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世界に広がる、ミステリーサークルの輪!

Rob Irving, John Lundberg, The Field Guide: The art, History and Philosphy of Crop Circle Making (Strange Attractor, 2006)

(『一冊の本』2007 年 5 月号 pp.26-7)

山形浩生

要約: ミステリーサークルの歴史、それをとりまく各種真性キチガイ、まともだったのにアッチにとりこまれた人々、そして本当に作っていたプランクスターたちとその実践的な作成技法、およびその世界的なアート形式としての伝搬と発展を説明したミステリーサークルのすべて。




 ミステリーサークル! イギリスの片田舎の麦畑に数十年前から忽然とあらわれるようになった、幾何学的なパターンだ。自然現象か? いたずらか? UFOの着陸あとか、はたまたうちゅーじんのメッセージか?

 本書はそのミステリーサークルのすべてを語った、実践ガイドだ。

 ミステリーサークルの正体については、いまだに諸説ある。当初はそのほとんどすべてが、きれいな円形の組み合わせだった。だから、「これは丸い空飛ぶ円盤が着陸してできた後にちがいない!」という説が結構説得力を持っていたが、その一方でこれは局所的つむじ風やプラズマによる自然現象だ、という説も有力だった。しかしながらその後、もっと複雑な幾何学パターンが増えるにつれて、こうした説はだんだん妥当性を持たなくなり、かわってこのパターンが、何らかの知性体によるメッセージだという説が台頭してきた。

 本書の前半は、ミステリーサークルの出現の歴史をたどり、そしてそれをめぐる各種の論者とその発言(そしてこの狭い業界内での実にせせこましい勢力争い)を子細にたどる。さながらミステリーサークル全史とでも言おうか。

 もちろん宇宙人にマインドコントロールされないためのアルミ箔で作った帽子の論理、あるいはミステリーサークルの歴史を大幅にさかのぼらせる諸説もきちんと紹介されている。実は中世の文献に、麦を刈る悪魔の図が載っていて、これぞミステリーサークルのルーツだ、という人もいる。通常の解説書ではその図版を紹介するだけだが、本書はきちんとそれが掲載されている文献にまでさかのぼり、麦を刈る悪魔伝説と魔女狩りとの関係、当時の産業事情まで詳しく(しかも手際よく)紹介してくれる。なんと予断を持たないフェアな紹介であることか!

 ……なんてことはまったくない。本書は後半に入ると、前半のわざとらしい(でもあちこちに笑いの符丁をちりばめた)きまじめな書き方をふりすてて、各種の説の中でもきわめて有力な一つの説に特化した解説となる。いや当然。なんといっても本書はフィールドガイドですから。基本的には、ミステリーサークルはすべて人が作ったもので、もちろんうちゅーじんなんか何の関係もない。そもそもは数十年も前からダグ&デイブという地元の二人が、酔った勢いのいたずらではじめたものだ。後半はかれらのインタビューから始まる。

 もともとは単なるいたずらだったこと。注目を集めるためのいろいろな工夫。そしてなぜミステリーサークルは当初の単純な円のパターンから、急速にもっと複雑なパターンに進化したのか? それはこの二人が、ミステリーサークルに対する各種のバカな説明をきいて、そいつらをおちょくってやろうと工夫したからだ。自然現象だ等々と言われたので、自然現象ではあり得ない複雑なパターンを作ってみたというだけの話。

 続いて本書は、ミステリーサークルの製作法を詳しく解説する。基本は板にひもをつけて、麦を押し倒していくだけだ。きわめて複雑に見えるパターンも、実はごく単純な操作の組み合わせ(数学的知識があればバリエーションは無限)で実現できる。

 また、作物の選び方も重要。小麦が最適だ。小麦は倒れたままでいてくれるし、茎に光沢があるので、押し倒した跡が銀色に輝いて、特に航空写真で金属的な雰囲気が出てよろしいのだとか。

 場所の選び方も重要なポイントだ。ダグ&デイブが初めて作ったミステリーサークルは、ちょっとはずれた場所にあったのでまったく認識されなかった。道を走っているときに見えるようなところ(たとえば坂道に面した畑)を選ぶのがコツだ。

 またもう一つ、農家の規模も要因となっている。日本のせまい畑でやったら、大きなサークルはその農家の田畑を全滅させることとなり、見つかったらただではすまないだろうし、おそらくほぼ確実に見つかる。一方イギリス農家は結構大きいので、かなりでかいミステリーサークルを作っていてもなかなか見つからないうえ、農家に与える被害も(人の畑の作物を倒すのは悪いことですからね、念のため)大したことはない。それどころか、サークル現象が話題になるようになってからは、その畑の農家は見物客から入場料をとることで倒れた小麦分くらいの収入は十分に確保できるようになっている。本書はそんなことまで説明しつつ、それでも意図的にサークルを作る場合には、アート表現としてやる人間も、メッセージを伝えようとするうちゅーじんも、畑の持ち主と交渉してお許しを得たほうがいいよ、とちゃんと警告することも忘れない。

 いまやミステリーサークルは、当初の二人のいたずらを越えた、世界的な現象になりつつある。ダグ&デイブの片方はすでに他界してしまった。一方、すでにロシアでもいくつか出現が確認されており、軍まで出動する大騒ぎになったとか。本書の最後は、新世代のサークル作家たちのインタビューが掲載されている。それはこれが新しい表現形態として認知されていることを示す。そしてそれにふりまわされた人、未だにふりまわされつつある人々――本書そこに人々が何を見て何を期待したか、そして将来そこにどんな意味づけがなされるかを、愛とユーモアを交えつつも実用性最優先でまとめた、数十年がかりで世界にひろまったヴァイラルないたずらの総決算とも言うべき一冊となっている。

 蛇足ながら、本書を出版しているストレンジ・アトラクターなる出版社は、同名のジャンル不詳の変な雑誌の版元として、その筋(ってどの筋だかわからないが)ではじわじわと知名度を上げている。かつての日本における『遊』や『知の考古学』のような雑誌といえばわかる人はわかるだろうか。かれらの道楽根性が続けば(こうした版元の多くは、親分が飽きてあっさりやめてしまうパターンがあまりに多い)今後ちょっと注目しておくと、いいことがあるかもしれないぞ。

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YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
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