Valid XHTML 1.0!

日本さん、どうしちゃったの?

What's Wrong With Japan?

(日経に [もちろんこの訳のわきゃない] 掲載されたそうだが、テレコンでは出てこないのでいつだか不明。1997年のどっか。)

ポール・クルーグマン(MIT経済学教授)
山形浩生 訳

 世界第二位の経済が、40年にわたる驚異的な成長のあとで6年にわたって停滞し、回復のきざしも一向に見えないとなると、やっぱその停滞の原因について、みんなすっごく関心を持つはずだよね。でもいまですら、いろんな人――残念ながら、多くの日本人もここに含まれるんだけど――が日本の問題を語るときには、変な気安さがついてまわってる。まじめで思慮深い分析のかわりに、出てくるのは「日本にはこんなに問題があります」とかゆー課題一覧ばっか。えーと、金融セクターが弱いでしょ、規制がいっぱいありすぎるでしょ、競争が不十分でしょ、生産拠点が東南アジアに流出しちゃってるでしょ、うんぬんかんぬん。

 まあこういうのがウソだとは言わないよ。でも、こんな一覧表は、本物の分析とは別物なんだ。そして、日本の問題を長ったらしい一覧表で説明しようってな傾向は、マジで有害。だってこれは経済の停滞を前にしてあきらめムードをつくっちゃうから。だって、こんなに問題があるんなら、すぐには事態が解決するわけないもんね。
 でも実をいえば、問題はそんな複雑じゃない。そりゃ日本にはいろいろ問題がある――でもさ、どこの国だって問題はいくらでも抱えてんの。日本の回復を本当にじゃましてるのは、構造的な問題がどうしたとかいう一覧表じゃなくて、明晰な思考と勇気が欠けてることなの。

 まず、みんなが日本の問題点として一覧表にあげてる項目は、ほとんどが経済の効率を下げるものでしょ。つまり、こういう問題は、経済が財やサービスを産み出す能力を下げるものだ――つまりは供給力を下げるわけ。
 でも、日本経済の目下の問題って、供給がないことじゃあないでしょ。需要がないことじゃん。問題はつまり、日本が手持ちの供給能力を使えてないってことだよね――するとみんなの一覧表にあがってる話は、要するに全然関係ないのよ。

 さて、一般的にいって、現代経済はそんな長いこと需要が停滞したりはしないはずなわけ。需要を増やすなんて簡単なんだもん。中央銀行(つまり日銀)が通貨供給を増やせばいい。あるいは政府が支出をふやせばいい。
 だったら、なぜ日本は5年以上も需要停滞に苦しんだりしてんの? うん、構造的な理由ってのはある、日本の消費者はいまでも、所得のなかで消費する割合が世界的にみて異様に低い。だから、経済として需要を下げないようにするには、企業が投資をいっぱいしなきゃなんない。ところが問題は、銀行が問題をかかえてて、資金を提供できなくなってる。だから経済がキャパいっぱいで動くほど需要を押し上げるには、かなりでかい刺激が必要になる。
 でもさ、そんならその刺激を与えればいいじゃん。

 これに対する模範解答はこんな具合。もう金利はとことん低いので、日銀はやるだけのことはやってる。一方で政府はすごい財政難だから、支出も増やせないし減税もできない。っつーことは、構造改革をすすめて、いずれ事態が好転するのを祈るしかないのですよ。
 このお答えは、理性的で責任ある回答みたいな気がするでしょう。でも実は、これって完全にまちがった前提にもとづいてるわけ。それは、日銀がやるだけのことはやった、という前提なの。

 だって単純な話、中央銀行はいくらでも通貨の供給を増やせるんだもん。たとえば日銀は、来年までに通貨ベース――つまり銀行の留保と流通してる現金――を倍にできるか? とーぜん。それだけの量の国債を日銀が買えばいい。そりゃあ金利はもう下がりきってるから、これをやっても金利はそんなに下がるまいよ。でも、通貨供給が増えれば、金利が下がる以外の形で日本の経済問題を解決できるわけ。まず、でまわってる通貨を増やすことで、直接的に消費が刺激されるかもしれない――追加の金を手にして、ポケットに穴が開くだろうってわけ。あるいは銀行は、留保が増えて、もっと融資に前向きになるかも。あるいは個人も、そんだけ現金を手にしたら、銀行の頭越しに別の投資先を見つけようとするかもしんない。そしてこういう話が起きなくても、日銀が通貨ベースを増やすってのはつまり政府の負債を買って減らすってことだ――すると政府支出や減税の余地が出てくるではないの。

 だから、日本停滞の原因一覧なんか、うっちゃってしまえばよいのよ。日本の目先の問題は、もうホント簡単に解決できる。金をじゃんじゃん刷れ! とゆーことに尽きるのね。
 でも、それってインフレになんないかって? でもさ、日銀はもう打つ手がないとかさっき言ってたじゃん。だから日銀がもっと金を刷ったって、それをため込むよりはみんなバンバン使うよね。でも、金刷ってインフレが起きるのは、人がそれを消費して、その消費が経済の生産能力を上回る時だけなんだな。さっきは、日銀は手を出しつくした、金融政策は需要創出には効果がないって言っておいて、こんどは金を刷ったら需要が増えすぎてインフレになる、という議論をするってのは、そりゃずるいじゃん。

 じゃあ、なんで日銀はさっさと金をばんばん刷らないんだろう。ぼくが聞いた理屈でいちばんまともなのは、日銀や大蔵省の官僚はまだバブルの記憶にびびってるんだ、という説。バブルをつくったのは、金融政策がゆるゆるだったからだと思ってるんだな、かれらは。そうかもね。そしてバブルの破裂で、1990年代の不況が引き起こされた、と。これまたそうかもね。だから、それを繰り返すのが怖いので、通貨供給を増やしたくないんだ、とゆーわけ。

 ここで参考になりそうなジョークを一つ。運転手が歩行者をひいちゃうのね。ひかれた人は、車の後ろの道路に倒れてる。運転手はふりかえって「すみません――じゃあ、やりなおさせてくださいね」と言って車をバックさせて、もう一回その人をひいちゃいました。
 日本の経済を仕切ってる人たちは、この運転手と同じことをやってる。1997年は1987年とはちがうんだよ。だから、当時やったことの逆をいまやったって、日本問題はかえって悪くなる一方なんだよ。かれらにはそれがわかってないんだ。


(追記。この文では分析が不十分だったことは、クルーグマン自身も認めていて新作を書いて発表している。日本は流動性トラップにはまってるんだ、というのがこんどの分析。これについては「日本がはまった罠」を参照してね

YAMAGATA Hirooトップ


Valid XHTML 1.0!YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>