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Economics of war

戦争で経済学を勉強しましょう!

Paul Poast, The Economics Of War (Irwin Professional Publihing, 2005)

(『一冊の本』2005年12月号 pp.38-9)

山形浩生

要約: 戦争はがきわめて巨大な公共投資であることは昔から言われており、それを教材とした経済学の教科書が今まで書かれなかったことこそオドロキである。本書は公共投資、ゲーム理論、クラウディングアウトなど、基本的な経済学概念を戦争で説明した、コロンブスの卵的な良書である。




 戦争について冷静な話をするのはむずかしい。みんなすぐに感情的になるし、そもそも戦争の話を持ち出す人は、戦争してみたいとか戦争反対とか、あらかじめ魂胆を持っているからだ。魂胆のない人々は、単なる頭の悪い軍事オタクばかり。戦争について、価値判断ぬきでまじめに話す場合にも、孫子やクラウゼヴィッツなどに端を発する戦略・戦術論だの、あるいはカール・シュミットからピエール・クラストルだのドゥルーズ=ガタリだのに到る、哲学と社会学の入り交じった観念論にとどまる場合があまりに多い。

 でももう少しちがう切り口もあるはずだ。だって戦争は恐ろしいと同時に、本当に具体的なレベルでおもしろい現象なんだもの。拙訳リュイン『アイアンマウンテン報告』は、冗談仕立てとはいえ、経済、文化、その他あらゆる面に戦争が与える影響をかなり真剣に検討していた。そして戦争が経済的にも大きな現象なのはまちがない。たとえば日本は朝鮮戦争で潤ったとか、アメリカは大恐慌から第二次世界大戦によって脱出できた、あるいは近年のイラク侵攻はアメリカの軍事産業支援のためだった云々、という議論はよく見かける。で、どうなんだろう。それは具体的に正しかったの?

 この本は、それを経済学的に検証する。いやむしろその逆だ。経済学を検証するために戦争を利用しているのがこの本だ。というのも、これは経済学の教科書だからだ。そして考えてみれば、こういう本がこれまでなかったのはちょっと驚くべきことだ。戦争は最大の公共事業とされる。ならばケインズ経済学の検証になぜ戦争を使わない? 戦争は、戦時国債の発行などを通じて公共財政や資本市場にもインパクトを与える。クラウディングアウトの話をするのに、これほど大規模なプロジェクトを使わない法はないだろう。ゲーム理論は近年の経済学に大きなインパクトを与えているけれど、これももともとは戦争の戦略立案から生まれた理論だ。先日ノーベル経済学賞をもらったトマス・シェリングも、核抑止をゲーム理論的に根拠づけたのが大きな業績でもある。軍事産業は典型的な寡占市場だ。では市場構造の議論をするのに、これを使わない理由はなかろう。軍隊は大きな雇用主でもある。労働経済を語るのに軍は絶好の見本となるじゃないか。正規軍と傭兵の使い分けは、現在の各種民営化議論とまったく同じものだ。そして軍関係のデータは入手しやすい。だから実際のデータを使ってこれらを全部やってくれる。

 で、結局のところ、戦争は経済に貢献するのか? 20 世紀前半にはまちがいなく貢献したようだけれど、意外なことにベトナム戦争以降は貢献していない。軍事支出は民間支出をクラウディングアウトするか? どうもするようだ。使われているモデルや分析は、そんなに高度なものじゃない。大学の教養レベルの経済学で使える程度の、散布図を作って相関を分析する程度の単純なことだ。初歩の教科書だから当然なんだけれど、その程度の分析でもなかなかおもしろいことが言えるようだ。本気でこれを教科書として使ったら、生徒も(戦争ときいたとたんに逆上する学生は除いて)おもしろがるんじゃなかだろうか。世の感情的な戦争議論に対して、ちゃんとデータで検証できるというのは、当たり前なんだが、滅多に見ないものだから。

 そして、挙がっているデータや小さなエピソードも、結構驚かされるものが多い。たとえば、戦争はどんどん高価になっていると言われるけれど、GDP 費で見ると実はどんどん安くなってきているとか。あるいは傭兵の生産性。シエラレオネは、リベリアに煽られた反乱軍のおかげで内戦状態となり、鎮圧に傭兵会社が雇われた。3,500 万ドルの支払いとたった 22 ヶ月で事態は沈静化した。そこへコフィ・アナンが「平和は民間委託できるようなものではない」と大見得を切って、国連出資で西アフリカ諸国の連合軍が乗り込んできたんだが、18 ヶ月で 4,700 万ドルかけた挙げ句にシエラレオネは再び内戦に陥り、最近まで事態は改善しなかった。一般に傭兵は、金だけ目当てで逃げ腰だから役に立たないとされることが多いんだけれど、これは意外。平和維持も、民営化したほうがいいのかもしれない。日本も、自衛隊なんか派遣するより、こういう傭兵会社に外注したほうが安上がりで効果も挙がるかも。

 ちなみになぜ国連軍が無能かといえば、これも経済的に説明がつく。払いが少ないので、高度な訓練を受けた先進国の軍はあまり人を出したがらない。集まるのは本国であまり給料をもらっていない、途上国の訓練不足の兵隊だけだ。だからきちんと平和維持ができる能力のない連中しか集まらないわけだ。これまた経済の影響なのだ。ならば日本はやっぱ、人を出すより金を出したほうがいいのかもね。あと、日本って公式に化学兵器や生物兵器のプログラムを持っているのか。知らなかった(注:正しくは「持っていたがすでに放棄」で、しかもこれは旧日本帝国軍の話。誤解なきよう)。

 というわけで、来年度の教材をお探しの、そこの経済学部の先生! レポートのネタを探しているそこのあなた! そして目のつり上がらない冷静な戦争分析をお求めのあなた! おすすめですよ。テロのゲーム理論分析から、核兵器の闇市場に関するデータまで、読み物としても無類のおもしろさだ。

 ただ一つだけ、本書には大きな欠点というべきものがある。戦争というものを動機づける最大の要因について触れられていないことだ。つまり、戦争に負けたらどうなる? 戦争に勝ったらどうなる? 本書における戦争は、生産力(工場や人々)の破壊を伴う大規模公共支出だ。でも、実際にはそれだけじゃすまないし、またそのためだけに戦争をする国はないのだ。これは重要な点ではある。が、一方で本書の記述や分析をもとに、そういう分析の枠組みを考案するのは読者に与えられた宿題でもある。

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YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
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