよ、ともかく尊敬していた。ベルが,鴨るたび、前ぶれ もなく黄色い封筒の電報がまいこむたび、また夜おそく呼 び出されたり、落ちつきのない時悶をおくるなど、ぞっと するような彼の日常を構成しているそのふつうではない混 乱ぶりのためというか、いや、それにもかかわらず尊敬し ていたのである。「時問割なんかお持ちじゃないんですよ、 一日中、はたらいておいでです。きのうなど、お帰りが夜 あけですからね」彼女にしてみれば、長い間、夢にまで見 た「国のおえらがた」なのだ。メッサジェー口紙に案内広 3 』_・目 告を出したところ、「女性おことわり」と最後に厳重な決 まりがあるのにもかかわらず「美麗、日あたりよし」の好 餌にひかれて数えつくせない役人たちが姿を見せたが、そ のなかから吸いあげた人物である。もっとも、この決まり がメソサッジェ!ロの広告用語によると二様に解釈できる ことはよく知られている。そのうえ、この人はああいう.取 るに足らない專件については、警察に目をつぶらせること もできた……そう、貸問業の許可を販っていないため、罰 金を取られるところだったのである……その罰金を知事と 警察で山わけしたところで何になろう。「わたしだってれ っきとした婦人ですからね。勲三等者アソトニー二の未亡 人ですのよ。口ーマじゅうがあの人を知っていましたわ。 そして、知っているかぎりの人たちがみんな、あの人を手 ばなしで賞めていました。別にわたしの夫だからそういう わけではございません。御岨、皿よ安らかに。それなのに、わ たしのことを貸問商売だなんて。わたしが、ただの貸間商 売でしょうか。ああマリアさま、それぐらいなら、わたし 川にとびこみますわ」 その聡明さとモリーゼ的貧困のなかでイングラヴァッロ 警部はアスファルトのように黒い光沢があって、アストラ カンの子羊のようなもじゃもじぬ、頭の黒いジ†ソグルの下 で沈黙と眠りを生きているようにみえたが、いったん聡明 さがはたらくと、男たち、女たちのことについて何やら理 論的な考え(もちろん一般的な考え)を口にしては、その 眠りと沈黙を破ることがよくあった。はじめて見たとき、 つまり、はじめて聞いたときには陳腐に思える。だが、そ れは陳腐などではなかった。こうしてまくしたてられた言 葉はマッチで火をともしたときのように、突然、口先きで パチパチと音を立てるのだが、それが口にされた数時問後、 数ヵ月後になってやっと、人びとの鼓膜によみがえるので あった。あの神秘な購化期嗣が終ったあとに似ている。 「そうだったな。イングラヴァッロ警部はやっばりそうい ってたんだ」と、話をされた当の柑手はやっと気がついた ものである。とりわけ彼が主張していたのは、予想外の破 局というものはいわば唯一の動機とか、単一の原凶がもた らす影響、結果などではなく、収歓性の原因が重なりあっ てはたらきかけているこの世界の意識のなかの旋風のよう な竜の、熱帯性低気圧の一点のようなものだということで ある。彼はまた結び目、もつれ、紛糾、ニョムメーロとい った言葉を使っていたが、この最後の言葉はローマ方言で 糸玉という意味である。もっとも「動機、諸動機」といっ た法津用語は好んで口にしながらも、その実、自分の気持 ちにそぐわないものであるらしい。哲学者たち、つまりア リストテレスやイマヌエル・カントから受けついでいる 「原因の範ちゅうの意味をわれわれのなかで変える」■必要 があるとか、ひとつの原因か幾つかの原因に変える必要が あるとかという立忌見は彼の場合、中心的な、鋤かしようのr ない意見だったのであろ。むしろ固定観念といったところ で、それが厚ぽったい、どちらかといえば白っぽい感じの 唇からもれ、その同じ口の片隅から消えたたばこのすいさ しがぶら下がっていて、眠そうなまなざしと、なかば無慈 悲、なかば懐疑的な感じの嘲笑にいかにもふさわしくみえ た。額とまぶたの眠たげな感じや、アスファルトを思わす 黒々とした頭髪の下にある顔の下半分は、「昔からの」習 慣でそういう表情を帯びていたのである。このようにして、 まさにこのようにして「彼の」犯罪が起るのであった。 「おれが呼ばれるときにゃあ・…:そうなんだ。おれが呼ば れりゃあ、ぎっと……やっかいなことなんだ。リュオムメ ロってやつだ……脱帽もんさi…」ナポリ方言、モリーゼ、 方言、それに標準イタリア語をまぜあわせて、そういうの 目であった。 明白な動機、主たる動機はもちろんひとつあった。しか し、こういう愚行は(ちょうど、熱帯性低気圧の大旋風に ,巻きこまれた一連の風のうち十六の風のように)突如とし て背後から吹きつけてきた一連の動機の結果であり、犯罪 の渦のなかで、あ.の衰弱した「世間の理性」を粉砕して終 るのであった。鶏の首をひねるようなものである。そのあ とは決まって次のようにいうのであったが、ただし、少々 くたびれ気味の口調である。「まさかって思うとこに、か ならず女がいるもんだて」これは古臭い「女を探せ」の 時代遅れなイタリア式改訂版である。そういってしまった あとになって、婦人を中傷してわるかったと後悔し、今後 は頭を切りかえるつも)だと、しおらしそうにした。だが、 そんなことをした日には、かえってめんどうになってしま うだろう。そこで,おしゃべりが過ぎて困ったというよう に、考えこんで黙りこくるのであった、彼が口にしたかっ たのは、ある種の愛情の衡・動、なにがしかのというよりも、 奇ノ日的にいえば、一定の愛情のはたらき、・ある程度の「好 色の色あい」といったものが、「利害関係の事件」にも、 また見るからに愛欲の嵐とはほど遠い犯罪にも入りこんで いるということである。彼のやり口を少々やっかんでいる 何人かの同僚や、俗人以上に現代の多くの罪悪に通じてい る僧侶たち、部下のあるもの、守衝たちの一部、上司たち などは彼が変った本を読んでいるとあげつらっていた。そ. うした本から、あの何の意味もないというか、ほとんど意 味がないようでいて、そのくせほかのどの言葉にもまして 不注意な人びと、無知な人びとの口を封じるような言葉を そっくり引用しているというのである。いってみれば精神 病院にでもふさわしい問題で、その用語は狂人相乎の医者 のものであった。しかし.実さい行勤にあたっては、ちが ったふうにしなければ。煙のようなうたかた言葉や哲学を ならべたてるのは評論家にまかせておけばよい。警察と機 動捜査班の実さい行動は全く別のもので、そこに必要なの は並々ならぬ忍耐心であり、深い思いやりであウ、なんと いっても頑健な胃袋であろう。そしてイタリア人のバラヅ ク全体がゆれていないとぎには、責任感とゆるがない決意、 市民としての穏健さ、そう、そう、それに整い手首も必要 なのではないか。ところが、こうした適切な異議に対して、 彼、ドソ・チグチョはまったく耳をかさなかった。あいか わらず立ったまま眠り、からっぽの博袋で哲学を談じ、い っも消えている吸いさしのたばこをくわえては、本当に吸 っているようなふりをしっづけるのであった。 一戸二+日、日曜日、聖ラウテリオ祭の日、バルドゥ ッチ家では「ご都合がよろしければ、十三峙半に」と彼を 食宴に招待していた。夫人によれば「レモの誕生日」で・ レモは出生登録にはレモ・エレウテリオと記載され、. その後、この誕生日を記念してモソテイの聖マルティ『ノ 教会でその洗礼名をもって洗礼をうけたのであった。「こ の名前たけど、ふたつとも、ある連中の耳には敏迎されな いんじぬ、ないかな」と、ドソ・チッチョに考えた。「前の も、後のも」.(醜饗総離瀦鯵簾彰鞍凱羨、 S鮨蓼しかし、バnウッチa畠物ご走是わ らない性質の者にとっては、ワてういう思案は全く無用であ った。この招待は前のとぎと同様、二日まえに電話で、コ レッジョ・ロマーノ畑旧、地名でいえぱサント・ステーファ ノ・デル・カッコに「外線から」かかってぎたのである。 最初は夫人が歌うような声で「こちら、リリアナ・バルド. ウッチで.こざいます」といい、そのあと身代わりの牡山羊 よろしく、主人のバルドゥッチが助け舟を出すように交代 した。ドγ・チッチョは床屋でこの祭日を祝ったあと、オ リーヴ汕を一びんぶら下げて夫人のところへ行った。すば らしい午後の光を満喫して、日曜日の食事はたのしかった。 歩道にはまだ紙ふぶきやかわいい感じの仮面、おもちヵ、の ラッパ、空色のシソデレラ人形や黒ビロードの小悪魔人形 といったもの、か棄てうれたままになっていた。話題にのぼ ったのは狩りのこと、獲物の狩り出しと猟犬のこと、銃の こと、そ九からコメディアノのペトロリー二のこと、それ からヴェンティミーリヤからリリーベオ岬にいたるティレ 轟アの海べに楼むボラにつけられたさまざまな呼び名のこ と、矛.れから当時のスキャンダルのこと、つまウ伯爵夫人 バッパロードリがあるヴァイオリニストと駈け落ちをした ことなどである。相、乎の男はもちろんポーランド人。十七 歳にすぎない。話はいつはてるともなかった。 彼が入って行ったとき、ルルウという糸玉のような牝の 狛が吠えたてた。それも大へんな腹の立てようであった。 だが、いったん吠えるのをやめると、長々と靴の匂いをか いだものである。こういう小怪物の生命力たるや信じ難い ばかりだ。うんとかわいがったあと、打ちのめしてやウた くもなろう。食卓についていたのは四人、彼ドノ・チヅチ ョと夫妻と姪である。だが、その姪はこのまえ、つまり聖 フラノチェスコ祭日のときのとはちがって、もっとずっと 若く、やっと幼年期を脱したばかりというところであった。 このまえの、つまり聖フラノチェスコのときは、話しぶり かうやっと姪だとわかった.、いなかの内儀さんふウで、黒 い編んだ髪を冠のように頭に巻きつけ、丈夫で大柄で、ひ とりでもベッドを占領してしまうだろう。それに、その目 はどうだろう。正面の姿は、うしろ姿は.夜、夢に出てき そうである。ところが、ここにいるこの姪の方は、編んだ 髪をたらしていて、修道女の学校に通っていた。 ドン・チッチョは眠りてうな横子こそしていたが、鋭い、 いや、正確な記憶力の持ち主であった。実さい的た記憶力、 自分ではそう呼んでいた。女中はどことなく最初の姪に似 ていたが、これまた新.顔であった。ティーナと呼ばれてい た。給仕をしている間に、水を切ったホウレソソゥの小さ な固まりを、楕円形の皿から清潔なテーブル・クロスの真 白なところへ落してしまった。「アッスソタ」と夫人がき っばりといった。アッスンタは夫人の方を見た。その瞬間、 召使いと女主人の両方とも、チヅチョの目にはぞっとする ほど美しく思えた。とげとげした感じの召使いはきびしい、 自信のある蓑情で、.両方の目がちょうどふたつの宝石のよ うに、きらンざらと明るく動かずにいて、額から鼻筋が一本 とおっている。クレリア時代のローマの「処女」である。 夫人は非常にねんごろな態度で、声の調矛は非常に高く、 非常に上品ななかにも情熱的であり、それでいて、すっか りふさぎこんでいるのだ、魅惑的なその肌。お客の方を見 ている深いまなざしは古代の優雅さの光をたたえて、この 「お方」のまずしい容姿の背後にある人生のまずしい威厳 のすべてを見ぬいているかにみえた。だいたい、彼女はと いうと金持ちだった。大金持ちといわれていた。夫君も羽 ぶりがよく、一年に†三カ月も旅行しているというほどで、 いつもあのヴィチェソツァに住む人びとと親しくしていた. だが、彼女は人の力を借りずともちぬ、んと裕福だったので ある。だいたい、この一=九番地の大きな建物にはひとか どの人物たち、裕福な家族しか入っていなかったが、特に さいきん実業界に入った人たち、つまりほんの数年まえに は、まだ金持ちという名で呼ばれていた人たちがいたので ある。 そしてこの建物だが、町の人びとは黄金の館と呼んでい た。というのも、この大きな屋敷全体の天井にいたるまで ぎっしりと、金がつめこまれているように思えたからであ る。それから内部だが、A、Bふたつの階段があり、どち・ らの階段も六階まであ(、て、ひとつの階段を十二家族が使 う、っまり一階にそれそれ二家族入っている。だが、何と いっても壮観なのはA階段を上った四階で、ここには文句 なしの上流階級であるバルドゥッチ家が入っているし、バ ルドゥッチ家の向かいには婦人がひとり入っていた。伯爵 夫人だが、これまた大へんな金持ちで、未亡人のメネカッ チ夫人である。手をのぱして、触れたところならどこから でも金、真珠、ダイヤが出てくる。そこにあるのはすべて、 最高の価値をもつものばかりである。それから蝶のような 千リラ札がある。というのは銀行にあずけるつもりがない ためだが、それでいてまず大丈夫とは思うものの、火がつ きやすい難点もある。そこで、彼女はタンスを二重底にし ていた。 これはいわば神話になっていた。黒いもじゃもじゃ頭の 下で、券の生命力に息づいているイノグラヴァッ・警部の 耳は、ちょうど春の枝から枝へと羽音を立てるたびに聞こ える黒ツグミ、メルラーナの言弗莱でいえばメルーレの鳴き 士戸のように、その話を風の噂に聞いていた。みんなの口に のぽり、またそのうえ、人びとのどの頭にも巣くっていた が、これは集団の想像力の痴かげで、いつかみなが持たな ければいけない必須の観念になってしま)、そういう観念 のひとつなのであった。 食事の間、パルドゥッチはジーナに対して父親のように ぷるまっていた。「ジネッタ、ワイソを少し頼むよ、..…」 「ジしナ、気をつけて、お客さまにおつぎするんだよ」 「ジーナ、頼む、灰皿を……」まさに、よきパパというと ころで、彼女の方もぎちょうめんに「はい、おじさま」と 返事をしていた。リリアナ夫人はそういうとき、満足して、 いかにもいたわるように彼女を見ていた。それはまだ閉じ たままの一輪の花が、明け方の寒さに凍えぎみだったのに、 日光の奇蹟にさそわれ、彼女の目の前でばっと開き、輝い ているのを見ているような風情であった。その日光という のがバルドゥッチの男性的なバリトソの声、っまり「父 親」の声であった。とすれば、この.ハパの妻であり嫁御で ある彼女はママということになる。グラスにワインを注ぐ さい、まだ何やらためらいがちな被後見人のかわいい手を、 非常な心づかいと、ある種の不安をもってじっとながめて いた。トク、トク、その音からすると、このワイノはフラ きん スカーティの金だ。カットグラスのびんは重かった。きゃ しゃな細い腕ではそのびんを支えていられそうになかった.、 イソグラヴブッロ弊.向部はいつもと同じで、淡々と食べ、そ して飲んでいたが、食欲も旺盛なら、飲む方も結構すすん でいた。 何もいまのいま、新しい姪のことだとか、新しい召使い のことだとかいう、つまらないことをきいてみようという 気にならなかったし、適当とも思わなかった。アッスンタ 9 脊一見て、自分の心にわきあがってきた賛美の気持をおさえ ようと努めてゑた。このまえ会ったまばゆいほど美しい姪 のあの奇妙な魅力に通しるものがあるのだ。魅力があり、 完全にラテソ的、サベリ(晴喉帥趨即タ)的威光があり、その ため彼女にはあの古代の雄湊しいラテンの娘たちや、パン 神の祭りに暴力で奪われながら、それほどわるい気もしな かったあの女房どもの古代風の名前がびったりくるのであ った。その女房どもは丘やぶどう畑や荒けずりな造ウの館 を心に描ぎ、祭や四倫馬車にのった法王のこと、カノデロ ーラの祝いやろう》、くの祝いの日に、アゴーネの聖アニェ ーゼやポルタ・バラディージのサソタ・マリアで見られる 細いろうそくのことなどの話をきいて、そんな気になった のであった。その昔、天文暦と教会の暦が栄え、高位の王 侯たちが明るい紫のころもをまとって威勢をきわめていた ころ、ビラネージの廃虚でピネッリの娘たちが胸に吸いこ んだ、あのフラスカーティとテヴェレの晴れやかな遠い日 日の空気の感じ、それがアッスソタにはあった。王侯たち は、豪華なイセエビといったところである。聖ローマ・カ トリック教会の王侯たちである。そして、中央にはアッス ンタのあの目、あの高慢さ、まるで食事の給仕をしてもら って、ありがたく思えとでもいうようなところがあった。 あらゆる体系の……中心には……トレミの天動説、そう、 トレミの天動説がある。ところが、ははかりながら、その 中心には、ねんねの青二才がいたのである。 彼としてはこらえにこらえる必要があった。必要とはい え、つらいことだったが、リリアナ夫人の優雅な物さびし さがせめてもの救いであった。彼女のまなざしは、それぞ れの心のなかに、膏楽ともいえる調和のとれた訓戒をほど こす、つまり、官虎のあいまいな堕落の上に想像上の建築 物をはりめぐらすことによって、いっさいの不当な幻影を 奇蹟的にはらいのけるかにみえた。 そして彼、イングラヴァッロはかわいいジーナに対して は非縄巾にいんぎんで、どちらかといえば、ほかでもない、 あのやさしくお相手をしてくれるおじさまというところで あった。編んだ髪のかげに、まだ幾分長く見える彼女の首 からは、はいといいえだけを口にする小さな声が、木曾楽 器の小さな嘆きの調べのように出てくるのであった。マカ ロニが出たあとはアッス7タを無視した、というか、無^隠侃 {ρ しようとした。それが教養人でもある客という立場にとっ てふさわしいからである。リリアナ夫人は時に、ため息を ついているようだった。イングラヴァッロには二、三度、 彼女が小声で「けれど」.といったのに気づいた。「けれ ど」という人は内心、満足していないものである。彼女が 口をきかなかったり、同席している人に目を向けないとき、 奇妙なさびしさがその顔を充たすのであった。考えごと、 心配ごとにとらわれていたのだろうか?微笑ややさしい 親切心のカーテノにかくれて〜また、自分では別に望み もしなければ注意もはらってはいないが、それでもやはり 非常に気に入っており、お客さまをもてなす手だてにもし ているあのおし"、ベゥにかくれて?イソグラヴァッロに はこうしたため息や、お皿の出し方、時おり悲しそうにさ まよいながら、彼女ひとりしか予知のできない非現実的な 空間や時間に触れているようなその目つきを見ているうち に、しだいしだいに事態がのみこめてきた。そういうふう にいえたかもしれない。お・てらく彼女の生まれながらの気 質ではなく、そのときの気分、しだいに深まっていく落胆 ぶウについて、それなりの徴候をつかんだめであった。そ のあと、さりげない言葉の数々が聞こえてくる。これは主・ 人のバルドクッチその人で、この血色のよい夫は、仕事と・ ウサギに心をうばわれ、ぶどう酒のおかげでにぎやかに浮, かれたち、そうぞうしくおしゃベウをしていた。 この夫婦には子供がで}ざないだろう、彼は一魁威心でそうい うような気がしていたのだ。その後、あるとき、フーミ敬苫. 部と話をしていて、広く知られている現象学や、みんなが 共有している動かしようの・ない休験をほのめかすようにレ て「その他、その他」とつけ加えたことがある。彼はバル ドゥッチを猟師として、それも幸運な猟傭として知ってい た.一:§条甥甥帥遍鷹)の猟師である.だが、内 心では彼の荒っぼい乱暴さや自慢話、木当はやさしいのか もしれないが、少々、やかましすぎる笑い声、こんな奥さ んがありながら、七而鳥のような女たらしにでもふさわし い利己主義、自己中心癖などがあるのをとりあげて、彼を 非難していた。空想をほしいままにしたげれば、人はこう もいったであろう。彼、バルドゥッチは、彼女の美全体、 彼女のなかにある上品なもの、隠れたものを大事にしても いなければ、それを見ぬいてもいない、だから…!子供も できないのだと。あたかも、ふたワの精神の有性相反性に よるのだといっているようである。子供は両親の理想的な 浸透の結果、出てくる。とはいえ、彼女は彼を愛していた。 それは想像上の父親であり、能力の上での男性であり、父 親であった。事実はともかく能力の上で、行為はともかく 可能性の上でそうであった。望ましい子供たちの父親とな り得る存在であった。彼が信頼できるかどうか、おそらく 彼女の方も確信がなかったのではないか。それに関連して、 自分の母性としての機能が不十分だということが理由にな って、狩猟に対する夫の過度の打ちこみようとか、すべて の男性同様、何ごとにも欲ばりなこの男性兼朱来の父親の 好奇心とか、不節側とかのうち、あるものを正当化するの ではないか、彼女にはそう思えたのである。「ほかの人と やってごらんになったら」自分ではとても想像することさ えできないようなこと(婚姻とは秘蹟であり、われらの神 があたえたもうた七つの秘蹟のひとつである)、それを彼 にのぞむわけがない。そんなはずはない。ドン・コルピさ えもが、そういうのはクリスチャソである夫の立場からし て、よくないことだといっていたではないか。だが、結局 …万事、忍耐が必要なのだ、分別が、分別が必要なのだ。 ドン.ロレソツォ・コルピは心から信頼のできる人物であ った。それに「分別」は四つの基本道徳のひとつだったの である。 こうしたことをすべて、イソグラヴ7ッ・警都はo都は 直感で感じ取り、]部はバルドゥツチのほのめかしの言葉 や、彼女の悲しみの甘い「瞬問」を手がかりにつなぎあわ せたのである.ドノ・コル・ピ、ドソ・ロレノツォ・ドソ・ ロレンツォ・コルピ、四聖人のドン・コルピ・ロレンツォ、 これもまたしばしばリリアナ夫人の話のなかできらきらし ていた。ドン.ロレァツォもまたくそくらえである。彼女 は大人物なら誰でもうやまうど、そんなふうに人からいわ れていたかもしれない……名誉職の押父、有力な神父、そ して、ドノ・ロレンツォまでも。そうなのだ。黒い僧服に もかかわらず、また、たがいに相容れないあの……ふたつ の秘蔽にかんする秘蹟上の相反性にもかかわらず。 ドン.ロレンツォまでも。このらばは結構、たよりにな る男にちがいなかった。彼女がほのめかしているところか ら判断すると、ドアをくぐるたびに頭をかしげなければな らない。そういう男たちのひとりであるらしい。少なくと も、神父の象藁ミ嶋はもっているにちがいなかった。こう いうこととなると、ドソ・チッチョはなかなかの素養があ った。生き生きした直感、それも成人になったころからも っているのである。のちに「仕事には実り多く、武器をと れば大胆な」民族と通俗的な接触をするにおよんで、それ が花開いたのである。体系的に読書をかさねた結果という より、もって生まれた天才なのだ。各世代がぎっしりと寄 りあっまったところから。警察の留置場から、ラツィオと マルシカ、ピチェーノとサノニオをへて、さらには故郷の モリーゼの丘にいたるまで、無情な山々、無情な首、悪魔 も無情である。さらに、子宮の聖なる、そして記億にのこ ることのない効力.、子供たちにめぐまれた人びとのなかに あって、彼は生殖の事実と非生、夘のそれが別個にあること を知り得たのである。しかし、彼をおどろかすようになっ たのは、バルドゥッチの姪の貯蔵器が実りたくましい姪た ちや、実にやさしい姪たちであふれんばかりになっている ということだった。っまり、いまここにいるのはやさしい が、ほかのはただただ、巨大なのばかりである。この夫婦 のところに禺入りするようになってから、すでに三、四人 の姪を見知っている。それに、もうひとつ、こういう事情 もある。っまり、いっ.たん姿が見えなくなると、その姪は もう死んだ女も同然になってしまう。そ一して、どうやって みても、二度と表面へ浮きあがってこないのだ。ちょうど、 任期の切れた領塩か共和国大統領のようなものである。 ドソ・チッチョが最後の、いわゆる聖餐杯の底をながめ ようとした1入っているのは五年ものの白、非常な辛ロ、 アルバーノ・ラツィアーレのカヴァリエーレ・ガッビオー 二・エムペドクレ親子会社制似、娠冒察のなかでも酒、グラス、 父なる神、神の子、ラツィオと夢にまでみたものー-1その とき、人間の行動の愛情.面の(彼はエpチックとまで呼ん でいた)共避因にかんし自分なウの意見をもっている以上、 いやおうなしに、はっきりと次のように考えざるを得なか った。つまり、こういう状態の姪というのは通常の姪では ない。ルチアーナにせよ、アドリア!ナにせよ、きょう町 のおじ、おばのところへやってきて、それから出て行き、 それからもどってきて、それか門2電報を打って、それから 出発して、それから自分の家に着いて、それから、たくさ んのキスをおくりますと葉書に書いてよこt、それからま た、歯医者のところへもう『度、通わなければならないの でヴィテルボとかツァガワ!ロヘ着く、こうしたくりかえ しをつづけるのだと考えるほかなかった。「ここにこうし てい.Oのは、もっと厄介な種類の姪だな」あの白の辛口を、 あいかわらず軟口蓋をくすぐる天国の門に入れたまま、ひ とりで考えこんだ。そうだ。そうなのだ。あの「姪」とい う名前のうしろには、もつれ・:…糸のもっれと、ごく稀に 見るような・-…デリケートな感情のクその巣がそっくり隠 されているにちがいない。彼女。彼。彼を尊敬していない 彼女。彼女を無視している彼。そこで彼女は数年たって、 この姪をつりあげてきた。苦痛、涙、夜、そして日中はロ ーマ中の教会で聖アントニオにささげるろうそく。希望、 その場で、あるいは住居でできるサルソマッジョーレの治 療、そしてベルトラメッリ教授とマッキオーロ教授の診察。 新しいろうそく一本ごとにひとつの希望。新しい希望が現 われるたびに新しい教授がひとり。 彼女がこのジーナを、あわれなジネッタをとりあげてき たのだ。だが、ジネッタより以前には、この話は全く別の 方向に向かい、全く別の越きがあった。木当に奇妙なこと だ。イングラヴァッロはそう思った。 ヴィルジ!ニアがいたっけ(その姿は栄光のきらめきで あり、閾をつらぬく一瞬の輝きであった)。ヴィルジーニ アの前にはモソテレオーネから来た別の娘。何という名前 だったかな。それに女中たちもいるぞ。浮気心の衣ずれの 音がしたとたん、スズメのように羽ばたいて飛び立つのも もっともさ、ほんと、バルド身ッチ家は実に、ひと月にひ とり女中を変えるんしρ、ないかな。と、ある考えが浮かび、 不謹慎な言葉が口をついて出た。酒のせいである。 リリアナ夫人はおなか。を大きくすることができないまま ..::こうして毎年、■姪が変えられるのを、無意識のうちに、 おなかが大きくならないその埋めあわせの象微として考え ているにちがいなかった.子供を八人生んだ母親にいわせ れば、子供らしい子供は春が到来するたびに生まれる。五 月に生まれるのは八月の子供だ。「いい月だな」とドソ・ チッチョは思った。「ネコにとワても。夜になると、追っ かけっこをやってるじゃないか」 年々:…新しい姪、まるで、彼女の心のなかで、相次ぐ 子供たちの誕生を象徴するかのように。言匹窃蜜ぼoす H〈一区こ&霧蜜ぼ身一国一且:・…毎年、子供がひとり、毎 年、子供がひとウと、アソツィオでドイツ人がうたってく れた。アザラシに似た人だった。 ところで、彼、彼、狩猟家(イソグラヴァッロは彼の方 を見た)。彼は、姪が、入れかわりに姪が彼の家にやって くるとき、内心、どんな経験をし、どんな感じを味わうの であろう。姪たち……さまざまな姪たちについて、彼はど んなことを考えてきたのであろうか。 彼女にしてみれば、テヴェレを下ったそのあ九り、崩れ 行く古城の向う、黄金色のぶどう畑のうしろにあたる、丘 の上、山の上、そ、してイタリアのせ言.いい平原に、ちょうど 大きな多産系の子宮のように、差精しておびただしい細かい 粒が縞模襟にならんだ二本のふといエウスタキー管のよう に、人びとが粒状で汕性のすばらしいキャビアとなってい たのである。時々、大きな卵巣から熟れた濾胞が、ザクロ の実の薄膜のように口を開く。そして愛の確信に狂った赤 い粒が都会へと下りて来て、男のはげまし、精力的な刺戟、 そして.十八世紀のオヴァリストたちが作り話に描いたあ の精液の発気に出会うのであった。そしてメルラ!ナ街二 一九番地、A階段、四階では、この黄金の館のなかでも、 最高の結球ともいうべぎ場所で、姪が花ひらいていたので ある。 姪よ。アルバーノの姪、永遠なるサベリ人の花。略奪者 窪げまし』てうだ.あのサビヌの女たち(ヴ潟け一ζ診 嵐咽刎如噸奪○駄のの膨副{サ)はもう補える必要もなかった::-あ のように深みのある女たち。仲立ちの夜を待つ。明け方の 生あたたかい肉。アルバーノの女たちも近ごろは、みずか ら河に下りようと考えるようになった。そして河は海辺で 完全無欠な永遠の待機に到達しようと、さわぎなのりこえ て、流れ、そして流れて行った.、 だが、p似はどうか、バルドゥヅチ氏は。この狩猟漁みはア ルバーノの姪のこと、ティヴォリの女のことをどう考えて いるのであろう。 ベルが鳴一った。犬のルルウがさわぎたてた。アヅスソタ がドアを開けに行った。向うでぽそぽそと話し声が聞こえ たあと、灰色]色のスマートな服を着た青年が部屋に入っ てきた。席をすすめられた。「もう一杯、たのむよ、ティ り ーナ、ジュリアーノ君のをな」すぐに紹介され、自分でも 自己紹介をした。「ヴァルグレーナです」「イノグラヴア ッ・警部です」イングラヴァッロは椅子から立ち上がると すぐ、そして、差し出された手をいかにも不承不承に握る とすぐ、ぶっぶつといった。「ヴァルダレーナさん……」 リリアナがコーヒーやコーヒー茶碗と格闘をしながらいっ た。.「妻のいとこでしてな」と血色のいいバルドゥッチが 説明した。 いいにくいことだが、ドン・チッチョには、若い人びと、 とりわけ美青年、それが金持ちの息子となるとなおさらだ が、そういう連中に対して悪音心のある嫉妬ともいうべき、 何かしら冷たいところがあった.もっとも、この感情は内 面的現象という許された鋤約を越えるものではなく、した がって、万が】にも警察宕としての職務に影響をあたえる ようなことはなかった。とにかくちかう、彼は全然ちがう のである、《美男子》ではなかったのだ。そのうえ、ミラ ノでオ!ケ通りの矛防施療所にいる女の子から、「本当の 男はだ炉たい美男子よ」という言葉を聞かされたとあって は、自分をなぐさめようがなかった。 内心、すでに失望を感じ、ある声を聞いていた、ちょっ とまえは声だった…、.・それがいまや身体の内都でわき立っ ていた。内部といっても、頭のなかか、心のなかか、本人 の彼にもわからなかったが、おそらく、やや神経質な感じ のするあのワイン、ガッビオー二の辛口の白のせいであろ う。ちょうど、こめかみにおそいかかってくる、ある種の 頭痛の、あのおそろしいずきずきという音にも似て「こち らボーイフレソドです」と呪いのように彼にささやきかけ る声が聞こえるのであった。 なぜかは知らなかが、この胃年も何が何でも思いをとげ たがる、そういう連中のひとりではないかと思えた、とい うかそう想像された。そして、そうだったのである。彼は また、古銭について、いわゆる「どん歓」な、つまり、古 銭に誘惑されたひとりであったが、何といわれようと、何 がしか、人さまの役には立っているのである。部屋に入っ て来ると、家具や装飾贔、美しい茶碗、銀のティーポット、 ウムベルト時代の古い輩麗さの遺物で七頭の肥った雌牛を 記念するあの銀の砂糖入れなどをじっと見たが、そのふた には金のどんぐりがひとつと、銀の葉っばが二歓っいてい た。そう、それをもって、ふたを持ちあげるのだ。ふっく らと巾身のつまったたばこをバルドゥッチ(あごの下のと ころで、いきなりパチンと音を立てて、金のシガレット・ ケースを開いた)から受け販ワ、それをいま、よろこびを じっと押さえるように、しかも上品な自然さをもってふか していた。 そのとき、イングラヴァッ・は毒でものんだように、奇 妙な考えにとらわれたが、のんだのはガッビオー二の辛口 のワイソであった。つまり、「いとこ」はリリアナ夫人の 、こ機嫌をとっているのではないかという考えがうかんだの である……それはもちろん……お金にあやかるためだ。考 えただけで、いらだたしい思いがした。ひそかな、姿の見 えないいらだちであり、もちろんかんぐってみただけであ る。しかし、両のこめかみが痛くなるような:…・やっかい なかんぐりである。もっともイングラヴァッロ的な、もっ ともドソ・チッチョ的なかんぐりである。 たばこをゆらゆら動かしている、紳土ら七く指の長い白 い手の、右の薬指にこの貴公子は指輪をひとつはめていた。 時代ものの金製で、非常に黄色く、すばらしいできで、指 輪の台は血紅色の碧玉、組合わせ文字を彫りこんだ碧玉で ある。おそらく家の印章であろう。どうやら、言葉と気品 のヴェールにかくされてはいるけれど、彼とバルドゥッチ の問には冷ややかなものがあるのではないか、ドγ・チソ チョにはそう思えた……「いとこの夫人を見るとき、ジュ リアーノは全身これ耳と注意ってとこだな」とイングラヴ ァッ・は考えた。「紳士にはちがいないけれど」ジーナの 方にはというと、義務的な握.子をしたあとは、ちらりとも 目をくれなかった。小犬は乱暴にひとつ叩いてやっただけ である。小犬の方も怒って何度か吠えたてた。始末におえ ない奴め。だが、やがておさまって行く嵐のように、尻つ ぼみのうなり声に変り、ついにだまりこくってしまった。 リリアナ夫人はとびすぎて行く悲哀の雲の下で、(時と して)うまく押さえきれずに、ため息をつくことがあった が、それでもやはり好ましい女性であった。道行ぐときな ど、誰もがその姿に目をとめたのである.夕暮れどき、夢 があふれてこぼれるようなローマの夜がいまはじめて下ウ てきたとき、彼女が家路を急ぐと……建物や歩道の角々か ら、ひとウあるいは数人がかたまって、尊敬のまなざしを 」7 投げては彼女をかざり立てる、若い視線の稲妻と輝き。と きおり、夕暮れどきの情熱的なささやきにも似て、つぶや く声が彼女をかすめる。十月になると、ときどき、紅葉の なかから、壁のぬくもりのなかから、思いもかけない尾行 者、あの神秘の短い翼竃ったへ曳ス(轟纏界)がとび 出すのであった。あるいは、不思議便墓地の魔黒脳から、 人びとのなかへ、町のなかへと迷い出たのかもしれない。 誰よりも女たらしなのが。そして、知恵の足りないのが… :.・ーマはローマである..一方、彼女の方は、耳の帆を高 高とかかげ、ほこらしげに幸連めがけて風にのってきたこ のろば君をあわれんでいるかにみえた。軽蔑するようでい ながら惰けぶかく、感謝と儂慨がなかばしたような目ヶき で「で、なんですの」とたずねているようであった。激し い惰熱にヴェールをかけた感じ、甘く深いひびきのある女 性、かがやくばかりの皮膚、時おり夢にとりつかれた揉子 で、みごとな栗色の髪がひとふさ額からこぼれ薄ちている。 それにほれぼれとした着こなしである…-燃えるような、 慈悲深い、いわば物さびしい隣人愛の光がさす(あるいは 影のやどる)目であった……「ジュリアーノさまでござい ます」と、アッスンタがどこか響きのよい、羊餌いを思わ す声で報告したとき、彼女がぎくウとしたように、あるい は赤くなったようにイングラヴァッロには思えた。それは 「反下」の紅潮であった。ほとんどそれどは分らないもの であった。 ふたりの警官が「メルラーナ街で発砲事件があワました。 ナノ 一二九番地の階段の上です。例の金持ちたちか住んでいる 建物です……」といったとき好奇のといりよウ、おそらく は不安な思いの血が波となって彼の右の心室にどっと流れ こんだ。「二一九番地だな」と聞きかえさずにはいられな かったが、それも、うわのそらの口調であった。そしてす 、 ぐと例の、講有のお役所言の仮奪ある悠した憧 蕪歴醗齢曙黎硝餐誓肛続暮逗破 ッサジェーロ紙を手にもち、花びら、それも臼い花びらを 一枚だけボタン穴にさしていた。「きっとア:モソドの花 だ」イングラヴァッロは班長に口で問いかけるように考え た。「シーズソの先きがけか。班長も花を買うゆとりがあ 18 るわけだな」「行ってもらえるな、イングラヴァッ戸、メ ルラーナ街だよ。見てきてくれたまえ。大したことはない ってさ、。何しろ、けさはリエージ通りの侯爵夫人のとこで ほかの・那件があるし……それから、この近くのボッテ!ゲ・ ・オスクレ街で面倒なことが起ったし、それとは別に義理 の姉妹ふたりに甥が三人と、花束がひと固まりあるんだ。 おまけに、そうしたことをさしおいても、われわれはまず、 自分たちの仕皐を整理しなければならないときている..そ れから、それから……」と片手を額にあてた。「こうなる と、荷物になってもいいから、秘書役がほしいところさ。 もううんざりしたよ。そういうわけだ。助けると思って、 な、行ってきてくれ」 「いいです、まいりましょう」とイングラヴァッロはいっ たが、そのあと、ぶつぶつとつぶやいた。「行きますと も」そして、釘にかかっている帽子をとった。しっかりと 打ちこんでないくさびがぐらぐらになって、毎度のことな がら床に落ち、それから少しばかり転がった。ひろいあげ ると、ぐにゃぐにゃになった先っちょをもう一度、穴には めこみ、腕の先の部分をブラシのように使って、黒い帽子 のリボンを軽くこすった。警官がふたり、まるで警視総監 からそれとなく命令をうけたように、彼のあとからついて きた。暗黒街で金髪という名で通っているガウデノツィオ と、一名、づかまえ屋というポムペオである。 PV線のバスにのり、ヴィミナーレで下りたところでサ ソ・ジョヴァンニ行ぎの市電にのった。それで、およそ二 十分後には二一九番地についたのである。 サメ 黄金の館、あるいは金持ちの館といってもよいが、そこ にあった。六階だてで、それに中二階がついている。古く さい灰色の建物だ。すっかり黒ずんだその住屠や、ずらリ サメ 並んだ窓から判断すると、ここにいた金持ちは無数だった にちがいない。食べる方にはがっがつとした小ザメたちだ ったろう。それはたしかだが、美的な面となると、うるさ いこともいわず、たわいもなくよろこぶ方であった。もっ ばら水中で食欲と}般的にいって食べる興奮を生きがいと しているだけに、目中、水.面に見える灰色と、ある種のオ パール色だけが彼らにとっては光であった。そのわずかの 光こそ、彼らが必要としたものなのだ。黄金についていう なら、そう、おそらく黄金や銀はおそらくもっていたこと ■9 だろう。ひと目見ただけで、いや気をさそい、カナリヤ化 した(勝灘欝斜黎盤)痛恨を呼びさます今世紀初頭の、 大きな建物のひとつであり、たしかにローマの色、ローマ の空や光り輝く太腸とは正反対であった。イングラヴアッ ロは心の底からそれを卸っていた、といってもよい。そし て、事実、いま、それこそ絶対的ともいえる権力をもち、 ふたりの警官をともなって、このよく承夘している建物に 近づくにつれて、軽い動種にとらわれていた。 シラ・、、色の、兵舎にも使えるほど大きな建物の前には人 がたかっていて、臼転車が保護網のようにぐるりとそれを 取りまいていた。女たち、買物籠、セロリ。白いエプロソ をかけた向かいのお店のご主人か誰か。《重労働をする 人》、この方は縞模様のエプロンをかけ、見かけも色も、 りっばなトウガラシそっくりの赤卦をしている。女の管理 人たち、女中たち、「ペッピイによ」と鋭い声で叫んでい る管理人たちのところの娘たち、フープをもった男の子た ち、大きな網袋にオレツジをつめこんで、山とかかえこみ、 ウずキぼウ そのてっべんに薗香二本と包みをとさかのようにのせてい る従卒。高い地位にふさわしくいまの時間にやっと帆をひ ろげ、めいめいの役所に出かけようとしている二、三人の 高官たち。そして、どこへ出かけようにもあてのない、十 二人から十五人ほどの、失業者か浮浪者か、さまざまな人 たち。いってみれば妊娠何ヵ月、いまにも破裂しそラな恰 好の郵便醍達が誰よりも好奇心が強く、}さっしりっまった カバソをみんなの尻にぶつけていた。そして、カバンが次 次とみんなの後ろにあたるたびに、ちくしょうとぶつぶつ いう声が起ウ、弄、して、また、ちくしょうというぐあいに、 順おくりにつづいていった。いたずら小僧がひとり、テヴ ェレふうにまじめくさって、「この建物のなかにはね、銭 きん より黄金の方がたくさんあるんだぜ」といった。そのまわ りにずらりと並ぶ自転庫の車輪の列は、わざわざ貼りつけ た皮膚のように、なかの群衆という肉を見えなくしていた。 ふたワの敬冨官に助けられ、案内されるようにして、イン グラヴァッ四は人ごみをかきわけて行った。「警察だ」と 誰かがいった。「つかまえ屋さんを通してさしあげるんた。 坊主ども……やあ、.どうもボムペオさん。どうだね、もう つかまえたかね、泥棒は……今度は金髪山へ」んかい:■…」半 開きの玄関はサノ・ジョヴァソニ署の公安係が見張ってい た。女の管埋人が彼の「通過する」のを見て、助けてほし いと呼びとめたのである.事件の少し後、そして捜査班の ふたり、つまリガウンデソツィオとポムペオの到着する少 し前のことだった。居住者の借家契約と登録簿を提出する 関係で、以前からその警官を知っていたのである。?事件が 起ったのは一時闇まえながら十時ちょっとすぎになる。と ても信じられない時問ではないか.玄関のホールと管埋人 亦務所には、また別の人だかりがしていた、この建物の居 住者たちである。そして、女どもの井戸端会議。イノグラ ヴァッ・は女管理人とあのふたり、それにみんなが口々に 「警察だ、.というのをあとにして、A階段を被害者 の婦人が住む四階へ上っていった。階下ではにぎやかなお しゅ、べりがつづいていた。女たちの大声というか、 きのよい声が、何やらトロンボノのような男の声と張りあ っていたが、時々、その男の声にすっかり圧倒されること もあった。雄牛の大きな角のせいで、雌牛の首がたわむよ うなもので・あるっ群衆は頭のなかで、口堰初の証言や「ちか っていいよ、見たんだから」という言葉などいろいろとご ちゃまぜになっているのをあつめてきて、それをひとつの 叙事詩に織りあげるようになっていた。それは窃盗より正 確にいえば武雛を手にした押しこみ強盗だというのである。 だが、.実のところ、かなワ重要な問題であった。メネガ ッツィ夫人はびっくりしたあと、気を失ったぐらいである。 リリアナ夫人は風昌から出た直後、こんどは自分の番とば かりに「気分がわるく」なった。ドソ・チッチョは最初の 証需から、どっとあふれ出たものを、収集できるかぎりひ ろいあげて、その場で調書をとった。管理人から始めて、 メネガッツィには髪の手入れをし、ちょっと訪かざるだけ の余裕をあたえた。つまり、敬意を表したといえよう。紙 と万年筆をもっていたが、「イ・エスさま、イエスさま、あ なたさま。警部さん」という文句やそのほか、マヌエーラ ・ペッタッキオー二「丈人」がドラマチックな物語、っま り自分の報告に必ずはさむ、問投詞一祈りの類いははぶい たのであった。「フォノタネッリ中央乳紫不社」の使い走り をしている管理人の夫は十六時には帰ってこよう。 「ああ、神さま。はじめはリリアナの奥さまのベルを鳴ら したのでございますよ;…」「誰がですか」「誰がって、 殺人犯が:…」「というと、殺人ってわけですか、でも死 人なんかいやしませんよ」リリアナ夫人は(イングラヴア ッロはぎくりとした)ひとりで家にいて、ドアをあけなか った。「彼女は風呂にいたのだ……そうだ-…風呂に入っ ていたんだ」ドン・チッチョは思わず知らず、あまりに強 烈森きを避けようとい畠か、片手を逗あてた・女中 のアッスンタは数日まえ、家に帰っていた。女中たちはよ くそういうのだが、父親が病気だという.「近ごろで蜜 すますそうなのだ」ジーナは一日中、学校に行っていた。 修道畜行くサク・・〒レ学院である。そこ養事をし ていたし、時にはおやつまでいただくのであった。で、 「いいですな」といったが、誰も答えないまま、悪漢がメ ネガッツィのペル轟したのは「明らかです…たしかで すよ」そう、そこなんだ。同じ階で、バルドゥッチのちょ うどまんまえなのだ。向かいのドアだ。そうだ。ドン・チ ッチョはその階も、その反対側のドアもよく知っていたの である。 メネガッツィ夫人は髪をととのえたうえで、軽く咳ばら いをしながら、ふたたびこの場に登場した。前から見ると、 いかにもやせて、ひからびた感じの首に、大き歳薄紫色の スカーフを巻きつけていた。すっかり痛手をおった人らし い響しい謁である.日誘とも、マドリッドのともつ. かず、スペイソの小型マノトとキモノのあいのこのような、 ちょっと意表をついた部屋着を宥ていた。しおれた感じの 顔に生えている胃みがかった口ひげ、粉をまぶしたヤモリ のように青ざめた肌の色、ハートをふたつ結びつけて、そ の上にいちばんどぎつい感じのイチゴの赤を塗ったくちび 乃、そうしたものが、幾らか落ち目になった売春宿の主人 か、此目そこに通った人にふさわしい面影とその場かぎりの 形の上たけの威儒を彼女にあたえていた。それにしても、 あの生娘らしい、近より難い感じと、これまで人に触れら れていない処女特右の心づかい、献身ぶりが、あまりにも 木惑らしくみえて、そのため、前もって疑ってかかること も沸娠く、彼女をりっばな女性としてはかりか、年ごろの娘 たちのロマンチックなリストにまでのせてしまったのはど うであろう。彼女は未亡人だったのである。スペイン・マ ントふうの部屋着はスカーフに重なり、それも【枚ではな く、二枚のスカーフに霊なり、そのスカーフまでが・おし ろいをかぶって、色の調子がぽんやりと変ってしまい、部 22 菱 麗着はスカーフと一休になり、スカーフはこの少々カステ ィリヤふうの着物の薄い花弁、あるいは薄い蝶と一休にな っていた。彼女は管理人の報告を訂正し、正確にしながら、 その上に自分の報告をかさねていった。その声、まずしい 声をふるわせ、目には期持をうかべて話をしていた。い や、おそらくそれは、向分の黄金が取りもどせるという期 待ではなく、確信、つまり……現実にイソグラヴァッロと いう人問の形をとっている法津の保護にあずかれるという 確賃であろう。ベルが鳴るのを聞いたとぎ、メネガッツィ はいつものように「どなた」と口に出し、心配そうな、あ われっぼいその言鞍木をくりかえしたが、これはベルが最初 に鳴ったとき、いっもやることである。それから開けてみ た。人殺しは背の高い青年で、帽子をかぶウ、職工用の灰 色の作業ズボンをはいていた。少くとも彼女にはそうみえ たし、顔色は黒ずんで、緑色がかった茶のウールのショー ルをかけていた。好青年で、そう、感じのいいほうである。 だが、会うとすぐ、これはお署、ろしいという感じを起させ るタイブである。「どういう帽子でしたかな」とドソ・チ ッチョは書きつづけながらたずねた。「それがでございま す……ほんとうのところ、どういうのだったか、どうして も思い出せませんのです。申しあげることもできません わ」「では、あなたはどうです」と、管理人にむかってた ずねた。「奴が逃げるとき、あなたの前を走って行ったん でしょ。見なかったのですか、あなたは。どんな奴だった か話してもらえんですかな、その帽矛のことですが……」 「でも、警部さん……わたくし、何が何やら訳が分りませ んでしたの。それにああいうときには、帽子のことなんぞ 注意しやしません。ねえ、警部山.ごん、どんなもんでしょ・・ …おっし点、ってくださいましな、ああしてどんどん鉄砲を 射っているさいちゅうに、帽子のことなど気にする女がい るもんでしょうか:…己 「奴はひとウでしたか」「ひとウでした.ひとウでした わ」とふたりの女が声をそろえていった。「ああ、ごー- ん」とメネガッツィが頼みこんだ。「わたくしたちを助け てくださいませ。助けられるのはあなただけでございます。 助けてください.ませ、ごしょうです。ああ、聖処女マリア さま。わたくしは夫をなくした女でございます。家ではひ とりぎり、ああ、聖処女マリアさま。なんとひどい世界で 23 ございましょう、この世界は。このようなのは人間とは申 せません、悪魔でございます。地獄がらもどってきました 非道な悪魔の霊でございます……」 メネガッツィは家にひとりきりでいる女たちすべての例 にもれず、不安な気分というか、少なくとも、疑心暗鬼の 悩ましい期待のうちに時をすごしていた。少しまえから、 ベルを聞いたときに決まっておぼえるあの恐怖感が、理知 的なものとなり、イメージと妄想のZブレダスに変っ ていた。一・スクをかぶった男たちがクロース・アヅプされ、 それがフェルト底の靴をはいている。押しだまったまま、 ・しかし瞬岡的な早業でホールに入りこんでくる。頭にハン マーで一繋をくらうか、あろいは手や適当な紐をつかって 首をしめられるだろう。その前にひょっとして「儀式」が あるかもしれない。この考えというか言葉、とくにさいご のものが、彼女な・・、責葉ではあらわせないオルガスムスで充 たしたのである。善悶と幻想のまじウあい。どうやらそれ に、強めに木材を乾燥させてある幾つかの家具が、闇のな かで、突然、みしりといったためであろうか、突然、動悸 がはげしくなるというおそえものがついたのである。いず れにせよ、その苦悶と幻想がわがもの顔に事件に先行して いた。事件の方としても、これだけさわがれたあととあつ ては、結局、起らざるをえなかったのであろう、長い間、 住居不法侵人をしてもらいたいと望んでいたのが、いまや、 それを強制する要因となったとイングラヴァッ・は考えた、 孝、れは彼女とか,すでに身を投げ出してかかった犠牲老と しての彼女の吻為、思考に対する強制ではなく、運命に対 する、運命の「力の揚」に紺する強制であった。この災難 の予感は,肺史的な傾向にまで発展するほかなかった。そし て、そのとおウに作用した。強奪され、のどをしめられ、 さいなまれた女姓の霊魂の上だけではなく、環境の場、外 的な心霊の緊張の場にも作川した。というのも、イノグラ ヴァッロには現代のある種の哲学者たちと同じで、魂、と いうより下劣な魂というしろものは、集は人問各白を坂り かこみ、ふつう運命と呼ばれている可能性と力に属するも. のだと考えているからである。ひとことでいえば、大きな 恐怖がかえって彼女、つまリメネガッツィに不幸をもたら したのだ。ベルが鳴るたびに彼女を支配した考えはあの 「どなたでしょうか」という言葉に凝結されるのであった 24 目一目 が、これは家庭の守護神もとうてい守りに来てくれそうも ない、そういう悲しそうな、閉じこもった女性たちがめい めい習慣のように口にする羊の鳴き声であり、あるいはろ ばの鳴ぎ声だったのである。彼女の場合はそれがベルの音 に対する、それももっとも日常的なベルの呼び出しに対す アンテでドフオナ る哀調をおびた応答頒歌なのであった. その結果はというと、テレジーナ夫人がチェーンをはず そうと決意して、ドアを開けたとたん、くだんの若い男が、 自分はこのビルの管理事務所から頼まれ、暖房装置を見て まわっている、ひとつひとつ調べなけれ.はいけないという のである。たしかに、数日まえに、暖傍装雌のことが問題 になったのは事実である。つまり媛房を必要とする公式の 久、'李は終るころでは-あったが、入居者の方では費用をいく らでも出すというのに、いっこうになまぬるいまま(むし ろ寒いぐらい)であったのだ。 ・ーマでは、およそ.媛房器具を入れた場合、その火は三 でロテペデドドモ 月の十五日に消されることになっていたが、時には七日に むレアドドヤ なったり、あるいはちょうど一日のこともあった。二十七 年の場合のように、エピロ…グが引きのばされて、冬がふ たっ重なったような揚合には、まるまるひと月、燃やしっ づけ、けだるさを引きのばしながら、自然に消丸て行くの にまかせるが、そのさいかならず一家.畜ある入鳩者たちの 問では、事態の程度に応じて議面や酷評,酔声高にひびいた のである。賛成側と反対側、文無しと金持ち・、けちでこま かい人たちと、気らくで栄光と快楽にラつつをぬかす人た ち、こうした人びとの問で識緬がかわされた。二一九舌地 の上の階吟部屋についていえば、どれもうたがいなく、ロ ーマのなかでも、もっともpiマらしい、陽のあたる場所 であった。それだけに、早容の二の時期、雪ましりの爾か ふっているとあって、人びとは寒さにふるえていたのであ る。 その一接摂工は鞄隔包み・ももっイ、いたかった、.仕事に佼ラ 道呉もいまのところはいらなかった。単に調べるだけだっ たかうである。さらにテレジーナ夫人はあることをつけく わえた.が、ドノ・チッチョは調濫にはとらなかった。それ は、たしかにあの青年は……そう、結局は人殺しの機械⊥ なのだが……たしかに、そう、法廷で証言してもいいのだ が、まちがいなく彼女に催眠術をかげた(ドノ・チッチョ 25 はいかにも眠》、うな様子で、口を開いたままでいた)、と いうのは控えの岡にいたとき、皿瞬、彼女の方をじっと見 たからだ。そラいうふうに話した。「じっとですよ」その 視線がまっすぐ、自分に注がれていたのに心をうばわれて か、まるで叫ぶようにくりかえした。「執念ぶかい日つき で、しっかりと動かず」蝦子の下からのぞいたところは 「ヘビのようでした」で、そのとき彼女は全身のカが頃け て行くのを感じたのであった。あの瞬闘だったら、青年か らどんなことを頼・エれ、どんなことを強制されても、その 通りにしただろう、きっと、「・ボヅトのように」(彼女 はこの通りの詩葉をつかった)いいなりになっただろうと いったのである。 「聖処女マリアさま。わたくしは催眠術をかけられたので ございます……」ドソ・チッチョは心のなかで、こう調書 に書きこんだのである。「この女どもってやつは」 このようにして、機械工はアパート中をひとまわりする ことがでぎたというわけである。寝室でタンスの上の、大 理石の板にのっている金製品を口にすると、片乎をさっと 動かし、】方の手を..ハケツのようにひろげて下でうけとめ、 作業ズボンの脇の、自由に使えるボケットにと放りこんだ。 「あなた、何をしているの」催眠状態でも完全に自山をう ばわれていたわけではないので、メネガッツィは青年を非 難していった。男はふりかえると、ピストルを彼女の顔め がけてつきつけた。「静かにしてもらおうか\おいぼれ婆 さん、でない乏、黒焦げにしちまうぜ」彼女のおどろきぶ りを見てとったうえで、ひき出しを、それも鍵の入れてあ る上のひき出しをあけた……まったく、よく見ぬいたもの である。黄金や宝石はぜんぶ、皮製の宝石箱に入れてあっ た。現金もあった。「いくらですか」イソグラヴァッ・が たずねた。「正確には分りませんの。四千六百リラでござ いましょうか」その現金は男ものの、かさかさの古い財布 に入れてあった。今は亡き夫の財布である(彼女の日か濡 れた)。男は一瞬のためらいもみせず、その宝石箱をよご れたハンカチのようなもの、あるいはぼろ切れかもしれな い、そ、)、そうだ、それにちがいない、そのなかに包みこ んでしまったが、指がふるえていた。財布の方はあっとい うまに、牢ハにあざやかにポケットにすべりこませた。聖処 女、マリアさま。「ここのところのポケットにです…己 26 といって、夫人は片手で自分の腿を叩いたのであった、 「悪魔のしわざですわ、どうしてこんなことを、私にはわ かりません、悪魔のしわざです。悪魔ですわ」 「だまるんだ、な」青年はもう一度、彼女をにらみつけ、 いまにもくっつきそうになるまで顔を近づけてくると、相 手をおどすような口調でそういった。その目が虎のように 思えてぎた。悪魔の.魂が獲物をとらえていた。もうどんな ことがあっても、手ばなさないだろう。そして、影のよう にやすやすと、逃げて行った。「黙っているんだぞ」それ はおそろしい捨てぜりふであった。だが、彼が出て行くの を見たとたん、さっそ.く窓のところへとんで行った。そう、 そこにある窓だ、ちょうど中庭に而した窓である。それを 開けると、叫んだ、叫んだ、い釦\同じ建物の人の話だと、 むしろ絶望してきいきいと声をあげていたそうである。 「泥棒よ、泥捧よ、助けて、泥棒」それから……彼女は、 すぐにでも追いかけていきたかったのだが、気分がわるく なった、さっきより、ずっと気分がわるくなったのである。 で、自分のベッドに倒れた、というか、身を投げた、そこ にあるベッドに。そういって彼女はベッドを指さした。 一二九番地、道路から見ると五階あり、それに屋根裏部 屋がついていて、階段はAとBのふたつ、Bの巾二階には 事務所も幾つかあるため、まるで雑踏の中といった感じで ある。階段はふたつともゆったりと幅をとり、ひとつの方 がもう片方よりも薄晴い。A階段の方が相棒の階段よりも 静かで、ちゃんとした人びとはみんなこちら側にいた。 臨仁。σ[o階oげ@Nヨp身50(奥さまの家の方に)である。 イングラヴァッロがまず堰初、調書もとらずに外で問い ただし、そのあと、はじめは公安係が、あとになって警官 が見張ワをした大きなドアと小さなドアの内側にあたる玄 関で彼が聞き得た管理人や、そのほか件り話はお手のもの という女の入層者たちの話を総合し、重ねあわせてみた結 果、最後には事件の全ぼうを組み立てろことがでシcた、さ らに、かなり興味のあるもうひとつの事擁をたしか めることもできた。つまり、大たんにも犯人の追跡が行な われていたのである。「ああ」とイングラヴァッロかいっ た。「なるほど」どうも大たんすぎるようである、という のも、階段を下りて、玄関の邦屋へと追いかけていった、 というか追いかけたつもりでいるのだが、そのさい、これ 27 ■d.,. また拳銃を手に追跡にくわわった五階のボッタファーヴィ 氏よりまえに、つまり、いちばん先頭に若い男がいたのだ。 「そうだ、若い男だ」「いや、若い男なんてものじ油、ない、 坊やだ……」「何が坊やだ、あんなに背が高かったのに」 どうやら食料品店の店員のようで、すっかりよれよれのエ ブロンを腰のまわりにまきつけ、トレーニソグ・パノツを はき、そのうえに大きな緑色のストッキングまではいてい た。「何だってまた、緑色なんかを」階段の上で銃戸がふ たつ、ピストルの銃声がふたっ聞こえた直後、玄関を通っ てとび出して行ったという。その後は誰も彼を見ていない。 「わたくし見ました。歩道でです。サンタ・マリア・マッ ジョーレから来たのです。すると、あの男が逃げて行きま した……」証言をしなければという心痛がみんなの心に火 をつけ、それが燃えあがって叙事詩となった。女たちが【 度にしゃべっていた。言葉と4件の光景が混乱する。下女、 ブロツコリ  女主人、うすのろ女がしゃべる。ブロッコリーの大きな葉 っばが、ふくらんで、腫れあがった買物かごからはみ出し ていた。鋭い声や、子供じみた声が否定や肯定の言粟をつ けくわえていた。白いプードルが一匹、ぐるぐるまわりな がら、興奮したように尾をふり、時々、みんなといっしょ になって、できるだけ権威をこめて吠えたてるのであった。 イングラヴァッロは口々に報北口・丁る女たちや・報告の内 容そのものに押しつぶされて、自分が窒息するのではない かと感じていた。 メネガッツィ夫人の叫び声のあと、階上のボッタファー ヴィ夫妻がふたりして、バリトンとソ.7ラノできれいな夫 婦のデュエットをひびかせながら「泥棒、泥棒」と、同じ ように叫んで、スリッパをっっかけ、階段に出てきていた。 そのふたりがいま、自分たちの勇気、白分たちの落ちつき ぶりを正当に認めてもらわなければと要求している。それ ばかりか、ボッタファーヴィは大きな慰発ピズLルをもっ ていて、刑事に見せ、そのあと、いあわせたみんなにみせ びらかした。女たちは心もちあとずさりした。「まあ、今 度は.わたくしたちの番だなんていって、射たないでくだ さいましよ」子供たちはすっかり気をのまれ、首をのばし ボソタ て見つめていた。このときからというもの、ガマガエル フアドベド に豆と呼びなれていたこの人物を高く評価するようになっ た。彼は拳銃を手に話しつづけていたが、弾はちゃんとは 雄 ずしてあった。銃身を宙にふりかざしていた。事件を実に 細かいところまで思い起していた。あのとき、いくらやっ てみても、発砲できなかったという。というのも安全装置 がかかっていたからで、銃身の七番目の穴にピンが入って いたのである。そして、彼はこのとび道共を長年の問、ぜ んぜん使わないでいたため、自分のもそうだが、大体、本 物の拳銃には、この安全装置という厄介物がついているこ と、それが下に下りているかぎり、射聲ができないことな どを忘れていた。そのため、いざという肝心のときになっ て、泥棒は全速力で逃げてしまったのである。「しかし、 あなたは拳銃で二発、射ったのでしょう」とイγグラヴァ ッロがたずねた。「これはまた、どういうおつもりなんで すか、刑事さん。まさか、わたしを子供だとお考えじの、な いでしょうね……そんな、でまかせに発砲するような」「し かし、射とうとなさったでしょう」「やろうとはしました。 けれど、やろうとしたのとやったりとではちがいます。わ たしの拳銃は犯人がもっているようなものとはちがいます ……木当に射つようなのとはですね。これはですよ、警部 さん、紳上の拳銃です。わたしは…….着いころガードマノ をやっていました。武器のあつかいについては、誰にも魚 けないつもりです。それに……冷静そのものでしたし… …」泥棒は逃げてしまっていた。ぎわどいところで。「で も、こんど来たら、こんなぐあいにはいかせませんよ」 「では、店員についてはどうですか」「店鼓といいます と」「食料品店の店員のことですよ」と女たちが目を出し た。「その話でもちきりだったのですよ、このご婦人がた は。お耳に入りませんでしたか。もう一時間も、そのこと で話をしているんですがね……」とイノグラヴァッ・がい った。「さよう、食料品店には用がありませんのでな。そ ういうことでしたら……妻の領分です」と威厳なこめて答 えた.いかにも、.豚肉屋の店其など、自分の拳銃の相手と するに足りないといいたげである。してみると、この男は 店員など全然、見ていないことになる、食料品であろうが、 ほかの店であろうが、あるいは肉屋だろうが、バン屋だろ うが、店貝には会っていないのだ。 ところが、マヌ干ーラ夫人はその店口貝が泥俸のあとを追 いかけて、玄関から走って出て行くのを見ていた、はっき り見ていたという。「そんたことあワませんわ」ボッタ7 29 γーヴィ夫人が夫の肩をもっていった。「まあ、そんなこ とありませんですって。とんでもございませんわ、テレー ザさん。このわたくしの目が節穴だとでもおっしゃるんで すか……もしそうなら、大ごとでございますよ……この建 物にはこれだけ出入りする人があるのですから……」こん どは教授をしている..ヘルトーラ夫人がボッタファーヴイ夫 妻の否定を打ち消し、同時に管理人夫人の主張を訂正した。 あのときベルトーラ夫人は帰宅するところであった。水曜 日は八時から九時まで、一時間しか授業がないのだ。玄関 に入ろうとしたちょうどそのとき、ざんばら髪もいいとこ ろ、ぽさぼさ頭の、おびえた熾天使が出てくるのを見たが、 あやうくぶつかるところだった。取り乱した顔で、紫色の 醤……その.唇はふるえていた、それにまちがいない。だが、 その男を見うしなってしまった。というのは、すぐあとか ら「例の若いの」っまり、灰色のズボソ、それも異様にふ くれあがったズボソをはき、包みをもった機械工が出てく るのを見たからだ。「これが、つまり、人殺しの当人でし ょうね……」「で、帽子はいかがでしたか」とイソグラヴ ァッロがたずねたQ「帽子ですか……実は……帽子は… …」.「どうでしたか。その話をおねがいします」「実はわ かりませんの、それは申しあげられませんの、警部さん」 そのちょっとまえに、矛.う、そラなのだ、.これはもうたし かなのだが、彼女もまた二発の銃戸、玄闘から外へ岡こえ てきたズドソといラ音を二凹、開いていたのである、 管理人は今度は自分の番だと、ふたたび話しはじめた。 銃声が二発、そう何よりも銃声が二発したのだ……それに はみんな同音ゆしている。それから玄関で皿筋の灰色のもの、 ネズ、、・が逃げて行くようなのを見た……「わたしには、逃 げて行くときのネズミのように見えたけどね、ほうきで追 っかけられたときみたいにね……」で、そのあとから、例 の店貞が来た。それは誓ってもいいという。ズボソをのぞ くと、全身、白ずくめの店鼓が通ったときには、そう、もち ろん、人殺しはすでに行ってしまったあとだった、拳銃の 銃声のことは。そう、たしかに聞こえた……その少しまえ になんの坂り得もないのが二発射ったのだ。階段の上では そのときもまだ、爆弾のようにひびきわたっていた。「ド カーソ、ドカーンですよ、木当なんですったら、警部さん、 わたしなんかそれこそ心臓がどきどきしちゃって……」 30 ベルトーラ夫人がいいかえそうとした。ふたりの女の問 で、H争いに火がついた。その間、リリアナ夫人の姿は目. につかなかった。ドァ・チッチョはそのことでやれやれと 恐った。あの女までこのさわぎに巻きこまれようものなら、 大へんなことになる。 彼としては、飛び迫県というか、飛び道某の痕跡をもと めるあまり時悶を無駄にするなど、筋道の通ったこととは 思えなかった。それがベレッタの六・五であろうと、グリ センティ銃の七・六五であろうと、大した問題ではない。 ピストルのことはいまからでもいい、しばらくは、考えな いことにすべきだ、彼はそれを経験から知っていた。同僚 に、友人にまかせておけば充分だ。 男女の入居者たち、下女たち、それに買物籠も解散させ た。そのとき、うっかワしてブードルの足をふんだため、 犬はヴァチカソの教皇にも聞こえよとばかりに、物すごい 声できゃんきゃんとなきはじめた。大きな方のドアは完全 にしめさせ、小さな方のドアの護衛には、公安係と交代し た例の警官を配置しておいた。そして、メネガッツィ夫人 の部絶をもう一度、簡単に調べようと、のぼっていった。 ずっといっしょだったポムペオがあとについて行った。ガ ウデγツィオは最初から階下へ下りようともしなかった。 犯人の痕跡、さらにいえば指紋をさがすよう指示し、自分 もさがした。ドアの販っ手、タソスの大理石板、びかびか の床といったぐあいに。 リリアナ夫人がやっと、自分の番だというように現われ たが、非常に襲しかった。わたくし推理は駄目ですからと、 まず断わった。メネガッツィ夫人をおだてあげ、おもてな ししたいとさそいをかけた。そして、質問に答えて、ピス トルの銃声が二発聞こえる少しまえに、犯人はびくびくし ながらではあるが、彼女の部屋のベルもならしたことを確 認した。彼女は風呂に入っていたゆで、聞げることができ なかった、いや、おそらくどんなことがあっイ.も開けなか ったで・あろ・hノ。7ての時分、新開はヴァ一フuアィエール街の 「晴い」犯罪のことをしき・ワに報じていたし、また、それ とは別に、モソテベッロ街の、よりいっそう「陰惨な」事 件についても報じていた。彼女はn分の.読んだ一記事を頭か ら識ぐいさることがで.`.ごずにいた。それに……婦人がひと りきウでは・…・・こわがってドアを開けないのがふっうであ 31 る。彼女はこれで失礼させていただきますといった。イン グラヴァッロはそのときはじめて、自分の黄緑色のネクタ イ(黒い三つ葉のクローバが五の蹟形についていた)と、 三十六時間から三十八時間そらないでいるモグーゼふうの ひげに気がついた。しかし、彼女の姿を見たとあって、全 身、祝福された感じである。 ふたたび、メネガップィ未亡人、つまリザバラ夫人にむ かって、よくよく考えてごらんになれば、誰かについて、 ひょっとして何らかの考え、何らかの疑惑がおありになる のではないかとたずねてみた。手がかりをあたえていただ けないだろうか。親しくしている人びとはどうだろうか。 犯人の落ちつきぶりから判断して、彼女の日常や家につい て詳しいことはまず確かなようだ。そして、もう]度、痕 跡とか.…・.指紋とか何か…・・人殺しのそうしたものが残っ てはいないだろうかとたずねてみた(作ワ話好きの群衆が 使っているこの人殺しという用語が、いまでは彼の鼓膜に も定着してしまい、舌までが過ちをよぎなくされたのであ る).それがだめなのだ、痕跡は何ひとつない。 ポムペオとガウデンツィオにタγスを移動させた。ほこ り。ほうきの黄色いわらが一本。小さくまるめた空色の電 市γの切符。かがこみんで、切符をひろいあげ、非常に注意 ぶかくひろげると、大きな顔をちっぽけな研符にかぶせる ようにした。見たところ、ほとんどすり切れている。カス テッリ線の切符である。前日の日付けのところにハサミが 入れてあった。ハサミを入れたのはおそらく(そこが破れ ていた)、駅名が……だえと・:…「トル…・;トル……ちくし ょう。ひとつ前の駅だ……ドゥエ・サンティの」「トッラ ッチョだな」ドン・チッチョの背後から首をのばしていた ガウデンツィオがそのときいった。「あなたのですか」と ドソ・チッチョが、びっくり顔のメネガソツィにたずねた。 「いいえ、わたくしのではございません」いや、七れはち がうぞ、そのまえの日、彼女のところにはお害などなかっ た。家政婦のチ.一ンチアは少し猫背の老婆で、二時にバー トタイムで来るだけであった。それが彼女には残念であっ た(彼女というのは、つまり、メネガッツィのことであ る)。それで、自分の寝室は自分でかたづけるのであった .:神経がまいっているというのに、ああ、警部さん。で、 あのときも、もう片づけがすんだとき、とつぜん静けさを ヌ2 -{目 \ 破るようにして「あのおそろしいベル」が思いがけなく、 開こえたのである。それに寝室へなんか、とんでもない、 どうしてそんなことが考えられよう。この思い出の聖なる 場所へ、いやいやとんでもない、誰もむかえ入れるわけが. ない、ぜったいに誰もだ。 ドソ・チッチョにはそれがよくわかっていた。ところが、 彼女には.反対にうたがわれてもしかたがないというような ところ、「とんでもないことをやりかねないところがあっ た。とにかく、ちがうのだ、あの家政婦はマリーノの人問 でもなければ、カステッリ・ロマッニの人間でもない… 実はずっと昔から、クエルチェーティ通りを半分ほど行き、 サソティ・クットロの背後を下ったところにある不潔なあ ばら家に、自分よワ少し小柄な、それはそれは小さなふた .この妹といっしょに住んでいた。そのほかについては信じ てもよかった。信心ぶかい女たちなのだ。家政婦は砂糖が 好きである、それは事実だった。それからコーヒーも、そ れもうんと甘いのが好きだった。しかし、手を出すなんて ……いや、とんでもない……許しをえないで手を出すこと なんかないはずだ。両手両足が霜やけにかかっていた、た しかにそうである。時には皿ウ.洗うこともできなかった、 それほどに手がひウひりした。非常に痛んだ、それも事笑 である。だが、なるほど、現につらい思いはしているかも しれないが、その冬のことではなかった、それはちがう、 前の冬のことであった。非常に非常に信心ぶかく、一ほ中、 ロヅソオ 数珠を手にして、特にサソ・ジュゼッベに傾倒していた。 ドン・コルピも情報を知らせてくれることができるかもし れない、ドソ・ロレソツォ、彼のことは姉らなかったのだ ろうか……そう、坊さんだ、例のサンティ・クワト・・コ ロナーティの・。そうだ、彼女は一・.〃、の坊さんのところへ告白 に行っていたものだし、時には}.こで掃除もやったことが ある。そこの担当をしている家政婦のロtザの手助け歩一し たのだ。 イソグラヴブッロは口"、冠あけたまま闇ぎいっていた。 「すると、どうなのです。この切符。この切符は。落して 行くとすれば、誰ですかな。おしえていただきましょラ。 あの人殺しですか:・・己〆ネガッツィはふりかえってみる いとわしさをさけたが、そ.の楼勢ば訊問の入念さ、頑固さ をはねつけているように思われた、全身をおののかせ、苦 刃 難が自分をかすめることはあっても、まともにひっかぶり たくはないと、夢にみ、神の恵みをねがったのが、結疑は 空頼みであったかと涙にくれていた。色とりどりの軽率さ が彼女の蒜紫色のスカーフから、青い口ひげから、鳥のさ えずりそのものといったキモノから(その換様は花びらで はなく、小鳥と蝶の間の奇妙な鳥類であった)、もじゃも じゃ頭のテイツィアーノ的なおもむきのある黄色っぽい髪 の毛から、その髪の毛をちょうど栄光の茂みのようにたば ねているリポンから発散されていた。そして、胃の上都と、 おとろえた容色がどことなくだらけた感じになっているそ のうえの方に、また、身体を暴行されることはまぬがれた が、黄金はぬすまれてしまったという溜息のうえに、その 軽率さがただよっているのであった。彼女はふりかえって みたくなかったし、思い出したくもながった。それでいて、 思い出すのだったらむしろ、起らないようにと避けていた ことを思い出したかったのである。おどろきと、「災難」 が彼女の脳、もしくは脳という名前をとり得る彼女の身体 の部分を混乱させてしまっていた。五十歳にみえたが、実 は四十九歳であった。災難は二重の形でやってきた。黄金 についていえば、完全無欠なものだ…:・というまれに見る 評判があったのに、彼女自身についていえば、老魔女とい う呼び名にくわえて、筒:…・ピストルの筒が現われたので あった。「むかしはこんなよた者ではなかったでしょう に」と、自分の守護、大使のことを、そんなふりに考えたい 気持ちに駆られるのであった。だが、ちがうのである。彼 女は知らなかったし、塁んでもいなかった。気が転側して いたのだ。正常な状態にはなかったのである。にもかかわ らず、その彼女に話をさせていたのはイノグラヴァッ・で ヤ あり、ちょうど、じゅウじゅラ、貿な立て、ぼんとはじけ、 煙を出し、涙を出させる燃えかすを、ちゃんとした火ばし・ でつかむのに似ていた。そして消耗したあげくに、彼に次 のとおり確認して話を終えたのである。つまりあの杵僧が、 そう、もちろんあのならず者のことだが、ピストルをポケ ットかどこか、それを入れてあった揚所から取り出した、 そう、ちょうどあのタンスのまえである。それから、あの 汚れたハンケチといシか、機械士の使うボ・切れを取ウ出 したが、それはおそらく、引き出しから取ウ出すと同時に、 皮の箱..;.・蜜石を入れる皮の箱を包むためだったのであろ 3・1 う。ピストルといっしょに何かほかのものも出てきたけれ ど、ハソケチか何かまるめたもので、ひょっとすると紙か もしれない。いや、いや、おぼえてはいなかった、あまり のおそろしさに、聖処女マリアさま、おぼえてなどいられ なかった……紙だろうか。あの若僧はそうだ、これはあり 得ることだが、その紙をひろおうとしてかがみこんだ。そ の光景を彼女は混乱のうちに思いうかべていた。何をひろ おうとしたのか。ハノケチだろうか……それがハンケチだ ったとしよう。だが、どうしておぽえていられよう……そ んなこまかいところまで:…・恐怖にとらわれている最中に。 イソグラヴプッロはその切符を財布のなかへ、ゆっくり しまいこむと、ふたたび下へ下りて行ったが、まだやづと、 十五分ほどたったばかりである。階段は暗い。下の方、玄 関は明るい。大きなドアはさっきのまましまっているのだ 「が、中庭に面した窓から光りが入っていた。ガウデノツィ オとポムベオが彼についてきた。もう一度、管理人をさが すと、そ,こにいた。誕やらと口論をしているところだった。 男女の入居者のうち九十パーセノトは彼の勧告で引きあ げていたものの、ほんの数歩しかはなれておらず、また、 聞き耳を立てているところだったので、すでにすました訊 問に、例の正体不明の店員にかんする補充の訊問をつけく わえるのはさして難かしくもなかった。すでに解散してし まった人間や璽野菜(青物)の群やかたまりを玄関にそっと 再召集し、そのなかから事笑にかんするニュースと、閨係 渚にかんする報告をしぽり出す必要があった。その結果、 A階段にせよB階段にせよ、この建物の入居者の誰ひとり として、その朝、およそローマのどの食料品店からも、何 ひとつ受け取っていなかったし、受け取ることになってい なかった。その峙閥、誰ひとりとして、白いエプロンをし た店員にドアを開けてはいなかった。「何もかも筋誹きど おワでしてよ」とボゾタフプーヴィ夫人の友人である女の 人が興奮してほのめかしたが、この人は別にメネガッツィ の友人というほどでもなく、六階の住人であった。「泥棒 をしようというときには、外で誰かが見張りに立つもので ござんしょ……あのふたりはですね、警都さん、わたくし のいうことをよくお聞きになってくださいませ、あのふた りは....:しめしあわせておりましたのよ……」 「出入り商入のところの店員をですな、この建物ではp度 ガ も.こらんになったことがないのですか」いかにも自分に権 威のあることを意識した、それでいて面倒くさそうなロ調 ・でイングラヴァッロがいった。日、ころのたいくつさ、重々 しさを忘れて、まぶたを開いた。そのとき、目は光りをお び、すべてを見ぬく確信がやどった。「そんなことはあり ませんよ」とペッタッキオー二夫人がいった。「いろんな 人が大勢出入りするんですからね……ここには超一流の人 ばかり、実業家が入っているんですのよ。そうでしょう、 ヤヤヤヤ ,警部さん」みんながにっこりした。「きくじさなんかあん まり食べない人たちですわ」「では、誰のところへ来てい ヤソソアレソラ たのですかな。おぼえておられませんか……生チー.スを各 ,戸にもってきたのは誰ですか」「そうですね、警部さん、 大体みんなのところに来るけど……」そして、うつ向くど、 左の人さし指を口の端のところへもって行った。「ちょっ モノツマレワラ と考えさせてもらいますよ」いまや、みんなが生チーズを もってくる店鼓のことをぼんやり考えこんでいた、とつぜ ん、熱をおびてきた仮説、討論、記憶、コリヤナギの籠と ・白いエプロン。「そうそう:…・ここにおいでのフィリッポ さんだわ」と目でさ.がし、紹介するようにこういった。 ユメノぱノト レ 「勲三等のアソジェpー二さん。国民経済省におつとめ の」そういって、群衆のなかのその人物を指卍.cした。そこ で、ほかの人たちがよけると、当の指さされた人物が軽く コメンずノトロレ 会釈して、「勲三等のアンジェロー二です」と、はっき みヴバマみコレ リ臼己韻介した。「イングラヴァソロです」まだ勲五等に もなっていないイングラヴァッロは二木の指を帽予の脇に あてながらいった。目経済省に敬意を表したのである。 ワィリッポ氏は背が高く、黒っぼいオdハーを着て、お なかは何やら梨を思わせ、背中は曲って、やや傾斜し、び っくりしたような、それでいて憂うつな顔つきで、その中 央には、ひと吹きふけば、最後の審判の大きなラッバとな ることまちがいない坊さんなみ、魚なみの舵状の大きな鼻 がついており、勲三等で一あり、役所づとめであるにもかか わらず・、蛸相手の敬酋部を、難n部のイングラヴァッロ氏をちら りと見るとき、そう、いや、何にもまして、何というべき か……悲しみというか、不安というか、それと同時にいわ ば遠慮といったものが、目のなかにあり、内閣がこの次に つぶれるまでは:・…向分のしがみついている地位を失うの がこわい、そういう感じであった。もっとも一九四三年七 36 月二十五日までは、内閣は倒れないのである。あのオーバ ーのえりと哀れをさそうスカーフにすっぼり埋まって、悪 漢然とした奇妙な大ベニハガラスであり、また、好んでサ ノ・ルイージ・デ・フランチェーズィと、ミネルヴァの間 に巣くうあの黒ずくめの連中の台帳にのっている聖職者と いうところである。この人たちはうっかりした通行人や道 をいそぐ人からは気づかれないまま、暇な時間に一歩一歩 足をはこびながら、聖アゴスティーノのアーチから、また、 スクローファからコッベッレ街やコルナッキエ泉を.通?て、 サγタ・マリア・イγ・アックイ:・にまでのぽって行く 彼ら好みの道を散歩するのが常である。ごくまれなことで あるが、ゆっくりとコロソナ街に冒険をこころみたり、広 場恐怖症よろしく玉石を敷いたビエトラ広場にと入って行 くが、もちろん半パイソトのワイソやナポリふうのきざな ピッツプを軽蔑していないわけではない。そのあと、ピエ トラ街のあのせまい道を通って、おそらくコルソに出るこ ととなろうが、しかし、エノチクロベディア・トレッカー 二の向かいに出て、カテッラー二宝石店の最も魅惑的な時 サ パトドバプドノツソ 計にひかれて行くのは謝肉祭の最後の土曜日にかぎる。四 句節には、悲しそうに無気力に、ふたつのホテルのふたつ のまんまるな街灯の下を通り、象の像のところまで、あの やさしいオベリスクのところまで、そして数珠と聖母像を・ ならべたウィソドウのところまでと→サγタ・キアーラに そって歩くのに甘んじていた。ゆっくりゆっくりと進んで. 行った。というか、ふたたび下りるときも、ゆっくりゅっ くりであった。あやうく自転車にぶつかりそうになりなが・ ら、パロムメッラにさしかかり、パソテオノの背後をかす めて行ったが、それはすでに帰りみちであり、もうたそが れが来たのかと、当てがはずれた様子である、 動…三等のアソ.シェロ!二氏はバルラメソト"カムポ・マ ルツィオ街の廃虚にいたあと、数年まえにメルラーナ術に 移ってきた、、あちらにはずっと昔から住んでいたのである。. 包みやフラソス松露だけからみても美食家にちがいなかっ た……包みは例によって自分でもって帰ってきたのだが、 いかにも慎重に、敬意をこめたふうで、水平に胸に押しつ けているところは、まるで乳をのませているようである、、 それは高級豚肉店の包みで、ガラノティン(靹S碓吸礪瀧桝婚 胤ゼ礁祉躍鋼.)やパイがつまっていて、空色の紐がかかって 37 いた。また時おりは二}九番地のてっべんにある自宅まで 店員が配達してくることもあった。フィレンツェふうにい えば差し出しにくるのであった(朝鮮アザミの油漬け、マ グロの煮汁をかけた子牛の肉)。 「さあさあフィリッポさん」とマヌエfラ夫人がくりかえ した。「お宅は何度も配達にこさせてらっしゃいますわね、 もちろん、包みをかかえて白エブロソをした男の子ですよ。 まともに顔を見たことはありませんわ、ですから、どうい う顔つきだったか、そんなことは思い出せませんよ。でも ね、大体のところ問ちがいないばずだわ、けさのはきっと お宅に来た子ですよ。いつかの晩も、わたくしがあとを追 っかけたら、階段の上から、お宅の都屋へ上って行くとこ ろなんだ、ハムをとどけなければいけないんだ、そうどな ってましたよ」 みんなの視線が勲三等のアノジェロー二氏に向けられた。 名前をいわれた当人はとまどった。 .「わたしのことですか。店員ですって……どういうハムの ことでしょうか」 「まあまあ、あなたさまとしたことが」マヌエーラ夫人は おがむようにいった、「まさか警部さんのまえで、そんな の蛎だなんておっしゃって、わたくしに恥をかかせるんじ ゃないでしょうね……あなたはおひとりの身でらっしゃる し……」 「ひとりですって」とフィリッボ氏は、まるでひとり暮ら しが罪ででもあるようにいいかえした。 「おや、じゃあ、誰かごいっしょに住んでるんでしょうか.・ ネコもいないというのに…『己 「わたしがひとりだから、どうだとおっしゃるんです」 「ですから、誰かが食べ物をとどけることがあるんじゃζ ざいませんか、雨のふっているときとか、晩とか。そうじ ゃないでしょうかー…ちがいますかーーどうなんです」ま るで目くばせでもするように、相手をなだめたいという口 調であった、《どこまでわたしを引きずりこむんですよ、 この問ぬけ》とばかりに。 見たところ、これはやっかいなことになったものだ。フ ィリッポ氏のあわてぶりは明白であった、そのどもりよう勇 その顔色の変りよう。そして、何が何やらわからないとい う気持がその団にあふれ、苦痛の色もかくれるほどである9 超, 何やら面白そうだという雰囲気がみんなのなかにあった。 入居者全員が口をぼかんと開けて見っめていた。彼を、女 の管理人を、警部を。 確かな事実は、管理人が今度もまた、店員の顔を見なか ったことだ、イソグラヴァッ・は自分にいいきかせた。そ れが店員だったとしてのことだが。彼女が見たのは、踵と、 そ.れからあれも……背中と呼んでおこうか、これはそのと おりである。一方、教授をしているベルトーラ夫人の方は、 たしかに顔を見ていた。青白かった。唇も紫色だった。だ が、それ以前には会ったことがない。つまり、彼女もまた、 決定的なことは何もいえないのである。 人殺しについてもまた同しである-:-マヌエーラ失人は その男も、今度会って分るわけがないと、ついに認めざる をえなかった.だめなのだ。それより前に一度だって会っ たことがないのだから。一度だって、落雷のようなものだ ったのだq それから、あの階段の晴がりで聞こえた拳銃二発、あれ だって、どこでずどんと射ったものやら誰にもわかるわけ がない。 イソグラヴァッロ警部は先をいそいだ。管理人のマヌエ ーラ・ペヅタッキオー二夫人とメネガッツィ未亡人のテレ ジーナ・ザバラ夫人か、警寮へ呼び出されたが、これは万 皿、新しい証言があれば調書にとるためであり、とりわけ 後者は專件を告訴するために、呼ばれた。損害はかなり大き く、事件はかなり璽大であった.、悪質な強盗事件であり、 金額は別としても、なみなみならぬ値打ちのものであった。 黄金や貴金属(そのなかでも真珠な.一木につなぎ合わせた もの、大きなトパーズがめぼしいものである)で、三万リ ラ前後、・〆・れに古い財布に入った現金が約四干七百リラあ った。「かわいそうなエジディオの財布」メネガッツィ夫 人ば呼び出しをうげたとき一課にむせんf、いたσ 勲三等のアノジ 一ロー二氏は充分礼儀をつくされたうえ で、今後、事態を解明して行くためにも敬.げ察のいうとおり にしていただきたいと要請されたじこれまた実に碗曲ない いまわしである。「いうとおワにする」とば笑さいには、 ドノ・チッチコ一に同行して、サど、-・ステーファノ.デル ・カッコまで、電車やバスで何度も乗ウ降ワをするという 意味であった。そればかりか、食事もぬくはめとなった。 39 「どうもその気にな札ませんので」サンドイッチでも食べ て心の動揺をはらいのけたらとすすめてくれたポムペオに、 彼は悲しそうにいった。「食欲がありませんし、こんなと きには食べられないものです」「それはともかくですよ、 あなた。ひとつ、食欲が出たらですな、このジェズー街の マカビ一店が打ってつけです。ぼくらのことはみんな知っ ててくれます、上得意ですからな。そのペッピーという店 は生焼きのロースト・ビーフが、看板料理でしてね」マヌ エーラ夫人はドソ・チッチ翼の机で、マヌエーラ・.ペヅタ ッキオー二とうやうやしいサイソをしたためる、そのおそ ろしい、はてしない而倒ごとに片をっけたあと、冴えない 待合室を通りぬけ、ぬくぬくとあたたかそうにしている勲 三等の紳士に声をかけて別れて行こうとした。そして、・こ れまでになく庶民的な、ひびきのよい調子で、たのしそう に声をかけた。「おさきにどうも、だんなさん、だんなさ んi…」みんなが勲三等氏を見つめた。コ男気をお出しに なってね、何でもありませんわ-…・あっという問に、すみ ますよ」そして、PV[番線のバスにのろうと大いそぎで 出ていったが、お尻をウズラのようにふり、トラムポリァ にも似たみごとな靴でどうにか平衡を保ちながら靴音を立 てているところは、まさに人さまの木靴をはいた牝.豚とい うと二奪あゑ蕊器麓蝿諺輩.「教う尭いに、 あんなさわぎがあったんでは、いくらあの人でもチョウセ ソアザミを食べる気にはとてもなれないわね・:…食べたっ て、おなかもふくれっこないし、がわいそうなフィリッポ さん……サソト・ステーファノ・デル・カッコなんてもう 結構だわ。ほんとに嫌なところ」 勲三等氏は落ちっかなかった、部屋.にあるいまいましい 時訂のチクタクいう音、ひとっチクといって、次にタクと いうたびに、目の穴がくりぬかれるようで、墓から掘り出 した死体のそれに似ていた。昼すぎに説問にあたったのは イングラヴァッロ自身で、いろいろなお世辞やいんぎんさ と、どこかきびしい感じのする顔つきをつかいわけていた が、ときどき例の「役所のまどろみ」のとりことなり、い やおうなしにまぶたが重くなるのであった。活発さと皮肉 の瞬問、ふってわいた短気の燥発、州紙のなかに埋もれた 退くつさ、容数のない挿入句。あとになってデヴィ!ティ.、 つまワガウデソツィオが話したところでは、彼は訊簡の間 4G r じゅうずっと、隅の机でその日の講.類に大きな頭をのせて、 無関心に話を聞いていたのだが、何でもこの二重唱の最初 の数小節のところで、苦しみぬきおどかされたアンジェロ ー二が早くも怒り心頭に発したというこどである。これは 紳士とか、きちんとした人びと、また自分からそういう人 物だと自認してやまない人びとが、およそ自分たちにふさ わしくない事態に麹面したときに起りがちなことである。 勲三等氏は信じがたいほどの苦悶にのみこまれてしまった ようである。そのあげくに涙をかくそうと鼻をかみ、目を 赤くはらして、未亡人のようにラッパを吹ぎまくった。問 題の店員については何も知らない、何も信じられない、想 像することもできない、そういいはった。そして、およ多、 慣用というものに反して、苦しヴてうに店員という壬一・旦蘂をロ にのせるのであった。イソグラヴァッロがテヴェレやビフ ピァソずゐノコロ ェルノの民俗学的な護にふけり、また、食料昂藤や店員の ドヒノソでらドレ 話をして相手を刺戟すればするほど、相手はそれだけお 役所用語の横柄さという殻のなかにカタツムリのように引 きこもるのであった。だが、そういう殻も、ゼリーで固め たウナギや油漬けの朝鮮アザミにもたとえられる警察の一 般帥.不信という雰囲気のなかにあっては、まったく逸用し なかった。あの走り使いの連中必\門番たちをひっくるめ てヴェγティ・セッテムブレ街というものが、この仮借な い瞬間に、これまでになくおぼつかない楽園と映ったにち がいない。軍神クイリヌスというか、大官にょって見おろ されている遠い昔のオリンポス、だが、とても自分を助け に来てくれそうもない。どうなるのだろう。お役所的な甘 い空虚の魔法の紙ともおさらばか。中央政治のぬるま湯と も。…iイワシの漁獲高を表わすグラフの「かな り」の上昇とも。塩漬けに対する免税とも。大蔵省の嵐の ような、好んで口にする不平、会計検査院の神聖な反響音 とも。みんなおさらばであろうか。警察の椅子にひとりき りで腰かげ、楼動捜査班の並べたイ、る屍班属(と彼には思 えた)を背にしている闘に口がくらんでしまった。人から 見られたくないと願うあわれっぼい人間に特有の、そのか わいそうな.顔、見ているだげで話し相乎がどうしても意見 を口にせずにはいられないような鼻が、でんとまんなかに 構えている彼の顔、それがイγグラヴァッロには、あらゆ る組織的訊岡の非人闘性、残酢さをのろう沈黙の絶望的な 4」 一 抗議とみえたのである。 たしかに、時として、ハムを家にとどけてもらうことも あった。それは誰なのか。誰だろう。ひと需でいったら、 無理ですなあ、誰だかはっきりさせることはできない。お そらく、思い出せないだろう、これだけ時聞が立っていた のでは。彼は:…ひとりであった、特定の商人が相手では ぼかった。あちらこちらて買っていた。きょう一軒の店で 買えば、あしたはちがう店という具合にである。ローマじ ゅうのあらゆる店で買9-、いたともいえるぐらいだった。 それも、一回の量はわすかなものであったろう。そういう 調子である。そのとき、足の向いた店で買うのだ、また手 ごろなものがあったり、上等なものがあるのな見かけたと ぎなど。おそらく、ほんの少景であったろうが、回数が多 かった。めいった気分を引き立たせる、それだけのためと いうこともあった:…・アナゴ少々、あるいは》ガランティ γ少々といったふうに。だが、何よりもといって鐸をかみ、 罐詰を買いこむのですといった。家に何がしかのストック を置いておくためである。家に予備がいくらかあると便利 なのだ。そして、そういう品をとどけに来るのはもちろん、 お店一のお使いたちであった・… 肩をすくめ、屑をひらいたが、それは「これ以上、明瞭 なことがありますか」とでもいうようであった。 「あなたは以前、管理人におっしゃったことがあります ね」(ドソ・チッチョはあくびをした)「何でも赤身のハ ムをバ[【スペルナ街で買っておられたとか」 「ああ、そうでした、おかげで思い出しました、わたしも おぼえていますよ、一度1・てうです、小さなハムをまる ごと買いました,山のハムで、ほんの数キロあっただけで す」まるで、ハムの日ガが少ないという、それだけの戸〕と で購状酌量をしてもらいたがっている、そのようにみえた。 「たしかに家へとどけてもらいました。パ.戸スペルナ街の 豚肉屋です、そう、つきあたって、♪、方ペノティ街と交差 するあたりです……ボ・iニヤの出身6、す」 訊問されているこのかわいそうな男は暇をもぐもぐさせ ていた。ガウデンツィオがパニスペルナ街へとひとっばし りさせられた。 五時四十五分、二回目の訊問、マヌエーラ夫人がメネガ 42 ッツィ夫人といっしょに、緊急の呼び出しをうけてふたた び姿を見せたが、そのほかに教授のベルトーラ夫人もいて、 青白い顔色で、全身が何となくふるえていた。ガウデγツ ィオがセルベソティ街で見つけてきた若者が紹介される番 だった。むしろ率直な感じだが、顔つきはすっかり晴れや かとはいえず、髪は黒く、油をぬりたくって、べとべとで、 目で刑事にうかがいを丸てるようにすると、こんどはいそ いで、その場にいる人たちを見やった。 「これですか、あなたの男っていうのは」とドン・チッチ ョがベルトーラにたずねた。 「何ですって」婦人教授は「あなたの男」などといわれて 憤既し、とびあがらんぼかりにしていった。ドソ・チッチ 調一は管理人の方を向いた。「おわかりですか,今朝の男で すかな」 「いいえ、この人ではありません。今朝のは:…わたくし 顔を見なかったものですから、でも、何度、同じことを申 しあげなければなりませんの、敬.蔦櫛さん。今朝のは子供で したわ、この人にくらべると」 そこでドソ・チッチョはアソジェロー二氏の方を向いた。 「おたくにハムをとどけたのはこの男でしょうか」 「はい、そうです」 「では、君だけど」と若者にいった。「何かいうことがあ. るかね」 「おれがですかい」若者は肩をすくめて、ひとわたり、そ の場の人たちの顔を見わたした。「わかんねえな、おれ、 どうしろってんですか」ドノ・チッチョはきつく、眉をひ そめた。 「もっとていねいに口をききたまえ、お若いの、君は法津 によって、出頭するよう呼ばれているんだからな」まるで 歌うような口調でいった。「刑事訴訟法f二二九条だ。こ ちらにみえている方を存じあげていると認めるかね」とい って、あごでアン、シェロー二氏の方をし"、くった。 「去年、店にみえたですよ、何圃か。それ以来、お見かけ しませんね。そうそう、山のハムをお宅にとどけたことが あるなあ、メルラーナ街のてっべんでした。す、こい爾でね、 ずぶ濡れになったですよ」 「君が行ったのは一回だげかね、それとも何度か行ったの かね。家はわかっているんだな」 43 「おれがですか…iあの家ですか、二、三回行きましたよ、 何かおとどけするときにね」打てぱ響く答えだが、同時に 当惑した感じもあった。ある種の不安が心の奥底にまで達 していたのだ。 「で、あなたはいかがですか」 「認めましょう、事実、二、三回来てくれました」アンジ ェロー二は努力をしていった。それは明らかだった。もっ と平静にうけとられたかったのだ。「チッブもわたしまし た…:・」 「ほう、チヅプもおわたしになりましたか」ドソ・チヅチ ョは晴れやかな顔になった。チップをやったという事実を 祝っているかのようにみえた。それでいて、説明しがたい 皮肉をこめているのだ。じっと考えこんだ。調晋の上に頭 をおろして行った。少しそれをかきまぜてみた。それから, 店員の方を指さして、もう一度、ペッタッキオー二に質問 した。「前にあなたに向かってどなったと、おっしゃって ましたが、この青年ですか……階段の上からどなったとい うのは?」 「いいえ、いいえ、ちがいます。まちがいっこありません。 あの男と今朝の男だったら同じ人物かもしれませんけどね …:・だってふたりとも、ここにいるこの人よりは子供っぽ い感しでした。それに、警都占、Cん、もっとやさしい声でし たわ、やっばりショート・バンツをはいていました、同じ ものじゃないでしょうけどね……」 「こいつもショート・パンツをはいてますぞ」 「でも、…・:これはスポーツ用のでしょ。あのと きのはもっと子供っぽくて、そうですとも.、第一、この人 だったら.軍隊へ入ってもおかしくないでしょ。それに、そ. れにこの人はいつ米たっていうんですか、このメルラーナ 街へは。一年まえじゃないですか。わたくしのはね、せい ぜい、二、三カ月まえの話ですもん。万霊節の少しあとで. したわ」 イノグラヴァッ・は結論な出そうというのか、息を吸い・ こんだ。 「きょうのところは帰ってよろしい」と若者をじっと見っ めた。「だが、おぽえておいてもらおラか…:』ここではだ. な:…・妙な典似をしてもらっては困る:…」ゆっく)と、 執ような警部の視線におくられて、若者は出て行った。書〜 ヂ4 類をまとめ、同時に一連の結果をまとめながら、イソグラ ヴァヅロは妊…しはじめた。 「ここにおみえのペッタッキオr一一夫人はですな、わたし の解釈が正しいとすると、もうひとり別の店員がハムをも ってあなたのところに来た、それを見たことがあると証言 なさっておられます……それもp度にとどまらない、外見 はもっと若いようで、どうやら今朝の店員に似ているらし い…:・そし.て、今朝の店員の方は先生が」と婦人教授を指 さした。「顔を.こらんになった、ということは、今度会え ばおわかりになるわけですね。そういうことですな、ベル トーラ先生」相手はうなずいた。 アγジェロー二氏がひと息ついた、一瞬、風俗記述者の ようなポーズをとった。 「とにかく、マヌエーラ夫人が管理人なのです。で、彼女 が;…・」 「わたくしがどうだとおっしゃるんですか」管理人の職に ある当の相手が、おどかすように口をはさんだ。アンジニ ロー二はカタツムリのようにぷたたび殻のなかにと引きこ もり、鼻だけを外へ出していた.心の貝殻の外へと。彼の いいたかったのはおそらく、彼女が管理人である以上、そ の使命はほかでもない、そこを通る人たちに注意すること ではないかというのであろう。 「わたしがいいたいのは……」彼はとまどってしまい、紙 のラッパのような、鼻にかかった口調で話していた。「要 するにです、すでにお話ししたとおりなのです、警部さん。 わたしは行きあたりばったウに買うほうです。きっと管理 人のいうとおりでしょう。おとといも、家に何かとどけて もらいました。経済省に勤めている同僚の女中がとどけて きました」 「女巾ですって。うるわしの召使い、ついに登場ですか」 とイソグラヴァッロがつぶやいた。調書を整頓しなおすと、 もう]度、ちょっとっぶやいた。三人の婦人に行ってもよ いと許したのである。 「とおっしゃると、帰らしていただけますのかしら」青白 い顔のベルトーラがそのとぎ、たずねた、 「ええ、そうですとも。、こ遠慮なく」 マヌエーラ夫人はブラウスのはちきれそうな胸をふるわ せ、こぽれるようなメルラ【ナふうの傲笑をうかべた。 イ5 目ξ 「それでは失礼します、警都さん。私どものフィリッポさ んをこちらにおあずけしますわ。わたくしにかわって、よ く面倒を見てさしあげてくださいな」 ドソひチッチョは獣川って、立ちつくし、調書を机に置い たまま、椙手に面と向かっていた。それは翼を半分ひらき ながら、まだ獲物を爪でつかんでいない黒いハヤブサのよ うであった。 それでも、黒のプ〜ドルの毛皮を頭からかぶって、たじ ろぐ様子はなく、主任にふさわしいきびしさがあ窪. 勲三等氏は「この世の体験」という.ハリケードのなかに 閉しこもった。 「あの女たち振」と泣き一一・星いった.「言弩かいに気 転けるよ詮いっ竃奮で芝呼吸困難劣か、とき ど言憲切らして給。ふたつの洞窟のような眼詮疲れ はてていた。 「何のお話ですかな。言o茉つかいのことを気に病んでおら れるようだが〕上品な需架づかいというのは、どんなもの ですか。聞かしていただきましょう。何をそうして苦にし ておいでですか。話してください。さあ、打ちわったとい〕 さ ろを……」4 「わたしのような立場で何ができましょう、警椰ざ.ん。ハ ムなかか丸てローマしゅうをひとまわりできますか。わた しにはこう思えるのです、ピストルを射ったのが店鼓だと か、店員でないとか、あるいは、もうひとりのために見張 りなやっ仁とか、いやそうではないとか、そういう.一しっ け論をやろうとするは、これはまごうかたない不蕉である、 そう田心えるのです、わたしが何を知っていましょう。どり お考えですか。わたしと同し旧砿場になってみてくだ瀞、、い。 勲三等のアソジェロー二氏がチーズをかかえてバ一…スペル ナ街をよたよた歩いているのを見たなどと、人がいウのを 聞いて、なんともありませんか。■酒びんを一木ずつ両腕に かかえていたとか。それが子守りのかかえた双ずのようだ ったとか、そんなふうにいわれて、平気ですか,…」 イノグラヴァッ昌塑に口を釘づけにしたまま、.頭を 上下にゆすっていた。かんしゃくを起しているようにみえ た。声を高めると、単語を、そして音節を区切っていった。 「管理人の話では、もうひとり別の店員がカ・はり何度か、 お宅へ来ているそうですな、い丁っと子供らしいのが、これ は確かでしょうか。二、三カ月まえのことですから、なん とおっしゃろうと、永遠の昔とはいえませんぞ。それに、 わたしはこの小僧に興味がありますし、誓ってもいいそう ですが、その小僧はもうひとりのに、つまり今朝の男に似. ているといいますからね。そのとおりなんでしょうな。と すれば、よろしかったら・,…、」 「わかっています、わかっていますとも」と、勲三等氏は 泣き言をいった。 「ほう、それではもっと誠意なみせていただきたいですな あ』…・わたしとしては、ぜひともその坊主を知りたいと思 っておりますから」 メルラーナ街二一九番地、蚕金の館、あるいは金持ちた ちの館といってもよいが、・・てれについては書かれてきた。 つまり、そこにもまた、この地上のほかの多くの建物と同 様に、美しい花が咲きほこるにちがいないと書かれてきた。 「ちょっとごらんなさい、何ということでしょう」という 褒紘のカーネーショノの花が。マヌエーラ夫人については いわずもがな、入居者たちや経済省の同僚たちの声高なざ わめきのなかで、勲三等のアソジェロー二氏は夜の九時ま でとめられたのである。 ふたりの群慧呂、特に金髪の.冴えない無分別のせい.{d、っ まりふた言、み言もらレたために、マヌエーラ皿メネガッ ツィ月ボッタファーヴィ"アルグ・ベルネッティ兄弟(A 階段)、あるいはマヌニーラ鐸オレスティーノ.ボ.ツィ 旧エローディア夫人睦エネア・クッコ(H階段)というル ートで、勲三等のアンジェμー二氏がもちろん不本意なか ら引きうけてしまった糊接的な(そのうえ、なかκか証明 のしにくい)貴任、っまり彼が塩漉け肉の配達人か、住居に 往来させた第pの原動力だという点に紳仔察が疑惑をはさん でいるらしいと.噂がひろまウ、事尖そのように感じられた のであった。「あの人は話したがらないのに、向)の方は 熱中しているそうだ」警察としては、どこの家のベルもな らさず、「ピストルの音が聞こえたとたん、ただも・.,大い そぎで階段を下りて行った」豚肉醗の店員を勲三等氏が必 ずや知っているはずである、・・てれなのに、彼独自の、難.解 をこえた理由があって、いかにも雲から落ちたように、気 が転倒したふりをしているのだ、そういうふうに思いこん 47 でいた。アンジニロー二の態度全休.何の結論にもいた,9 ず、しきにぽんやりした、まわりくどいものになってしま う泥乱し套暴を使うだけで、あとはもっばら陰気な強情 っ試りよろしく黙りこくっている彼の無口ぶり、多少とも 人をからかうような、計算された彼のはにかみ、鼻みずを たらした鼻が突如として赤くなるその様子、最初は嘆願す るような、落ちくぼんだ目、そして、そのあとは恐怖のふ たつの洞窟に落ちこんだふたつのあわれなのぞき穴、時に は本ものの、時には墨常なまでに不明瞭な混乱、こうした ものがさいごにはふたりの役人、イソグラヴァッロと捜査 班長のフーミ警部を不快にしたのであった。彼らはこの国 民経済省の六級職というちゃんとした地位の職員を相乎憶 して、事態の重要さというか、まったくあやふやな根拠に もとづく自分たちの……警戒心が決して妥当だとはいいき れないことを、われながら実感していたのである。徳性の 点で疑いようがなく、潔臼で名の通っている六級職。「ま .まよ」とドソ・チッチョは自分をなぐさめるように考えた。 「あたりまえに生まれついたものなら誰だって、初恋をす るまでは純潔なものさ……警察との初恋をするまではな」 それに、この問.題で別にうたがいをかけているわけで一は ない、断じてちがうのだ。相手はただ自分の気持ちをはっ きりしてくれればよい、自分の考えているところを述べ、 歌い、小声で歌うべきなのだ。もし何か考えているのなら、 なぜそれを歌わないのか。はっきウしているのは、強盗が まちがってバルドゆッチのベルを鳴らしたことで、・てれは おそらく興奮していたせいか、また、おそらくは誰か第三 者の教えてくれた揚所、それも言栞たらずに教えてくれた 場翫を誤解したか、記憶ちがいをしたのである。ドアなま ちがえたのではないかというこの考えな、イソグラヴアヅ ロはどうしてもふっ切ることができなかった。ふたつのド アは似かよっていたし、両ガとも二一九番地特右の茶色で あり、高いところについている番号は見にくかったが、こ れは(階段が)暗かったせいもある。自分の過ちに気づい たし、返答がないこともあって、向かいのドア、つまり正 しい方のドアのベルを鳴らしたのだ。ところが、フー、、、螺." 部の考えにょると、男は中に誰もいないのをたしかめよう として、バルドゥッチの家のベルを鳴らしたという。つま り、リリアナ夫人はいつもその時闘、十時ごろには外出し イ6 .ン ていたし、アッうティーナ(隷務)も留守で、故郷に帰. っていた、つまり死にかかっている「年おいた父親」のと ころにいたのである。もっとも、あのお乳の大ぎさ、尻の 張りぐあいからすればアッスソト!ナ(状神壕好)と呼んだ方 がずっとふさわしい。ジーナは修道女たちのところ、つま り学校に行っている、バルドゥッチ氏は審務所にというよ り、いつもそうなのだが、ヴィチェソツァかミラノヘ出張 旅行中である。リリアナ夫人も訊問ずみであるーそれも 訊問にあたったのはドン・チッチョで、夕方、彼女の自宅 で、きちんと敬意をはらったうえでのことだったーそし て、何も出てこなかった。彼女はジネッタとふたりっきり になってしまうと考えただけで身ぶるいしていた.そして 夫のところで走ウ使いをしているクリストーフ.万・にたの んで、夕飯に来てもらい、そのまま、ひと晩泊ってもらう ことにしていた。ちょうど留守の女巾の部屋に泊めるよう になっていた。そして、.再三、毛布か掛けぶとんをすすめ るのだった。「……風邪でもひかれては困ウますもの… …」ほんのひと息つくだけで、泥棒などには一目おかせる ような大男であった。犬、ウサギ、猟銃には非常に精通し ていた。 メネガッツィ伯爵夫人は一階上に行っていた。ボッタフ ァーヴィ家でお客になっていたのだ、この家はバッキンガ ム宮殿の衷門にもふさわしいような、八回鍵なまわす《英 国製の》かんぬきをドアにつけていた。そればかりか、主 人のボッタファーヴィ氏はミネストラ・スー、アを何ばいか がぶのみしたときなど、夜中にその夢な見るのであった。 つまり、胃袋にかんぬきのかかっている夢を見るのであっ た。眠っている最中に彼が「助けて、助けてくれ」と叫ぶ のが聞こえれば、それはこういうときであった、そして、 自分の叫ひ声で夢からさめるのである。拳銃はみがきなお しておいた。ワセリノをぬウ、銃身の亥全装置ははずした。 これで、いまや糸車のように回転するのである。いつでも、 ほんのちょっとしたきっかけがありさえすれば、箭から火 を吹くようになっていた。 イソグラヴァッロは、ルルウの吠えるのが開こえないの でびっくりし、どうかしたのかとたずねた。リリアナ・バ ルドゥッチの顔は心もち非ゆしそうになった。いなくなった という。もう二週闘以上になる。土躍日のことだった、ど 49 んなふうにしてか。どんなふうにしてやら。たぶん、誰か がポケットにでも入れていったのではなかろうか。アッス ソティーナが散歩につれ出して行ったサソ・ジョヴァソニ の庭でのことだろう、あのぽんやり女が。そして、犬に注 意を向けるどころではなかった。逆に彼女、つまりアッス ンタに注意を向ける暇な男たちがわんさといたのだ。「そ れはもう、人の目につく娘でございますからねえ……それ に、あれが今日ふうなのでございましょう」動物の死体置 場をさがしたり、メッサジェー・紙に二回、広告をのせた り、アッスソティーナにたずねたり、小言をいったり、ほ とんど会う人.ことに訴えたりしたものの、もどってこさせ る役には立たなかった。ああ、なんて、なんてかわいそう なルルウだろうQ ドソ・チッチョはその翌日、気分が冴えなかった。、南が ふり、風が吹いていた。坊さんたちの法衣や、びしょ濡れ の犬をはじめ、ありとあらゆるものをきりきり舞いさせる はげしい、気むずかしい北東の風であった。傘など役に立 たなかった。ビルの屋根についている雨どいも同じことで ある。ボムペオが報缶してくれたところでは、メネガッツ イ伯爵夫人の宝石が近所一帯の評判になっていたのはまち がいないようであるσ女たち、少年たちの嫉妬から、空想 から、その話は叙事詩化され、欲望をそそり、折りさえあ れば話の種とされた.これについては、もう何年もまえか ら作り話ができていた。花嫁たちは「わたし、これがほし いわ」「あれがほしいわ」といっては、指で首飾りをもて あそぶように、真珠の粒をいつくしむように、白分たちの 首や胸や耳たぶにふれ、「メ [カッチ夫人のように」「メ ネカッチ伯爵夫人のように」とっけくわえるのであった。 というのも、彼女は本ものの伯爵夫人だったからである。 そのヴェネチア名前が彼女たちのうっとりするような.質 にのせられると、がぜん語原へとさかのほり出し、流れに ぶつかって行く、つまり、長い年月が作用した風化にさか らぞ行った.アナフォネ美イ(監絆管嘘厩蹴灘襲 蝦)修ナずお他あ轟窪河性の魚砦窺象高し で、穴を開ける力をふるい起して底流をつらぬいて行った が、その魚たちは上流へ向かって何キロも上へ上へとのぼ って行き、ついには故郷の清流(蝋鋼褻磁)をふたたびの み、ユコU、・、アッダ、アンデスのリオ・ネグロなどの水源 50 .^1.引ヨ である山地にまでさかのぼることができるのである。最近 の宇訳法で教区の戸籍簿を書きなおすと、そもそもの最初 の弱い喉頭音にもどって行き、メネガッツヨからメーネゴ、 メーニコ、ドメーニコ、ドミニクス、さらには「すべてが 持っているもの」にまでいたるのだった。教会の名簿の判 読になれていない娘たちは、サベリふうの、あるいはティ ヴォリふうのM冷ごちなさでたじろいでしまい、二、三酬は やってみるのだが、メネガッチまで来ると、それで終りに したおだし(綴効駕駿影寝鱈竺、岩子た詮 あ一そんでいるとき、それを大申戸で叫ん.でふざけまわってい たし、機動捜査班のふたりの警官もフー、・・警部のいるまえ で、これまた賎会をとーbえてはばっきウと口に出していた が、まったく見あげた図々しさである。 二一九番地、四階(A階段であることをはっぎりさせて おいていただきたい、B階段となると話が全く別になる) の「伯爵夫人」のその名前のこと、また「莫偽のほどは別 としても、その宝石のこと、山なすその黄金のことがメル ラ!ナ街やラッビカーナ街一帯はもちろん、聖アントニオ ・デ`ハドーヴァや聖クレメンテ、さらにはサンティ・ク アットロにいたるまで、いまではすっかり叙事詩にまでの しあがり、ちょうど油紙のめらめら燃える炎のようにひら めきや輝きを発敬しているのであった。こうなってから、 かなりの時闘がたっている。数ヵ月来、いや、数年来かも しれない。あるときトパーズ、あるいはトバーツォ(人 トパフチョ にょってはいっも敬音心をこめて、どぶネズ、・・と発音してい た)の指輸が紛失した、つまり、メネガッツィというか、 もっと清潔ないい方をすればメネカッチが、ひとえにうぬ ぽれ屋のガチョウのようにぼんやりし、頭がからっぼだっ たために指輪を便所に忘れてきた、もっとくわしくいうと、 よく知られているあのパラッツォ・ルスポーリにほど近い、 ルチナのナノ・ロレンツォにめるコビアソキのふろ屋に置 いてきたのである。そのときのこと、まったく奇蹟的な話 だが、洗.画台の鏡の下にあるガラスの棚の上で見つかった。 ところが、それよりまえ、サン・シルヴェストρにまでわ ざわざお灯明をあげに出かけて行}ざ、聖、アントニオにろう そくをおそなえし、その火をともしたあと、やっと失せ物 をさがしにもどったのであった。この話を聞いた一二七祷 地と二二一番地の女たちが何人もこれを機会にと、その同 y じ日、宝くじの数字をえらんでナポリの分に賭けてみた。 これは奇蹟などの縁起をかつぐ人がよく当るということで 知られている。その結果、ふたつの数の組みあわせが出た が、これがまた、そのものずばりと、いい組みあわせなの である。ただし、数字は合っても。ハーリの分なので虹霜効で あった.(彫鶴繋疑籔ぞ齪彼女の墓の評禦ど れほど大きいかをおしえてくれる。「名声はとぶ」とフー ミ警部は赤い書類の山に両手をのせて、ため息なついた。 「名声はとぶ」きっと、例の泥棒の耳にまで、帆に颪うけ .てとんで行ったのであろう。 もちろん、警察の第一の関心、とりわけ、サツまわりの ■記煮たちが大っびらに「慎重店土」という称号をたてまつ っているイングラヴァッロ警部のそれは、人殺し、つ玄り 「灰色の服装で帽子をかぶり、緑茶色のスカーフをしてい る責年」の正休を見破り、つかまえることであった。窃盗 蔀門で最も信用のできる聞きこみの連中がすっか)やる気 を薙して、めいめい例のとおりに、ひとっ走りしては、あ ちらこちらでグラスを干し、その結県、得た意見を吐いて くれたか、もち・ろん、各人、意見はひとつずつである。そ して、正確な回答をしてくれたが、それは女予需者がよく 口にするのと同じふうであった。浮浪者をあつかう部門:' …いや、部門などというものではない、まさに大洋である が、「開きこみの連中を放せ」といっていた。街娼と・ての 紐の連中の方は……役に立たなかった。聞差、〜二みなどとい うことは考えてもいなかった。どうも犯人は、メネガッツ ィ夫人の描写にょると、市外の悪覚、つまり、いなか者に ちがいないようだ。やっと水曜日の九時になって、フ!、、、 警部はいかにもしぶしぶと、気のぬけたあくびなし蒙がう リスト(前の日の売春婦たちので・める)をy.Cっと見ている うちに、チェリオで保護された女の身もとに日をとめた。 それは住所不定のお針女-・…とされ、出身地は-…トッラ ッチョである。これは「風紀」のバト・tルが賄く叛って から、いっせいに網に引っかけた女たちのリストで、参考 のために厨付されてきたのである。トッラッチョというそ の地名が右目の端をちらウとかすめた瞬問、彼は考えると ころがあるという様子をみせた、カードをもってこさせた. カードにも同じようなことが記されていた。チョニー二、 イネス、二+歳、トッラッチ.出身、未、婚。「住所不定」 52 の欄には×印がついていた、そうだという意味で、全く住 所がないのだ、「職業」お針女pant.出張家政婦、 「証明書類」ペンで横に『本引いてある、つまりないのだ。 警官たちをどん百姓と呼んで、侮辱している。「パトロ『 ルチェリオ"サント・ステrファノ、サソ・ジョヴァソ ニ敬否露爪署」 「このPantっていうのは何だろう」「ズボンでありま す、警部。この女はズボンを専門に縫っているのでありま す」警宮たちは彼女を規行犯でとらえたのである。その犯 罪というのは]種のたかりで、四リラ(といっても、当時 の金額である)を通行人にせがんで、せしめた。その通行 人とは一分半、閣とサント・ステーファノ・ロトソドをい いことに、立ったままおしゃべりをしていたが、ポリさん たちが近づいたと見るや、さっと離れてしまった。一方、 なさけぶかい紳士の方はおりよく(彼女の視野から)消え ていた。 フエミ警部は首をふって、さいごにひとっあくびをする と、カードは警官に返し、リストの方は机の上の、もとあ った書類の山にもどしておいた。実のところ、大した収穫 ではない。「いつもの場所で」行きあたりばったりに二、. 三、逮捕しただけであり、その場所とはこの場合、薄暗い ミルク・ホールであり、フランジパーネ街の五流どころの クラブであり、サンタ・ク・ーチェの公園のベンチである。、 帽子をかぶった三人の男を次々と、処埋して行った。三番 目の男は帽子のほかに、禿頭病までのっけていた。 警 ?一 その朝、木躍日になっていたがイノグラヴγッロは思い きってマリーノまでぶらりと出かけるだけのゆとりがあっ た。ガウデンツィ才を激ともにつれて行ったが、途中で思 いなおし、ほかのちょっとした仕卒をいいつけて帰してし kつ.一〇 r『'ム すばらしいH和、うっとりするようなローマ晦れとあっ て、八級職、といっても、これから奮発して七級職にのし. あがろうかというお役人までが、実にそういう人までが、 何かわからないなりにも心をふくらませ、幸福に似た思い をかみしめていた。神さまの食物を鈴からすいこんで、肺 のなかにのみこんでいる、本当に・てんな気がしたのである。 教会の正面という正蒲の石灰葦(蠕厳頑脚靴鰍舳糀r郁御)の上に、 あるいは胡椒石の上に、また、早くもハエたちがとびまわ っている円柱という円柱のてっべんの上に、黄金色の太陽 が輝いている。それに、彼は彼なワに計画をすっかり馴に たたきこんであった。マリーノに行ったら、神さまの糞物 などといったなまやさしいものではす密ないぞ。ビッボさ んの酒蔵に行けば性悪のぶどシ酒、四年ものの弱虫野郎が 入ったびんだってあるんだ。これが五年ホえで、かりにフ 一ノクタの一党か自分たちの政権のあぶないのに気づくだけ の能力があったとしてのことだが、この弱虫野郎の酒さ。え 入九ばフプクタ,円開もびりり肴電気かかかったようにふる い立ったかもしれない。この酒が飲、口部のモリーゼ的神経に は、コーヒーの作用をしたのである。・.^・.ればかりか、一流 の酒としての一一ユアソスをあまさずたた之ながら、この酒 ならではの絶妙な味わいなもたらしてくれるのであった。 いわばプィオ醜一ソス的導人を舌睡口蓋難馴頚閂食道の各段 階に応して確認し、『翫明するものである。もっとも、その グラスがo個あ.るいは二佃と、気管に入っているかどうか、 それは誰にもわからないo この日までの二日悶、いろいろとやることかあったほか にーなにせ、この世はメルラーナ街だけではないのであ・ 54 一.、,聖,}翠η るーカステッリ鉄道の本社に二度まで出向いていた。彼 としては部下たちの鍵出してくれる面倒な、ややこしい報 告などにわずらわされ、気分や耳を混乱させるぐらいなら ば、十一時ごろ、ひとりでさっさと回ってくる方がよかっ. たのである。ガウデンツィオとポムベオはよそに仕事かあ った。「行きたい奴は行昼りばいい、行きたくない奴は行か せてやれ」切符のつづき番号と系統、十三日という口付け のところに開いている死、そして下車駅トッラッチョの字 を破いた跡などから、うまいぐあいに切符を発行した目付 け、時問、革輔などをつぎとめることかできたし、そのう え、二度目の訪問のおり、切符を売った東掌を運転士とも ども、本社に呼ぴ出して事情驚塁奪、ぎた)ド2τサノ ティ、トッラッチ認、フラットッキエなどの駅ではH曜日 の昼さがりというので、大勢り人たちが乗寧した。それこ そ雑踏てあった。ぜんぶの人を思い出すのは無理だったが、 何人かは思い出せたし、そのなかでも、はっきり7てれと分 る数人の客の名前なあげた。もっとも運転士と車掌の間で 意見の食いちがいがなかったわけでにないし、荊の日や後 の日と混同することもあった。車掌のメルラー二ニノルブ レッドはジュゼッベといったが、空色にせよ、.灰色にせよ、 とにかく作業服を着た青年など見たおぼ丸はない》.否定し た.「帽子をまぶかにかぶってたんだがね」ぜんぜん見ま せん。「首にスカーフをまいていたんだかね……スカーフ を」ええ……それなら見ました・…ーひ「スカーフというか、 緑のウールのマフラーのようなものだ浪……」・ええ、サてう です。「黒っぽい草のような隷てした」車掌は〃、の通ウ、 その通りと話にのワ気になってきた。切符をわたしたとき、 そのスカーフが相乎のお客の顛半分距k、」っかり包んでいる 事突に気づいて、Mざくりとしたというのである、まるで三 月十三日のトッラッチョが、とんでもかく寒いとでもいり ・.ウっ∴一「あ..一をうずめていた」という、、ち,かう占{はといラ と、帳子はかぶっていなかウた、むき出しの頭だった、そ うなのだ。もっとも、こちらの敵はまともに見ないで、う なだれていた。もじ山,もしゃの頭髪、峯、れだけで、あとは 何もなかったoそれが何者なのか知っているわけがなかっ た。こんど会っても、おそらく、見わげることすらできな いだろうゆ話はそれだけであった。 そして、いまは十一時である。イとクラヴァッロ警都は 55 ダツェーリョ街の町角で電車にのるところであった。警察 の自山になる数少ない白動車は七つの丘でさまよったり、 広場、台地、ビンチ藝、ジャγニコ・などf.お客をはこん だりしてうろついていた。こうして、おそらくは、回数紀 元の紳士方や、トルコ帽をかぶった権力者たちを楽しませ ているのだろう。あみいは広場に巣くうたくさんの貸.馬寧 とおなじようにコレッジ諏一・Fマーノあたウで居眠りをむ さぼっているのかもしれないが、それでも、いっで屯とび 出せる用意かでぎていることはもちろんである。ちょうど このころは.イラクの全権委典団とか、ヴ鼻ネズエラリ、疹 謀本部の幹部たちとかいうふうに、きら昂をならべた人た ちの往来がはげしく、し幽、がれ声一乞あげ甲つ嚇汽船のタラッブ から、べ望レッ鳶騎蝦魏響塾の誘へと蓼な して吐き出されていた。 そのさわぎは一午半にわたる見習僧の期問が終ったあと、 僧服や朝着姿の『死人の頭』(畷助卜爾ど珊蝶ω職蘇瀞劫御)が、 館ではじめて経験する轟音であり、戦悌であった.はやく もうんざワする眺めが展開し、まぬけな言葉の噛吐が見ら れた。山高轄とキジバト色のゲートルの時代は今や終ろう としている、そうもいえようか。ヒキガエルのような短い 短い腕、バナナのふさや、.手袋をはめた黒人よろしく両脇 に垂れさがっている十木の大きな指とともに。この国の明 るい運命も、のちにはさんぜんと光り輝くのだが、いまは まだその姿を見せるまでにいたっていない。棄てられたデ らンマ ィrネ(卿罫イ、)に喜堕した妖勢ラ『アともいう べきマルゲ?亥掬g鴛剥折禁彊諺叢〉警たこれ から、70くR2一5(阻掛)を、づ竃訟・号ゴ迭障げゆ一勲)な、つ まり当時のミラノっ子たちの態夢を手がげたばかウであっ たo巌覧へ瓢に、{皿伝櫓天術に、油絵に、水彩に、スケッチに と、やさしいマルゲリータは出席できるかぎりのところに 姿を見せていた.相丞募方は山形興辮蠕鰍)家奪 てみた。山形帽を五っ。それがまたびったりと合シのであ る。臼分でも梅毒なせおいこんできたが、もともと遺伝性 の梅毒患者であるその悪霊にとりつかれたような口、先端 肥大症のくる補にかかっている文古の人失にもふさわしい ロドユらトヲ マ その下あごなどが、もうイタリア画報を埋めつくしてい たし、イタリア中のマリア・バルビーザたちは聖油式で油 な識ったとたんに、もう、彼に恋心をおぼえはじめていた 56 し、また、イタリア中のマグダ、ミレ!ナ、フィロメーナ といった女たちも祭壇から下ウてきたとたん、すでに彼な 陰門にはさみはじめていて、{単kかさや、教育の.根棒な堂 堂とふりまわすところを夢に描きなから、白いヴ∫ールを かぶり、オレソジの自い花で.頭なかざって、拝廊から出る ところをカメラマノにとられていた。マイア…ノやチェル ノッビオの女たちは、このイタリアの権力講'冠相手に性交 時のような鳴咽にむせんでいた。イテカクワソの新闘記者 援とイン各、1をする藷†ジ宮殿(伍許袈傷 蒜勘盟呂滋)指かけ、禦めっを・に差慧見 を、ほんのひと書も聞きもらすまいと負欲に、大いル、ぎで メモ帳に講きとめていった。この下あこの張った彼の意見 ド ポヤヂドずイロぞ は海をわたり、朝の八時にはイタリア発の外電として伝え ブレソゥ られ、開拓者たち、ベルモット業者たちの新聞にのってい た、「艦隊がコルフ島(副財伽脚)を占領したみ、うな。あの 方はイクリアの救い王.たぞ」ところが、翌朝になると、そ ロアコスヂヲロラドヨプマアイクマア れが否定された。同しイタリア発なのに。旗をまいて 引きあげたとか。そして、マグダレーナたちがせっせと張 ワマソ リきり、祖園のためにスァシスト少年鋤員な用意していた。 警察の車はコレ,ジョ・■マー/に「駐庫していた」。 三月十七日の十一時、イγグラヴプッロ警郁はグツエリ ョ街で片足をステッブにかけ、そのま渚電車にのりこもう と、右手で真鐡の取っ手をつかんだところであった。そこ ヘボルケグティー二が想を切らせて追いかげてきた。「イ ソグラヴプッ・警部、イングラヴプッ・讐蔀」 「どうした。何ごとだねレ 「イングラヴァヅ・警郁、実はですね。班長の警部どのの 命令でまいりました」そして、声をい?.等フ落した。「メ ルラーナ街で……たいへんなことになウましたね……今朝、 早くですか。電話がかかってきたのは十時半でした。警部 が出られるとすぐにです。フーミ警部かさがしておりれま した。一方、{口分はすぐに.解冨智なふたウつれて、現場を 見に行けっていわれました。あちらに行けば、お会いでき るものと、そう思いこんでましたよ:ー…そのあと、望,ー さがしにお宅へ.行ってこいっていわれたのです」 「わかった。で、どうしたのかね」 7ゆれっ、ご一仔しじ山、なかったのですか一 「知ってるわけがないだろう.これから気ばらしに出かけ 57 よう乏.いうんだからな……一 「のどを切ウつけたのですが、いや、失礼しました……お 身内だということは存しておワますし 扉内ぞ、誰のだね・…」と、手グラヴ7ッ・は粗乎 が誰にせよ、自分と煎のつながりがあるなどまっぴらだと いうように、眉をひそめていった。 「お友だちというつもウだったので…・」 「友だちぞいうと、何の友たちかね、誰の友たちだと 右手の五本の粥をくっつけてチューリッブの形にすると、 アブリア地方の人ぴとかよくやるように、指を使ってたず イデドアノロゴル ゆノ ねる活写の方法で、その花をブラソコのようにゆすっ た。 「夫人だったのであります・・…パルドゥッチ失人で・…・」. 「ハルドクッチ失人だって」イγグラヴァッロは背ざめ、 ポムベオの腕をにぎった。「おい、気は確かだろうな」と いうと、いっそう強くにぎウしめ、おかげでこの「つかま え屋」は万力か何かの機械ですウつふされるような思いを したほどである。 「実は、夫人を発見したのは、夫人のいとこに・めたるヴァ ッラレーナ氏.…:というかヴァルダッセーナ氏です。すぐ に習に置話をかけてきたんです。当人もいま、メルラーナ 街にいます。臼分が指示しときました。何で亀, じ、一のげているとかいってるんで」といって、肩をすくめ、 「夫人に会いに来たとかいっていますが。ジ『一ノヴァに行 かなければ准らないので、そのあいさつだとか。こんな時 問にあいさつかね、とβ分が聞いてやったんです。すると・ 夫人が血の梅に倒れているのを免つけたというんですDい や、ひどいもので、自分たちも見てきましたが、致堂の寄 せ木細工の床の上です、スカートをでナな、そのう、何と いうかバノティが見えるぐらいにまくワあげ、不自然な姿 勢でたおれてるんですな。頭はがっくりと翫仙に向けて:・・ のどは偲で引いたよラで、片伺はすっかり切れていました。 とにかく、ソ'、の切れぐあいを見てもらわないことには」お がむように両手をあわせ、右手を額のところへもって行っ た。「そして、あの顔、自分なんか、よくまあ気を失わな かったもんです。警部もすぐにごらんになるわけですが。 いや、その切り臼とぎたら、肉屋でもちょっと頁似できな いなあ。まったく、おそろしいとしかいいようがありませ 58 ん。・ぐれに、山のの目、食器だなをじっとにらんでましたっ け。顔は、びんと引きつって洗濯したての布のように、ま っ肉でした-…あれですか、失人は結核だったんですかー :『死ぬときは大へん昔しんだようです…・」 イングラヴ7ッロは肯ざめ、寄妙なうめき声をあげ、た め息をつき、あるいは径我をした人特有の悲痛な需葉をP にした。まるで、自分が痛みをおぼえているようである。 弾九が体内に入ってい6いのししであるゆ 「.ハルドゥッチ夫人、リリアナ……」「つかまえ屋」の目 をしっと見ながら、っぶやいた。帽子をぬいだ。額の、黒 いちぢれた頭髪が固まっているそのはじの方に、水滴がひ と筋のびている。突然ふき出た汗である。恐怖と苦悩の冠 のように。ふだんでもオリーヴを国心わす白いその顔に、不 安の白い粉がふりかけられた。「じ魚、あ行こうか、さあ」 ぐっしょり汗をかいていた、疲れきっているようにみえたρ メルラーナ街に蒋くと、人だかりである.正而の下アの し 前にば黒々と群衆がむらがり、弓ぐれを自転車の車翰がぐる りと取ワかこんでいた。「道をあけてください。警察で す」みんなあとずさワした。正而の、トアはしめられた。警 官がひとり見張りに立ち、交通巡査ふたりと憲兵がひとり 協力していた。女たちがあれこれ問いただしても警官たち の方は「道な開けてください」というだけだった。女たち は知りたがっていた。そのうちの三、四人は早くも、宝く しの番号を話しており、その声が剛こえた。十七番では[ 致していたが、+三番のことでもめていたのである。 ふたりはバルドゥッチの家へと上って行った。イソグラ ヴァッロが目をつむっていても分るぐらいなじみの、あの 客あしらいの良い家へと上っていった。階段の上では影と 影とがぼそほそ謡しあい、入蔚轟の婦人たちがささやきあ っていた。赤ん坊が泣いていた。入口の邦庵は・…押じだ まって、指示を行っているぶたりの警官のほかは、特に口 立っものに一.怯かった(いつもどおウのワックスのにおい、 それに、いつに変rらぬ整頓ぶりである)。腔ハ子には蔚者が ひとり、纐・.雛丙手でかかえて坐うていた。立ちあがった。 ヴ7ルグレーナ氏であった。》、のあと、管理人夫人が廊下 の暗がりかう、陰気な顔で、九たと肥った身体を現わし、 姿をみせた。別にこれといった話の出るわけもなかったが、 いっしょに食飽に入ったとたん.寄せ木細工の床の、テー 59 .7ルと小さな食器棚の間に、それがころがっていた……そ の見るからにぞっとするようなものが。 あわれな夫人の身体はあおむけに、目もあてられない恰 ロ 好で横たわり、灰色リウールのスカートと白いベチコート はずっとうしろの方、胸のあたりまで職くりあげられてい た。それはちょうど、誰か。か服の内側の部分のうっとりす るような純自ぶウを白日にさらし、清純さのほどを吟.弊し ようとしたのではないか、ともいえるぐらいであった。非 常に上・…で、作りのていねいな、ジ雨、ージーの自いパンテ ィをはいていて、その先は腿のなかほどで、デリケートな 縁取り模様をみせていた。その縁取りと絹の落ちついた郷 ぎをみせているストッキングにはさまれて、萎寅病の蒼自 さに似た、肉の極端な白さがのぞいていた。その少し聞き かげんの二本の腿は薄紫といった感じの二個の靴下どめの せいで、特にきわだって目にっくが、早くもあのなまあた たかい感じを失って、冷たさに俄れてしまっていた。それ は石轄の冷たさであワ、静かな死の住まいの冷たさであっ た。ジャージーのひと縫いひと縫いの精巧なできは、女中 たちしか相手としないような人びとの貸に、げんなりする ような悦楽のさそいをかきたてたが、そ紅は無駄といりも のであり、悦楽の情熱もおののきも、その丘の甘いやわら かさや、神秘の肉欲の印しであるあのひと筋の線・ケ ラノジェP(ドy・チッチ聾は堀轟ロレノソ.『の回労作をい'エ 思いうかべていた)も省略したカが適当と考えたあの線を 見たとたん、いっきょに蒸発してしまうかに恩えた。こま かすぎる。いいかげんにしておこう。 びんと張ったガータ!は縁のとじうでいきなウ波打ち、 レタスのようなはっきりした波形を描いて孜せている。そ れは薄紫色の絹の靴下どめで、匂いな出しているように見 える色調であるし、また岡時に、女挫として階級としての もろいやさしさ、衣服や態度の生気のたい優雅さ、さらに.■ は今や物休というか、みにくいマネキγの不動性.に姿を変. えた従順占、。の秘密な趣きといったもの、そうしたものを意・ 味しているような色調であった貸ストッキソグはぴんと張 って新しい皮膚といってもよいぐらいに、プロソド色の優 雅さをみせているが、この優雅さは(作り出されたなまぬ るさの上に)新しい時代と悪罵の声をあげろ編み機との寓. 話が彼女にあたえたものである。このストッキソグが両足、 6。『 とすばらしい両膝の形を、その明るいヴニールで包んでい た。両足は身の毛のよだつ世界へ招き入れるように、軽く 囲かれていた。ああ、その目、どこを、誰を見つめていた のか。その顔も:…・ああ、かわいそうに、引っかかれてい た。片口の下と鼻の上が……。ああ、その顔つき。どんな にか疲れたことだろう。かわいそうなリリアナ、戴"悲の心 でつむがれた糸ともいうべき、その髪の毛の雲に包まれた 彼女の頭は.どんなにか疲れたことだろう。青自く、とぎ すまされたその顔。死の兇暴な吸引力に棄弱し、やせ細っ ていた。 深く、おそろしい、まっかな切ウロが、のどの中をのコ、 かせ、残忍というほかない。切ウロは正面から右へと首の 半分におよぶが、彼女かう見れば左であウ、彼女を見てい る人びとからすれば右である。傷口の両端は刃かきっさき でくりかえし刺したためだろう、ぎざぎざになっていて、 見るからにおそろしかった。傷口の内部は、早くも凝固し た血の黒い泡の問に、赤いくず糸のようなものが…見えてい たが、中央でまだ泡が吹いているところは、目もあてられ ない。それでも警官にとっては興味ぶかい形をしていた。 初心者には、それが赤やビンクのマカ!一の穴とみえたの である。「気管』とイγグラヴァソロがかがみこんでつぶ やいた。「顕動脈だ、頭……ああ、神瀞.Cま」 その血が首のあたウニ側と、シャツの胸の郡分、杣、手 などをよごしていた。フ7イティやチェソジォ(僻外塒鉱職卿 滋酬戯)の黒みをおびた赤血のぞっとすろような濾過である。 (ドソ・チッチョは心に浮かんだ遠い悲哀とともに、あわ れな母観を思い出していたのた)床の上と、ブラウスのふ 丸つの乳房の閻で血が凱圏し、スカートのへりや、乱にま くりあげられたそのウールの裏側のひだ、騨・てれに汁方の肩 が血にそまっていたが、その身休は児るからに一瞬のウち にしわだらげになったようで、凝固のぐあいも黒ブディソ ダ(濤穆鴇獲、)のよ・2し、うんとねぼねばしタみにな つているにちがいなかった。 鼻と顔、こうしてかえりみ・ウれることなく、横向きかげ んで、もはや闘う力をなくした人のような、死の意思に屈 したようなその顔、そ細はどうやら、引っかかれ爪をたて られたふしがあり、柑手の人非人はこんなふうに彼女を傷 つけることに楽しみをおぽえていたらしい。人殺しぬが。 6』 ■F・ その目ば一カ所に注がれていたが、ぞっとするばかりで ある。では、}休、何を見つめていたのか。じっと、じっ と見つめていたその力向は、何を見ていたかはわかるまい が、大きな食器棚の上の上の方、でなければ天升だった. バノティに血がついていなかったが、そのパソティと先の 方のブロノドに輝くストッキソグとにはさまれて、ちょう ど二個の輪のような、二本の腿の一郡がむき出しになって いたo性の溝…:涜星のオスティァかヴィアレッ.ショのフォ ル一ア・デ・マルモにいて、娘たちが砂浜で甲羅.〒しをし、 見せたいものなら何でも見せてくれる、そういった情口∬を 思わせた。このびったり身につく今日ふうリシャー.シーを 着ているところが。 イソグラヴγッロまでが脱帽すると幽霊のようにみえた。 「動かさなかったですか」とたすねた。「ええ、警部さ ん」とみんなは答えた.「さわったかね」「いいえ」だが、 何がしかの血が誰かれのかかと、靴底について、あたウの 木の床一.面にはこばれているところを見れぱ、その恐怖の 沼地に足をふみこんだ人がいるのは容易に見てとれる。イ アグラヴァッロは立腹した。「そろいもそろって、いなか 者だな」とおどかした.「づ告エス伽旗鵠)畠っ た山羊飼いめが」 廊下へ出て、ひかえの糊へと入って行った、そして台所 用の椅}子のひとつにかけて、音心気沼沈ぎみのヴγルグレー ナの方へ行一ったが、・ての・てはにはポムベオがいた..母親か らはなれない息子といった様、T.である。管理人の姿ほもラ 見えなかったが、おそらく詰所に…トリて行,たのだろう。 彼女を呼ひにやった。 「さてと、どうしてあんたはここにいるのですかな」. 「警都さん」とヴァルダレーナは説問されるのは初ゐから 分っているというように、相手の日を見っめながら、まじ めで、おだやかな、それでいて祈るような口潤でいった。 「わたしはいとこにあいさつ導まいウました、かわいそう なリリアナ……わたしが出発するまえにどうしても会いた いというものですから。あさってジ昌ノヴァにむかって出 発します。ジニノヴ7に落ちつくつもりだということは、 それとなくいったはずなのですが、例の口曜口、あなたも 食事にいらしていたときにですね。もう、部屋を出ること にしてあるのです」 62 「ジェノヴァヘね」ドン・チ一・チョは考えこんた様子で叫 ぶようにいった。「翻屋というと、どういう:…」 「いま入っている都屋のことです。一;=フーラ街二十一番 地の」 「岐初に来たのがこの人です」警官のサソトマーノがいっ た。「とにかく、ここに入ってきた最初の人物です」とポ ルケッティi一コか確認した。「それから警察に電話があワ ました……」 「誰が電話をしたのかな」 「それが……みんないっしょにです」とヴァルダレーナが 答えた、「自分かどこにいるのかも分ウませんでした。自 分と、上の階に入っている人と、女の人たちぜんぶてした。 管理人はみえませんでした。誰所はしまったままでした」 「あなたですか…:急を知らせたのは」 「自分が上っていきますと、rアほわすかですか閲いてい ました。で、入ってもいいですか、いいですかとたずねて みまし瓦O返事は・ありません」 「管理人はどこでしたか。つまワ、彼女にお会いにならな かったのですか。むこうばあなたを見たですかぼ」 「いやいや。そんなことはないでし、{う……」 ペッタッキオー二がもどワてきて、そのとおりだと確認 した。管理人はB階段にいて、毎口の仕皐でもる掃除をし ていたのだ。もちろん、上の階からはじめていた。そして、 寧突、最初は踊り場で、B階段六階のクッコ夫人と謡なし ていた。ペポーリのカス.ティリォノ出身のボレンソィ未亡 人、エリア・クッコという名で、愚にもつかないおし{、べ りを舌にのせていた。それからほうきとバケツをもって上 にあがって行った。「ほんの一甥だけ」最上階にいる将軍、 騎±爵の大官バルベッツィのところへ入って行ラたがΨこ れは片。つけものをするためであった。バケツに外へおいて おき、ほ・〜ぎをもって入っていった奮 ボッタフγーヴノ、のところへ上って行っ乳』少女はフ一『リ チ呂ッティの娘で毎朝、ボッタ7アーヴィのところへ「お はようございます」といいに行き、苧み,ラメルなもらシの であったが、マヌユーラ夫人は娘を控えの問に呼ぴ入れて 真偽のほどを岡いただした。すると娘は醐ぬ3者にふさわ しい声で、本当です、ふたウの女が階段を下りてくるのに しか会いませんでしたとうけあった。どちら亀賀物に行く 6ヲ ように、めいめい買物かごをさげていた。「どうやら、い なか女のようねえ」とベヅタッキオー二夫人が知識をひけ らかせて、つけくわえた。 「どういう女たちかね」イングラヴァッ・はぼんやりとた ずねた。「乎を見せていただきましょう」とヴァルダレー ナ氏にいった。「明るいところへ来てください」告年の手 は濾潔そのものに見えた。内く健旗てあたたかみがあり、 うっすらと血管がすいてみえる。胃春のあたたかさが走っ ている。認印のっいている指輸は黄色の金製で豪華な碧玉 をはめこみ、碧玉のなかに頭文宇がきざまれている。指 輪はこれみよがしに右の桑指に突き立っていて、いまにも 捺印というか秘密の供述で屯やりそうである。ところが シャツの右のカブスが……血に染まっているではないか。 隅のところが。ヵ7スボタソの金のところから外倒にかけ て。 「この血は」とイァグラヴアッ・甑恐怖に口をゆがめなが らたずねたが、それでも、指先でつかんでいる相手の手は 放さなかった。ジュリアーノ・ヴァルダレ】ナは坐円くなっ た。「警蔀さん、儒じてください、何もかもお話しします から。わたしはリリアナがかわいそうで顔にさわりました。 彼女の上にかがみこんで、それから片膝をつきました。撫 でてやろうと思って、冷たくなっていました……。ザ戸各つで す。別れをいいたかったのです。がまんがなりませんでし た。あのスカートをおろしてやりたかったのです。かわい そうないとこ、何という情好なさせられて、でも、もうげ.て れだけの勇気がありませんでした……二、艮とさわるだけの 勇気が。冷たかったのです。だめでした。だめでした--: で、それから……」 「それから、どうしたのです」 「それから考えてみてですね。白分には例ひとつ触九る権 利がないのだと悟りました。外へとび出して、.呼びました、 向かいのお宅のベルを鳴らしたのです。どなたですか、ど なたですかといわれました。女の人り戸です。しかし、な かなかあけてくれません」 「当然でしょうね。それで、どうしましたか」 「それで・:…もう一度、叫び声をあげました。ほかの方々 が下りてこられたり…i上ってこられたりしました。大勢 がみえましたが、わたしの知っ丸ことではありません。そ 6デ のガ々も白分たちの口で見ようとされました。悲鳴かあ、か りました。警察に電話をしました。ほかにどうすればよか つたでしょう」 ドン・チッチaはしっと粗手に目をすえて手を放してや った.その顔はしばらく恐怖にゆがんだままで、鼻を片側 だけ見ると、わず・かながら縮oんだ感じである。なおも、し つこく相手の顔を見つめながら、一瞬考えてみた。「そん なに瀞着いていられるのは、どういうわけかな」 「落芯いてるですって。わたしは泣けないたちなのです。 もう何年も、泣いたことがあウません。母が何したときも です。母は再婚してトリノヘ行ってしまいました。カフス の端が首の傷口にかすったようですね、しかたあウません、 そうでしょう……あのとおり血たらけですから..あさうて は出発しなければなりません。もう合令をうけているので す曇家族はおいて行くつもりです.血縁の連中をです.別 れをいおうと思って来ました。あいさつをしにです。かわ いそうな、かわいそうなリリアナσかわいそうな・…・・絶望 しながら気高いところのある人でした」ほかの人はだまっ ていた。ドン・チッチョはきびしく探りをいれた。「撫で てやウたかったのです。イエスさま。でも、キスをする気 力もあウませんでした、冷たかったので、それから離れて 行きました、走って行ったといってもいいでしょう。死が こわかったのです。木肖です。人な呼ぴました。ドアほ囲 いたま蜜でした。幽霊がそこを通って消えてしまったよう です。リリアナ、かわいいリリアナ」 イングラヴァッロはかがみこんで、畑…手のズボンの脛の なかほどと、膝のあたりを見た。左にほんのわずかだが、 ほこりがついていた。 「どこにひざまずいたのです。どちらの膝てすか」 「ええと、食器戸棚のところですq小さい力の.それから と、、考えさせてください、一でラだ、左の駐です。あの血の 海に入らないようにしてですね」 ドソ・チッチョは犬のように絹乎を一頻つめた。 「よろしいですか,ありのままにお話しいただかなくては なりません。ありもしないことを作り話するのはですなξ …時が時だけに:…場所が場所だけに、あなたもよくおわ かりとは思いますが、.不利になるばかりです」 「警部さん、何をおっしゃりたいのですか。すべてあるが 65 ままにお謡ししております。その点を納得していただいて ・.:.」 「納得せよとおっしゃるが、どういうこと"、匹ですかな。お ッしゅ、ってごらんなさい。話していただこう。うかがいま すとも。何しろ、われわれの取り調べに道をつけていただ かなけりゃなりませんからな、あなたには。それがあなた のためにもなることだし」 ちょうど七のとき、被後見人のジーナがサクロ・コーレ 学院からもどってきたとイソグラヴァノpのところへ報告 がきた。木曜日は食事のため一時"・・』帰宅するのである。主 人のバルドゥヅチ氏汰翌旧ミラノからもどってくるはずだ った……ひょっとするとヴェロナから。イ■グラヴァッロ は泣いている少女にたずねてみたが、何ひとつ待るξころ ぽなかった..彼女はコーヒー牛乳をのんで、八時まえに 「ママ」にいってまいりますをいい、いつもどおり朝のキ スをしてもらい、いつもどおり「矛習はできているんでし ょうねー…」と聞かれたそうである。娘ははいと返事をし て出かけて行った。修道尼たちのところにはあとで連れて 行くとして、とりあえず入居者にあずけることにし、上の 階のボッタフ7ーヴィにたのんだ。メネガッツィ夫人はす っかり混乱し、気が転倒していて、とうていこの少女のカ にはなれなかったのである。夫人の黄色いロひげはそりか えって鼻にとどいていた。髪に櫛を人れている暇もなかっ たため、トウモロコシの毛をリボソでゆわ之たかつらが頭 にのっているという感じである。この建物は内部にたたり が宿っているといっていた。充撫し、くぼみ、おしつぶさ れたような目で、処女マリアさまと祈りつづけていた9 「十七というのは最悪の数字です」といい、それをくりか えしていた。一方、階段でふたりの女に会ったといウあの 少女は、別に役に豆つような情報はもたらしてくれなかっ た。このかわいそうなサナギはばっちゅ見囲いた大きな日 で「ええ」とか「いいえ」とかいっていたが、その唇はイ ノグラヴ7ッ・の黒い大きな頭を見てぎくりとし、把然と していたp少女にいわせれぱ、イングラヴプッFは、どう しても泣きやまない子を.連れて行ってしまう人さらいにち がいないという。結婦、閂題のふたりの女は弁護土のカン マμータ氏(五階)、ということはその夫人のところへ、 新しいチーズをふたつとどけに上って行った。つまり、一 G6 1 週闘おきにチーズをくばる配達人だということが明らかに なった。 こんどは、バルドゥヅチのところではたらいているクリ ストーフォロに捜査の旧が向けられた。落雷に押しつぶさ れたd6いう様子であった.後はリリアナ夫人か親切心から 無理にすすめてくれたワイノ入りのコーヒーをのんだあと 七時斗に外出した。彼はミルクがのめなかった。冒によく ないので藷のる。そう、八吟にサク国・コーレ学院に出かけ たジーナよウも少し早かった。じっとその光量をながめて いるのはいやだった。「とても見てはいられません」十挙 を切ゐ仕草をした.何か打ちしおれた感じのする、大きな 顔の皮膚の上を涙が二ばれ落ちた。リリアナ失人にたのま 就て、いくつかお使いを引、.さうけていたのに、かわい》.う な夫入。あるところの勘定をはらい、ほうきをほうき屋で 貰い、お・米と寄木細工の床に塗るワックスをもとめ、包み を仕立置にもって行くことになっていた。だ淋、そのまえ に箏務所に行かなければならなかった。事筋所を開げて、 テーブルのほこりをはたくのだ。イソグラヴァッロ警部は 彼をかえさなかった。そして、「っかまえ屋」につっこん だ話をするようにさせ、o方で、.シ哩一リ7ーノ・ヴァルダ レー.ナには警察の指示どおりにするよ〉いいつけた。 捜査ば昼さがりに覗場で貌行された。正圓のドアをしめ、 出入"をしめ、警宮たちが増派されていた。科学警察のヴ ァリアー二巡査部艮が立ちあい、指紋筑も装葡をととのえ て参加していた。入屠着たちはもちろん、管理人までが、 「捜査に行動の自由をより多くあたえるため」階段をうろ うろしないよう、と飼時にできるだけ警察の「乎のとどく と二ろ」にいるよう要一爾されていた。テ審判事がくわわっ たの怯五時半をまわっていた。検察当局が種4の手つづき ,を岱フーミ警都や署長の中詩をうけて、犯罪事実の確認 に踏みきったのは四時か'し・.工之であった。箒人のクリスヒ ーフ.τロ、色どりのゆたかなメネガッツ,、,夫入、少女のジ ーナ、砲兵のボソタ7アーヴィ、美男子のヴ了ルグレーナ 氏などがム父互に、あるいぱ同時に事・憤な聡取瀞.目}れた。しか し、この事件なスクーヅし、それな歌い文句にウヘヘルト 通ウで立ち売・ワをしているある新聞は、せの夜の逓終版で 「謎めいた色を濃くしてヴ〒ドールが事件な綬っているしと 書いていた。新聞記者たちはあれこれ立ち士わってはみた 67 ものり、結局、バルドゥ7チ家のドアから中へは入れなか った。だが、この建物の小さな出入口でB階段のエ・ディ ア夫人をまるめこんだ。彼女はこの騒ぎとは襲腹に木曜や 日曜と同しように陽気になっていた。・・てして警官たちにな がし臼をくれると、警官たちの方む彼女の顔に笑いかける のであった。 この建物の入罵者の誰ひとワとして、一休この兇行の犯 人、あるいは共犯か何者なのか、その手がかりとなるよう なものを提供できないことが凹らかになった。マッダレー ナ・フ一一リチ轟ッティという、あの少女をのぞいては誰も 階段で人影を見たものはなかった。ヴ7ルダレーナについ ても同しで、彼を見かけた人はひとウもいなかった。この 男が経済学の学士号をもっていることはイングラヴァッロ もよく知っ■ていたが、彼はスタソグード・オイルに勤めて いた。しばらくヴァード・リグーレに動務したあと、Pー マに来たのだ。これからジェノヴァに移って、その上、結 婚しようと準備をしていた。ジェノヴァの美しいブルーネ ットの女の子と婚約していて、その写真をみせびらかした。 ランティー一丁レナータとかいった。良家の娘であること はもちろんだ。その良家の人たちにいわせると、彼はぞっ こんほれこんでいる」という、このヴァルグレーナ氏が、 ジュリアーノ琳が。バルドクッチはカγティノー亭でム試、 たとき、イノグラヴ7ッロにその湖をし、牛活の資にこと 欠いて困っているほか、色恋に熱巾する時期に馬朱ている のでしょうと冗談ましりにほのめかしたが、その生活の糧 といったものは金部とはいわないまでも手もとから放さな いようにしておくべきなのだ。ところが、入る先からアボ pの指からとび立っ蝶のように、ひらひらと定馴的にお金 がとんでなくなるのであった。アポロといっても、あの庭 園にある大理石像り"とである。バ■ルドゥッチ氏ば彼のこ とを「好青年」と定義づけていた(これにっいては宮及す るまでもなかった)、「経済学で学位な得て」それも満点を とり、優等の戊績まであげていながら、ひとさまに……経 済をどうあつかうか教えたがろ人にありがちなことだが、 いつも無一文の状態であった。っまり、ジェノヴγの義父 になる人はさておき、ローマのいとこがねがう以上に…- お金にはめぐまれない力であった。「ため、だめですな。 借金で家を支えるなんて、それこそだめですりが、とにか 65 くあの若さでしょう。