その他雑文インデックス

2014年

『公研』対話:イスラム国 (ISIS) 躍進の構造と力 with 池内恵 (2014/10/5)
2014年9月末に、学士会館にて対談、というより池内恵のお話を一方的にうかがう会。非常に勉強になりました。かれがときどき述べている、日本のイスラム業界に対する論難も、よく理解できました。ぼくだけ一方的に勉強になって、池内さんはあまりめりっとがなかっただろうけど、たぶん読者には大いに参考になったかと思う。

2010年

日本経済新聞 交遊抄(小野善康) (2010/7/26)
あの格式高い日経新聞で、通常は年寄りが何やら同窓生だのサークル仲間だののヨイショばかり書いているぬるいコラムに、なぜか山形が起用される。最初は、柳下毅一郎の話でも書こうかと思ったが、せっかくなのでもっと話題性のあることをやろうと決意。たぶん小野教授のほうはまったく交遊したなどとは思っていないだろうから、読んで憮然としたと思うが、犬に噛まれたと思って我慢してくだせえ。ちなみに当人は増税で景気回復と言ったつもりはないとかナントカだが、その後それを明確に正す様子もないし、東北震災のあとも、国債発行での復興は最悪だとのたまっていたそうで、もういまやどんどん壊れつつある模様。情けなや。
iPad の未来はどこにある? (2010/6)
スタジオジブリの広報誌用の原稿、iPad 特集だったので、なぜかぼくにおはちが回ってきた。一応、掲載誌を見るとぼくが iPad 懐疑派という位置づけになった模様。なお、同じ号では宮崎駿が iPad について、オナニー動作で気持ち悪いという発言をしていて、そればっかりが話題になった号だった。
橋本治vs山形浩生対談 (2010/5)
橋本治との対談。かれが最近の著書で、経済成長なんか不要で経済縮小させるべきだという発言をしていて、それを叩くつもりでいたら、のっけからいきなり「あれは暴論言ってみただけで、ホントは経済成長が必要なことは十分わかっている」と言われて、拳を振り上げる前に下ろすきっかけを失った感じで、あとは橋本治独演会。各方面の期待にまったく応えられず、お恥ずかしい限りの対談。場所は四谷三丁目の太田出版で。
幽霊と戯れるファッション小説:恩田陸『私の家では何も起こらない』書評 (2010/3)
共同通信からの依頼。共同通信なので、特定のメディアではなく、各種地方紙などに配信されて書評欄にあちこちで載った模様。前の、「図書室の海」解説を読んで依頼してきたそうな。2ちゃんねるなどでは、ほめてるようなふりして全然ほめてない、と話題だったようだが、それは見方の問題で、ぼくは比較的ほめてるほうだと思う。

2009年

祈りと救済の経済学:『お寺の経済学』文庫解説 (2009/12)
 中島隆信『お寺の経済学』文庫版 (2010/02刊) の解説。非常におもしろい本で、お寺について知らないことがいろいろわかるという意味ではよい本なんだが、その根底にある信仰というのがどういう経済原理で成り立っているのか、という話が少し薄と思ったもので、解説でそれを補ってみた。その特殊性がわからないと、お寺がちょっとふつうとはかわったガバナンスになっている理由も理解しづらいと思ったもので。かなり僭越ではあるが、まあぼくは僭越な人間ですので。それに信仰にフリーソフト的な経済の作用があるという指摘は、ぼくは重要だと思うのだ。
みんなの意見の意義と限界:『「みんなの意見」は案外正しい』文庫解説 (2009/11)
 スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』文庫版 (2009/11刊) の解説。すでに類書がたくさんあるので、ずいぶん古びたんじゃないかと思っていたけれど、見てみるとなかなか価値を失っておらず立派。その周辺の話と共に、こうしたみんなの意見と民主主義とを安易に結びつける論調をかなり疑問に思っているので、それについても間接してみた。そつのないできではないでしょうか。
ユニクロの挑戦からタタの衝撃へ (2009/08)
 多くの人が、タタの発売した二千ドル自動車ナノにずいぶん否定的な意見を述べていて、ぼくはそんなことないと思ったのであちこちに書いていたら、こういう依頼がきた。ネットブックもそうだし、ユニクロだってそうだし、かつての日本車だって、同じような悪口を言われながらいまの状態になったんだし、それを認識しないといま絶賛倒産中のGMの二の舞だよ、という話。その後、ナノは生産トラブルに見舞われてなかなか思ったほど普及していないけれど、それは供給側の問題で、需要は十分にある。2010 年くらいには……
クルーグマンが教えてくれる経済学の驚き (2009/08)
 『クルーグマン教授の経済入門』が紆余曲折の末にちくま文庫に入ったもので、その機会にこの本と、さらにほぼいっしょに出た『経済政策を売り歩く人々』も交えた形での紹介を書いてくれと言われて書いたもの。正直言えば、ぼくは『経済政策を売り歩く人々』は訳し直させてほしいと思ったんだけど、まあしょうがない。その後、ちくま文庫はクルーグマンの他の本も文庫に入れていて、やる気のあるところを見せている。
グーグル『ブック検索』は著作権利用者の利益をもたらす (2009/06)
 日本のバカな著作権団体が、とにかく権利は抱え込むのがよいものと思い込んで、まともに利用もしないでブタ積み死蔵している権利をぎゃあぎゃあ物欲しげにふりかざしていて、グーグルのブック検索が何をしているかもろくにわからず反対しているのを見て、失笑してしまったのでそれをそのまま書いた。グーグルのやり方がいやなら、自分は何をするのか、というのをきちんと出さないと説得力ないよ。これが『新文化』の一面トップというのは、なかなかすごいと我ながら思ったけれど。
環境は悪化しているのか (2009/06)
 月刊「BAN」なる雑誌の依頼で書いた。BAN は警察官向けの雑誌なんだって。反温暖化みたいな論調の記事もいくつかのせていたので、さすがにそれは変だが、でもいま騒いでいるほどのことはないという論調を紹介した。だっていま何かしてそんなすぐ効果があがるものでもないし、慌てても仕方ないのだから。
テクノロジーの欲望:J・G・バラード追悼 (2009/05)
 バラード死す。追悼文を書けたのは、嬉しかった。依頼してくれたのはあの『ファクタ』。
食糧危機論の包括的な批判:『食糧危機をあおってはいけない』解説 (2009/03)
 タイトルもどっかで見たような本の解説。書いてある中身はすばらしく、本書を読んだあとでは食糧についての心配から解放されることうけあい。たいへんによい本だと思います。なんだか、帯ではぼくの名前がやたらにでかくて、なんだか恐縮なんですけど、著者のほうがぼくよりずっとえらいはず。
温暖化は適応を重視すべきでは?:フェイガン『千年前の人類を襲った大温暖化』書評(2009/01)
 フェイガンの本の書評。当初、温暖化の危機煽り本だろうと思って読んでいたけれど、必ずしもそうではなく、なかなかおもしろかった。というわけでその感想をそのまま書きました。

2008年

ノーベル賞のえらさ(2008/11)
 三人の人が同じテーマについて論じる企画。前にも教育ネタでかり出された。今回は日本人がたくさん受賞したノーベル賞。今後基礎研究が削られてノーベル賞が危ういという人(小柴さんだったかな)、ノーベル賞をもっといっぱい取るのを政策目標にという人、そしてぼく。ぼくは当然、ひねた視点から奇をてらったことを言うのが期待されていたんだと思う。前から、ノーベル賞をもらった人に後追いでいろいろ賞をあげる風潮が嫌いだったので、そこからこんな文を書きました。
ネットの未来(2008/8)
 『アスキー』で、ネットについて思われている常識を破壊するような文とか言われたんだっけな? ネットは自由だというような幻想を打ち砕く話を要求されたと思う。
『地球と一緒に頭も冷やせ』とは?(インタビュー)(2008/7)
 ロンボルグ『地球と一緒に頭も冷やせ』刊行は、洞爺湖サミットにあわせて急いだのでITMedia のオンライン雑誌なのかな? 『誠』というところがヒアリングしたいとのこと。確か、何かのセミナーを聞きにいったときに、その帰りにその会場だったホテルのロビー喫茶でやったような記憶がある。話の中身は、あちこちで何度も繰り返しているもの。
GDPについて(2008/8)
 ネットで、GDP概念を改訂しようとしている人がいたので、ちょっとコメント。気持ちはわかるんだが、実際にできるかどうか、ちょっと試してみてはいかがだろうか? この人の提案は一見おもしろうそうだが、やっているとたぶんかなり期待とはちがうものになると思う。さて、それをふまえてもかれは同じ主張をするだろうか? もちろんこういう批判をすると意固地になってあれこれむきになるのは予想されるので、かわいそうだと思うし、最近は素人はなるべく暖かく見守ろうとは思っているんだが、ありがちな症例が出ると、やはり指摘しておきたいと思うので、ちょっとまな板に乗っていただきます。ごめんね。でもお国のために犠牲になってください。
研修資料の余白に:『はだかの王様の経済学』は戦慄すべき本である(2008/6)
 松尾筺『はだかの王さまの経済学』を読んで、さいしょはちょっと疎外論の変なところやいい加減なところをつつきまわして遊ぶだけのつもりだったが、途中まで読み進んで、ゾッとした。こんなに平然と、こんなにすさまじいことが平気で書いてあるとは思わなかった。ぼくが過剰反応しているだけなのかもしれず、ほかのだれも指摘していないし、ほめている人もいるのでなんだか不安ではあるんだけれど、でも何度か読み直しても他に読みようがない。みんなで決めたらだれも反対することなく万人がハッピーになれる! こういうことを言って許されるのは小学生までだと思う。もらった本なのに申し訳ないとは思うけれど……
プロジェクト杉田玄白の思想(2008/6)
 国際交流基金が出している『をちこち』という雑誌のための原稿。プロジェクトの経緯のまとめ。まあふつうの特にひねりもない原稿ではあります。確か依頼の電話がかかってきたのは、ホーチミンのホテルにいるときだったと記憶している。
六六開発の影響:五周年によせて(2008/5)
 かつて広報媒体のでかい緑の本にかかわったこともあって、五周年のときに広報誌に起稿を求められた。多くの人は、前の本やこれが提灯記事だと思っているようだけれど、ぼくはかなり本気でここに書いたようなことを考えているのだ。ちなみに、五周年記念パーティーにもご招待いただいたのででかけたところ、すさまじい混雑。華やいだ部分もあったけれど、人々の食い物への群がり方等ああまりに見苦しく、タワーの展望台を一周してそのまま帰ってきた。おみやげにもらったバウムクーヘンはおいしゅうございました。
「ap bank」っていったい何なの?(「m9」創刊号、2008/5)
 嫌韓流でもうかった普遊社が、2ちゃんねらーにすり寄った雑誌を出せばうれるんじゃないかということで始めた雑誌の創刊号。すでにしばらく前からやっていたapbankウォッチをちょっとふくらませた。意地悪くなりすぎたかな。なおm9はぼくはこれっきりで、2号でつぶれました。
トーゴフ『ドラッグ・カルチャー』評:ダメな本をさらに劣化させた犯罪的な邦訳(2008/3)
 もともとダラダラと聞いた話を並べた駄本を、日本語訳はこれまであまり紹介されていないかろうじて有意義な部分をすべて削除することで、まったく現代的意義のない 60 年代ヒッピーサイケ文化へのノスタルジーだけの駄本に仕立て上げてしまっている。図書新聞からの依頼で、ほめなくてもいいという条件つきでうけたのに、結局はほめないとだめだとのことでボツになった。あほくせ。でも図書新聞を名乗るくせに、本の根本的な価値を台無しにする最悪の邦訳を指摘する文は載せられないというのは、結局えらそうなことを言いつつ、それが業界内輪の仲間ぼめメディアでしかないことを露呈しているわけだ。期待していたわけじゃないが、目の当たりにするとがっかり。
実体としての本、情報としての本(2008/3)
 白水社のPR誌向けに書けと言われた本。PR誌なのでたいがいは知識人が、自分がいかに本が好きかというようなことを書いているコラムらしい。依頼の経緯その他はよく覚えていないが、ポルポトが終わったのでまあ書いてみろというような話だったかな? ファイルの日時は五月になっているが、三月くらいだったように思う。

2007年

バロウズと「23」(2007/11)
 ジム・キャリーの、まじめなんだかネタなんだかよくわからない映画のパンフ用に書いた文章。コメディアンがシリアスな路線をやろうとするのは、時に痛々しいけれど、これもそのたぐいだったなあ。
『論座』も必ずしも読むところがないわけではないこと。(2007/09)
 いやはや、もらった『論座』をぱらぱら読んでいたらふと目に入って、一気に書けてしまった。噂のほうに入れようと思ったが長くなりすぎたので別枠で。
『アリス』の不気味さとシュヴァンクマイエル(2007/08)
 ラフォーレ開催の『ヤン・シュヴァンクマイエル展』パンフレット用の寄稿。`ほかでも何度か述べた、アリスの不気味さ、テニエル画の呪縛の強さ、といった話をまとめたもの。
ハリポタ結末予想:ハリーは魔法の力を捨ててこの世界と和解しなくてはならない。 (2007/07)
 ロッキングオンの雑誌に依頼された、ハリポタの結末予想。実際に出たシロモノはかなりダメダメで、ぼくの予想のほうが作品としては上になったと思う。このラストだとローリングが10年後もまだ残っているか、少し疑問。
インバル・ピント・カンパニー(2007/06)
 インバル・ピント・カンパニーの来日公演のかなり前に、雰囲気盛り上げ用にいらいされた文章。ダンスとしてはそれなりにおもしろい試みが多くて、嫌いではない。結局来日公演はどんな具合だったのかな。見ずじまいなのが残念。
YouTube 時代の映像表現:個の喪失と群衆による創造の可能性 同英語版 (2007/06)
 日英2カ国語の美術雑誌に依頼された文章。英語は、先方の英訳をかなりなおして、表現をあちこちいじって英語用に改訂したりしたら、「直訳でないとダメだ」と言われて、そんなら勝手にしてくれということで実際にどんな訳になったのかは見ていない。せっかく訳したのにぃ。
ダレル『ジュスティーヌ』評『インビテーション』2007年6月号 p.132) pdf版, 950kb
 ロレンス・ダレル『ジュスティーヌ』評。多くの人は、アレキサンドリア四重奏をこの『ジュスティーヌ』の印象でしか語っていない。特に第3巻の『マウントオリーブ』で挫折した人は多いんじゃないかな。その意味で、アレキサンドリア四重奏は往々にしてアレキサンドリア独奏になっていると思う。CUT 最終書評と重なる部分が多くてアレだが、そこのところを言えたのでよしとしよう。
ゴア『不都合な真実』評と対抗本(『プレジデント』2007年4.16号)
 『不都合な真実』はぜんぜん真実でない困った本なんだけれど、それに対抗して何を読むべきかを紹介しようということになるとまとまった本がやたらに自分の関係書ばかりで困った。
世界のフラット化できない部分とは(月刊『アスキー』2007年1月号?)
 フラット化特集とのことで、ぼくのあまり好きでないフリードマン『フラット化する世界』をめぐって何か書けとのお達し。

2006年

出題範囲はいらない『毎日新聞』2006年11/18号 13面「主張 提言 討論の広場」)
 一部の高校が、試験に出ないが必修だった倫理社会だか日本史だかの講義をせずに、必修科目が履修されていない状態の子がたくさん出てきたのが問題になった。で、それについて識者に議論させる企画で、ぼく以外には山内昌之と坂口幸世が書いている。山内昌之は、歴史を勉強しないと国際人になれない、というような話でイマイチ。坂口幸世は代ゼミの人で、未履修を生んだ必修科目の増加と、それに対応する合理的な手段として未履修が発生した、という事情を書いていて、これは非常におもしろかった。山形は、ちょっと一歩下がった視点から高校生に必要な教養って何? という視点で書いてくれと言われて書いた。
巻頭エッセイ:ウェブ 2.0と著作権(『経 (Kei)』2006年12月号)
 ダイヤモンド社のPR誌。表紙の裏のところに掲載された。なんかそこだけ妙に字が詰まっていたような感じがしたが、気のせいかも知れない。電子ブックでバックナンバーを売っていて立ち読みもできるが、今ひとつ使いにくいように思う。なれれば大丈夫かな。
ネット電脳歌謡:液晶の窓から(月刊『アスキー』2006年12月号?)
 いきなり歌を書けと言われた。これにかのももーい嬢が曲をつけて実際に歌ってくれた。聞いて死にたくなった。ミュージシャンが薬に走るわけがよくわかった。ついでに彼女とアスキー本拠で30分ほど対談してそれも載った。かわいらしいお嬢さんでございました。
人生を変えた本:海底二万マイル(『日経ウーマン』2006年11月号)
 確か会社の窓口経由でやってきたんだけれど、会社の人間としてのコメントがほしいのか個人としてか、ときいたら個人としてってことだったので答えた。
ネット小史(月刊『アスキー』2006年11月号? 復刊一号)
 ネットの歴史を四ページのイラストにあわせて語れとのお題。字よりイラスト中心だったので、まあこんな感じかな。中身的にはあまり新しいことは言えていないけれど、でもいろいろすでに語ってきた内容でまったく新しいネタはさすがにない。
社会、建築、経済、すべて:世界としての都市像(『Casa Brutus』2006年5月号)
 Casa Brutus の本特集で依頼されたしろもの。三冊紹介してコメントを書けというもので、変にウケをねらってもしょうがないし上位を選ぶとこのあたりは動かない感じ。
ライブドアにもの申す(Livedoor ニュース、ライブドア事件特集、2006/2/13)
 ライブドアは、社長ホリエモン逮捕のしばらく前にコンテンツを充実させようとして、独自に記者を集めてニュースサイトを作っていた。そうしたら自分のところが世の話題をかっさらうニュースネタになってしまって、ずいぶん困ったらしい。何を言っても石を投げられそうだが何も言わないとニュースサイトとしての存在意義を問われてしまうし。で、結局いろんな人に意見をきくという形で採りあげている。「他人を呼び捨てにするとは礼儀知らず」というコメントをつけた常識のない子には笑わされた。
感情なき宇宙的必然の中で:スタニスワフ・レムを読む(季刊『InterCommunication』2006/2)
 レムの小説観は非常に狭苦しくとんちんかんであり、おそらくそれはかれの社会性の欠如からきている。レムの作品に一貫するのは人間嫌いと社会の不在であり、それはかれのぶっとんだ小説のおもしろさの源泉であると同時に一つの限界でもある。この文や、NewWordsのロリータ評でもそうだけれど、ぼくはだんだん文芸評論家がお気に入りの作家を何やらPCな枠組みに押し込めようとするのが鼻につくようになっている。レムは読みの自由を称揚したという沼野充義しかり、「ロリータ」は愛の物語だという若島正やレムしかり。
事業収支の見方:あるリゾートを例に。 (2006/6/26)
 下の文を読んだ人からきたメールにお答えして。事業収支は、まずビジネスモデルを見て、それからわかる範囲で数字をおさえ、その条件をいろいろ変えてみればいい。常識さえあれば高校生にもできる話だ。あるリゾートを例にそれをやってみよう。
ap bank の活動をちょっと見てみた。 (2006/6/3)
 昔書いたものを読み直して、そういやあれはあまり話をきかないがどうなったであろうと思ってちょいと調べてみました。やはり現実には勝てないようで。でも今後、コンサート方面が好調になりすぎるとどうなりますことやら。
タルコフスキー『惑星ソラリス』:悪しき現実逃避映画(月刊『エスクァイア日本版』2006 年 2 月号)
 このタルコフスキーの話はどっかで書きたかった。ちなみに、ここで最後にふれている、すばらしいんだけれど今見ると萎える『ノスタルジア』、そしてその次の、あの最低最悪の映画「サクリファイス」というのは、まさに現在嘲笑の対象でしかないセカイ系キモヲタ作品とまったく同じ。自分のセコいだらしない欲望が、何やら世界の破滅を救うの何のという大仰な話と直結しているというアニメにありがちな妄想の話だ。たぶん多くのアニメとかは、数十年前のゲージツ映画とかの通俗版として解釈しなおせるんじゃないか(またはその逆も可)という気がする。

2005 年

ワーナー演出『ニーベルングの指輪』レビュー。草稿、および最終稿(寺倉編『ワーグナーの力』青弓社、2005 年 9 月)
 キース・ウォーナー演出『東京リング』は、ジークフリートに対する英雄崇拝が嫌いで、それをガキっぽくくだらないものとして嘲笑しようといた意図はよくわかる。しかしワーグナーからそれを除いて何が残るのか? またその他のCG映像やテレビ、音楽での新しい試みらしきものは、勉強不足でださい。最終稿では、編者の指示で最近のバイロイトねた等を加筆。
ウンコな議論も使いよう(『ちくま』2006年1月号?)
 フランクファート『ウンコな議論』について、筑摩書房の PR 誌用に書いた原稿。与えられた枠組みの中ではそれなりによく書けたが、新規需要の発掘とまではいかなかったんじゃないかと思う。書いたのは2005年11月くらいで、雑誌は年末ギリギリに届いたような記憶がある。
I developed the true CreativeCommons license. (2005/8/8)
 前に書いた、レヴィストロースの議論とレッシグの議論の共通点およびそのくいちがいを考えた文章を英語化したうえ、両者を融和させるような真のライセンスを考案してみた。レッシグ先生は読んだはずだが、まあおふざけだしコメントは特になし。
マクロード『表現の自由 VS 知的財産権』書評(月刊『文學界』2005年9月発売号)
 ある日突然メールで依頼。できればほめてほしいような依頼ぶりではあった。読んでみると決して悪い本ではないけれど、敢えてほめるほどすばらしい本だとも思わない。決してまちがってはいないが、社会正義をふりかざしてその自由の真の担い手を否定するようなエリート意識は鼻持ちならず、最終的には民衆蜂起を呼びかけるだけという点で限られた意義しか持たない。そう書いたら、それはそれで評価としてオッケーとのこと。
Infomal-インフォーマル (TOTO 出版) について(DETAIL Japan 2005年8月号 p. 108)/dt>
 日本版detailに書いた、自分の訳書についての説明。
メディアリテラシーの練習問題;室井尚の奇妙な反・嫌煙運動プロパガンダ論(2005/9/30)
 あまりにひどかったので、一気に書いてしまった。ああ、時間を無駄遣いした。
「北斗の権;愛・リノム」(2005/9/29)
 ただの冗談だが、意外とホントにできるかも。なお、稲葉氏は気に入らないって。ふーんだ。
牛肉の話の補足(2005/8/7)
 全頭検査しなきゃダメとか言ってるバカがあまりに多いし、それに便乗したあおり商法もうっとうしいので。全頭検査したってダメなの。ちなみにだんだんこの話で分が悪くなってきた連中は論点をすりかえて、アメリカの牛肉はとにかく危険だ、と粗探しに腐心するようになっている。
恩田陸『図書室の海』解説の没バージョンおよび採用バージョン(2005/4)
 読んでの通り。こいつのロングバージョンは、考えてみればバックアップフォルダのどっかにあるにちがいない。こんどサルベージしよう(サルベージして足した)。
人類進化、そして文字と文学の将来(2005/2)
 この頃関心のあったいろんなものの合わせ技。ハンフリーと、文字文化の終わりと。うまくまとまったような気がする。

2004 年

アルゴリズムとしてのアート(季刊『InterCommunication』2004/2)
 diatxt. 連載を要約したようなもの。アートというものは、人間の機能探索を主目的としており、それはある種のアルゴリズム探索であるとともに、それ自体がアルゴリズムともなり得るのである。
俯瞰の価値:リアル書店の比較優位と未来(小説トリッパー、2004 年秋号)
 書店の将来はどうなるとか、ネット書店に比べて云々とか。「本と書店をめぐる冒険」なる特集の一部。別に目新しい発送があるわけじゃないけれど。ただ最終的には本屋が自分で考えろって感じではある。
「SFに見る未来都市を形成する新技術」(建築学会だったか何とか学会だったか、2004 年夏頃)
 読んでの通り。かつて裁判ネタになったものの焼き直しにちょっとあれこれって感じかしら。まあこんなもんかなー、くらいのでき。
書斎拝見だかビジネス道具紹介だか(『メンズクラブ』、2004 年 6 月???)
 掲載号を見た記憶がない。どんな感じで出てたんだっけ。大森の山形のきたない部屋でカメラマンが苦労してました。メンズクラブに出るようなハイソでスノッブなところじゃなかったから、とにかく小物の接写でごまかしていたような。あと、記者の人は当時部屋にあったペリーの日本報告書(本物)とフォン・チューネン「孤立国」(本物)に大いに興味を持って写真も撮ったけれど、これは使われずじまい。

2003 年

J.G.バラード:欲望の磁場(pdf)(バラード『コンクリート・アイランド』(2003) 解説)
 現時点でのバラードに関する議論の総集編的なものになっていると思う。もう 3 年以上たつけれど、言うべきことはいささかも変わっていない感じ。『コンクリート・アイランド』はもう絶版みたいなので、一応印刷できない形で公開しておく。
小説の効用分析とその未来を考える。(月刊『群像』2003 年 10 月頃)
 『たかがバロウズ本。』の一部を抜き出したもの。小説の効用というものをまじめに考える必要がある。実質所得は上がっているのに、小説からの効用は上がっていないし、他の新種の娯楽との相対比較で比べればかえって下がっている。キングのように長くする手はあるし、それ以外に自動化にも可能性はあるかもしれない。
仲能 健児『インドにて』解説(仲能 健児『インドにて』(幻冬舎文庫, 2003) 解説, 2003/10)
 なんかバックパッカーなりそこないの思いで記みたいなものになった。でも、読者の多くはこういう思いを経験していると思う。多くの人は、沈没バックパッカーにはなれず、どこかでふつうの社会に戻ってくる。その話をそこそこうまく書けたんじゃないか。
『コンピュータのきもち』発刊記念 ABC 講演レジュメ解説 2003/9)
 ABC講演のレジュメ。この本自体の性格もあるけれど、全体にやさしめ。ネットを検索すれば、講演の記録なども見つかるはず。
「部屋を見せろ」(『週刊SPA』2003 年 4/15号)
 SPA のなんか部屋を見せろ企画。向こうにきたないせんべい布団も見えております。トホホ。これでも少し片づけたのだ。その後、大規模な書籍処分をやって現在はちょっとましになっている。
リチャード・ストールマン:フリーソフトの大聖人(『週刊アスキー』2003 年 4/??号)
 RMSが来日して、同時にかれの本が出て、その紹介と販促をかねた記事みたい。初心者むけにざくっと紹介してくれといわれたので、ざくっと紹介しました。まあこんなものではないかと。かれの本当の変なところというのは、ことばでは説明しきれません。
書評:「インターネットの思想史」(『エコノミスト』2003 年 4/29-5/6号)
 急にきた注文。話がインターネット前史で終わってしまうのがねー。タイトルは誇大。だから全体にきつい評価となる。また、リックライダーがえらかったらどうなのか、という検討があまりにない。えらい人がいた、というのは結構なんだけれど、それは歴史家だけが気にすればいいこと。もちろん著者は、歴史家だけのために書いたのかもしれないけれど、でもそういう本にはなっていないのだ。
IC カード的人間の誕生(『中央公論』2003 年 1 月)
 ものすごく苦労して書きました。やはり決定的な材料がなく、だから最後のほうは「かもしれない」の憶測のオンパレード。ポイントはついているんだけれど。同じ特集の中の森山和道のしっかりした取材に基づく記事に比べるといかにも弱くて、泣きそう。でも驚いたことに、これが朝鮮語に翻訳されてしまったとゆー……
著作権の話:レッシグ・伊藤ジョーイ・山形鼎談(『中央公論』2003 年 2 月)
 来日中のレッシグ先生と鼎談。でも、このメンツはこの頃、まあ二日おきくらいに何らかの組み合わせで顔をあわせていたので、お互いできレースっぽい感じではあったが。でも、紅白歌合戦の話とか知らなかったー。

2002 年

レッシグ BLC 講演記録 (2002/11/25)
 来日中のレッシグが東大ビジネスローセンター(だっけ?)でやった講演の記録。まあこんなものでした。
エンロン・ワールドコムの影響(月刊『プレイボーイ』2002 年 8 月?)
 いろんな事件が日本に与える影響についていろんな人に書かせたもの。プレイボーイとしては、ワールドコムが倒産すると連鎖倒産が起きて経済崩壊で日本も、というような話がききたかったらしいんだけど、そんなことにはなりませんって。
わかりやすさは、ただの表現技術の問題ではないのだ。(月刊『ダ・カーポ』2002 年 4 月)
 わかりやすい文章とかいうテーマだったように記憶しております。が、そうだっけ。まあいいや。
これってナボーコフの? 英語版(2002 年 1 月)
 手元にあった本の書き込みと、最近送られてきた古本屋のカタログに載っていたのとつきあわせて、確信が持てないのでまあ読者のみなさまに適当に判断していただこうというわけ。英語版を作っておいたのが功を奏して次々に条項提供者があらわれ、だいたい決着を見た模様。真実はまあ、いつものことながら夢見ていたほど華々しいものではなかった。

2001 年

我一介の滑稽なり (大室幹雄『滑稽』解説、2001 年 12 月)
 岩波現代文庫の、大室幹雄の本の解説。あの佳品の再発ではあるけれど、これで読者層は広がるかな。それにしてもわおう、岩波だぜ。現代文庫のほかの解説者は、なにやらもっとえらそうな人ばかりなのに、オレだけ若僧って感じではある。編集者の人が、「道化としてのコンサルタント」を読んだのと、著者が五月祭に呼んだときのことを覚えていてくれて(客が4人しかこなかった……すいません)、両方が山形を挙げたんだって。うれしや。
ボコノン教とアイスナイン (K. Vonnegut『Cat's Cradle』解説、2002 年 1 月 pp. )
 同じくペンギン・ミューズコレクション:原書で楽しむ英米文学シリーズ第 10 段。ちょうど執筆時期がテロの頃と重なったんだけど。確かこれはシドニーで書いたような記憶がある。これもロン・カーター氏の解説は結構ピントはずれだし、またコラムを書いている上岡という人は「宗教のほうが人間味があるから科学よりえらいのだ」というまったく進歩のない無根拠な妄想をまいていてうんざり。現状の世界を見てそれが言えるというのは、かなりおめでたい。それにヴォネガットの最高傑作が「スローターハウス5」と「母なる夜」なのが定説だというのは、ホントかよ。『母なる夜』は、ヴォネガットの中で結構特殊だと思うぞ。ぼくは「タイタンの妖女」と「ローズウォーターさんあなたに神のおめぐみを」だと思うね。まあ趣味の問題もあるけど。あとヴォネガットは最近、God Bless You, Mr. Kevorkian なんてのを書いているのか。
納屋の壁のスローガンと、よりよい未来の末路 (G. Orwell『Animal Farm』解説、2001 年 10 月 pp.120-123)
 同じくペンギン・ミューズコレクション:原書で楽しむ英米文学シリーズ第 6 段。ご存じ動物農場。名著だね。解説も、結構おもしろい視点が出せたと思うので満足。なお、帯にはコラム著者としてもう一人宮脇孝雄の名前が挙がっているが、落としたようで載っていない。
『ジャンキー』とバロウズのことば (W.S.Burroughs『Junky』解説、2001 年 9 月 pp.177-180)
 大学の副読本として、英文にちょっと解説、そしてコラムをいくつかつけたシリーズをタトル系の ICG ミューズというところが出しはじめて、その中の一冊。シリーズ 3 冊目。副読本にジャンキー! いいなあ。しかし、巻頭の解説を書いたロン・カーターという人物は、バロウズがブレードランナーの脚本を書いたとか、初心者のよくやるミスを平気でやらかしていて恥ずかしいことおびただしい。それ以外の部分でも、明らかによく知らないな。
アレックスたちのことばと自由、みたいな。 (A.Burgess『Clockwork Orange』解説、2001 年 9 月 pp.170-173)
 同じくペンギン・ミューズコレクション:原書で楽しむ英米文学シリーズの第5段。これは名作ですよー。巻末の Nadsat 解説は便利。バージェス自身は、こういうのは大きなお世話で読者が自分で考えろ、と思っていたそうだけれど。ロン・カーター氏、ここでも『ジャンキー』に続いて怪しげなことをいろいろ書いている。あと、コラムを書いているまりもめいりという人物は、アレックスが「おれも家庭にあこがれるぜ」となる最後の章の意味を正反対にとって(これをアレックスの反省だと理解してるのね、この人は。だから、これがそれまでの暴力の批判だと思っておるのだ)、バージェスの意図をまったくゆがめた解説を書いている。
バロウズの自由(『早稲田広告』2001 年 9 月 p.21)
 早稲田大学広告研究会の機関誌。特に号数とか書いていないけれど、かなり久しぶりの、再創刊に近いしろものなんだって。最初、ゴミクズみたいな依頼メールに、ちゃらんぽらんを絵に描いたみたいな企画書がくっついてきて何か書け、というので、まずは手紙の書き方から勉強して出直してこい、この腐れた甘チャン大学生めが、と返事をしておいた。これで二度とくるまいと思ったら、なんときちんとお手紙の書き方とかを勉強したらしく、多少敬語使いすぎ気味とはいえしごくまっとうな依頼メールと、そこそこよくできた企画書が送られてきて改めて原稿書いてくれ、という。大学の広告研究会(って何するところなの?)だというのに、一応原稿料も出すって。えらいえらい。見直しました。そこらの商業誌の編集者よりよっぽどまし。
 できた雑誌は、裏表紙の広告が派手すぎてそっちのほうが表紙に見えるというブックデザイン的な大ポカをやっているし、号数が書いてないとか、広告とりすぎて見にくいとか、ケチをつけられる部分はあるけれど、まあ許す。一応あとから礼状メールもきて、とりあえず社会常識は身に付いたね、という感じ。
資生堂 WORD レジュメ(2001年8月3日)
 資生堂の文化事業の一環としてやっている連続講演シリーズ WORD の講師に呼ばれたので、そのときのレジュメ。講演録がここにあるようだが会員限定とのこと。
フレッシャーズに薦める本(2001年春)
 フレッシュマン向けブックフェアのパンフに書いた文章。まあsame ol' same ol' って感じ。
サイバーテロ(『東洋経済』2001年1月)
 東洋経済がなぜかサイバーな話をするんだって。で、その中でサイバーテロの話。中身は訳してるレッシグ「Code」と、シュナイアー「Secret and Lies」のごった煮。ちょっと毛色がちがうのでまあまあかな。
『IT なんかいらねぇよ』(『実業の日本』2001年1月)
 老舗のビジネス誌が、リニューアルするのだ。で、ぼくにも最初は連載やれって言ってたんだけど、ちょっとネタが枯れてて無理だ、と言ったらとりあえず単発の依頼。うーん、でも中身は相変わらずだぁ。ちなみにこの老舗雑誌はその後完全に立ち消えてしまった。
『八月の博物誌』書評の変遷(『文藝春秋』2001 年 1 月他)
 文藝春秋から、ぼくの CUT の『Brain Valley』の書評を見て、おもしろかったから瀬名秀明の新作『八月の博物誌』の書評をしてくれ、と依頼。おお、おれに頼むか、それではと思って書いたんだが……
イカレた本ガイド:IT 革命と生活経済(『Title』2001年1月)
 なんかあいも変わらぬ、IT 革命についてのブックガイドと、一般人向け投資とかの本の紹介。ほかにもこの程度のものを書ける人はいっぱいいそうなのになぁ。でも具体的に考えるといないか。柏木にもっとがんばってもらわねば。2ch 方面でも最近キレがない、つまんないと言われてアレだし。ところで、この 2 つのパートは別の人から別口で注文がきて、締め切りのサバの読み方がちがったのがなかなか笑えた。そのくらい口裏あわせればいいのに。
生産性はあがったのか(『The 21』2001年1月)
 IT で生産性はあんまりあがっていません。マル。もう飽きたー。このページを見ている人も、とっくに飽き飽きしていると思うのだ。ごめんね。読んでも目新しいこと書いてないよー。でもまあThe 21 ってちょっとおじさんっぽい雑誌じゃなかったっけ。読者層がちがうからまあいいんだけれど。
IT革命のリアリティ(『データパル』2001年1月)
 「imidas」とか「現代用語の基礎知識」みたいな分厚いのの一つ。これだけ出るのがちょっと遅いんだね。中身は相変わらずの中身。だって同じネタなんだもん、同じことしか書けないよー!

2000年

ヘルツォーク(パンドラ編『解凍! ヘルツォーク』2000年12月)
 ヘルツォーク。ウソがいっぱい書いてあります。注文したほうは、もっとしっかりした分析を期待していたそうなんだけれど……無理だぁ。というわけでおちゃらけで逃げました。
こんなIT本は読むな(『日経ビジネスα』2000年10月)
 似たようなのいっぱい書いてて、そろそろ飽きてきました。それにしても、もともと日経ビジネスウィナーの次の号に書くはずが、なんか雑誌がいつのまにか変わっているとゆー……
アート/IT/革命(『美術手帖』2000年10月)
 八谷さんとの対談。やっぱり……並の人ではないなあ。モンゴルの馬を調べてどうのこうの、エネルギーがなくなったときにそれが重要になって、というのはまさにその通りなんだが、それをこうストレートに考える人というのはほかにいないよ。
東京のなんとか(『A』2000年10月)
 柳下毅一郎と大森望との鼎談、のようなものだがやっぱり事前にストーリーとか考えてなくて、思いつきの連続になったなー。みんな、自分はちゃちゃ入れだけでいいにちがいないと思ってきているというのはやっぱまずかったかも。仕切は磯達夫。ほとんど SF セミナーかなんかの企画みたい。
バーチャルシティのデザイン(『City & Life』56 号)
 五十嵐氏との対談。やっぱ対談って苦手だなー。あんまり盛り上がらなくてごめんなさい。でもやっぱり自分で強い構築力を持って都市や建築をどうする、というのはなかなかはやらないんだ、というのがわかった。うーむ。みんな破壊だけは好きだけれど、つくる気はないし、行政とかでもめんどうな調整をいろいろしてまで開発をする意志とかもなくなっている、というのはなんかうなってしまうなー。全文をもぎとってきたのは、わが広報部長。やるなあ。
e-ナントカにITうんちゃらについての断想(『InterCommunication』2000年10月)
 InterCommunication からきた珍しい仕事。中身的には、アマゾン・コム解説の落ち穂拾い、ということは文章そのものでも述べているとおり。
浅田彰のクラインの壺はまちがっている。(2000年10月)
 読んで字のごとし。かれの『構造と力』の中心モチーフであるクラインの壺の使い方はまちがってるのです。まる。
amazon.comから学べること(2000 年 6 月)
 「アマゾン・ドット・コム」の解説。ネットビジネス万歳の本かと思って、こきおろそうと身構えていたら、以外と堅実なのでおどろいた。解説も堅実にしてみましたです。
道化としてのコンサルタント(日経ビジネスウィナー 2000 年 8 月)
 ふーん、なんか似たような名前の人が書いてるな。だれだろうな。山崎浩一かな。あの人も幅が広くなったなあ。でも着目点はえらいな。古代中国における、道化としての国家経営コンサルタントたる思想家知識人については、大室幹雄『滑稽』(三省堂)がとっても参考になるんだけれど、この人ちゃんと読んでいるなあ。立派立派。なんとなく、書きっぷりにウランバートルっぽさが感じられるなあ。
会社と社会にとっての忠誠心(月刊 Playboy 2000 年 8 月)
 ストックオプションとかで、社員がオプションの高いところにばかり転職を考えて、会社への忠誠心がなくなってしまった、という翻訳記事への追加コメント。この記事では、ダメになると社員が一気に逃げるとか、社員の忠誠心を高めるためにいろんな育児生活支援サービスをもうける会社の紹介とかをしていた。まあそうねえ。でも、そういう短期の話より、長期的なスキルのほうが重要ではないかな、と思って書いた。
トリップのための読書ガイド(月刊 流行通信 2000 年 7 月)
 いやひどい仕事だった。締め切りすぎて、こっちがほとんど書き終えた頃になって、「実はレイアウトが変わっていて字数が変更になったので全部書き直せ」だと。で、半日で書き直して原稿送ってから2日後に「印刷機止めてるけど原稿まだでしょうか」だと。絶句。ただの書き殴りなので、掲載時には名前とか出してないし、原稿料ももらわないことにした。
秋葉原TVへのコメント英語版(秋葉原TVカタログ 2000 年 7 月)
 通訳とかでちょっと手伝った秋葉原テレビというアートイベントのカタログ用になんか書け、こういうアートイベントの経済効果みたいな話で書け、というので書いた。まあ、そんな波及しませんわよー。
21 世紀のための経済書 10 冊(InterCommunication 2000 年 6 月)
 なんか、ニューエコノミーの理解に役立つ 10 冊という指定だったんだけれど、人の顔を見てものを言ってくださいよ、といふ感じ。堅実なところでおさえました。しかし経済なら、浅田彰せんせいに選んでいただけばよろしいのに。ぼくみたいな軽薄なのではいけませんぞ。
古くさいハイパーメディア万歳論だねぇ。(月刊 論座 2000 年 7 月号)
 なんであの朝日新聞の『論座』が、ワタクシめのような下品な物書きに書評を依頼するね。しかも、罵倒するぞと予告したのに「罵倒してくれていい」という意外なお答え。ほほう、ではご期待に応えて。しかしこいつが、武邑光祐とか橋本典明とおんなじなんだよ、中身のなさといい、うわっつらだけで喜ぶさまといい、ちょっと似てりゃなんでもいっしょくたにするおめでたさといい。ついでにいきがけの駄賃で、その前後に読んだバカなメディア論にもびんたをくらわせとく。だって、どれも高い本だったので悔しくて、ちょっとでも有効活用しようと思ったんだもの。
通産の極秘計画NESS プロジェクト日本語版)の全容!(2000 年 3 月)
 Patricia Piccininiのカタログ用に頼まれた。彼女の Truck Babies のシリーズをテーマにして書けってことで。マジな美術ヒョーロンを期待してるとは思えなかったので、完全に冗談で行く。でも、一応作品論もちりばめてはいるのだ。

カリスマが教える 21 世紀ビジネスマン・サバイバル勉強術:英語編(月刊Playboy 2000 年 2 月)
 カリスマって、オレのことか? 載っておどろくワタクシ。しかしこういうネタは、簡単なようでむずかしいというか、これを読んでその通りにするやつがいるか、というといないんだよね。まあその分、お気楽ではあるんだけれど。なお、後に掲示板での各種やりとりで、Playboyは婦女子が平気な顔で買うにはさしさわりのある媒体であることが判明。いい雑誌なんだけどねー。
ネット銀行(Hot Dog Press 2000 年 2 月)
 なんで HDP が、という感じではある。おれなんか、HDP の読者層からいちばん遠い存在だぞ。はーいみんな、こんなの読んでると、もてない男になっちゃいますよー。ああっ、しかも下ではクーロン黒沢が Amiga ねたで文書いてるし。そういうのはおれに書かせろ! しかしいまスグ役立つ LOVE&SEX 情報満載、となっているけど、こんなもん知ってても、LOVE も Sex も何の役にもたちませんぞ。いまスグはおろか永遠に。なお、特集は『究極の LOVE & SEX レポート2000』。もうちょっと下ネタとかちりばめようと思ったけれどなんせ字数がない。これが限界。
宮崎哲弥・山形浩生「新教養主義対談」(2000 年 2 月)
 晶文社のサイトに載った販促用の対談。やっぱ宮崎さんのほうがしゃべり慣れててうまい。実際にやったのは、1月末、だったかな。場所は新宿のセンチュリーホテルの一階の茶店。宮崎さんは忙しくて、隣のテーブルで次のアポの「論座」の人たちが待っているのだった。
小野教授、それはちょっと、およびその前段(2000 年 1 月)
 HotWiredに書いたものと関連して、小野善康教授の議論についてのコメントと小野さんの答え。ぼくはまだ不満だけれど、一応ポイントはわかれたし、相手をしてくれた小野さんには感謝。はじめは SIGHT の没原稿から始まっていて、下手すりゃ火の粉が、と思ったがそうはならなかった。やれやれ。
ブタもおだてりゃ……(東京新聞夕刊「自著を語る」2000 年 01 月 06 日)
 ちょっとノリを重視しすぎて意味をきちんと伝えられていないような。ノリもいま読むとイマイチかも。というか、新聞の折り返しの多い文にすると、なんか読みにくかったような感じ。それと掲載時はずいぶん行間が詰まっていたが、指定字数通りのはずなんだけどなあ。写真もなんかどんくせぇよな。ぶつぶつ。ちょっと実際の紙面での見栄えを考えないと。でもレイアウトなんかどうなるかわからないしブツブツ……

1999 年

フィオナ・アップルの新譜は……(1999 年 12 月)
 まあ見れば魂胆はわかるでしょう。
倉骨訳『オープンソース・ソフトウェア』について(1999 年 12 月)
 いやだなあ、こういう翻訳は。この人の翻訳はすべてこうなんだ。なまじ加工して帳尻だけはあわせてあるんだけれど、それでかえってぐちゃぐちゃにするし。
週刊金曜日の取材その後日談(1998/12-1999/2)
 週刊金曜日が、例の小谷・巽裁判のことで取材をかけてきた一部始終。ネット時代のジャーナリズムのあり方に鋭く迫る問題作! ……ではない。単に、記者が無知なうえに無能で、お題目と紋切り型によっかかってことたれりとしてたから、こういう無様な結果になっただけ。これは週刊金曜日にいかに人材が欠如しているかを示すのか、それとも巽小谷シンパの人材不足のあらわれなのか。ま、どっちでもいいが。
インフラ化するコンピュータ(『BackUp』(金沢工業大学学内誌)用原稿 1999 年 6 月)
 Linux オープンソースネタ。まあこれも無難。最近無難バッかだ。だめだなあ。もっともっと異常な原稿をたくさん書かねば。
開発モデルと商売モデル:オープンソースをめぐる文献たち(『日経コンピュータ』 1999 年 6 月)
 まあ穏当な記事ですな。でも実際にはかなり削られて、バタイユとか入らなかった。えーん。日経コンピュータに絶対載らない名前をいっぱい出したかったんだが。その後、ここに挙がったいろんなものは翻訳とか出てしまっている。
21 世紀後半には別の形での欲望の組織が行われ、セクシュアリティは反動となる。(『國文學』 1999年 1 月号「特集:セクシュアリティ革命」)
 「複雑系とセクシュアリティ/メイル・ヌード」というすげーお題をちょうだいしたのだった。なんで引き受けたんだっけ。どうせこんな話なら、小谷・巽組にもお声がかかるな、からかってやろうとでも思ったんだっけ。それがうまくまとまらず、もっとフェミニズム(の罵倒)っぽい話にしようと思って、加藤秀一の本を読んだりした(ほんと、これがフェミニズムなら、お先真っ暗だと思う)んだが、これもまとまらず。ただしこれについては、「つぶやき」に記入。最近ここは、ぼくにとっては下書きの場所と化しているなあ。
 結局、締め切りをかなりすぎてから「できなーい」と泣きを入れたら、「ばか者めが、もう予告に出したから、おりることはまかりならん!」と申し渡され、さんざん遅れて NY 行きの飛行機の中で原案をまとめて、最終的にはかなりストレートな話になった。しかし月刊誌なのに、締め切りから一月遅れて原稿が間に合うとは。
学問の力と遊び心:「グローバル経済を……」書評(SPA! 1999 年 2 月半ば)
 クルーグマンの最新エッセイ集(おれが訳したかったよぅ)「グローバル経済を動かす愚かな人々」(長ったらしー。原題:Accidental Theorist)の書評。本当はもっともっともっともっともっと翻訳の悪口を言いたかったけれど、そこはそれ、ワタシも大人ですしぃ。一瞬で書けた。
日本の反 MS ――消費者運動とフリーソフト(日経バイト 1999 年 2 月号)
 ハロウィーン文書の翻訳と、あと日経産業新聞にコメントがのったことできた依頼。
 特集としては、反マイクロソフト。マイクロソフトと仲のいい日経 BP がこんな特集をすること自体、世の中変わったな、という感じ。反MSの視点だけでフリーソフトを切るのは、ちょっと無理があるし、それは消費者運動とは必ずしもきれいにからまるものでもないので、文もわかれてしまっている。が、そこそこきれいにまとめたつもり。これもバングラデシュで書いたので、URL とかいくつか調べがつかなかったけど、なんとかなる。
 結局、消費者運動部分は落として、後半をなんとか1ページにいれる形でまとめてくれたが、あがりはかなりちがってきている。あと、肩書きの「オープン・ソース評論家」っつーのはなんじゃい(笑)。が、まあ言われてみるとそんなにはずれてもいないか。

1998 年

オリンピック開催地(1998 年 11 月)
 次回のオリンピックはどこで開くべきか、どういう代物にすべきか、というアンケートみたいなものの回答。
山形浩生インタビュー(首藤大介 論文用インタビュー、1998 年のどこか)
 首藤大介氏が書いていたフリーソフトに関する修士論文のためのインタビュー。論文自体もまあよくまとまっているのでは。これなら十分に卒業できたでしょ。
Beyond HOPE 見参!(Eye-Com 終刊号 1997 年 10 月号(?))
 朝日パソコンやワイヤードでも書いた、Beyond HOPE 参加報告。いまごろ出てきたのでいまごろアップ。ここがいちばん長くかけた。それと、これと同時期にオランダでやっていた HiP に「アイコン」から取材がいっていて、それとあわせて載ったので、なかなかいい感じ。この 2 つのイベントは姉妹イベントで、相互中継とかやっていたんだ。
 これはアイコンが週刊アスキーになる前の最後の号に載ったんだっけ。
五十歩百歩のぬるま湯。――小室直樹『日本人のための経済原論』書評(某週刊誌 ボツ原稿)
 話がきたときには未読だったんだけれど、買って、30 分で流し読みして(だって中身ないんだもん)、1 時間で書いた。ひどいもんだ。オヤヂが受け狙いでつまんないギャグを連発してるのに果てしなくつきあわされるような代物。しかし、ほめろと言われているので、たぶんこれではボツでしょう、と執筆時点で予言しておく。
 追記。ほーら、ボツになった。なんでちゃんとけなさせてくれないのかな。こういう本をのさばらせないのも世のためだと思うんだけどね。
ぼくらの戦後を考える――「カリスマ」書評(『 SPA! 』 1998年8月5日発売号)
 「カリスマ」といっても、ダイエーのほうのカリスマだよ。同じ頃に、オラクルのエリスンを描いた「カリスマ」も出てややこしい。ワイアードで経済っぽいことを書いているのを読んで、書かせようと思ったらしい。まあまあではないかな。書き足りないけど。その分はCUTで書いた
物故者「バローズ」(ブリタニカ年鑑)
 ブリタニカは、Burroughs はバローズと表記するのだそうで、こういう表記。なお、書いたら年鑑をもらえるだろうと思って書いたら、甘かった! 抜き刷りをくれただけで、あと執筆者のみなさんは定価 1 万円を 2,500 円引きで購入できるスペシャルサービスつき! やられたぁ!
「無関心の王者バロウズじいさまの冥福を祈りつつ」(「ユリイカ」1997年9月号 pp.46-47)
 バロウズが死んですぐにとびこんできた、最初の追悼文依頼。最後に出てきた結論は、自分でもちょっと意外だったけど、でも書いてるうちにこれしかないと思った。これ以降の追悼文は、ほとんどすべてこれの変奏でしかない。
バロウズの2つのスタイル(「ユリイカ」1997年11月号 pp.104-110)
 というわけでユリイカのバロウズ追悼特集に書いた文章。いままでのまとめにすぎないんだよね、なんだかんだ言って。あまり満足はいってない。一応、こういう特集のなかの文としては、無難な線だとは思うけど。でもぼくは無難はきらいなんだ。
「あたまくんなー」(英語タイトル:Rilli Sucks.)(「インターコミュニケーション」1998年春号?)
 おお、あの山形に数々の遺恨をもってるはず(これについてはいつか書こう。一部は下の「存在しない別世界」のいきさつで読める)の『インコミ』まで追悼文を依頼してくるかね、よしよし、と思って書いた文は、ちょうどこの頃やったスティーブ・ライヒかなんかの「ザ・ケイヴ」というひっでえクズ芝居の悪口にからめて「それにひきかえバロウズはえらかった」という代物。さて、気がつかなかったんだけど、これって ICC の関連イベントだったのねー(かれらはぜったい、ぼくが故意にやったと思ったにちがいない)。当然原稿は没をくらい、書き直したのがこれ。ノリだけはよかった、と思うし、これまでのバロウズ追悼はいささか辛気くさかったので、結果的には威勢良くて好きだな。
 なお、没原稿はそのまま「ワイアード」の山形道場にまわした。無難はきらいだけど、無駄もきらいなのだ。わはははは。
「都市はくつろがない」(『はいらいふ研究』創刊号、1996年 1 月 pp. 32-35)
 この雑誌、広告業界初の財団とゆーものの機関誌の創刊号だから、ふつうの人は見たことないと思う(ぼくも二度と見ていない)。まとまりの悪い原稿だし、その分へたにレトリックにたよっちゃってる部分が大きくて、あまり気に入ってなかったんだけど、重要テーマは網羅されてる。
 しかし「都市のくつろぎ」という特集にいきなりこんな文を書かれて、編集の人はいきだおれたんじゃないかしら。そもそもなんでぼくにきたんだっけ?
内なるネコに包まれ(『翻訳の世界』1996年半ば)
 ホントはこんな小説もどきを書くつもりじゃなかった。どういうつもりだったのかは……おぼえてないや。でも、なんか個人的には好き。今読むと、後に追悼文の材料になるものはこのときすでに出ているんだね。
 でもこれが載ったのは「わたしが訳した本」のコーナーで、翻訳者がやにさがって自慢話をするのが趣旨のところだったんだ。これをもらった編集者は、すごく焦った、らしいよ。かわいそうに。
おやつ中心、主菜不在――『オーディション』の不思議と村上龍の作家としての特性に関する純粋小説論的な考察。(『文学界』1997 年末のどっか)
 村上龍は、好きな本はすごく好きだ。でもこれは、かなり不満な本。もうちょっとなんとかしろよー。
 で、これを書いたら、なんか編集部内でクレームがついたそうな。これは小説論的な、編集者的な議論であって書評じゃない、もっとパーソナルな感情の話がないのか、とか。ぼくはそんなのは感想文や身辺雑記で、購買判断に貢献する書評じゃないと思ってる(ぼくの書評に関する立場は森山和道の考えとほぼ同じ)から、かなり頭にきたんだけど、連載時のペントハウスにはビビアン・スー(きゃーきゃー)が脱いでたとかいう話をくっつけて、それらしくした。
「わたしのIT バイブル:『マイ・コンピュータ入門』」Inter IT 創刊号、1996 年)
 ブルーバックスは本当に偉大なシリーズである。なお同じ特集では中村正三郎がカーニハン&リッチーかなんかを挙げていた。
William Gibson "IDORU" 書評American Book Jam 没原稿、1997 年)
 梅沢さん経由できた話。かなり自分ではよく書けたつもり。そしたらなんと「どういう小説だかわからない」「あらすじがわからない」とか、注文をたくさんつけてきて、挙げ句の果てに勝手に書き直してきて(「ブレードランナーがどうしたとか)、「これでいいか」と言うから「別にいいです、好きにしてください」と言ったら、なんか「対応に誠意がない」とかでお気に召さなかったようで、没にされたうえ、なんの連絡もくれない。いいけど。ほぼそのまま CUT に流用。

1991-1995 年

柳下&山形チャット対談(『ブルータス』1995 年 12 月 15 日号)
 これまで二人ともホントに irc なんかしたことなくて、いやいや苦労しました。日本語が入らないとか。対談内容もレベル低いなあ、柳下よ。こんなのが載ってしまうとは! まあ笑って許して。
「断言のスピード感」MacPress 1995 年) 「『われわれ』の勝利と敗北」MacPress 1996 年)
 これは大阪の大判マック DTP 雑誌で、東京ではあんまり見たことがない。マックについての話と、アートがかった話やサブカル現代思想的な記事とがそこそこうまく混ざって、悪くない雑誌だと思うんだが。自分ではどっちもそこそこいい文だと思うけれど、書き慣れてきて同じネタを使い回しつつさらっとレトリックで流してしまう文が増えているのはちょっとまずいな。これもそういう面はある。
「20世紀ハイブリッド文化のエキゾチズム」SWITCH、かな? あの系統の雑誌 1994 年)
 その雑誌のビート特集で、佐野元春がケルアックのホームタウンに行くとかでちょっと手伝って、その関連でボストンにきた編集者になんか書いてと依頼された。掲載紙は見た記憶が……でも忘れてるだけかも。なお、ここで絶賛したピコ・アイヤーくんは、この文と前後してオリエンタリズムどろどろの京都紀行なんぞを出版してくれて、あたしゃ面子まるつぶれよ、まったく。ぷんすか。
「メディアの考古学」書評(『 SPA! 』1993年)
SPAページ 橋本典明著書の書評。この頃はまだ橋本典明とはお友だちだったんだ。橋本典明は SPA! に連載をもっていて、どっかで読んだような話をつかいまわしてた。で、この書評もご指名できた。「一応ほめてくれ」というのが要望だったんだが、欠点がたくさん目に付く本で、うーんと考えたあげく、途中でいっぱいけなして「でもま、それはいいじゃん」と逃げてほめたふりをする、というインチキをしている。「ざべ」かなんかで、ちゃんとけなす書評が出ていて、えらいなと思った。あれを書いたのはだれだっけ? 時々みる名前だった。
「ことばをもみ消せ」??? 1993 年)
 どこかの音楽雑誌用に書いた、ブライオン・ガイシンについての文。ペヨトルの黒田さん経由できた仕事だけれど、なんでそもそもブライオン・ガイシンなんかをとりあげたがったのかは不明。
「父親と分かちあう日々の退屈」(河出書房新社編集部編『ビデオガイドブック:人生は映画で学んだ』 1994 年、河出書房新社, ただし執筆は1993 年)
 これは梅沢さん経由できた話だっけ。ボストンについてすぐに、ゲラのチェックをえらく急がされて、まだついたばっかでファックスを買ってなかったので、CRE に頼んで送ってもらった。その後まったく音沙汰がなくて、やれやれぽしゃったか、と思いつつ半年ごとにどーなってんのかとファックスを入れてたら、ある日ひょっこり送られてきた。事情はいまもって不明。
存在しない別世界:メディアをめぐるオカルト趣味(キヤノン「アートラボ」没原稿、1992年?)
 メディアアートの現状について好きなことを、と頼まれて、思ったことを書き殴って、ぜったいに没になるだろうと思って差し替え原稿を書きかけていたら、オッケーが出てしまったので意外だった。でも、最後のさいごでキヤノンからストップがかかったんだって。まあそうだろな。
 なお、これも無駄にしないように刈り込んで Ur で使った。それを読んで伊藤俊治はカンカンだったそうだけれど、『インコミ』内部では「まあ伊藤さんは技術方面は弱いし、山形のは議論としては正しいよねー」と好意的な見解もそれなりにあったとゆー噂をあとで聞いた。
「UFOと宇宙人のSFたち」i-D Japan 1992 年)
 またもやぼくが書いたためにつぶれた雑誌。i-D Japanみたいなサブカル雑誌からはもっとお座敷がかかるかと思っていたら、これとこの直前に書いた「窯変源氏物語」の300字ほどの書評だけで終わった。
「文学」に屈した「映画」 クローネンバーグの「裸のランチ」(「銀星倶楽部」 クローネンバーグ特集号)
 クローネンバーグ特集号で、裸のランチについてまあ立場上書かざるを得ないわなあ、という感じで書きました。まあまあおもしろいんじゃないか、とは思う。
バロウズがらみの雑文二つ(『Hot Dog Press』1990年『ぴあ』1992年)
hdpページ ぴあページ バロウズの展覧会と、裸のランチについての文章。テキスト起こすのは面倒だしそれほどの分でもないので画像だけ。

1990年以前

カットアップ・シティ(『速度都市 Tokyo '90』(都市デザイン研究所)収録、1990 年 9 月)
 うひゃあ、懐かしいものが出てきた。たしか会社に入ってすぐの頃の文章だな。都市論やれといって、なんかぎこちなくやったのがこれ。この本は、あのニューアカ雑誌『GS』亡き後に浅田彰が河出書房新社から出した『都市』という雑誌(4号くらいしか続かなかったけど)の旗揚げ用アンソロジーみたいなもの。
 ちなみにその翌年かなんかに会社に入ってきた後輩(オメーだ、百武!)が「あたし山形さんのアレみて、NRIってこういうことやってるんだぁ~って思って入ったんですけど、ぜぇんぜんちがうんですね~」とかぬかしやがって、あたしゃ一時は責任を感じて悩んだりしたんだが、考えて見りゃそれはテメーがきちんと調べて会社受けなかっただけの話だろが!
言語と自由とリアリティ(『現代詩手帖』1990 年 5 月)
 懐かしい。バロウズについて「なぜいいのか、もっときちんと論じなきゃダメだ」と当時思潮社にいた村ナントカいうおじさんに説教されて、ふーんと思って書いたのがこれ。かなり難産だったんだけれど。いま見ても、取り消したいことはまったくない。
「言語表現の現実味」(『群像』 1990 年)
 ほかでも書いたけど、言文一致がしたいなら、ちゃんと耳を使うべきだと思うんだ。どうしてみんな平気なんだろう。これを読んで、小浜さんとかが「いやあ、書き言葉と話し言葉がちがうのは当然だよ」といってたけど、それはおかしいと思うな、というわけで CUT でもそういう趣旨の文を書いた。なお、もともとはディックっぽいのを書いたら、「えらそうだ」と没になって(実際には「神の視点で書かれている」と言われた。すごいね)書き直したのがこれ。いつか没原稿もあげる。このときの編集者が、後にWOMBATでもお世話になった人。
野阿梓インタビュー(1988 年?)
 昔やってた野阿梓ファンクラブの、最初で最後の会誌用のインタビュー。いま読むと、結構いいこと聞いてるね。なつかしいです。

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