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『NewWords』2006年春号

閉じた開発と開いた開発:六本木の二大開発

(月刊New Type 別冊「『NewWords』2006年春号 pp. 128-9)

山形浩生

要約: 六本木ヒルズは、その開発手法のために自己完結的な閉じた開発になっている。これに対してこんどできる防衛庁跡地開発は、その地理条件から開いた開発となっている。後者は、その開かれぶりがどのように活用されるか、既存の下品な六本木とどう拮抗できるかにかかってくるだろう。




 東京ミッドタウン、というよりも六本木の防衛庁跡地、といったほうが、まだ通りがいいだろう。六本木交差点から千駄木方面に向かう途中、右手になにやらお城みたいな変な建物があって、いま一つ防衛庁というイメージとはそぐわなかったのを覚えている人も多いだろう。だがその一方であの敷地、防衛庁の前は陸軍でいろいろ大っぴらにはしたくないこともやっており、掘ると何が出てくるかわからない、という噂もまことしやかに流れていた。拷問の犠牲者の人骨がいっぱい、とか化学兵器が未処理で大量にあって、等々。だからあの土地を落札するときには、何が出てきても防衛庁を免責すると一筆書かされるのだ、とかなんとか。

 さて実際の工事はもうかなり進んでいて、実際に何か出てきたという話は(残念ながら)きかない。二〇〇七年のオフィス供給量の三割近くを占めるはずの巨大プロジェクトだ。当然ながら、六本木という場所柄、一足先に竣工している六本木ヒルズをどうしても意識せざるを得ないだろう。そして実際、コンセプトや発表資料を見ると明らかに意識しているとおぼしき部分がかなりある。一方でこの手の開発の基本メニューのようなものを考えたとき、どっちも似たようなものにならざるを得ない宿命があって、基本的なところではかなり既視感があったりするのだ。高層オフィス棟を中心に、足下に商業、高級ホテルに賃貸住宅、全体は単価の高い高級志向で、文化発信の美術館に映画館を添えてワンセットだ。

 では両者のちがうところだけれど、おそらくそれは、その成立に端を発する動線に出てくるんじゃないか。

 六本木ヒルズは、いわばまんじゅう型開発だ。地図を見ればわかる通り、あれが前面道路である六本木通りに面している部分はほんの五十メートルかそこらしかない。再開発/地上げの極意は、まずあんこを買うことだ。つまり、広い前面道路よりずっと奥にある裏の土地をどんどん買う。そこは細街路しかないからあまり高い建物が建てられないので、安く買える。そしてあんこを買い終えたところで、最後に皮の部分、つまり道路に面した高い土地を少しだけ買う。かつてWAVE/シネ・ヴィヴァンのあった(と言って知ってるあなたはたぶん立派な中年だ)あの部分だ。そうすることで、裏の土地まですべて高い建物が建てられるようになる。裏の安かった土地まで、道路に面した高い土地と一体となって、同じ価値を持つようになる。すごい錬金術だけれど、実際やるには何十年もかかる体力勝負でもある。

六本木ヒルズプラン  そしてそれ故に、六本木通りの地上レベルからの出入りは結構わかりにくくて小さい。多くの訪問者は、地下鉄からそのまま入ってくるんじゃないかな。そして地表レベルで環状五号線を通さなきゃいけなかったので、まず訪問者を高いデッキに上げることになる。そしてオフィスと商業施設利用者の動線があまりきれいに分かれず、入って正面はでかいオフィス棟入り口だったりする。この動線の複雑さは、六本木ヒルズが最初のうち悪く言われた一つの原因となっていた。特にあの美術館は、入り口も出口もちょっと……

 ミッドタウンには、そういう苦労はない。これがでかい跡地開発の強みだ。大通りに面して開発としての正面がドーンと取れる。地上を歩いてきてそのまま自然に入れるし、商業やオフィスの入り口もそこそこ明快で、しかもルートが複数作れる。

 さらに六本木ヒルズは、商業店舗の相当部分がビルの根本にごちゃっとまとまっているのも動線を不明瞭にしている。一つには有名になりすぎて、修学旅行のバスがやってくるほどおのぼりさんまみれになり、単価の高い高級志向の客が落ち着いて買い物、というコンセプトからはほど遠くなり、開発としての性格がぼけた。さらに当初の商業テナントの手当たり次第感もそれに輪をかけていた。チープブランドと高級ブランドとが平気で軒を並べているのは、お互いに居心地悪そうだったし。その後、だんだんと改善はされていったけれど、まだその名残はある。また中心のタワーが丸くて方角がわかりにくいし、中にいて自分が何階にいるのやら見当もつかない。

 ミッドタウンは、まだ商業テナントが決まる段階じゃないので、ここらへんはわからない。メジャーなブランドがもうあまり残っていないような気はするので苦労しそうな気もするが、これは三井不動産の腕の見せ所ではある。でも一方で、複数の動線がとりやすくて、テナント配置にある程度の規則性も出しやすいだろう。階数ももっとはっきりわかりやすくなるはずだ。  だけれど、おそらくこの動線の処理が、両者の開発としての性格をかなり特徴づけるだろう。六本木ヒルズは、いわば閉じた開発だ。入り口はしぼられ、動線は比較的わかりにくく、それ故に出にくくもあって、まわりからはほぼ切り離されている。麻布十番にぬける一部の人以外のほとんどは地下鉄から入り、六本木ヒルズ内で時間を過ごしてそのまま地下鉄で帰る。一方、ミッドタウンはもっと開けている。というとよさそうだがそうとも限らない。たとえば敷地北側の細い道(拡幅するようだが)をはさんですぐ正面は、心ときめくアダルトなお店がたくさん並んでいる。いやあ、どうするのかなあ。一番高級なはずの住宅棟は、もろにあのキャバクラ群と向き合いそうだ。

東京ミッドタウンプラン  そして、六本木駅からの来訪者は、直結通路ができるまでいったん地上に出て、交差点にたむろする客引きをかきわけてくることになる。つまるところ、今の(ちょっと下品で危険な)六本木にミッドタウンは勝てるだろうか、という話になってくる。ちなみに、諸外国の外務省が出している渡航者向け情報で日本を見てみると、日本は安全だけれど六本木だけは気をつけろ、と必ず書いてある。あそこはかなり物騒な地域でもあるのだ。でも、直結通路だけで人が地下鉄から出入りするのがメインになったら、せっかくの土地の特徴が活きなくなる。悩みどころではある。

 開発前の時点で森ビルの幹部が六本木ヒルズについて、いまの下品な六本木を否定する開発にしたい、と言っていた。そして開発後数年たって、それはそこそこ成功したと言えるんじゃないか。まわりと隔絶した、完全に閉じた開発という形で、下品でないきれいな六本木の一空間になりおおせている。ミッドタウンはそうはいかない。周辺との関係をもっと考えなきゃならない。できれば、それがよいほうに働いてほしい。まわりの毒気に気圧されずに、開発として存在感を保ちつつ、逆にそれが核となって人がそこから流出することで、周辺の雰囲気が少しよくなるような。そして逆にまわりの下品さが相乗効果っぽくなったりする……のは期待しすぎかな。六本木ヒルズとミッドタウンとの間を(新国立美術館を足休めにしつつ)人が行き来するような、街の回遊性まで生まれてくるとずいぶんと六本木は変わるんだが。それができるかどうか。もう一つ、ミッドタウンの課題はあの背後にあるでかい緑地の処理だ。かつてはタクシーの運転手がたくさん昼寝をしていた、あの公園からそのまま続いて大きな緑地があるんだが、いまは開発の主要部分とかなりの段差もあるし、車道で隔てられて、露骨に切り離されていてこのままじゃ荒れそうだ。まさか浮浪者のテント村にはならないだろうけれど。これも周辺との関わりの中でポイントになるかもしれない。

 さてどう出ますか。ちなみに現在ミッドタウンでは、ロゴのデザインを公募している。六本木ヒルズは丸を使ったロゴを基調にしていたが、ミッドタウンではかなりの確率で四角、それもコの字みたいな閉じない四角を基調にしたものとなるだろう、とはとりあえず予言しておこう。

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YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
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