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Economics of war

現実のドリトル先生にして現代外科医学の開祖

Wendy Moore, The Knife Man: The Extraordinary Life And Times Of John Hunter, Father Of Modern Surgery (Broadway Books, 2005)

(『一冊の本』2006 年 2 月号 pp.38-9)

山形浩生

要約: ドリトル先生のモデルは近代外科医学の開祖でもあった。墓泥棒たちと交渉して死体を集め、現実に則さない暗記学問と化していた当時の医学エスタブリッシュメントとと戦い、世界中から珍奇な動物を集め、初の自然史博物館を開設した天下御免の大奇人の傑作伝記。




 子供の頃に、井伏鱒二訳の『ドリトル先生』シリーズを楽しく読んだ思い出のある方は多いだろう。だがそのドリトル先生に実在のモデルがいた、というかなり有力な説があるのはご存知だろうか?

 その人物は、田舎にある家に、とにかく世界中の珍獣を次から次へと集めまくっていたのだった。オシツオサレツこそいなかったものの、ヒョウやサル、レイヨウに熱帯の鳥、コアラにカンガルー、その他なんでもあり。博物学の隆盛期で、欧州列強の植民地主義が世界各地へと貪欲な手をのばすとともに奇矯な動物の収集が流行ったジョージア朝時代のイギリスにおいても、そのコレクションは群を抜いていた。

 この実在版ドリトル先生は、一方で『ジキル博士とハイド氏』にも(家だけだが)モデルを提供している。かれは生きた動物だけでなく、その死体も集めており、死んだ動物たちがその屋敷には続々と運びこまれていた。そして夜な夜な(昼もだが)その動物たちを標本にしたてており、その家はなにやら不気味な実験の場所としても有名だった。その標本たちをもとに、かれはやがて世界初といっていい自然史博物館を開設することになる。

 だがその死んだ動物たちの中には、夜中にこっそり運び込まれる大量の人間の死体もあった。そしてその死体を相手に、この人物は昼夜を問わず身の毛もよだつような恐るべき蛮行を繰り返していたのだ。

 死体を切り刻み、分解しては標本化する――それは現代なら医学実験と呼ばれる行為だった。

 この人物とは、ジョン・ハンター。現代外科医学の文句なしの開祖といっていい。当時の「医学」と称するものは、実際の人体解剖などしたこともないヒポクラテスやガレノスの無内容な「古典」の暗記に終始し、治療法といえばバカの一つ覚えの瀉血と嘔吐だけ。そこへこのハンターの兄が、実際の人体を使った解剖実習に基づく医学教室を開設し、大人気を博す。そしてその兄の下で各種標本作製から入ったジョン・ハンターは、やがて手術の名手として名を挙げ、実際の観察に基づく数々の研究でそれまでの医学の常識を次々に覆すことになる。

 この本は、そのジョン・ハンターをまともに扱った数世紀ぶりの伝記となる。

 ジョン・ハンターは、典型的なイギリス奇人の一人ではあった。とにかく解剖が好きでたまらず、人間も動物も、とにかく切り刻んでまわる。お金にも地位にも興味はないが、こと医学に関しては頑固で何一つ譲らず、論敵は罵倒しまくる。かれの名声を聞きつけて手術を受けた有名人は多い。アダム・スミス、バイロン卿、そして王室まで。だがハンターは(おもしろい症状であれば)金持ちなど無視してどんどん貧乏人を治療してやった。「金持ちどもは暇だから待たせとけ、おまえは働かなきゃいけないんだから」とはかれの明言名言である。だが人体にまつわる迷信の多かった当時、かれの歩んだ道は決して楽ではなかった。そもそも、当時は死体を解剖するという発想自体が許し難いと思われていた時代。ジョン・ハンターは、兄の下での標本作りと同時に、死体の調達も任されていた。そのための死体泥棒たちとの交渉といった怪しげな話は満載。あの手この手で世界各地の民族の人体標本を集めていたので、客人として訪れたエスキモーは自分もこのまま標本にされるのではと怖くて飯が食えなかったとか。

 かれの歩んだ道は、決して楽なものではなかった。死体解剖に対する迷信――これはいまも、生命倫理とか称する愚劣なお題目となって生き延びている――に凝り固まった世間からは決していい顔をされず、また自分たちの古典教養を正面切って罵倒された医学エスタブリッシュメントはあらゆる手を使ってハンターの影響力を貶めようとした。死後、かれの成果は義理の弟に剽窃され、このためハンターの評価は今日まで不当に低いままとなっていた。

 にもかかわらず、かれが残した成果はすさまじいものであり、その後の医学は一変した。かれの真の弟子たちは、本当の意味で世界を変える。かれの一番弟子は、後に天然痘から人類を救ったジェンナーだった。そして腐った伝統のくびきのないアメリカでは、ハンター流の医学が引き継がれて開花する。

 また、各種動物の膨大な解剖学的観察の過程で、かれは『種の起源』より六〇年もはやく進化論に到達している。かれの自然史博物館の展示は、まさにその発想を反映したものとなっていた。その一方では合理主義を貫徹させて愚劣な「伝統」と果敢に戦うくせに(あるいはまさにそのために)一方では信じがたい偏屈な奇人ぶりをも体現しているハンターの伝記は、つまらないものになるわけがない。そして本書は、この近代現代外科医学の父にやっと正当な光を当てる、画期的な本でもあるのだ。

 ただし――そのようにすばらしい本書ではあるが、ゲテモノ耐性の低い人は手を出さぬよう警告しておく。麻酔などない時代の血みどろ手術場面は、多少のデフォルメをまじえても凄惨そのもの。中でも、ハンターの実践していた歯科治療の描写は、このぼくでも縮み上がった。そう、この時代は砂糖の大量消費の黎明期。同時に虫歯が、金持ちを中心にすさまじい勢いで広がっていた。ハンターの治療とは、貧乏人の健康な歯をやっとこで引っこ抜いて、そのまま金持ちの虫歯の痕に移植することだった。子細はご想像にお任せするが、その手の話がダメな人は絶対に近寄らないこと。

 あと、当時の人々が抱いていた――そしてハンターが戦ってまわった――奇妙な迷信の記述も満載で楽しい。ぼくのお気に入りは、名作『トリストラム・シャンディ』の著者スターンの珍妙な説だ。かれは、人が死ぬのは気合いが足りないせいだと主張していた。臨終の際に「うりゃっ!」と気合いを入れれば死なずにすむのであり、それを自分の死の床で実証してやる、とかれは豪語していたそうな。ハンターはもちろんそれを嘲笑していたが――どっちが正しかったかは、まあ読んでのお楽しみといたしましょうか。

付記:本書はその後、ムーア『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』(矢野 真千子訳、河出書房新社、2007) として邦訳された。この文書をふくらませた解説を山形が執筆している。

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