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グーグル『ブック検索』は著作権利用者の利益をもたらす

山形浩生

『新文化』2009/6/4 1面)

要約:グーグルがブック検索で各種の本をスキャンすることに日本の著作権団体が反対しているが、みんな手続き論に終始して実質的な中身の何もない揚げ足取りにとどまる。これは著作権者にも利益をもたらす措置だし、新しい本の使われ方を生み出すおもしろい試みなんだから、それをふまえてきちんと協力すべきだし、そうでないなら、自分なりにどうやって現在著作権切れで手に入らない本をきちんと流通させ、文化の促進を図るか主張しなくてはならない。


 ご存じの通り、現在グーグルのブック検索をめぐって、世界の出版社や著者が大騒ぎしている。ドイツは国をあげて文句をいい、日本でも、ペンクラブその他があれこれ反対してみせたり、いるんだが……

 ぼくはその人たちがいったい何を騒いでいるのかよくわからない。「すばらしい、グーグルよくやってくれました!」と騒ぐんなら話はわかるのだが、いったい何を反対しているんだろうか?

 まずはグーグルが何をしようとしているのか、簡単にまとめておこう。かれらはいま、大量の本をスキャンしようとしている。そしてそれを機械読み取りで文字データにして、検索できるようにする。著作権の切れているものについては、そのまま全文公開する。また著作権の切れていないものについては、検索がヒットしたところの前後数ページを表示する。立ち読みですな。そこから、ネット書店経由でその本が買えたり、その先はいろいろだ。でも、スキャンした本がそのまま丸ごと著作権無視で公開されるわけではないことには注意してほしい。ときどき誤解している人がいるので。

 さて、これができるようになったら、可能性ははかりしれない。英語などの本ではすでにこれができるようになっているけれど、日本語での例を見たければ、アマゾンが今すでに似たようなことをやっている。マイ検索というので、たとえば「山形浩生」と検索すると、文中に「山形浩生」と出てくる本が登場する。まったく予想もしなかったところに自分が引用されている! これが利用者の情報収集にどれほどの深みと幅をもたらすことか。

 ましてそれがアマゾンだけでなく、グーグルと組み合わさったらどうなるか。ネット上の情報と本の中の情報とが、完全にシームレスに検索できる。往々にして多様ながら深みに欠けるネット情報と、深いが探しにくい本とが組み合わされば――

 そしてこれは、利用者にとって得になるだけじゃない。著作権者だって、自分の著作が活用される新しい経路ができる。アマゾンのマイ検索で、ぼくはこれまで存在すら知らなかった本を何冊も買った。せっかく何かのテーマについて深く詳細な本を書いても、世間の人はグーグル検索で出てくる安易なでインチキなネット解説ばかりを参照するのでいらだたしい思いをしている著者も多い。それが解消される。しかもグーグルは、もし著作権の残る作品で商売したら、紙よりかなり高い印税を提供してくれるという。悪い話であるわけがない。

 が、これに対してアメリカの著作権団体が権利侵害だと訴訟を起こした。グーグルは、それがフェアユースの範囲内だと主張していたけれど(そして多くの人はそれが正当な主張だと考えているけれど)、そこはビジネスとしての計算もあって、裁判を長引かせるよりは金でさっさと片をつけようと、和解に持ち込むことにした。そしてベルヌ条約のおかげで、アメリカで和解が成立するとほかの国にも同じ条件が適用されることになるので、文句があるところは申し出るように、という話になっているわけだ。

 そしてそれに対して日本ではいくつかの団体がすでに文句をつけている。たとえば日本ペンクラブの文句は次の三つ。

  1. 勝手にスキャンするのは日本の著作権法に違反。
  2. 申告しないと勝手に入れられるのは日本の著作権のやり方に違反。
  3. これを認めたら一介の私企業がデータを独占することになるし、著作権に伴う個人情報の問題も云々。

 さて、ペンクラブはこんな声明を出すと自分たちが賢く見えるつもりなのだろう。他のところも特にましというわけじゃない。だがこれを見てわかるのは、これを考えたやつは明らかに何も考えていないということだ。この三つのポイントの一つとして、グーグルが何をしようとしているかという中身にはほとんどタッチしていない。形式論、筋論、そんなのばかり。仕事でも遊びでも、中身の話より先に手続き論を持ち出すヤツはたいがい無能で何の役にも立たない。これも明らかにその一例だ。

 そしてその手続き論も実にトホホな代物。まずアメリカの企業がアメリカでやろうとしていることに、日本の著作権法がどうしたこうしたと文句を言うのがいかにまぬけなことか、かれらはわかっているのか? ベルヌ条約のしばりがある以上、日本の著作権制度との整合性は日本の法体系や施行が何とかするべき話で、グーグルに文句を言う話じゃないのがわからんのか?

 かれらは、これを認めたらフェアユースの考え方を認めてしまうことになると懸念してみせる。でも、フェアユースはすでに日本の著作権にも導入が検討されている。ネットとコンピュータの発達で、新しい利用が次々に出てきているときに、いちいち法律を改正しないとそれが実現できないのではまだるっこしくてしょうがない。明示されていなくても、ある水準以下の利用はすべて認めることにしようというわけだ。それが導入されたら、ペンクラブの文句は足下をすくわれる。そうした状況がわかっているのか? わかってないだろう。現状にあぐらをかいているだけだ。

 そして最後の私企業の独占の話にいたっては、何言ってんの? 本をスキャンして索引をつけるのは別にグーグルの独占じゃない。悔しかったらあんたたちもやれば? だれも他の人がこうした試みをするのを止めていないのだ。ぼくは自分の文章や本を勝手にネットにあげているし、グーグルなんかとは関係なしに、自分のサイトに全文検索エンジンをつけている人も多い。

 さらに私企業日本の知識人や文化人と称される人々はとてもこっけいで、日頃は公共批判に血道をあげ、官僚はだめだ、国は信用できない、国に情報をわたすのは監視管理社会だとわめく。ところがこういう話となると、急に私企業は信用できない、公的な主体が云々と言い出す。お上頼みの奴隷根性が染みついているのだ。

 でも信用というのは実績から生じる。そして多くの人がいかにグーグルを信用していることか。ぼくやあなたは、恥ずかしいエロ画像検索履歴や、流出したら職も名誉も崩壊するようなメールを日々平気でグーグルに預けている。日本政府が、あなたの検索履歴をまとめて管理しますといったら、あなたは「お上なら安心だ」と渡すだろうか? 国にすら許さないほどの私的情報を多くの人が自発的に提供するだけの信用を、グーグルはすでに確立しているのだ。

 本当ならペンクラブなどの団体は、ここできちんと自分たちの利害を主張すべきなのだ。グーグルが全文検索できるようにしたら、おれたちにはこんな不利益が発生する。こんなことをやろうとしているので、グーグルの全文検索は邪魔だ等々。でももちろん、ペンクラブなんて(そして日本のその他著作権団体だって)そんなことは考えたためしがない。だから中身については何も言えない。情けないもんだ。

 さて、なぜグーグルはそんなことをしたがるのだろうか。一つには、グーグルはそれなりに高い使命感と公共精神を持っている立派な企業だからだ、というのはある。かれらとて、聖人君子ではない。中国向けに検索結果をゆがめたりと、必ずしも理想通りに事業をしているとはいえない部分もある。でも、かれらは自分たちの企業利益と公益をかなりうまく一致させるビジネスモデルを開発している。今回のブック検索もその一環だ。

 グーグルの検索は、ウェブページ間のリンクを元にポイントを出す。リンクの多いところほど信用できるし、そこからリンクされているところもポイントが高い。でもそれは、一部の人がグーグルの検索などしないで、自分の知識に基づいてリンクを張るからこそ成立する仕組みだ。一定以上の人がグーグルにだけ頼るようになったら、この仕組みは崩壊する。グーグルは正しい検索結果を出すためにも、既存の知的体系に沿った情報源がある程度ネット上にあることを必要としているのだ。本は、それを可能にしてくれる。そして、それはグーグルにとってもよいことだし、検索を利用するあらゆる人にとってもよいことなのだ。

 もちろん、今回の話が完璧だとは思わない。ただしそれは、おそらくみんなが思うような意味でではない。先日、ローレンス・レッシグが来日したときに話していたことで、個人的にも同意している話として、グーグルは和解措置に乗り出さないでほしかったと思う。フェアユースでつっぱねて、押し通してほしかった。本をスキャンして索引を作る――それは著作権者なんか無視してやっていいフェアユースの範囲だという判例を確立してほしかった。が、まあ何事もそうそう思い通りにはいくめえよ。

 いまやネット上では、グーグル検索でヒットしないページは存在しないも同然と言われるほどだ。この試みが成功すれば、書籍だってグーグルで出てこないものは存在しないも同然となるだろう。グーグルの和解案に反対したり足抜けしたりすれば、そうしたリスクがあることは承知すべきだ。

 そして、反対して何が得られるかはよく考える必要がある。アメリカの著作権団体は訴訟に持ち込んだ。アメリカの本が世界的にも広く読まれていて、それが抜けたらブック検索の充実度がかなり下がる。だからグーグルも交渉に応じるだろうし金も取れるかも、という読みがそこにはあったはずだ。でも日本では? 個別の話し合いで、金をむしり取る可能性はあるか?

 どうだろう。日本の出版なんて世界全体では大したことない、僻地のローカル市場にすぎない。するとグーグルは金払ってまで日本の本を検索したいとは思わないかもしれない。強気に出たら「あっそ、じゃああんたらの本は外します」と言われてそれっきりになりかねない。グーグルの弁護団とやりあえるだけの弁護士を雇います? ぼくの知り合いを紹介してもいいけど、たいへんにお高うございますよ?

 ぼくは多くの出版社は、これがわかっていると思う。たとえばポット出版は、むしろグーグルの動きを歓迎するという声明を出した。かれらは、ブック検索がもたらす収益機会や宣伝機会の増加を十分に理解している。

 そしてそれ以外の出版社の相当部分は、基本は和解を黙認するようだ。無知でバカなくせにプライドだけは高い一部の著作権者たちとちがって、出版社はビジネスで動く。グーグルブック検索のメリットは十分にわかっているんだろう。

 グーグルのこの試みだけじゃない。長期的には、本や著作が電子化され、何らかの形でネットにのるのはもはや避けようがない。ブック検索もアマゾンのキンドルも、みんなそれをはっきり示している。だが今回の騒動を見ると、日本の著作権者たちはそんな事態をまったく考えたこともなく、現状がいつまでも続くつもりで安閑としている。そろそろまじめに考えてはいかが? 著作権を現状のまま抱え込んで完全に陳腐化して忘れ去られるか、それをもネットや電子化を受け入れて延命をはかるか、それが迫られている。

 もう一つ。いまネット検索には新しい動きがあらわれつつある。いままでのように単に検索結果をそのまま出すだけじゃない。検索質問を解釈して、情報を収集してきてその中身を抽出し、質問趣旨にあうように加工して提示してくれる、知識検索と言われるものだ。その先駆となるWolframAlphaが五月半ばに公開されている。ご存じの通り、著作権は表現を守るもので、アイデアを守るものじゃない。このシステムが本当に実用化されれば、著作権の手の届かないところで情報の加工流通が始まるかもしれない。ある日気がついたら、グーグルの検索が著作権商売の唯一の砦になっている可能性もあることを、著作権者は本気で考える必要があると思うんだが。

追記 (2009/8/30)

グーグルの試みに対し、ヤフー!、マイクロソフトが反対を表明していた。かれらの主張は、グーグルがパブリックドメインその他の本を独占してしまうことへの懸念だった。これに対してグーグルは、著作権切れの本すべてのデータをパブリックドメインで公開することを発表。マイクロソフトやヤフーの批判は足下をすくわれる結果となっている。

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