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解説:アマゾン・コムから学ぶべきこと

(『アマゾン・ドット・コム』解説 2000 年 7 月)

山形浩生



1. この本の要点

 本書で熟読すべきは、まず2章後半の、そもそもなぜ本を売ろうとベゾスが考えたかを説明した部分。ここは絶対によく読んで理解する必要がある。次に5章のたちあげの部分。8章の顧客サービスの部分。ここは大事。株とかの基本がわかっているなら、9章もいいだろう。さらに、こうしたジャーナリストが書いた本では珍しいことだけれど、結論である11章(ただし訴訟沙汰はあとまわしでいい)。このくらいを読めば、本書で読みとるべきことは一通りおさえられる。
 逆に無視していいのは、各章の最後についている、「まとめ」というくだらない標語集みたいなもの。「優秀な人材を雇いなさい」あたりまえだっつーのだ。「自分の信じていることにはお金をつぎこもう」言われないでもみんなやりますって。こんなお題目に気をとられて、大事な部分を読み落としてはいけない。さらに第1章の、ベゾスの幼少期の話と、2章の前半部分。ここは読み飛ばしていい。
 それ以外のところは、趣味と暇にあわせて読んでもいいし読まなくてもいいだろう。

 というわけで、ぼくが書くべきことは、本来は以上でおしまいのはずだ。あとはみなさんが独自に読み込めば、それでことは足りる……はずなのではあるけれど、残念ながら多くの人は独自に読む力というのを持ち合わせていない。いやもちろん、あなたはちがうだろう。あなたの能力について、ぼくは何ら不安を抱いていない。ぼくが言っているのは、あなたの横にすわっていたり、うしろにいたり、あるいはほら、あっちの机でふんぞりかえったりしている連中のことだ。というわけで、本書から何を読み取るべきかについて、少し解説しておこう。

 本書を読む人のほとんどが知りたいのは、おそらく以下の一点だろう:

 そしてそのために理解すべきは以下の三点となる。

  1. なぜアマゾン・コムの株価は高いのか。
  2. アマゾン・コムの持つ強みはどこにあるのか
  3. アマゾン・コムはどこまで「e-ビジネス」なのか

 というわけで、以下では、以上の論点にそって順番に見ていく。


2 アマゾン・コムの特徴

2.1 アマゾン・コムの株価

 アマゾン・コムと、そしてアマゾン・コムに代表される(と言われる)ネット企業とかe-ナントカと称される業種について論じられるとき、必ず持ち出されるのが、その急成長ぶりと株価の高さだ。アマゾン・コムは成長しているし、株価もあがっている。したがってe-ナントカは急成長業態で、将来も有望だ、という理屈。愚鈍な週刊誌記事で見かける議論の多くは、これだけの話をいい加減にうすめているにすぎない。
 では、いったいなぜ株価が高いのか。すでにファイナンス理論がわかっている人は、ここらへんは適当に読み飛ばしてほしい。

 株価の理論はいくつかあるけれど、主流の考えかたをとっても単純化して言えば、株価というのはその株の将来の期待配当すべての現在価値に等しくなる、ということだ。株そのものの値上がり期待というのもある。でもそれは、値上がりした時に買った人が何を考えて買っているかを考えれば、同じこと。
 さて配当というのは、営業上の経費を支払って、借金の元金と利息を返して、さらに必要な投資をして、その残った分を株主に支払うものだ。ところがご承知のように、アマゾンは配当を出していないどころか、赤字ばかり。当分配当なんか出そうにない。でも、株価はちゃんとついているし、それがかなり上がったことも本書に書かれているとおり(最近は落ち着いているようだけれど)。その株を買っている人は、五年後か、十年後か、いつか、いつの日か、アマゾン・コムがものすごい利益を毎年のようにあげつづけて、そしてその中からガボガボ配当を出してくれるだろう、という予想をしていることになる。それだからこそ、いまのうちにお金を出して、株を買うわけだ。

 ちなみに株価にはもう一つ考え方があって、それはThe Next Fool理論というものだ。株価が合理的にいくらになりそうか、なんてことをきちんと考える必要がない。自分が買ったより高値で買ってくれるバカが次にあらわれてくれるのを待てばいい。アマゾン・コム株は、本書の中での説明されているように、なまじ有名なだけに素人トレーダーが成り行き取引をするときによく使われたりする。次のバカにはこと欠かない。適当にあおって売り逃げしてしまえばよいことになる。

 しかし、これはあまりにシニカルな見方だ(ということにしておこう。かなりの真実を含んではいるのだけれど)。世の中、バカはまちがいなくいるけれど、バカばかりではない。こういう将来の巨額の配当予想を正当化するだけの根拠を持った人というのもいるにちがいない。その人たちはいったいなにをあてにしているんだろうか?

 実はこれはよくわからない。本書をよく読んでほしい。ベゾスは飾り気のない、人好きがして隠し立てのない人物、という印象をうまくつくりだしてはいる。でも一方で、会社の財務状況や収益見込みについては、実はあまり細かい情報は出していない。上場に必要なだけのディスクロージャーはしている。でも、細かい話はまるでわからない。投資家からのディスクローズ要求に対してもベゾスが(かなり巧みに)弁舌できりぬけているだけのようだ。これについては本書でも何度か指摘されている。したがって、ここから先の話は一般論と憶測にならざるを得ない。が、そんなに大きくははずれないだろう。

 まずすでに述べたとおり、実際のアマゾン・コムはこれまでまったく収益を出していない。それどころか赤字が拡大している。これについては、本書にも何カ所か説明が出てきているけれど、赤字の理由はいくつかある。一つは、老舗のバーンズ&ノーブル他、競合がたくさんいて、価格競争をそれなりにしなくてはならず、マージンをそんなに上げられない、ということ。さらには広告宣伝や新規顧客開拓をしなくてはならないこと(売り上げのなんと 26% をマーケティングにつぎこんでいる!)。さらに加えて、企業買収をどんどん行っている。本書に書かれたベゾスらの発言によれば、しばらく赤字を垂れ流しても、拡大に拡大を重ねて収益性の高いところを確保しておくほうがよいのだ、ということになる。ではこの状態から、どういう手で高収益・高配当につなげられるだろうか。

 その最大の手口は、独占だ。たとえば、価格競争や規模競争、他のビデオやCDや家電との抱き合わせなんかでライバルたちをすべて倒してしまえば、利益マージンもあげられて、広告宣伝も控えられて、どんどん儲けが出るようになるだろう。あるいは同じことだけれど、ブランド力をつくり、顧客の信用を確保すれば、独占価格でものが売れるようになる。本書の中にもそれは出てくる。「本一冊あたり40-50セントくらい高くても、お客はアマゾン・コムで本を買う」というやつだ。これがあらゆる場合にできるのであれば(そしてそのマージンを大きくしていけるなら)、それは将来的に、収益につながるだろう。

 似たような議論としては、アマゾン・コムは本を売る部分ではちゃんと儲けを出していて、あの巨額なマーケティング費用がなければ黒字なのだ、というものがある。ブランド力なり信用なりが確立して、そういうPRに金をかけずにすむようになれば、黒字になる、と言おうとしている議論だ。あるいは例えば、ネット人口が頭打ちになって市場の拡大が止まったら、もう広告宣伝を控えても、ということは言えるかもしれない。

 しかしながら……これはとてもむずかしい。アマゾン・コムは急成長したけれど、その理由の一つは、ユーザにとっての利用の障壁が低いからだ。アマゾンからバーンズ&ノーブルに乗り換えるのだって、いとも簡単なこと。もちろん、それを阻むための各種の仕掛けをアマゾンは講じている。本書のなかで「コミュニティが云々」とあるのはまさしくそのための仕掛けた。アソシエイト制とかね。が、それがどこまで有効なのか、実はよくわからない。もし顧客の流動性が高ければ、マーケティング費用はいつまでも下げられない可能性がある。
 さらに、バーンズ&ノーブルは最近になって、クーポンによる割引攻勢を大規模にしかけている。注文するたびに、次回の買い物から十ドル割り引くクーポンが含まれている。一冊40-50セントなら、なじみの客があえてよそには流れることもないだろう。でも、たとえば一回の購入平均額が八十ドルくらいのぼくにとって、毎回十ドル引いてもらえればでかい。これもあってぼくは最近はもうアマゾン・コムは使わないのだ。これをやられると、アマゾン・コムとしても極端な独占価格をつけるわけにはいかないだろう。すると、独占によって利益と配当を出すという見込みがどこまであるのか、実ははっきりわからないのだ。

 さらにもう一つあるのは、アマゾン・コムがいまいっしょうけんめいやっている業種の拡大だ。本でちょっと損をしても、家電でもうける、といったことが可能になるかもしれない。スーパーなんかでよくやる手だ。あるいは同じ本屋の中で、赤字で売るものから利ざやの大きいものまでミックスをかける手があるだろう(これはすでにやられている)。これをうまくやることで、全体としては収益をあげていけるようになるかもしれない。あるいは顧客ベースを拡大することで、薄利多売で収益をあげられるのでは?

 でも、これもどこまで可能なのかはわからない。特に業種の拡大の場合、ベゾスはアマゾン・コムをはじめるにあたって、有望業種をきちんと考えている。かれの見立ては、たぶんそんなに大きくはずれていなかったはずだ。すると、アマゾン・コムが今後手を広げていく各種の分野は、だんだん魅力と収益性の面で有望性の低かった業種、ということになるだろう。手を広げるにはまちがいなく限界があるはずなのだ。

 そしてこの拡大路線には、はやくもかげりが見え始めているようでもある。すでにご存じとは思うけれど、2000 年 1 月末(おそらく、本書の原著が脱稿された直後だろう)、アマゾン・コムは全従業員の 2% におよぶ 150 人のレイオフを発表した。急成長企業としては異例のことだ。もちろんこれだけで判断を下すわけにはいかないにしても、かならずしも順調とばかりはいえないのはまちがいない。これが発表されたとたんに、アマゾン・コムの株価は一割ほど下がった。さらに、オンライン取引額でも、これまで首位を保ってきたアマゾン・コムが最近では CDNow にぬかれる、という現象も起きている。

 さらにもう一つは、アマゾン・コムは顧客についての巨大なデータベースを蓄積しているので、それを利用してなにかできるかも、ということだ。これは非常にユニークなものだし、いろんな人々がのどが手から出るほどほしがっているものだ。アマゾンは、顧客データは売らないと名言しているし、それは本書にも書かれている。でも、集計した形でならどうだろう。これはいずれ、収益源としてとても有望だろう。これについてはあまり本書では触れられていないけれど、たぶんベゾスだって考えているはずだ。案外、数年後のアマゾン・コムはまったくちがった業種の会社になっているかもしれない。これはいまのところ、未知数だ。

 もう一つ、この手の話でときどき聞かれる議論が、「ネット企業はこれまでの経済常識である収益逓減ではなく、収益逓増に支配されているのでいまは赤字でも将来は収益が大幅に上がるのだ」という得体の知れない代物。たとえば、そこそこまともな経済学者から最近では三流経済ヒョーロンカに堕した中谷巌が、『e-ビジネスの衝撃』(東洋経済)という衝撃的な駄本で、完全にまちがった議論を展開している。かれの説だと、たとえばマイクロソフトが多額の開発費をかけてソフトを開発しても、原価数百円の CD-ROM に焼いて数万円で売れば、売れば売るほど儲かるから、収益逓増なんだと。でも、これは収益逓増でもなんでもない。だって最初に回収する初期投資があって、後の売り上げでそれを回収するという、ただの大量生産のモデルとまるっきり変わらないじゃないか! 収益逓増とはなんの関係もない話だ。こいつ、ホントに経済学者か? そしてつづけて中谷はこう書く:

 (アマゾン・コムに代表されるドット・コム企業は)「いまはまだ赤字でも、その株が人気を集めているのは、将来の『収穫爆発』を予想しているからであろう」(同書百二十四-百二十五ページ)

 ……こんな人を取締役にして、ソニーはだいじょうぶかなぁ。まあここではネットワークでの収益逓増のきちんとした議論をしている余裕はないけれど、収益逓増はネットワークそのものについての話であって、その上で活動する個別企業の話ではないこと、さらにネットワーク自体でも、ユーザの利用が均質ではないことまで考慮すると、収益逓減の法則は相変わらずあてはまるのだ、ということくらいは頭の片隅にいれておいていただきたい。これはアマゾン・コムや各種ネット企業とはまったく関係のない話だ。アマゾン・コムで収益が逓増したり爆発したりする要因って、何かあるか? ぼくがよほど大きな見落としをしているのでない限り、なにもないはずだ。こういうことを口走る人間には、くれぐれもだまされないように。

 というわけで、アマゾン・コムの株価に反映されるはずの、将来の期待収益について(必ずしもバラ色とは言えない)検討してきたわけだけれど、ではその期待収益(あれば)を可能にするアマゾン・コムの競争力はどこにあるのだろうか。というところで、話は次に移る。

2.2 アマゾン・コムの差別化要因

 では、いったいアマゾン・コムの競争力はどこにあるのか。まず認識すべきなのは、多くの人にとってたぶん意外なことに、Webやオンライン部分には、実はあまり差別化要因はない、ということ。これは別に、アマゾンのサイトに工夫がないとかいうことではない。非常に工夫されているし、初期の頃にどういう配慮が行われたかについては本書にも詳しく説明してある。しかしながら、これが差別化につながる部分は、実は少ない。アマゾンに似たサイトをつくるのはごく簡単なことだ。Web上にあがっている部分は、すべてだれにでも見られてしまうからだ。見えるどころか、ソースまでわかる。現実に、アマゾン風のデザインをもったネット通販ページはあちこちで見かけるようになっている。もちろん、その裏にあって目には見えない、バックエンドのサーバやデータベースとの連携なんかでは工夫の余地はあるだろう。けれど、それも限界はある。

 もちろんWeb上のノウハウを守る手だては、ないわけではない。そのためにアマゾン・コムが使ったカードが、訴訟。本書では、どういうわけか本当に軽い扱いしか出されていない、例のバーンズ&ノーブルに対するワンクリック訴訟だ。ただし、これは一方でかなりの反発を引き起こしている。本書にも引用されている、フリーソフト界の重鎮リチャード・ストールマンをはじめ、アマゾンの初期の主要顧客だったおたくハッカー連中で、これのためにアマゾン・コムを使わなくなった人はそこそこいる。ぼくもその一人だ。今後、この手口を濫用することは、アマゾン・コムとしても避けたいことだろう。したがって、各種のWeb上での工夫だけで差をつけるのはかなりむずかしいと考えるべきだろう。

 じゃあ何があるだろう。まず一つは、アマゾン・コムはオンラインなんとかであると同時に、巨大なディスカウント屋だ、ということ。これについては、立ち上げ時期の「値下げによる顧客獲得」という戦略と、十一章にある、アマゾンが買収している各種ネット通販業についての記述をよく読んでほしい。出版社や流通との提携、不良在庫の特価処分などによって、アマゾン・コムは商品の価格を下げ、特に初期にはそれによって市場を拡大していった。日本でも、洋書の輸入販売業者としてダイイチをはじめ、いくつか業者があったけれど、いまはほとんど話題にならないし、洋書を買う人はたいがいアマゾン・コムかバーンズ&ノーブルあたりから買うだろう。その大きな移行要因の一つは、まちがいなく価格だ。

 次。アマゾン・コムは物流業であるということ。実はアマゾンをはじめとする大規模オンライン小売り業のいちばんの秘密は、その物流にある。webサイトの話ならアマゾン・コムはいくらでも話をするし、話がきけなくても、見る人がみればだいたいのことはわかってしまう。でも、アマゾン・コムの物流倉庫はだれも見学させてもらえないそうな。さらに、ウォールマート他、既存量販店から大量の人材をひきぬいたりしていることにも注目(余談ながら、湾岸戦争の直後にウォールマートは米軍の物流(兵站、という聞き慣れない用語を使ったりもするけれど)担当者を引き抜いている。アメリカの産軍連携というのは実に深いところまでおよんでいるのだ)。物流に対する熟慮は、アマゾン・コムの立ち上げ時期から一貫している。物流拠点の配置や、それぞれの設置にあたっての検討要因などについて、本書にはそこそこ詳しく書かれている。これはよく理解したほうがいいだろう。

 続いて、ユーザサービスと、各種の工夫の早期導入。これについては、8章に詳しい。この章を熟読してほしいとぼくが冒頭で書いたのもこのせいだ。客の無理はほとんどなんでも聞いてくれるし、返品も自由にできる方式。質問や苦情にもすぐに答えてくれる体制。ほかのところでだってできないことではないけれど、アマゾン・コムはそれを早めに徹底して行った。さらに、インハウスのレビュースタッフの充実。こっちのwebページからリンクを張っておけば、それをたどって買い物をした人数に応じてキックバックがもらえるアソシエイト制度。あるいは読者に書評を書かせる制度。そして影響力ある書評の書き手に見返りを出す制度。これも、ほかでだってできはするけれど、先鞭をつけたアマゾン・コムの慧眼は確かにすごい。ほんのちょっとしたアイデアではあるけれど、それが見事に機能しているし、それをいちはやく取り入れることで、固定ユーザを確実に作りだしている。バーンズ&ノーブルも読者書評をつけたりアソシエイト制をつくったりはしているけれど、あまり利用されていない。アマゾン・コムはここらへんの先行メリットをとても上手に活用している。

 さて、ここで一歩下がって見てみよう。いったい、ここで論じたいくつかのポイントが、E-ナントカに特有のものだろうか。安い仕入れと、合理的な物流、非常に親密な顧客サービス部門、さらに訴訟。どれも、あらゆる物販業がおさえるべき基本的な部分だ。ネット云々だのe-ナントカだのいわなくても、じゅうぶんにあてはまるものばかり。  すると……アマゾン・コムというのは本当にネット云々だのe-ナントカだのと考えてよいのだろうか?

2.3 アマゾンはどこまで「e-ナントカ」か

 アマゾンは、e-コマースとかネットなんとかの雄、ということになっている。でも、これまで見てきたように、実はその強みはインターネットに(だけ)あるのではない。むしろ、それ以外の部分にあるのだ。

 もちろんインターネットを書籍販売に活用したことは、ベゾスのおそろしい洞察だった。それを詰めていったプロセスについては二章に詳しい。この部分は決して読み落としてはならない。かれがコンピュータをきちんとわかっていて、できること、できないことをきちんと見当つけられたというのも、アマゾン・コムの成功要因として実に大きい。しかしながらベゾスの頭のよさは、その一方でインターネットの持っているメリットと、それ以外の部分をどう組み合わせればよいかを、先行者メリットを最大限に活かしながらみきわめていったことだった。ネット上の部分はすぐに追いつかれるのを見越して、それに応じたバックの体制を整備していったこと、そしてネットの部分も、ただのページの改良ではなく、扱う商品の幅の拡大などで常にリードを保つようにしたこと。ここらへんが、アマゾン・コムが凡百のネット通販業者と一線を画す部分だ。それは本書から十分に読み取れるし、それが読みとれなければ、本書を読む意味なんかまったくない。

 その意味で、本書の結論で著者が述べている、「これからは『クリック・モルタル造り』の小売業者が真の勝者となる」という見通しは、たぶん正しい。これから既存の物販・通販業者がのりこんできたら、アマゾン・コムもあやういかも、という著者の考えも傾聴に値するだろう。


3. 日本への示唆

 さて紙幅がなくなってきた。以上の分析から、日本への示唆はかなり明らかだと思うが、念のため(あなたの隣の人のために)書いて置こう。

 まずアマゾン・コムの話からはっきりわかること。もしアマゾン・コムがe-ナントカのモデルケースであると思うのであれば、単にWebページをこしらえてオンラインネット通販をやるだけではぜぇんぜんダメだ、ということ。本書でもアマゾンのたちあがり期に、すでにいくつかオンラインの本屋があったことが書かれている。それらとアマゾン・コムとのちがいはどこにあるのか? それを明確に認識しなくてはならない。ネットはなんかはやりなので目をうばわれがちではあるのだけれど、しかし残念ながら(かどうかは人によるだろうけれど)、人間活動はまだネット化されきってはいない(というか、この肉体がある限り、完全に肉体化されることはない)。だから本当に成功しようと思ったら、ネット部分とそうでない部分とを切り分け、同時にそれをうまくつなぐやりかたを考えなくてはならない。そしてそのためのヒントを本書から読み取らなくてはならない。

 ちなみに、ちまたにあふれるe-ビジネスとかなんとかいう本はほぼすべて、ここのところですでにまったく誤解しているものばかりで、ほとんどのものがネット上のプレゼンスを高めるとかページのデザインがとか、サーバがどうしたとか、そういうネットがらみの説明にばかり終始している。それではまったく役にたたないのだ。

 さらに、e-ナントカの多くは、既存の商売を単純にネットに持ってきただけのものが多い。第6章で、ベゾスがハーバード・ビジネス・スクールの連中(いやなやつばっかだった)を相手にやった講演の一部が採録されているけれど、曰く「ネットでしかできないことじゃなければ、やるな!」いやまったくその通り。

 二番目に、人材の問題を挙げておこう。あまり伝記的なことをウダウダいってもしょうがないのだけれど、でもアマゾン・コムにはベゾス本人を含め、超高学歴のすごい人材が集まっている。学歴だけじゃない、それを実地に活用できた人間ばかりをベゾスは集めている。そしてそういう連中が思いっきり頭をしぼって、やっとあのアマゾン・コムが成立しているわけだ。前出の駄本『e-ビジネスの衝撃』には、ゼミの落ちこぼれが趣味のインターネットを活かしてe-ビジネスしてボロ儲けしつつ、高級ホテルでガイジンねーちゃんとデート、というトホホな「未来像」が載っているけれど、そんなのではぜんぜん話にならないのだ。

 ついでにいえば、アマゾン・コムは顧客サービスに関係ないところにお金はかけない(ように見せる)とか、ベゾス本人がなるべく質素でおたくっぽい格好で通している、といった点にも注目していただきたい。対照的に、大した売り上げもないのに渋谷のバカ高いオフィスにすぐ入居してみたり、芸能人集めて派手なパーティーを開いて浮かれ、車だ億ションだとバブルっぽいふるまいばかりが目立つ一部の日本のネットベンチャー系の人々を見たとき、読者のみなさんはどう思われるだろうか。

 そして最後に、日本のオンライン書店について一言述べておこう。すでにいくつか事例が出てきているし、かなり派手に喧伝されているものもあるけれど、ぼくは苦労するんじゃないかと思う。

 まずアマゾン・コムが顧客をひきつけるにあたっていちばん重視したポイント。それはユーザサービスその他もあるけれど、でも特にたちあがり期には、なにはともあれ価格だった。アマゾン・コムは、ディスカウント店としての要素も持つことはすでに述べたとおり。ベストセラーの値引き販売で客をひきつけ、ほかの本で少しもうけるのが基本だ。ところが日本では再販制度があるし、このディスカウント戦略が使えない。すると、何を売りにしようか?

 機動性についても、たぶんいろいろ調整がむずかしいだろう。アマゾン・コムは、自分の好きなように動けたのが非常に有効に機能している。コスト削減のため、使う運送業者も何度か変えたりしている。ところが日本のいくつかの試みはどれも、すでにかなり図体のでかいところが提携なんかしてつくっている。最初にドーンとでかくたちあげるにはいいだろう。でもその後の細かい動きには苦労するはず。業者を変えたりするのもむずかしいだろう。既存の取次がそのまま参加したりしているけれど、それならいまの書籍流通の問題がどこまで改善されるだろうか? ぼくにはまるで確信が持てない。

 さらにくだらん話ではあるけれど、ぼくは日本の本を買う連中の心理というのは、意外と大きな障害になるんじゃないか、と思う。本にカバーをかけてもらう行動と、平積みの本をてっぺんから買わずに、下の方からとるというチンケなふるまいだ。あれは本を大事にしたいのか、他人に自分の読んでいるものを見られたくないというケチな精神なのか、ぼくにはよくわからないんだけれど、あれを通販ではどうやって反映させようか。「カバーかけます」とかいうので追加のお金をとるか? 腰巻きなんか梱包のじゃまだと思うけれど、取ると文句を言う人も多いし、どうしよう。

 さらにその人の新刊が出たらだまっていても買うようなもの書きがどのくらいいるのか? あるいはその人の言うことならだまって信じられる書評者がどのくらいいるだろうか。オンライン書店をするなら(そして価格で差別化できないなら)、最終的には実物を見ないで本が注文できるような、情報提供システムがほしいところ。でもそれがあるか? 書評サイトとの連携とかをうたっているところもあるけれど、ぼくはいまの日本で、まともな意味で購買判断の役にたつ書評はほとんどないと思う。朝日新聞の書評欄に載ると増刷とかいう程度のものはあるけれど、でも朝日新聞ごときに権威を感じる人たちが、オンライン書店の大口ユーザになるだろうか。すると……いや、別に日本でオンライン書店ができない、と言っているわけじゃない。ただ、知恵をしぼらなきゃいけないことが、ちょっと考えただけでも山ほどある、ということが言いたいわけだ。いくつかの試みは、どう見ても「アマゾン・コムにあやかっておれたちもいっちょ」以上の考えがあるとは思えないのだもの。

 さて、以上のようなポイントを念頭にいれて、もう一回本書を読み直してほしい。ネット商売、そんな甘いもんじゃないぞ。e-ナントカだって、そんなお気楽なもんじゃないぞ。アマゾン・コムを見て、ネットの書籍販売は有望だとかなんとか、そんな簡単じゃあないんだぞ。いや、簡単であればこそ、思いっきり知恵をしぼらないと、とうていモノにはならないぞ。本書に書かれたアマゾン・コムの経験をきちんと読み込めば、この世界のあやしさや恐ろしさ、奥深さは見てとれるはずだ。それをぜひとも見通してつかんでいただきたい。そしてそれができた後で初めて、本書に描かれた明るさを感じとってほしい。インターネットが新しいビジネスを生み出し、新しい機会をもたらして、これまでなかった新しい道を拓いてくれたのは、まぎれもない事実だ。可能性、それもとてつもない可能性が、まだまだ掘り起こされるのを待っている。それを見つけだすだけでなく、本当に育て上げ、開花させるための希望とヒントを本書からぜひとも読みとっていただきたいと思う。

――二〇〇〇年六月、ウランバートルにて

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