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マーケットとしてのIT、余剰としてのアート

八谷和彦×山形浩生


「美術手帖」[特集]アートIT革命 対談



《ポストペット》、《エアボード》とメディアをテーマにした表現活動を続けるアーティスト、八谷和彦。彼が「グランドマスター」として深くリスペクトする、ウィリアム・バロウズの翻訳者にして、シンクタンクでコンサルティング業務に従事し、メディアや経済について辛口の警句を発し続ける山形浩生。ふたりが語り合うネットワークとアートの未来とは。
構成=小田切博 写真=坂田峰夫

キャッチ

IT革命は経済からみればたんなるかけ声。
スピード向上もコスト低下も、ごく一部にしかきいてこない。(山形)

生産性があがることは、はたしていいことなんでしょうか?
時間泥棒に盗まれた時間をとりもどすのは、アーティストの仕事かも。(八谷)

(プロフィール)

はちや・かずひこ──1966年生まれ。九州芸術工科大学画像設計学科卒業。個人TV放送局ユニット《SMTV》やCIコンサルティング会社勤務を経て、現在のメディア・アーティスト活動に至る。発案からディレクションまで務めた電子メール・ソフト《ポストペット》はマルチメディアグランプリ97最優秀賞および通産大臣賞、98年アルス・エレクトロニカ優秀賞を受賞。新しい発想によるコミュニケーション・ツールや乗り物の提案など、作品には藤子(F)不二雄的な発明型装置が多い。http://www.petworks.co.jp/~hachiya/

やまがた・ひろお──1964年東京生まれ。東京大学都市工学およびマサチューセッツ工科大学不動産センター修士課程修了。某大手シンクタンクで地域開発やODA関連調査のかたわら、小説、経済、コンピュータなど広範な分野で翻訳・執筆を行なう。訳書にバロウズ『ノヴァ急報』(ペヨトル工房)、著書に『新教養主義宣言』(晶文社)ほか。アーティストとの交流も多く、写真家ハイナー・シリングとの共著『エントロピーの森』も。定評ある明快な文体と節度なき罵詈雑言を楽しみたい方にはホームページがおすすめ。http://www.post1.com/home/hiyori13/

●羊のいる未来

八谷 山形さんのやられているようなコンサルティングの仕事ってひじょうにストレスが溜まると思うんですが。

山形 そうですね、とくに調査系のコンサルティングというのは最初からクライアントが期待してる答が決まってたりするんで(笑)。  最近会社の仕事ではモンゴルによく行っているんですけど、八谷さんも最近行かれたんですよね。八谷さんのほうはいったいどういう理由で行かれたんですか。

八谷 僕の場合は「つぎのプロジェクトのリサーチのため」というのが理由ですね。じつはつぎにバイオテクノロジー(生物工学)を使ったプロジェクトを考えていて……でもいきなり「遺伝子レベルでなにかやる」というのもちょっと無理があるし、僕のポリシーとしても「枯れた技術でモノをつくる」というのがあるから、ブリーディング(品種改良)辺りから考えてみようかと思って、モンゴルまで馬に乗りに行ったんです。

山形 どの辺まで行かれたんですか?

八谷 ウランバートルからオルホン川の上流百五十キロくらいのところまで自動車で行って、そこで馬を借りて八十キロくらいずっと馬に乗って戻ってきました。

山形 食事とかはどうされてました?

八谷 現地で買った材料と、日本からの調味料で。サポートカーみたいなものにずっとついてきてもらって。行く前は「羊もなんとかなるでしょ」と思ってたんですけど、いざ向こうに行ってみるとレストランみたいなところに入ると必ず強烈に羊の匂いがするんですよね(笑)。

山形 ええ、もう必ず羊(笑)。

八谷 だもんで、馬でのキャンプ中はほとんど自分たちで調理していました。現地の人たちは羊で、ぼくらは牛肉で。山形さんは行かれたときに自分で食事を作られたりしなかったんですか?

山形 それはしませんでしたね。移動してることが多かったですから。僕は「モンゴルの郵便システムを整備する」というプロジェクトで行ったんですが、あそこでの生活はなにかすごく不思議な感じでしたよね。
 宿舎自体はウランバートルの郵便局長の家だったんだけど、当然そこから地方回りに行くわけです。で、案内してくれる奴にくっついていくわけですが、そいつが「この辺に親戚がいるから行ってみよう」と言うんですよ。こっちは「そんなこと言われても、相手は遊牧してるのにどうするんだろう」と思うでしょう?そうしたら、適当にそこいら辺に行って通りがかったやつに「どこにいる」みたいな話をして、相手も「それだったら向こうに人がいたからそいつに聞けば」と答える。不思議とそれを繰り返してるとたどりついてしまう。

八谷 ああ、ルーター(ネットワーク上の交通整理をおこなうコンピュータ)みたいな。

山形 そうそう。わかんなくなったら隣のDNS(ドメインネームサーバー、ネットワーク上のコンピュータの「住所」を管理するシステム)に聞く、みたいな。そういう感じで郵便が届けられない訳ではないんだけど、いかんせんそのコストを賄えるほど郵便の絶対量がない。だから自動車で配達するのはとてもコスト的に引き合わないから、「馬で配達しよう」という話に本気でなっていますけどね。

八谷 僕も遊牧民の社会とか生活みたいなものに対する興味もあって行ったんですけど、それはどういうことかというと……今の石油資源の残量とか考えるとあと百年もたないという説もあるじゃないですか? それを考えるとひょっとすると「遊牧民の社会のようなものが未来なのかもしれない」と、ちょっとそういう風にも思った部分があるんですよね。石油なくなるのが仮に明日だったら、燃料電池よりも、馬の方が現実的かもしれない。
 もうすぐ二十一世紀で、僕らはすごくハイテクなイメージを未来に対して持っていたんだけど、こういう感じの未来像というのもアリかなあ、と。

山形 まあ、モンゴルまで行くかどうかはわからないですけどね(笑)。

●余計なことをする

八谷 僕は最近、自分のなかで経済に対する知識が足りないと思っていて、やっぱり僕が大学生だった80年代末ってバブルだったせいもあって当時「経済」とか「株」自体がすごく「いかがわしいもの」に見えた。それが最近はだんだん「経済=人の暮らしを映す鏡」みたいに思えてきた部分があって、いま必死に勉強してるんです。山形さんのホームページとか一生懸命読んでいるのもそういう「勉強」気分が大きい(笑)。
 そういう素人考えからいうと、いま「IT革命」っていわれているものが実現するのは結局「中抜き」ってことだと思うんですけど、僕が「いわゆるIT革命」に対して一番うさん臭いと思っているのは「そうやって仕事の効率を上げていったら、逆に仕事の種類が減って失業率が上がるんじゃないの?」とか、「仕事の面白さってどんどん減るんじゃないの?」ということなんです。江戸時代くらいって、あんまり仕事の効率とかは考えていないんだけれど、たくさんの仕事があって、みんなそこそこに暮らしていたわけですよね。
 だから、いわゆる「IT革命」とまったく別なことをアートはするべきじゃないかと思っていて。たとえば仮に馬車による交通システムをつくれば、それのメンテナンスをする人、馬を調教する人、御者、馬の世話をする人……っていう具合にさまざまな職種が増えるわけですよね。効率化とは別なところでお金が落ちるのなら、新しい交通手段としての馬車をつくってもいいのではないか。そう思って馬のプロジェクトというのを考えているんですけど。

山形 う〜ん、難しいですよね。いつだったか人と「馬と自動車、どっちが自然か」というテーマで話をしていて、ある時期まではたしかに人間の暮らしの中で馬を使うほうが自然だったのだろうけど、現在の環境のなかで馬を使うのは維持費もすごくかかるし、自動車を使うより、よほど不自然じゃないか、という話になったことがあって……。

八谷 いや、むしろ「積極的に不自然なことをしよう!」という考えなんです。ちょっと質問したいんですが、「生産性」というのは仕事の効率を上げて、ムダな作業を省こうというものじゃないんですか?

山形 というか、生産性が上がるとその分余ったお金を人は別な部分に振り向けられる。だから効率が上がってくるからこそ余計なことにお金が使える、ということですよね。

八谷 だから、その余計なことというか、道楽の部分を担うのがアーティストの役割かも、と思うんです。べつに本当に「馬をメインの交通手段に!」と考えているわけではなくて、一種の思考実験みたいなものとして。

山形 どうなんでしょうね。カナダに熊と戦うためのアーマーみたいなものをつくっているおじさんがいるんですが……。

八谷 それはパワード・スーツみたいなものですか(笑)。電気とか使って動くヤツ?

山形 使わない、使わない(笑)。その人はべつにお金持ちでも、アーティストでもなんでもない普通の農場経営者で、つくったアーマーの実験とかも自分で独自にやって、本人はこれを実際に使うつもりでやっている。ただそれを見てて、エンジニアとか学者の連中が「オオッ」とか叫ぶわけですよ(笑)。「変なことをする」というのが「アーティストの仕事」かどうかはわからないんだけど、ひとついえるのはアーティストの作品を見て「そういうショック」を受けることはあまりないなあ、ということかな。

八谷 僕、観客として好きなんですけどね、そういうショック。例えばSRLみたいな。僕がいま「IT、IT」と騒いでいる人たちがすごく不健全だと思うのは、省力化することしか提示していなくて、そこで余った部分でなにをするのか、ということをまるで無視している気がして……すごく一面的な部分しか見せられていないような気がするんですけど。とくに日本では。

●ITでなにをする

山形 それは日本での状況が、けっきょく「不況、不況」であえいでいるから、自分のところだけでも助かりたい、という以上のものじゃないからでしょうね。今までのシステムだと系列企業みたいなものを守る、という発想があったんだけど……。

八谷 で、それがすでに無効化してきていますよね。車の部品とかいままでなら日産なら日産の系列の工場でつくっていた部品が、もうその供給元としてトヨタグループから海外までが視野に入ってきてしまうわけでしょう。

山形 だから、僕は現在「IT革命」といわれているものは「たんなるかけ声」 だ、という立場をとっていて、実際に起こっているのはごく一部のところで流通のための情報のやり取りのスピードが上がって、コストが下がってきただけだと。全体からみれば、そんなには変わっていない。ただ、それによっていろんな中間段階がなく なってきたということと、すごく少ない初期投資でもたとえば流通業などに参加でき るようになってきたということがいえる。
 つまり、省力化の一方で、いろんな人が商売を起こせる機会も増えてきたわけで、そう考えると必ずしも失業者が増えるかどうかというのはわからない。たしかに地元の本屋さんは困っているかもしれないけれど、一方では新たにオンライン書店を起業したり、そこに雇われていく人もいる。それが革命的な変化か、それともこれまでの延長に過ぎないのか、といえば、仮説はいろいろ立てられるんだけど、証明されていない以上これもよくわからないんですよ。

八谷 べつに僕も「IT」に対して否定的な側面だけでとらえているわけではなくて、いいことで言うと「マッチングの革命」が起きてるとも思うんです。とくにアーティストにとって「いいこと」と思っている部分でいうと、「作品が売りやすくなるかも」と。たとえば奈良美智さんの作品ってけっこうみんな見て知っていたりするんだけど「どこで買えるか」は美術関係者じゃないと知らなかったりするわけですよ。
 一般の人が「欲しい」と思ったときにいくらで、どこで買えるのかという情報がなかなか手に入りづらい。このときにオンライン上で買えるならひじょうに話が簡単ですよね。僕はアーティストの作品て、とくに平面の一点ものは、ネットで売りやすいもののひとつじゃないかと思っているんです。
 そのうちにやりたいと思っていることのひとつに「オンラインのギャラリー」というものがあるんですが、今のeBayみたいなオークションサイトではなくて、「ネット販売もするなすび画廊」みたいなもの。最終的にはメールの熱意で売る人を決めてもいい。
 たぶん、アートに関しての一番大きなメリットというのはそういう一般の人との接点を比較的低コストで設けやすい、ということじゃないかと思います。

●表面と背後にあるもの

八谷 ただ、一方でそこでモノを売っているだけじゃ僕はダメだとも思うんです。ネット上でアーティストじゃない人達がやっている活動……たとえばグヌーテラ(Gnutella、個々人のPCに共有エリアをつくり、そこから音楽、映像データを検索、コピーできるファイル交換ソフト。そのデータのやり取りに対し課金の方法が存在しないため、現在著作権上の大きな議論を呼んでいる)みたいなものを見ていると、これまでコンセプチュアルアートの人たちがやっていたことがすでにちっちゃいものにされているような気持ちにもなりますし。

山形 それはたしかにそういうふうにいえてしまう部分があって、これまで思いつきをとりあえず形にすればよかったものに対して、その思いつきを使ってそのまま機能するものをつくってしまっている人が出てきたことで、これまでの人がツラくなってくる部分ていうのはあるでしょうね。でも、インターネットを使ったアート作品と称するものというのはたぶんいろいろあるんだろうけど、本当の意味で衝撃的なものってあるのかな、という気がするんですが。

八谷 そうなんですよね。「インタラクティブアート」と呼ばれるものに比べるとグヌー(Gnu、ソフトは無料であるべきだとして作者が作ったプログラムを無料配布するムーヴメント)やリナックス(Linux、フリーウェアとして無料配布されているOS)やナップスターの衝撃のほうがスゴいんですよね。自分としては《ポストペット》は、割とがんばったほうだとは思うんですが。

山形 そうですね。

八谷 でも、あれは「パッケージソフト」にした時点で「純粋なアートプロジェクトじゃなくしたほうがいいんだろうな」という割り切りがありましたけど。

山形 けっきょく、事前に与えられた規格があってそのなかで動いているものは、その範囲内で動いているだけでその外には出られないんですよ。昔、どこかで読んだんだけど、あるアーティストがなんにも知らないでポストスクリプト(コンピュータ上での画像データ形式のひとつ)で作品をつくろうとして、ポストスクリプトを自分で、書いてそれを機械に食わせて無理矢理画像を作っていたという話があって。僕はその人の作品を見たことはないんだけれど、無茶苦茶なことをやっているという意味では(笑)既存のソフトを使って描かれたCGなんかよりはそういうもののほうがおもしろいはずだと思うんです。そういう意味ではポストペットなんかは既存のメーラーとは違う考え方をしていて、それを実現しているという意味でとてもおもしろいものですよね。たしかにあれを「アート作品」と呼べるかどうかはちょっとわからないですけど。
 もうひとついえるのは、これもアートと呼べるかどうかはわからないけれど、昔ネットスケープをやってたプログラマーが自分のHPでウェブ上からランダムに各種の画像データを探してきては読み込んで、それを勝手にコラージュしてしまうというプログラムを動かしているんです。で、そのコラージュ自体は彼がつくったわけじゃないんだけれど、それを生成したスクリプト(一種のプログラム)は彼のアイディアを具現化したものであって、一方でそのアイディアから得られた具体的な成果物としてコラージュがある。
 それを「作品」と呼べるかどうかはわからないんだけれど、コンピュータというものはそういうアイディアをコードという形でひじょうに純粋な形で表現できてしまう。しかも、この場合おもしろいのは、画像をクリックするとその画像はそれを採ってきたページにリンクしていて、そこに飛んでしまうんですね。それはその背後にわけのわからない広がりが感じられておもしろい。
 こんなふうにネットワークというメディアには「表面」以外のところで勝負できる可能性があるんじゃないかと思うんです。

八谷 今まで表面しか見えていなかったものが、ネットワーク環境が整うことによって成果物だけじゃなくて、これまで見えなかったコンパイル前のソースコードに当たるものも出しやすくなっていく、ということでしょうか。他の人も利用可能なアイディアそのもの、とか。
 そうすると、今度は逆に表面である作品自体が理解しやすくなったり、これまで見えていなかったその作品の成立の経緯や事情が見えるようにもなりますよね。

山形 その辺は難しいですけどね、下手に楽屋裏を説明されるとユーザーにとっては興ざめだったりもしますから。

八谷 でも、アーティストの側が説明することを選択できるようになった、ということ自体はいいことだと思うんですよ。僕なんかは割りと説明したがりだから、純粋にHPなんかで自分の考えを述べられる場所があるのはありがたい。ギャラリーでは作品だけ展示して、そういうところで説明ができれば、受け手も送り手も選択できる。もっと単純に自分の経歴のプレゼンなんかにもHPは便利ですしね。前は外国からポジの請求とかあったけど、今はHPで済ませたり、場合によってはFTPしたり。

●「表現」というやりがい

山形 あと、そこで思うのは、ベースとなる考え方と表面的に採用されているシステムとはイコールじゃないんだ、ということはわかってほしいし、こういう環境のほうがわかってもらいやすいかな、ということなんです。現行の選挙制度を批判するのは民主主義を否定しているわけではない。
 コンピュータというものはそういうふうに考え方を切り分けていくことを学ぶためにいいツールだと思っていて、たとえばプログラム言語ひとつとってもいろいろなルールをもったいろいろなものがあるんだけど、どれを使ってもコンピュータ上で同じことを実現することができる。そういう考え方自体は社会とか経済の仕組みに対しても適用できるんじゃないかとは思うんですけど。

八谷 僕はそういう意味ではアーティストの作品と商品の違いって「別のプログラム言語で書かれてる」くらいに思っていて、何かを実現するためには、こういう手もあるかもよ、ってのが提示できればいいと思っています。自分自身は「グランドデザイン」が仕事だと思っているんですけど、僕自身は「自己表現」をやる気はあんまりないんで、生産性が上がって経済的に余剰が出るなら、その余剰の部分で産まれる価値、というものを提示したいんです。

山形 でも、経済学者のほうでいま謎とされている話題で「思ったほど生産性が上がらない」という話もずっとあってですね。なぜ上がらないかというと、コンピュータを使ってみんなムダなことをしているからだ(笑)、という。就業時間中にオークション・サイトを覗いていたり。
 だから、コンピュータはけっこう「効率」の側にも「余剰」の側にも役にもたっていないんじゃないか、という気もするんですけどね(笑)。

八谷 この間ひとり/月六十万円くらいのSEの人に二十万円で働いてもらうにはどうすればいいか(笑)、という話をしていたんですが、そのときに「アート」という言葉を出すとけっこうやってくれる、という話が出て。その場合アートによってその人に月40万円の価値が産まれてるんですけど。やっぱり仕事が効率化していくと、逆に「表現欲」みたいなものがマグマみたいに溜まるんじゃないかと思ったんですけどね。ぼくは最近そういう欲求ややりがいを「ミッション」と呼んで正当化しているんですけど(笑)。
 だから、さっきいった馬のプロジェクトもそこで参加者が「ミッション」と呼べるくらいのモチベーションを持てれば、とりあえず成功かなと思ってるんですけどね(笑)。

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